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9 想定外キュートアグレッション

 会場に入って真っ先に家族写真を撮った。

 お世話になっている人への挨拶回りそっちのけで写真家を見つけて、撮ってくれと迫っていった父の気迫は凄まじかった。写真家は震えながら頷くことしかできなくて、側からみても可哀想だった。


 館内に飾られた桜の木を背景に、両親と兄と私の4人と、小町と桜を入れた6人の2枚撮った。

 現像された写真は後日郵送で届くそうな。

 会場にいる人たちから変に注目を集めたことで、母はひっそりと父の手の甲を摘んで怒っていた。私も恥ずかしかったので、お母様もっとやってやれという気持ちだ。


 主催者の挨拶が終わり、両親と兄は挨拶回りに向かった。私はといえば、桜と一緒なら好きに過ごしていいと言われ、放逐されてしまった。

 両親の桜への厚い信頼は何なんだろう。桜がやってきてまだ二週間も経っていないはずなのに。

 小町は裏方に知り合いがいるから手伝いをすると言って、早々に席を外していた。いつ何時も働き者で感心してしまう。

 正直、挨拶回りに付き合っても顔も名前も覚えられなくて、暇だったと思うから気楽に過ごせるのは有り難い。


「庭園に行ってみましょう」


 そう言って振り返ると、桜は足元を見ながらキョロキョロしていた。

 何か探しているような仕草だ。


「どうしたの?」

「……桔梗様の髪飾りが取れていて、落ちていないか探していました」

「……本当だわ」


 後頭部の方を触ると確かにリボンがない。


「申し訳ございません、よく見ておらず……。会場に入る前まではあったとわかるのですが」

「桜が謝ることじゃないわ。私こそ、気にしてなかったから」


 金具の部分が緩んでいたのかもしれない。

 ここの給仕の人に落とし物をしたことだけ伝えて、見つかったら吉と思っておくしかないだろう。

 本当に落ち込んでいる様子の桜を宥めながら庭園の方に向かおうとして、声を掛けられた。


「あの、探しているのはこれでしょうか?」


 ハキハキした少年の声だ。そちらを見やって、思わず目を見開く。

 キリリとした眉に意思の強そうな瞳、目の周りは黄色い縁取りがあり、青みがかった色の髪は短く刈り込まれ、服装は白い詰襟に、半ズボン。

 何より一番目を引くのは、背中に生えた白地に鋼色のしま模様が入った大きな翼。

 燕昂司隼人えんしょうじ・はやとがそこにいた。


 か、

 か、

 可愛い……。


 将来イケメンになることは間違いない顔立ちだけど、今はただただ年齢相応の愛らしさしかない。

 母性がある人なら、その初々しい佇まいに誰もがキューン!となるだろう。


 隼人は探していた白いリボンを手に持っていて、その足にはなぜかコウテイペンギン100%の子が引っ付いていた。

 状況は意味不明だけど、何とか平静を保ってリボンを受け取る。


「ありがとうございます、探していたものです」

「……よければお名前を聞いてもいいでしょうか」

「え?」


 まさか名前を訊かれるとは思ってなくて一瞬固まる。だってあの燕昂司家ぞ?

 疑問符が浮かびながらも、脳内を高速回転させ、視界の端にいた桜を見て一つの答えに辿り着く。

 もしかして:桜に一目惚れして、私の自己紹介の流れで桜の名前を聞きたいのかもしれない。

 なるほど。将来立ち塞がる悪女としては邪魔をしてもいいけど、ここは大事な出会いのシーンだから、仕方なくキューピットしてやりましょう。


観月白妙大社みつきしろたえたいしゃ宮司の長女、白木院桔梗と申します」


 スカートの裾を持ち、淑女の礼をとる。


「そしてこちらは私の付き人をしてくれている桜です」

「桜と申します。よろしくお願いいたします」


 隼人は緊張しているのか顔を赤くして視線を彷徨わせた後、足元にいたペンギンの子を見て、はっと気づいたように顔を上げた。


「失礼、私どものあいさつができていませんでした!燕昂司家次男の燕昂司隼人と申します。こちらは三男の幸平こうへいです」

「こうへえです」

「隼人様、幸平様、よろしくお願いします」


 足元にいたペンギンは弟だったのか。

 コウテイペンギンの赤ちゃんそのままの幸平くんは、灰色のもこもこした体に、黒いつぶらな瞳でこちらを見上げていて、控えめに言っても抱きしめたいくらい愛くるしい姿だった。

