6 悪戯な微笑み
華族に列す令嬢として、マストの嗜みがある。
それは「習字」「和歌」「琴」、これらは教育以前に教養として身につけておかなければいけない。
さらに「裁縫」「手芸」「図画」もできなければ笑われてしまう。
そこに宮司の娘として「神楽舞」も人並み以上にできないといけない。
私は毎日何かしらの手習や稽古に追われていた。
神楽笛が奏でる調子を聴きながら、空気をなぞるように滑らかに手を動かし、右足と左足が離れないように気をつけながら足を運ぶ。
「桔梗さん、もう少し重心を低く、お腹に力が入ってない」
「はい」
「また手の動きがふにゃんふにゃんになってる。滑らかに、だけど指の先まで芯が通っているように動かす」
「はい」
神楽舞のお師匠は母だ。普段はおっとりしていて優しいけど、指導の時は鬼のように厳しい。
足腰の鍛えが足りないから、神楽舞独特の姿勢は稽古時間と比例してどんどんキツくなる。
稽古場の隅には桜が控えていて、母に叱咤される私の姿をもろに見られ、ラスボスの威厳はどんどん地に堕ちているような気がする。
いつの間にか稽古や手習にも桜はついてくるようになった。見ているだけで暇だろうから、他のことをして良いと言っても聞かないのだ。
ほとんど四六時中引っ付かれるから、悪巧みも何もできなくて、一向にラスボス計画が進まない。……それが狙いなのだと思うけど、もはや女中というより付き人だった。
「尻尾を不機嫌に揺らさない」
……揺らしてないし。そもそも尻尾ってそんな制御できるものじゃないし。お母様はウサギだから尻尾が長い種族の気持ちがわからないんだわ。
「桔梗さん、尻尾」
「体の動きで勝手に揺れているだけですわ」
なんとか神楽舞の稽古を終えて、着替えに向かおうとする私を母が呼び止める。
「来週の花の宴に着ていくお召し物のことだけど」
「はなのえん?」
「……まさか、忘れてたの?」
「ソウイエバ来週デシタネ」
一昔前の少女漫画のように、目を白くしてショックを受けている母を前に、私は慌てて取り繕う。
朧げな記憶だけど、皇室や華族が集まって花見をするイベントだった気がする。
「そう!来週よ!和服の桔梗さんはそれはもうかぐや姫のように似合うけど、最近流行りの洋服もきっと似合うと思うの!どうかしら?」
「えっと……」
お母様の勢いが凄すぎてついていけない。
「桜さんもそう思うわよね?桔梗さんの洋服姿、見てみたいわよね!」
「ちょっと、お母様」
なんで桜に話題を振るの!
振り向くと、桜はきょとんとしていた。
「はい、桔梗様はお洋服もとてもお似合いになると思います」
「決まりね。お洋服を用意しておきますわね」
「……わかりました」
何でも良かったからいいけど、神社の娘って、古い仕来りを気にして着物一筋を貫くイメージがある。
母も父と同じで新しもの好きだから、あまり気にしていないのかもしれない。
「あの、奥様。私もその花の宴に、ご同行して良いでしょうか?入り口までのお見送りでも良いので……噂に聞く、花の宴の桜をひと目見てみたいのです」
え。そこまでついてくる気?
桜はまるで、シンデレラがお城の舞踏会に憧れるように、華やかな世界に焦がれる少女の瞳で母に訴える。
たまには桜なしで思いっきり羽を伸ばして、ラスボスへの布石を打っておきたいのに!
お母様に反対してもらいたいのに、すでに桜は我が母まで攻略していたらしい。母は目を潤ませていた。
「そんな入り口までと言わず、宴も参加していいのよ。私たちの付き人と言えばきっと入れるわ」
「良いんですか!」
良くない。
「奥様、感謝いたします」
お母様は御涙頂戴の悲しい話に弱い。そこに漬け込むとは、この主人公、策士すぎる。
絶対今のは演技なのに!地団駄踏んで母に訴えたいけど、この家では母が是としたことは絶対覆らないのだ。
「花見だったらうちの境内も有名なのよ。それで十分じゃないかしら」
次の手習に向かう廊下で、思わず桜に嫌味を言う。
神楽舞の稽古でほつれてしまった髪を、後ろで一つに結び直しながら振り返ると、桜はきょとんとした表情の後、悪戯っ子のように笑った。予想外の表情に心臓が跳ねる。
「実はあれは建前です」
「は」
「本当は、洋服姿の桔梗様を少しでも長く見ておきたいと思ったのです」
「え」
窓から差し込む陽光に照らされた桜は、ゲームのスチルのように綺麗で。
思わず固まってしまって、髪を纏めようとしていた手から髪がぱらぱらと落ちる。
桜はくすりと笑うと、私の手を引く。
「こちらへ、結び直しますよ」
廊下に面した客間の和室に座らされて、桜は準備よく風呂敷の中に持っていた櫛で、私の髪を丁寧に梳かしていく。
「桔梗様の髪はとても綺麗ですね、まるで絹のようです」
「……そう?」
そりゃ、毎日椿油をつけて手入れしてるもの。
褒められるのは嬉しいけど、髪を桜に触られるのは初めてで、なんだか落ち着かない。
さっきの稽古で汗をかいたから、匂ってないかとか変なことが心配になってくる。
流れで桜に結び直してもらってるけど、何で断らなかったのかと、さっきの自分を小突き回したい。
「……桜は髪を伸ばさないの?」
「私は手入れが苦手なので」
ゲームでも桜はボブヘアだったから、ずっと伸ばさないのだろうか。
長くても似合いそうなのに。少しもったいないと思う。
桜の手つきは優しくて、稽古の疲れもあって少し眠たくなる。
敵を前に眠るわけにはいかないので、桜の手の動きに集中して、眠気から気を逸らす。
櫛で梳かしながら髪をまとめて、紐で結ぶ手際はとても慣れている様子だった。
桜は父子家庭で姉妹のいない設定だから不思議に思ったけど、私と同じで前世の記憶があるなら、誰かの髪の毛を結んだ経験があってもおかしくないか、と気づく。
彼女の前世はどんなものだったんだろう……。
「できました。いかがでしょう?」
手鏡を差し出されて、自分の姿を見ると、今女学生の間で話題になっている髪型だった。
ハーフアップをして、下の方でも結んで、三つ編みにして纏める、マガレイトという髪型だったはず。
「これって、今流行っている髪型よね?」
「そうです、桔梗様ならきっと似合うと思って」
「すごい、器用なのね」
ちゃんとリボンまでついていて、随分と準備がいい。……まさかずっと私の髪を触るチャンスを狙っていたのだろうか。いやいや、まさかそんなはず。
「思っていた通り、すごく可愛いです」
「……ありがとう」
「そうだ、花の宴での髪型も、私に触らせてください」
桜はまた悪戯っ子のように笑うので、うぐっとなる。
やっぱりこの子、策士だわ。人のツボを心得ている。
どうしてこんなにも私の気を引こうとするのか、ずっと不思議だったけど、やっとその魂胆がわかったかもしれない。
きっと小町やお母様のように、私まで攻略するつもりなんだわ。そう考えると、今までの桜の言動にも腑に落ちる部分が多い。
懐柔してしまえば、将来暴れ回るラスボスになる可能性は低くなるものね。
私の悪巧みを察して先回りして潰し、さらに私が桜に絆されるように仕向ける──という二重作戦。
企みが分かってしまえばこちらのもの。その手には乗らないから。
何たって私はラスボス。絶対に攻略なんてされるもんですか。




