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7 ラメラメフィルター

 花の宴を夜に控え、母が用意してくれたドレスに手を通す。

 シュミーズ風のドレスで、透明感のある白を基調とした柔らかい生地に、ウエスト部分も締め付けがない子供用のものなので、ワンピースのように一人で簡単に着ることができた。

 姿見に映る自分は控えめに言っても妖精のようだった。

 尻尾を通すテールホールもあるので、ドレスなのに全く窮屈さを全く感じない。ドレスって敷居が高いイメージだったけど、これならいくらでも着られそうだ。


 着付け室から出ると、髪を仕上げるために待機していた桜と目が合う。

 桜も今日はいつもの着物と違って、薄墨黒に縦縞の入った着物に、フリルがあしらわれたエプロンを身につけている。これも母が用意したもので、まるで和風メイドみたいでとても愛らしい。


「どう、変じゃないかしら」


 私がその場でくるりと一回転すると、桜は口元を手で押さえた。


「……よく見えなかったのでもう一度お願いします」

「……」


 なんでよ。絶対見えてたでしょ。

 胡乱げに見つめ、尻尾を不機嫌に揺らすと、桜は誤魔化すように笑う。


「女神様が出てきたのかと思いました」

「大袈裟すぎ」

「いえほんとに。写真機で保存したいくらいです」


 そこまで言われると悪い気はしない。

 鏡台の前に座ると、桜は櫛を手にとり、私の髪を梳かし始める。


「どんな髪型にするの?」

「奥様とも相談したのですが、桔梗様の髪質を生かして、コテでカールを強くして、西洋のお人形さんのようにしようかと思います」

「ふぅん」


 この時代すでにコテあるんだ、と思っていたら、桜は火鉢に刺さっていた熱々の金属棒を取り出した。

 え、まさか……。


「それを使うの……?」

「はい、熱を与えることで、髪は癖がつくのです」

「それは知ってるけど……」


 どう見ても拷問に使いそうな見た目のそれに毛が逆立つ。

 この前、刀を持つ桜に怯えまくった身としては、背後に立たれるだけでもちょっと緊張するのに、そんな凶器を持たれたら安心できるわけがない。


「大丈夫です。たくさん練習したので」


 確かに今日の桜は顔まわりと毛先がウェーブした髪型になっていて、洒落ててとても可愛い。小町にやってもらったのかと思っていたけど、自分でやったのか。

 彼女の手指をよく見ると、火傷したのか、木綿のガーゼが巻かれていた。練習したというのは本当らしい。


「顎下から毛先にかけてしか当てないので、お肌の近くには寄りません。桔梗様が心配なさっていることは、命にかけても絶対に起こさないのでご安心ください」


 重い重い、かけるものが重すぎる。

 小町は母の支度に付きっきりだし、桜も今日のために意気込んで準備してくれているわけで、だんだん断りづらくなる。

 ぐるぐると考えて、小さく深呼吸する。


「……よろしく頼むわ」

「はい、お任せください!」


 いやこれは絆されたわけじゃなくて、人として努力には応えたいってだけで。

 それにここしばらく桜の様子を観察して、私に直接危害を加えようと思っていないことはわかった。

 刀も先日の洞窟の件以降は、一度も目にしていない。

 今は廃刀令が出ているし、見つかったらまずいものだから、両親に見つからないように隠してるだけだと思うけど。


「そういえば、部屋作りは順調なの?」


 洞窟を自室にすると言っていたけど、どうなったのだろうか。

 桜は私の髪を一房とりながら、危なげなく巻いていく。


「はい、とても快適です。良ければ、いつでも見にいらしてください」

「……いつかね」


 あの場所はもうトラウマなので絶対行きたくない。

 私の心配を他所に、髪はあっという間に巻き上がり、仕上げにサイドの髪を三つ編みにして、ハーフアップにしたのち、大きな白いリボンで留められる。主人公は美容師のポテンシャルもあるのかと驚く。

 鏡に映る私は控えめに言っても、この世の者ではないと言われても信じそうなくらいキラキラしていた。

 すごい、ずっとラメフィルターがかかっているようだわ。


 桜の方を見上げると、また口元を抑えた。


「お家に写真機ありましたっけ、今すぐ取ってきて良いでしょうか」

「なかったと思う」

「どうして……」


 桜は本気で悔しがっていた。

 自分の努力の集大成の仕上がりだものね、そりゃ写真に残したいと思うわ。


「そうだ、桜、よかったらこれを」


 鏡台の引き出しから、小包を取り出して、桜に渡す。


「あなたの見た目は目立つし、よからぬことを考える人もいるだろうから」


 桜は小包を開け、中身を取り出した。

 神楽舞の衣装作りをしている人に頼んで、作ってもらったヤギの耳を模した付け耳だ。

 頭の横側中央に耳がついていて、尻尾が目立たない動物を考えて、ヤギしか思いつかなかったのだ。

 桜の髪色に合わせて黒い毛色にしているので、この耳をつけたら、一見黒ヤギの種族に見えるだろう。


「……私のために作ってくださったのですか?」

「花の宴には権力を持つ人がたくさん集まるわ。用心するに越したことはないと思って」

「ありがとう、ございます」


 桜は花が綻ぶように、心から嬉しそうに笑った。


「桔梗様は本当に心優しいですね。大事に使わせていただきます」

「……私だけじゃなくて、お父様と兄様にも相談して、協力してもらっているわ」


 ゲームのストーリーが始まっていないうちから面倒が起こるのは嫌だってだけで作ってもらったのだ。

 純粋無垢な笑顔で感謝されて、居心地の悪さを感じる。

 桜は鏡を見ながら付け耳をつける。サイズはぴったりでさすが職人仕事と感心する。


「聴き取りも大丈夫そう?」

「はい、全然違和感がないです」


 黒ヤギになった桜は何故か愛らしさよりも戦闘力が上がったように見えた。

 ……そういえば黒ヤギって悪魔の象徴とか言われていたような。気づかなかったことにしよう。


 居間へ行くと、両親と兄、小町が準備を整えて揃っていた。

 皆んな洋装で、まさしく華麗なる一族といったビジュアルだった。

 父は私の姿を見ると、胸を押さえて膝から崩れ落ちた。


「写真機買ってくる」

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