15 おにぎり水筒 風呂敷に詰め込んで
「入れねぇから、あんたに呼んできてもらおうと思ったのに」
「姉貴がわからないから連れて来れないわ」
煌夜は使えねぇと言うように舌打ちをした。
そっちこそ、顔と本名くらい押さえとけと言いたい。
姉貴とやらも用心深いのか、本殿付近には近寄らせないようにしてるのか。
ますます怪しい。
「じゃあ、家の裏口にから入りましょ」
「裏口ぃ?」
鳥居が通れないなら迂回する。一休さん理論だ。
煌夜をここに放っておくのも気が引けるし、家の敷地内にいてもらった方がまだ安心だった。
しばらく逡巡した様子の煌夜だったけど、しばらくして私の後ろに着いて来た。
「そこにアネキがいるのか?」
「……探しやすくなると思う」
煌夜も顔がわかっていない以上、その人の所持品を何か借りて、隠れ潜んでもらった煌夜に匂いを嗅いで当ててもらおうと思う。
手間だけど、私から匂いがすると言うなら、近くにいる女の人から始めていけば、案外すぐ見つかるかもしれない。
今日は手習も午後からだし、時間はある。
「その姉貴さんとの連絡手段はいつもどうしてるの?」
「いつもはアネキがオレんとこ来るけど、何か急いだ方が良さそうだったから、来てやったの」
「急ぎなの?」
「今夜あたりにやっとかないと死人が出るかもな」
そう言って煌夜は酷薄な笑みを浮かべる。
「……あなたと姉貴は何をしているの?」
「あんたには関係ねぇだろ」
死人が出るようなことに関係している?
悠長に考えず、姉貴を早く見つけ出した方が良さそうね。
裏道を進んでいくと、我が家の屋根が見えてきた。
もう少し進んだところで隠れてもらおうと振り返ると、煌夜は落ち着きなく周囲を警戒していた。
「なあこれ、鳥居の中入ってるだろ」
「鳥居は通ってないでしょ」
「ここにも近づくなって言われてんだよ」
ここにも?
「オレはさっきんとこに戻る」
煌夜は入室禁止と躾された犬のように、その場からそろそろと帰ろうとする。
「姉貴さんの匂いはこの辺りからもするの?」
「……通ったことはあるみたいだ」
煌夜は足元の土を嗅ぐ仕草をする。
この道は我が家を出入りする人くらいしか通らない道だ。
通ったのがどれくらい前かは分からないけど、家を出入りする人の中に姉貴がいる可能性が高くなった。
これは……家を守るためにも、急いで特定した方がいいみたい。
「姉貴さんの手がかりになるかもしれない物を持ってくるから、ここで待ってて」
「ここで?!アネキに見つかったらまずいって」
「あなた狼でしょう。気配を消してここで待て」
「っ!」
念押しでもう一回「待て」と言ってから急いで家に戻る。
家に入って、目に付いた女中さんや巫女さんに声をかける。
「書くもの貸して欲しいの」
「手帛持ってない?」
「懐紙が必要で」
などと声をかけたら、皆快く貸してくれた。
それを袖の中に隠して、台所を覗くと小町の姿があった。
小町は……疑いたくないけど、いやむしろ無実を証明するためよ!と心を奮う。
小町が今身につけているもので貸してもらえそうなもの、帯に挟まっている風呂敷がいいかもしれない。
「桔梗様、どうされました?」
「あ、えっと、その風呂敷借りてもいい?」
「かまいませんよ」
お礼を言って風呂敷を受け取ると、机の上におにぎりが沢山並んでいることに気付く。
「このおにぎりは?」
「宮大工の皆さんに差し入れようかと」
そういえば、本殿の一部を改修しているのだっけ。
ちょうどよかった。
煌夜はまだお腹膨れてないだろうし、ついでにいただいて行こう。
「少しもらっていい?」
「もちろんです」
何個必要だろう……お昼ご飯も兼ねようとしたら、育ち盛りの男の子だし、4個あればいいかしら。
小町から借りた風呂敷に、早速おにぎり4個詰め込んで口を結ぶ。
「桔梗様、何か隠し事ですか?」
「え!」
「うふふ、私も桔梗様くらいの時に色々やんちゃしました。秘密の冒険をしたり、子猫を親に隠れて飼ったり。よかったらこれもどうぞ」
小町はお茶目に笑うと、竹筒に水を入れて手渡してくれる。
装備が完全に遠足のそれになってしまった。
「でも無理はいけませんからね」
「……うん、わかってるわ」
誤解されているし、小町の気遣いに胸が痛むけど、お礼を行って台所を出る。
煌夜の元に向かおうと廊下を歩いていたら桜と出くわした。
一番厄介なのに見つかってしまったと、風呂敷をさっと後ろに隠す。
「おはようございます、桔梗様」
「おはよう、桜」
「そのお荷物、どうしたんですか?」
「……何でもないわ」
「持ちましょうか?」
「大丈夫、軽いから!」
どう撒こうか考えを巡らせていたら、桜は気づかないくらい小さなあくびをした。
「また寝てないの?」
「あ、いえ、大丈夫です」
ここ最近の桜は寝不足な様子だった。
夕ご飯を食べた後は自由行動なので、夜に桜がどこで何をしているのかは知らない。
訊いてもはぐらかされて何も教えてくれなかった。
「午後の手習まで時間があるし、寝ていてもいいのよ?」
「桔梗様が起きているのに、そういうわけにはいきません」
それより、と桜が詰め寄ってくる。
「何か隠していませんか?」
「……なぜ?」
「桔梗様は隠し事がある時、尻尾がぴーんとするんですよ」
自分の尻尾を振り返ると、ぴーんと真っ直ぐ伸びていた。
己の狐としての習性をこの時ほど恨んだことはない。
どう言い逃れようか、手習の時より真剣に頭を使って、ふと手に持った風呂敷の柄の花火に目がいく。
「……ねえ、今日の夜空いてる?」
「夜ですか?」
「今夜、花火大会があるでしょ。よく見える場所があるから、そこで一緒に見ない?ちょっと遠いんだけど……」
「桔梗様とならどこへでも行きますよ」
その言葉に、勝手に尻尾が揺れるのを感じる。
「じゃあ、夜7時に本殿前の鳥居で待ち合わせましょう」
この時代、手軽な連絡手段がないから、待ち合わせは一緒にいるその場で決めるのが確実だった。
桜は柔らかく微笑んだ。
「わかりました。必ず行きます」
「そこで桜が驚きそうなものを見せてあげる」
「驚きそうなもの?」
「そ」
含み笑いを隠すように唇に手を当てる。
「それが隠し事。秘密だから今は言えないわ」
これ以上追求を受ける前に、桜の横を通り抜ける。
「あと、小町がおにぎり作ってたから運ぶの手伝ってあげて!」
我ながらうまい言い訳だと、ほくそ笑みながら煌夜の元に戻る。
これでしばらく私のところには来ないでしょう。
今日で8月が終わりなんてバグだと思ったので、足掻きのように夏ぽい話始まります。




