第二話
ヴァン・シュナイゼル。
一代限りの騎士となった父親を持ち、母親は生まれてすぐに他界した。
主人公ベロニカの幼馴染であり、ゲームでは序章で呆気なく死ぬキャラだ。
だが、このキャラは意外にも俺の印象に残っている。
なぜかと言うと、このキャラはベロニカの物語が始まるきっかけであり、本人ではないが父親が作中屈指のチートキャラだからである。
つまりベロニカはヴァンが退場する事によって巨人族との戦いの道を選ぶ事になるため、ストーリーにおいて『いなくてはならないキャラ』であり、そして同時に『死ななければならないキャラ』でもある。
「異世界転生って奴か? まさかゲームの世界に転生するなんて……。けどよりによってヴァンなのか……。って事は俺死ぬの確定なの?」
ストーリーでは14歳の春にベロニカを庇って死ぬ事になっている。今は何歳くらいなのだろうか。
自分の姿を見る。
銀色の髪に緑色の瞳。
父親の髪色と、母親の瞳を受け継いだ姿だ。
「実際に見るとなかなか……」
さすがは悲劇のモブキャラだけあって顔だけはいい。
見た感じでは小学校高学年くらいだろうか。
ストーリー上でのヴァンが死ぬ時はもっと身長は高かったし、まだ猶予はありそうだが。
「坊ちゃん?」
扉を開けて入ってきたのはメイドのキャロットだ。
若い女の子でオレンジ色の髪とそばかすの浮く顔。明らかにニンジンをモチーフに作られたキャラである。
「何か用?」
「いえ、話し声が聞こえたので」
「独り言だから気にしないでくれ。それより俺って今何歳だっけ?」
俺の言葉にキャロットは少し戸惑った様子を見せたが、すぐに答えてくれた。
「ついこの間12歳になられましたが……」
つまりヴァンが死ぬ事になるイベントより2年前ということか。
原作の本編はベロニカが13歳の時から始まるのを考えると、本編が始まる1年前だ。
そこで俺はふと気になってキャロットに尋ねる。
「そういえば父さんは今屋敷にいるのか?」
「旦那様でしたら、一年半前から家を空けていらっしゃいますが……まさか旦那様に会いたいのですか?」
この反応はなんだろうか。そんな変な事を言った覚えはないのだが、唯一の肉親の所在を尋ねることがそんなに不思議なのか。
「まあ、会いたいのは確かだけど」
「まあ!? それでしたら執事長のリカルドさんにお伝えいたします!」
キャロットはそれだけ言って、部屋から飛び出して行った。
「何がどうなってるんだ?」
ヴァンの父親であるロアンドールは作中屈指のチートお助けキャラだ。
俺もゲームをプレイしている時は何度も助けられた。
だが、本編が始まってすぐに退場するヴァンとロアンドールの関係については親子という以外はあまりよく知らない。
「剣王ロアか……」
この世界はゲームであり、明確な敵が存在する。
それが巨人族であり、その中でもネームドと呼ばれる存在とベロニカは対峙していく事になる。
そんな中で時々ベロニカを助ける謎の剣士ロアがヴァンの父親であるロアンドールだ。彼はロアンドールという騎士の顔とは別に、剣王ロアというもう一つの顔を持つ。
「わからん……ヴァンが退場する前にロアンドールは出てこないもんなぁ」
そう。父親であるロアンドールはヴァンが死ぬ時に村にはいない。
ヴァンと話している場面も無い上に、ヴァンのことについてベロニカに話していた記憶もない。
だからこそヴァンとロアンドールの関係については詳しく知らないのだ。
仲はいいのか、それとも悪いのか。
個人的な解釈ではヴァンはベロニカと話している時も父親の話はしなかったし、あまり興味がないように見えた。騎士の息子であることは誇りに思っていた様だったが。
ロアンドールもベロニカを手助けはするが、そこにヴァンの存在は関与してない感じがした。
「まあ、放っておいた挙句死なせてんだからいい父親ではないよな。かっこいいから許せるけど」
ロアンドールが側にいればきっとヴァンは死ななかったはずだ。
俺個人としてはクールでかっこいいロアンドールは大好きなキャラだが、父親としては少々無責任な気がする。
「とりあえず方針を決めないとな……」
ストーリーに忠実に向き合うなら俺が死なないとベロニカがストーリーを始めるきっかけが生まれない。
だが、俺が死んでベロニカが動き出しても最終的に彼女は死んでゲームは終わる。
「あーくそっ、どうすりゃいいんだ。死にたくはないけど、ベロニカの覚醒イベントは絶対に必要だし」
ベロニカは主人公であり、この世界を救う役割を持っている。だからベロニカが覚醒しなければそもそも世界が滅びる。
「……本筋は変えないようにして、要所でベロニカを手助けできれば一番いいんだがなぁ」
口に出してみると最適解に思えるのだが、あまり想像がつかない。
ヴァンはモブキャラだし、ベロニカが向き合っていく数々の問題に貸せるだけの力があるのだろうか。
「とりあえずヴァンの事を知らないと何にもならないな。いや、それより先にベロニカに会いに行こう! 12歳って事はすでにベロニカと知り合ってるだろうし」
俺が今いる屋敷は、小さな村に建てられている。一応は父親が騎士なため、割と立派な家である。
そして、ベロニカは村の外れにある小屋に住んでいて、村ではよく一緒に遊ぶ仲のはずだ。
「そうと決まれば主人公を見に行くか。リアルで主人公を拝めるなら、ある意味転生してよかったか」