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13 試行錯誤

 部屋で静養していた私は、暇に飽かして、折り紙を折っていた。

 前世の記憶を手繰りながら、立体のキツネの形になるように折っていく。


 あの晩現れた水干の男は、たぶん陰陽師だったのだと思う。

 陰陽師は九尾の狐という災厄を呼ぶ存在を危険視しているはずなのに、出来事だけを追えば、あの男は私を九尾と知っていながら手を貸したように思える。

 理由は分からない。

 でもまた同じような状況になった時、あの男の手を借りずに済むようにした方が良いことだけはわかる。


 あの男を前に、私は無力だった。

 九尾の力さえ扱えれば簡単に追い払えるのかも知れないけど、桜の話を聞いて、実際に捕食欲の危険性を実感した身としては、別の方法を模索する必要があると思った。

 妖力に頼りすぎず、省エネだけど効果的な術になるもの。

 それがこの折り紙だった。


 何回か試行錯誤して、一番綺麗な形に折れたキツネを手の平に乗せて、じっと見つめる。

 試しに息を吹きかけてみると、折り紙は風に煽られて倒れただけだった。


「うーん、これじゃダメか。動いて欲しかったなぁ」


 ため息まじりに呟いて、折り紙のキツネを机の上に置く。

 すると、耳の部分がぴくりと動いて、首を傾げるような仕草をした。


「え、動いた?!」


 キツネは尻尾の部分を数度振ってから、電池が切れたように動かなくなった。

 ……まさか一発成功するとは思っていなかった。

 今のは私が「動いて」と言葉を発したことで反応したのだろうか。


 水干の男の式神を見てから、私にも出来るんじゃないかという直感があった。

 人を眷属にするのが憚られる今、式神ならどうかと思って試してみたのだけど、確かな手応えを感じてガッツを作る。

 キツネの形に折ったのも、その方が桔梗との結びつきが強くなると思ったからだ。

 研究を重ねて、慣れて他の形も作っていければ、臨機応変に使えるようになるかもしれない。


 さっきの感覚だと、動かすのに使ったものは「妖力」というより「祈り」だった。

 量産もしやすいし、懸念だった妖力も使わない。これを思いついてしまうなんて、控えめに言っても桔梗()、天才では?



「桔梗、いる?」

「はーい!」

「おやつ持ってきた」


 みたらし団子を手に、兄がやって来た。

 お礼を言いながら一本もらって、一緒に食べる。

 静養してからというもの、兄は学習院からの帰りにおやつを買ってきて、持って来てくれるようになった。


 大事件があって、気にかけてくれているのだと思うと嬉しくて、この時間が楽しみになりつつある。

 兄様のことだから、仕事をサボりたいって理由もありそうだけど。 

 それにしても、このみたらし団子、たれがあまじょっぱくて美味しすぎる……!