 父が言っていたように本当に鳥類が生まれやすい家系らしい。


「あのね、その白いの、こうへえが見つけたの」

「そうでしたの。探していたので助かりました。ありがとうございます」


 幸平くんに視線を合わせるように屈んで、そのもこもこの頭を撫でる。合法だから!これは自然な流れだから!あ、めっちゃふわふわ!ペンギンの赤ちゃんってこんな触り心地なんだ……。

 触り心地を脳内に永久保存して立ち上がる。


「隼人様も、わざわざ届けていただいて申し訳ございません」

「いやその、話したいと思っていたので……」


 語尾になるほど彼の声は小さくなっていく。

 明朗快活を絵に書いたような少年なのに、相当緊張しているようだ。

 桜も何か喋ったらいいのに、と横目で見ると、目を瞑って無の表情をしていた。え!失礼!


「き、桔梗さんと呼んでいいでしょうか?」

「どうぞお好きなように」

観月山かんげつさんの白妙大社は、正月に家族でよく行っております」

「そうでしたのね。実は秋の玉祷祭ぎょくとうさいで神楽を舞う予定なので、良かったら見にいらしてください」

「必ず!!……行きます」

「なんのはなしー?」


 ふふ、なかなかキューピットしてやったのではないかしら。

 次に会える日の目安も作ってやりましたよ、と桜を見たら、明後日の方向を見ていた。だから失礼!目の前にいるの侯爵子息!

 幸平くんが飽きたのかぐずり始めたので、隼人は弟を抱えた。羨ましい。私も抱っこしたい。


「すみません、弟が」

「いえ、遅い時間ですものね」

「秋の祭り、必ず行きます。では失礼します」


 丁寧に礼をしてから、人が集まっている方へ戻って行った。人の輪の中心には、隼人と同じように大きな翼が生えた人がいたから、おそらく彼の父親だろう。

 この会場に来る前に見た、空から下降する二つの影も隼人とその父のものだったのかもしれない。


 はあ、それにしても抱っこされた幸平くん、ぬいぐるみみたいだった。

 お父様に頼んでペンギンの赤ちゃんのぬいぐるみ買ってもらえないかな。この時代ぬいぐるみってあったっけ?


「桔梗様、早く庭園の方に移動しましょう」

「え?あ、ちょっと待ってこれつけて」


 桜にリボンを渡してつけ直してもらう。


「桜、隼人さんともっと話さなくて良かったの?」

「なぜです?」

「なぜって……」


 桜の表情は心底不思議そうだった。

 隼人に会うのは目的外だったのか。残念、脈はないみたいよ、と心の中で隼人に合掌する。


「桔梗様は彼のことが気になるのですか?」


 色んな意味で気になるは気になるけど。それよりも。


「……幸平くん可愛くなかった?」

「確かに可愛かったです」

「ね、そうよね!すっごく可愛かった〜」


 共感が嬉しくて、ふふっと笑ってしまう。誰かとその話をしたくて仕方なかったのだ。

 でも、あっと気づく。桜が呆けた表情をしているから、自分の表情筋は大変緩んでいたらしい。

 慌てて、表情を取り繕う。


「……そう、庭園ね。早く行きましょう」

「私は今の桔梗様の表情の方が、比べようもないくらい可愛かったですよ」

「……」


 何でそういうことを恥ずかしげもなく言えるの。

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