16 夏、冒険
「この中に姉貴さんの匂いがするものある?」
借りてきた鉛筆、手帛、懐紙、風呂敷などを煌夜に見せる。
煌夜はそれらに鼻を近づけた後、訝しげに私の方を見る。
「どっちかつーと、あんたの方から……」
「私?」
煌夜は突然耳を立て、勢いよく立ち上がった。
「げ、姉貴が近づいてくる!」
「ええ!!」
「この気配、すげえ怒ってる!」
「ええ!?」
まさか探ってるのがバレた!?
盗賊の一員なら、手段を問わないかもしれない。
あのイグアナのボスみたいな強さだったら、今鉢合いたくはない。
煌夜と参道の方に逃げようとして、進路を塞ぐように小柄な人影──桜が飛び降りてきた。
こんな時に……!
姉貴が来る前に早く煌夜を隠したいのに、おにぎりは!?小町はどうしたのよ!
「ここで何をしているんですか?」
「桜、これはえっと、この子が道に迷ってて……」
「アネキ!勝手にここに来てすみません!」
え?
煌夜は桜を見て「姉貴」と言った。
その尻尾は伏せられながらも喜びに揺れている。
「でも、まずそうな所を見つけて……」
「桜、どういうこと?」
煌夜の前に立ち塞がるようにして詰め寄る。
「この子に何の仕事をさせているの?」
「……」
桜は私から視線を逸らして、小さくため息を吐いた。
まるで面倒なことになったと言いたげだ。
「桜が最近寝不足なのと関係があるの?」
「……桔梗様には何の影響もないことです」
「……彼はどう見ても保護を必要とする子でしょう。それを都合良く使っているなら、その理由を聞かせて」
「おい、あんた何なんだ……そこどけよ」
桜は煌夜の方を鋭く睨んだ。
煌夜が怯えたように尻尾を丸めるのを見て、桜という人物像が自分の中で揺れ動く思いがした。
「ちょっと、そんなことしないで。桜のことを姉貴と呼んで、慕っている子でしょう」
「……確かに彼には探し物を手伝ってもらっていましたが、それだけです」
「探し物ってなに?」
「個人的なことなので、言えません」
桜の表情は能面のようで、これ以上何も話す気はないと分かる。
「そう、また秘密……」
胸の内から沸々と湧き上がる感情があった。
桜が煌夜という善意と悪意の区別もつかない子供を利用していたこと、そしてその理由をまた秘密にされたこと。
今までも、何を訊いても肝心なことははぐらかされてばかり。
「私は、桜を信じたいのに」
肩が震える。
「あなたのことがわからない」
──湧き上がるのは、怒りだ。
私は懐から一つの式神を取り出し──もう片方の手で煌夜の鼻を覆って、式神に祈りを込めて息を吹きかける。
蝶の形をした式神はひらりと舞い、きらきらと鱗粉を散らす。
「眠らせて」
桜が口元を腕で抑えるけど、もう遅い。
寝不足の者にはよく効く催眠効果のある鱗粉だ。ちなみに日々快眠の人には全く効かない。
桜が膝をついたのを見て、煌夜の腕を引いて走り出す。
「煌夜、私をここから連れ出して!」
「はあ!?」
そう叫んで崖の方へ飛び出す。
空中に放り出された私を煌夜が捕らえて、肩に担ぐように抱えた。
小さくなっていく桜を見ながら舌を出す。
「桜の馬鹿!今日は戻らないから!」
しばらくそこで眠って反省していたらいいわ!
狼男の身体能力はさすがで、10メートルほど落下したのに、人一人抱えながらあっさりと着地した。
「あんたがバカだよ」
「……後悔してない」
煌夜はため息を吐きながら、私を降ろした。
「あーあ、アネキすげぇ怒ってた。あんたのせいだ」
「うじうじすんな!行くよ!桜が寝ているうちに早く離れないと」
「あんた何か性格変わってない?」
「怒ってるの」
風呂敷を持ち直して、煌夜をじっと見つめる。
「お詫びに、私がその仕事引き受けるわ」
「……意味分かんねぇ」
煌夜が歩き出したのに並んで着いていく。
「私は桔梗。あなたは?」
「……さっきオレのこと呼んだろ」
そういえば、咄嗟に呼んでしまったかもしれない。
煌夜は見るからに私を怪しんでいる様子だ。
「……桜から聞いたことがあって。でもあなたから直接名乗られてないから、合ってるか不安で」
たぶんきっと私の尻尾はぴーんと伸びているに違いない。
母の指導をもっと真面目に受ければよかったと今さら後悔する。
「合ってる」
「え?」
「煌夜で合ってる」
そうぶっきらぼうに呟いた。
とりあえず信じてもらえたことに、ほっとする。
勢いに任せた行動で、帰ったら両親にも小町にも怒られることはわかっている。
何せ、春に大変な目に遭ったばかりだし。
でも気分は少しワクワクしていた。夏の青空がそうさせているのかもしれない。
「じゃあ、煌夜。さっき言っていた“まずそうな所”が何か教えて」
桜が何をしようとしていたか、今度は私が先手を打ってやろうじゃない。