「そのキツネ、桔梗が折ったの?」

「うん、急にはまってしまって」

「よく出来てるね、可愛い」

「えへへ、兄様にも一つあげるー」

「ありがとうー」


 兄はキツネの折り紙を懐にしまいながら、思い出したように顔を上げた。


「そうだ、部屋にいても暇だろ?今道場に行ったら面白いもの見れるよ」

「道場?」



 神社の敷地内には様々な武術の道場がある。

 そのうちの一つ、兄に着いてやって来た剣術道場は惨憺たる有様だった。

 大の大人たちが屍のように床に転がり、うめき声をあげていた。


「参りました……」


 たった今、少女に打ち負かされた師範はそう言って膝をついた。

 少女は喜ぶでもなく、礼儀正しく一礼するだけだった。


「桜ちゃん、ここまで全勝だよ」


 兄様は片えくぼに笑いながら耳打ちしてくれた。


「……桜は道場破りでもしに来たの?」

「まさか。槍術道場が全員敗れたから、敵討ちだ!って、剣術道場全員が戦いを申し込んで、今これ」

「皆んな何してるの……?」


 大人が揃いも揃って子供に戦いを挑んで、その上この有様とは。

 そもそも何故、先に槍術道場全員と戦っているのかも不思議だ。一体何をしでかした。


「桜ちゃんがうちに道場破りに来た奴らをあっさり撃退したのを、槍術の師範が見ていたらしくて、色々話が広がった結果だね」


 桜全然悪くなかった。


「まさか桜ちゃんがあんなに腕が立つとは思わなかった。弓術とか薙刀術もできるのかな」

「兄様、面白がってるでしょ」

「武を嗜む者として、歩き方の重心移動と隙のない所作から只者ではないと思っていたよ。あの強さは予想外だったけど」


 兄様も剣術と弓術を習っているから、そういった視点で桜を見ていたのか。

 私は武術はからっきしだから全然わからなかった。


 洞窟の時もそうだけど、あの水干の男を斬った動きも、狐の動体視力があっても目で追えるものではなかった。

 反則技とかバグを使ってるんじゃないかと疑いたくなる強さだ。


「名のある士族の出だろうに、なおさら、どうしてうちに女中に来たのか不思議だね」

「……兄様は桜に挑まないの?」

「負けると分かっているものに挑まないよ」


 兄様はまだ子供なのにちゃんと引き際を弁えていた。



「どうしてそんなに強いの?」


 道場から出てきた桜に声をかけて、涼しい水場の方にやって来ていた。

 兄様は同僚の人にサボっているのが見つかって、連行されてしまったのでここにはいない。

 桜は筧から流れる水を手で掬って、飲み終えてから、こちらを振り向いた。


「最初は体を動かすのが好きで続けて、いつの間にか得意になっていただけです」

「ふぅん?それで桜の歳で師範を倒すなんてねぇ」

「手加減していただいたからですよ」


 師範のあの悔しがりようは絶対違う気がする。

 桜は襷を外して、畳んで袖の中にしまう。

 どうやら強さの秘密は話す気がないらしい。


「私も何か武術やってみようかしら。前みたいに襲われないとも限らないし」

「……それは、良い考えだと思います」


 桜に訊きたいことがあったので、池泉の淵にある石に腰を掛けて話す姿勢をとると、桜も察したのか、こちらに向き直る。

 この辺りは山の高低差を生かして深山幽谷を模した庭園となっていた。

 湧水が階段状に設けた石を流れていく様子は段々滝のようで涼しげで、そこから遣水を通って、境内にある各所の池泉に流れている。

 落ち着いて話すにはちょうど良い場所だった。


「あの晩、突然いなくなった時、どこにいたの?」

「異空間のような場所に大きな籠があって、その中に囲われていました」


 想像してみるけど、どう考えても窮地すぎる状況だ。軽い感じで話す内容ではないと思う。

 あの時の水干の男の口ぶり的に、桜は彼の術に捕まってしまったのだろう。

 そんな術も使えるなんて、陰陽師だからってあまりに法外すぎるのでは。


「……よく抜け出せたわね」

「たまたま護身用に持っていた刀があったので、それで斬ってみたら抜け出せました」


 たまたま護身用に持っている刀があるのがおかしい。

 江戸時代なら武家の女性が守り刀を持っていてもおかしくはないけど、時代は一応明治だ。

 まさか見えないだけで、今も隠し持っているのだろうか。……その持っていた守り刀のおかげで私も助かったから、今は詮索しないでおこう。


「あの男は桜の知り合いなのよね?」

「……はい。でもあのようなことをする人はなかったはずです」

「桜の知るその人は、どんな人なの?」


 桜は足元の水面に視線を落とすが、もっと遠いどこかを見つめているようだった。


「厭世的で、その割に自負自尊が強い。でも清廉な矜持を持つ人でした」


 そんなにすらすら出てくるなんて、顔見知りどころではない、随分とよく知る人物らしい。


「しかし、桔梗様を苦しめた。私はそのことを決して許すつもりはありません。あれと次見えたときは、躊躇なく斬りつけます」

「……別にそこまでしなくても。知己なんでしょ」

「桔梗様にあれと同類に思われるのすら、嫌です」


 嫌悪を隠しもせず、吐き捨てるように言った。

 今まで心情を分かりやすく表に出すのをほとんど見たことがなかったから、驚きよりも新鮮さが勝る。

 許さないと思っているのは本当らしい。


「桔梗様、思い出すのも辛いと思いますが、あの男に何も言われませんでしたか?」

「……そう言えば、あの晩の出来事は、貴女──私の成したこと、そして私はこの出来事を忘れる──て言ってたような」


 そう言うと、桜の表情はさっと消えた。


「も、もちろん私は何もしてない……」

「そんなの知ってます!」


 慌てて付け足そうとすると、桜が珍しく大きい声を出すのでさらに驚く。

 桜は、はっと口を抑える。


「……申し訳ございません。少し、失礼します」


 ただならぬ様子で去って行ってしまった背を呆然と見ながら、あっと思い出す。

 水干の男の名前を聞きそびれてしまった。

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