第四話
ベロニカを連れて森の湖へと向かう事になったはいいが、手を繋いだままなのが落ち着かない。
隣を歩くベロニカを見ると、体は薄汚れていて髪もボサボサな上に衣服もボロボロだ。なのに、その中で赤い瞳だけが宝石の様に輝いている。
妙に人を惹きつける容姿なのは、やはり彼女がこの世界の主人公だからだろうか。
「そういえば湖ってどこら辺にあるんだっけ?」
森に入ったところでベロニカに訊ねると、彼女は俺の手を引っ張って駆け出そうとする。
「こっちだよ」
「お、おい! 走ると転ぶぞ!」
「大丈夫。草が生い茂ってるから。転んでも痛くないよ」
ベロニカは何でもない様に言うが、子供は普通転ぶのを嫌がるだろう。
「俺はベロニカに転んで欲しくないんだけどな……」
それは彼女に語りかける訳でもなく、独り言として吐き出された。
「あっ!」
ベロニカが何かを見つけたかの様に俺の手を離すと、そのまま大きな木の根元にしゃがんだ。
「どうした?」
俺が横から覗き込むと、衝撃的な光景が飛び込んできた。
ベロニカは木の下で捕まえた蛇に、自分の腕を噛ませていた。
「──何してるんだよ!?」
俺が思わず声を荒げると、ベロニカは目を丸くする。俺は慌てて彼女の腕から蛇を取り上げて遠くへ放った。
「だって、痛いから」
「痛いって……? 蛇に噛まれるのは痛くないのかよ!?」
「少し痛いけど、すぐ痛くなくなるから」
頭が混乱したが、俺は地面を未だに這う蛇に視線をやる。少し黄色がかった体色の蛇で、額に花びらの様な模様がある。
「ビリビリ蛇か……」
ゲームでは麻痺毒を調合するために必要だった素材だ。
なるほど。つまりベロニカはこの蛇に噛まれる事で、体の至る所にある痛みを誤魔化そうとしていたと言うことか。
そんなエピソードはゲーム内でも見たことはなかった。
「……どうして怒ってるの?」
「怒ってるけど……それはベロニカに対してじゃないから」
ゲームでも、ただ描かれていないだけで幼少期のベロニカはよくこういった事をしていたのだろうか。痛みを和らげるために、より痛みを求める様な歪な行為を、誰も止めてやらなかったのか。
どこまで主人公に優しくない世界だろうと思った。
「あの蛇ね。たまにしか見つからないの」
「そっか……でも、もうあんな事はしないでほしい」
俺が懇願すると、ベロニカはその場に座り込んでしまった。体育座りをして顔を伏せる少女はぽつりぽつりと話し始めた。
「叔父さんは、私が醜いから叩くって言ってた」
「……あいつがそんな事を言ったのか?」
「私って黒い髪に、赤い目をしてるでしょ? 皆とは違うから。だから誰からも愛してもらえないんだって」
「そんな事ない」
「じゃあ、ヴァンは私の事が好き?」
その言葉を聞いて、俺は固まった。
「それは……」
すぐに答えられなかったのは、ベロニカが主人公だからだ。
この世界の絶対者であり、他の何者にも代え難い存在で、そんなベロニカにモニターの前でただ見ていただけの俺が何を言えるのだろうか。
「そうだよね。私わかってた。ヴァンは優しいから。騎士になりたいって言っていたし、そんな自分を目指しているから、私にも優しくしてくれるんでしょ?」
「そんな訳ないだろっ……?」
ここには俺とベロニカの二人がいるのに、まるでそれぞれ独り言を話している様だった。
どうして伝わらないのだろうと、歯痒さだけが残る。
「私って生まれてくるべきじゃなかったのかな」
「──それは違う!」
諦念を感じさせる表情のベロニカに、俺は即座に反論した。
毎日退屈で、会社と家の往復だけで、何も生きてる意味なんてないって思ってた俺が、彼女に確かに救われたのだ。
プレイヤーとキャラクターの関係だったが、それでも彼女を一人の人間として見守り、そして最高のハッピーエンドを願った。そこに嘘偽りはない。
「ヴァンに一個だけお願いがあるんだけどいい?」
「……ああ、何でも言ってくれ」
あの叔父をどうにかしてくれと頼むならば必ずそうしてやる。それとも自分の代わりに世界を救ってほしいと願うなら、それだってやってやる。
俺はベロニカのためなら──。
「私に嘘だけはつかないでほしい」
頭を横殴りされた様な気持ちだった。
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