第九話
俺は魔導銃を持ったまま森に向かった。
リカルドに聞いた所によると、魔導銃は扱うのが大変難しい代物らしい。
ベテランの魔導士でも撃つことが出来ない事もあるらしく、魔導銃を撃てるだけで王国軍の精鋭部隊に入れる程だという。
モニターの前でゲームをしているだけではわからなかったが、俺が見ていた魔導士は皆エリートだったらしい。
「これは安全装置か。これはまんまトリガーで、こっちのツマミはなんなんだ?」
独り言を漏らしながらイフリートを触っているが、正直に言うとあまり気分は乗らない。
俺が年相応の子供ならば新しいおもちゃに気分も盛り上がるのだろうが、あんなシリアスな話をした後でそこまで能天気にはなれない自分がいた。
リカルドの話を聞いて、俺自身も心の奥底ではこの魔導銃を扱うにはまだ早いということもわかっている。
だが、俺には時間がないのだ。今は1秒でも早く力が欲しい。
安全装置を外し、銃を握ってみる。昔見たアクション映画をイメージしながら、両手でグリップを握り込む。
近くに見える木に向かって、トリガーを引いてみるが何の反応もない。
「魔導銃って魔力を撃つんだよな。なら魔力を補充してやらないといけないのか?」
見た所、銃にあるべきマガジンの様なものは存在しない。グリップの底部も開かないし、銃身に弾込めをする様な箇所もない。
「魔力を込めるってどうやるんだ……? 魔導回路を出せばいいのか?」
本編では魔導士が銃を撃つ時、魔導回路を発現させていた。それが銃を撃つ条件なのだろうか。
そうと決まれば俺は瞼を閉じて魔導回路を出すために集中する。そして、身体に回路の模様が浮き出たのを確認すると、イフリートを持ち上げた。
ゆっくりとトリガーを引いてみる。
「っ……出ないな。それに回路も消えちまったし、どうなってるんだ?」
それから何度か試してみたが、イフリートを撃つことは出来なかった。
「トリガーを引く時に何か魔力が抜けてる様な感じはするんだよな……やり方自体は間違ってないのか」
もしかしたら俺の魔力が足りないのだろうか。その可能性はある。ゲームでは魔導士のMPは目で確認できたが、この世界ではどうやってもステータスウィンドウなど見れない。
「そもそも魔力を補充ってどうやるんだよ」
魔導士入門Ⅰには魔力を知覚し、魔導回路を出す方法しか書いてなかった。魔力は血液と一緒に身体中を循環しているとは書いてあったが、それを他の物に移す方法などあるのだろうか。
そこまで考えて俺はハッとする。
「待てよ。魔力は血液と一緒に流れてるんだよな。なら、この銃に俺の血をつければ、もしかしたら魔力が補充されるんじゃないか?」
俺は森の中を見渡す。何か手頃なものがないか探していると、棘の生えた植物の枝を発見した。
それを手で強く握り、枝を素早く引き抜くと痛み共に手のひらに切り傷ができた。
「いってえ……よし、これでどうだ?」
イフリートのグリップを握り込み、魔導回路を発現させる。
さっきよりも、身体の中の魔力が抜けていっている気がする。怪我をした手のひらが痛むが、それを気にせず、俺はイフリートのトリガーに指をかけた。
「──!?」
トリガーを引き絞った瞬間、まるで手のひらが燃える様な痛みを感じ、俺は思わずイフリートを地面に落とした。
「う……ぐああ!」
手のひらを見ると、自分でつけた切り傷を中心に火傷の様に爛れていて、しゅうしゅうと煙が立っていた。
「何でだ……? 何がいけなかったんだ?」
痛む手のひらに、俺は手首を握って耐えながら考える。
「確かに手応えはあったのに、どうして撃てなかったんだ……? それにこの熱は一体……いや、待てよ。これってもしかして暴発したのか?」
銃火器が暴発する事があるというのは知識では知っていた。火薬を使わない魔導銃にそれが適応されるのかは疑問だが、現象としては似ている気がする。
そう考えれば納得がいくが、なぜ暴発したのかがわからない。地面に落ちているイフリートを拾い、まじまじと見てみると、そういえばツマミの様なものがあるのを思い出した。
「このツマミってもしかして火力を調節するためのものか?」
暴発したのはきっと俺が注いだ魔力が多すぎたからだ。
ここでいう俺の魔力は、銃火器にとっての火薬の様なものだろう。そして、想定されている量より火薬が多ければ、当然暴発を起こす。
ツマミを見ると、一番左側に回されていて、つまり低火力に設定されていたのだろう。なのに、俺が魔力を多く注いだから暴発したと。
だが、魔力を注ぐ方法を俺はこれしか知らない。つまり、この銃の火力調節機能を使って、自分の魔力と丁度合う部分を探さないといけないのか。
