3 お化けなんて怖くない
「桔梗様、おはようございます」
「おはようございます」
境内ですれ違う巫女さんたちに挨拶をする。
本社の境内は広く、参拝者も多いため、巫女・禰宜・出仕など仲執持が多くいる。
小高い山の頂に本殿があり、参道には紅の鳥居が何千も連なっていて壮観だ。
おそらく伏見稲荷大社をモデルとしていて、実際に全国各地に神社があり、ここは総本社にあたるという設定だ。
都の近くにあることから遥か過去から多くの人々の信仰を集めてきた。
そう、欲望がたくさん集まる場所だ。
ゲームの白木院桔梗もこの巫女という立場を大いに利用していた。
神社に仕える人々、参拝にきた信仰者、それらを眷属にして己の手足として動かし、鼠算式に勢力を伸ばしていった。
人を操る術に長けた九尾の力と、全国各地に拠点がある立場はあまりに相性がよかったのだ。そりゃラスボスにもなる。
境内には種々様々な獣の属性を持つ人を目にした。
獣要素100%の二足歩行なだけの犬の人もいたら、猫カフェがあったらセンターを飾りそうな猫耳猫尻尾猫の手の子もいる。
改めて景色は日本だけど、そこで生活する人たちは丸きり違って、本当にゲームの世界なんだと実感する。
今の私は桔梗として7年生きた記憶と生前の記憶が混ざって、生前どおりの自分でもないし、ゲームどおりの桔梗でもない存在だった。
変な感覚だけど、不思議と反発しあうことはなく、所作も言動も今までどおりの白木院桔梗として過ごすことができている。
狐としての耳や尻尾の使い方も、手足を動かすように自然と動かすことができる。
私はケモナーではないけど、フワフワした毛並みや感情と連動して動く耳や尻尾は目福でしかない。ケモナーではないけど。
ゲームを始めたきっかけはSNSで話題になってたからだったけど、ストーリーやキャラクターが魅力的すぎてどハマりしたのだ。
全身もふもふの攻略キャラクターもいるから、もし会えたら触らせてもらいたいなぁ……なんなら抱きつきたい。さすがに桔梗がやると変な意味になりそうだけど、ゲームプレイ時からこの毛並みはどんな触り心地だろうと、マイクロファイバーの毛布を触りながらよく妄想していたのだから仕方ない。
ちなみに普通に動物もいる。犬の獣属性を持つ人が犬をペットにしていることもある。
境内の掃除がひと段落して少しの余暇ができた。この時間をどう使うかは決めていた。
ゲームの桔梗は九尾の力の研鑽に余念がなかった。私も九尾の力を使いこなすために修行をしたいと思ったのだ。
ただ、九尾の力は悪しき部類に入る。父や他の仲執持が、どのくらいそういった妖力に敏感かはわからないけど、何かしら気づかれる可能性がある。
ゲームでも桔梗は、母屋から伸びる小道を進んだ先にある洞窟のさらに奥の空洞を工房としていた。
ならそこまで行けば神域から外れるのかもしれない、というのが私の想定だ。これからそこへ行こうと思う。
誰にも見つからないように耳をそば立てながら、ほとんど道なき道を進む。
家族や使用人ですら認知してない場所だ。道は整備されていなくて、自分よりも身の丈が高い草が生えて視界を阻む。
ようやく洞窟の入口の前に辿り着く。明らかに陰気な場所で、奥は光さえ届かず真っ暗だ。
狐は夜行性なので視界は問題ないけど、人間としての本能が警戒を示す。
今日は奥の様子を見て、必要になりそうなものを考えるだけにしよう。そう心に決めて歩みを進める。
洞窟内に自分の足音だけが響く。壁や足元を虫やトカゲがすり抜けるのがわかってゾワゾワとする。
空気はひんやりとしていて、冷たい風が奥から吹き抜けてくる。空気の通りは悪くないみたいだけど、なんだか幽霊でも出てきそうな雰囲気だ。
いやいや、桔梗が拠点にしていたくらいだし、出ないって。この世界は確かに妖怪も幽霊も出るけど、私一応巫女だし、そういうのわかるっていう設定だし、ここにいる感じしないし。大丈夫大丈夫。
洞窟の奥に祠のようなものが見える。思った通り、白木院の先祖が建てたであろう秘密の部屋だ。
祠の扉を通り抜けると、広々とした空洞になってるはず。
作った目的は分からない。ただの倉庫か、もしかしたら何かを祀る場所だったのかも知れない。分かるのは今は忘れ去られた場所だということだけ。
扉の高さは今の私の身長だと屈まず入れるけど、大人になったら身を低くしないと入れなさそうだ。
中は想像以上に広い空間になっていた。二、三人は生活できそうなくらい。地下水が通っているのか水の音も聞こえる。少し埃っぽいけど思っていたより清潔そうで安心する。……いや、綺麗すぎない?それに、何か動物や爬虫類だけじゃない、人間の香りがする──途端に洞窟内が明るくなる。暗さに慣れていた目に痛みが走り、思わず飛び上がって光源から距離を置いた壁に激突する。
全身の毛が逆立ち、音が聞こえて来そうなくらい心臓がバクバクと脈打つ。
いやああああ何!?なに!?おばけ!?出た!?!?
「桔梗様、何故ここに?」
聞き覚えのある、こんなところにいるはずがない、こんなところで会いたくない人間の声が聞こえた。
光に徐々に慣れた目を向けると、ランプを持った桜が立っていた。
叫ばなかった自分を褒め讃えたい。なにこれ、ホラーより怖い。