それまで何度、俺は手のひらを傷つけることになるのだろうか。
「こんなの撃てる様になるのか……?」
ズキズキと痛む右手を見ながら、俺は不安感を抱いた。
「とりあえず今日はここまでか……」
右手がこんなんでは、銃の練習などと言ってられない。俺はイフリートをホルスターに収めて、屋敷へと小走りで帰った。
――――――――――――――
魔導銃の訓練を始めてから、もう三日が経った。
「ぐぅ…! くそっ!」
俺は地面に蹲りながら手のひらの痛みに耐える。何度やってみても丁度自分の魔力と合う箇所が見つからない。
このままではイフリートを撃つ前に、俺の右手が無くなってしまう。
「……はぁ……もう一回だ」
けど、諦めるわけにはいかない。俺にはこれしかないのだ。こんな事をしてる間も、ベロニカは叔父に殴られているかもしれない。一人で涙を流しているかもしれないのだから。
「ちっ……止まれよっ」
銃を持ち上げる右手が震えて、照準が合わせられない。痛みのせいでもあるし、恐怖のせいでもある。
それでもトリガーを引き絞ろうとしたその瞬間、誰かに肩を叩かれた。
「え?」
後ろを振り返ると、外套を羽織った旅人の様な姿の人物が立っていた。
「邪魔してすいません。少し聞きたいことがあって」
フードを外して素顔を見せたその人物は女性だった。
どこか異様な雰囲気のある人物だ。柔らかい雰囲気の女性で、栗色の毛量が多い髪を無造作に後ろで結いていて、口元は笑みを浮かべているのに、目は少しも笑っていない様に見えた。
「……誰?」
「あー自己紹介が遅れちゃったっすね。私の名前はフローリアっていいます。旅人っす」
大袈裟に頭を掻きながら謙る女性に不信感を抱きながらも、俺はとりあえずイフリートをホルスターに収めて向き直った。
「旅人って言ってもこの村に観光地なんてないけど」
「いやー。実はこの村には観光で来たわけじゃないんすよ。人探しっす」
見た所、旅人であるのは本当らしい。見た目など気にしないかの様な小汚い格好で、仮にも女性なのに顔も薄汚れている。
「一体誰を探してるんですか?」
「そうっすねえ。ロアンドールって男を探しているんですけど、少年は知ってたりしますか?」
その名前を聞いて俺は腕を組む。
さて。どうしようか。目の前の人物は明らかに不審者である。適当な話し方に汚い身なりで、第一印象も良くないし。
何より俺の魂が言っている。この女性はどこか危険な雰囲気があると。
だが、ゲームをプレイしている時も見たことはない顔であるし、名前も聞いたことはない。
偽名を使われていたらどうしようもないが、ストーリーに大きく関わってくる人物ではないなら危険は少ないのだろうか。
「うーん」
俺が悩んでいると、フローリアは焦った様に手を振る。
「あの。別に無理に聞き出そうってんじゃないんすよ。ただ、この村の子なら知ってるかなって思って」
慌てている様子のフローリアを見ていると、毒気が抜かれてしまった。俺はため息をついて口を開く。
「ロアンドールは俺の父親です。けど、今は村にはいないんですよ」
俺の言葉にフローリアは少し固まった様に見えたが、すぐにまじまじと俺の顔を見ながら話し始める。
「へえ。息子さんだったんすねえ。それは警戒していた理由もわかるもんっすね。何せいきなり知らない人間に自分の父親の所在について聞かれたんすから」
「そ、そうですね」
「あの男は銀髪だって聞きましたが、確かに君も銀髪ですもんね。なるほど。気づかなかった自分が全面的に悪いっす。すいませんね」
「あの」
「なんすか?」
「ちょっと離れてくれます?」
フローリアは額同士が当たりそうな程顔を近づけてきていた。何とも距離感のバグった人物である。
「あ、すいません。それより少年。悪いんですが今日泊めてくれませんか?」
「は?」
「お願いっす。何日も野宿してきて疲れてるんすよぉ」
「そっちの都合なんて知らないし……っておい! ひっつかないでくれ!」
この女、脚に縋り付いてきやがった。プライドってものが無いのか。
「ねえ? いいでしょう? 少しの間だけっすから」
「少しの間って何泊するつもりだよ!? 待って! ズボン脱がさないで!」
「はっはっは。きっと後悔させないっすから!」
俺は諦めて口を開く。
「わかったよ! 泊めればいいんだろ!?」
そう叫ぶと、漸くフローリアはにやりと笑って離れた。さっきまでのどこか信用の置けない表情ではなく、素直な笑顔の様に見えた。
「そうこなくちゃ。改めてよろしくお願いします。フローリアっす。少年の名前は?」
「ヴァン……です」
この数奇な出会いが、後々の人生を変える事になるとは思いもよらなかった。




