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第二王女が領地経営の勉強をしていたらスカウトされいつの間にか溺愛されました

掲載日:2024/06/14

前作と同じ世界の物語ですが、【単独】でお楽しみいただけるように書きました。

よろしくお願いします。


『婚約破棄された令嬢は身近な溺愛に包まれる』のエリザベスとクロフォードの末娘アイリスのエピソードです。


誤字脱字報告 どうもありがとうございます。

アイリスは、将来について思い悩んでいた。

彼女はグラストン王国の第二王女として生まれ、何不自由なく生きてきた。

ロールモデルとなる姉の第一王女は、隣国クーベルへ留学しそこで出会った王太子と恋に落ちた。


父であるクロフォード国王は、大事に育てた第一王女が隣国へ嫁いでしまい憔悴の日々を過ごしていたため、第二王女であるアイリスを他国へ留学させる気はさらさらないようだ。

第一王女の婚姻時、当時王立学園生だったアイリスは、将来に留学の選択肢が消えたことにより、自分のこれからについて考えてみることにした。


ここで問題となるのは、この国のシステムである。

この国は男性優位のため、女性は家を守る事を望まれる。

城で働く文官も全員男性だ。

そもそも女性は男性と同じ王立学園には通えても、文官採用試験の受験は許されていない。

働くには侍女やメイド、幼い貴族令息令嬢の家庭教師と貴族女性の職業は限られている。

アイリスは現実問題、王女であるからこれらの職業には就けない。

そもそも恐れ多いとどこも採用してくれないだろう。


アイリスは将来高位貴族の家に降嫁されるのだろう。

一貴族夫人となる道しか選択肢がないのならば、その立場で一番役立つのはどんなことだろう・・・アイリスは考えた。

領地経営を成功させ安定した生活を送りたい・・・。

それが一番現実的だわ。


そう思いいたったアイリスは握り拳を天に突き上げ自分に喝を入れると、役に立ちそうな本を片っ端から読み漁った。

そして知識を蓄積していく中でアイリスは思いつく。

結婚前に領地経営を間近で見てみたい、と。


王立学園を卒業したアイリスは早速実行に移すことにした。



彼女には姉の他に兄が三人いる。

長兄は王太子として国王の補佐を行いながら仕事を覚えている。

次兄は母方の祖父のロイシュタイン公爵位を継ぐことが決まっており、公爵家の領地について学んでいる。

三男は留学中だ。



アイリスは兄弟の中の次兄ジークハルトのもとで、領地経営について学ぶことにした。


アイリスは早速公爵家に手紙を送り、国王に面会を申し入れた。

公爵家からは歓迎するとの返事をもらった。

国王は将来遠くへ嫁がないで済むなら、と渋々承知した。


こうしてアイリスは次兄ジークハルトのいるロイシュタイン公爵領へと旅立った。


アイリスが到着すると祖父であるロイシュタイン公爵自らが出迎えに現れた。

ジークハルトが出迎えに来ていないということは、目の前の祖父に仕事を押し付けられたのだろう。


「おお、アイリスよく来た! 待っておったぞ。そなたはますます母親に似てきたな。エリザベスの少女時代を思い出すな」


ロイシュタイン公爵は孫娘を歓迎した。


「お祖父様、お久しぶりでございます。ご壮健で何よりですわ。しばらくお世話になります」


アイリスも社交辞令ではない心からの笑顔を向ける。


「しばらくなどと言わず、ずっといるといい」


「ありがとうございます。お兄様同様、領地について学びたいのでよろしくお願いします」


「領地経営かぁ。クロフォードは留学を許してくれそうにないからなぁ」


「留学のことはいいのです。今は領地経営を学んでおきたいので」


ロイシュタイン公爵は現国王であるクロフォードを養子として公爵家で一緒に暮らしていた。なので国王に対し完全に父親目線なのである。



「領地経営といえば、ちょうど今ジークハルトが王城から来ている文官と面会中でな。よければ一緒に話を聞くか?」


「よろしいんですか?」


「もちろん。そのためにきたのだろう」


ロイシュタイン公爵はアイリスを連れ、話し合いが行われている部屋へと赴いた。


祖父とともに入室すると、次兄ジークハルトは妹に控えめながら笑みを見せた。


文官であるギルバート グランツは、アイリスに対し臣下の礼をとる。

二十代前半に見えるいかにも真面目そうな眼鏡を掛けた男だった。



「畏まらないで下さい。私は領地経営について学ばせてもらうために来たのです。

お邪魔はしませんからお話し合いを続けてください」


ジークハルトが頷くと、グランツ卿は話を再開する。


「ロイシュタイン公爵領の中央を流れるテグス川は度々氾濫を起こしており、多くの作物が被害にあっています。

公爵領の畑は肥沃でグラストンの民の胃袋を満たしてくれる大事な土地なのです。

今回は、テグス川の治水工事を行うにあたり、財務面の確認に私が赴きました次第です」


グランツ卿は途中から参加したアイリスのために説明してくれた。

ジークハルトは疑問点を口にする。


「治水工事とは一言で言っても、川沿い全てに行うわけにもいかない。テグス川のどの地点で工事を行うのか、またその工事にかかる費用、公爵領だけでは賄えないし農作物の多くは王都にも流通するのだから国からも幾らかは負担してもらいたい」


グランツ卿は頷く。


「まずは、工事箇所ですが専門家の意見を交え数箇所の候補地を出してもらいました。

それでも費用は大きくなりますが、国で負担できるのは総額の四分の一です。

貸付金としてさらに四分の一を用意いたします。

つまりロイシュタイン公爵領には半額の負担をお願いし、完了後分割で貸付金の返済をしていただくことになります」


ジークハルトは顎に手をやり思案する。


「まあ、負担は大きいが長い眼で見れば回収できる上に工事が終了すればテグス川の氾濫に怯えず農作業を行えるのだから・・・いかがですか? おじい・・・ロイシュタイン公爵」


お祖父様といいそうになったジークハルトを軽くにらみロイシュタイン公爵は口を開く。


「ジークハルト、判断はお前がしなさい。権限はお前に委譲したのだからな」

ジークハルトは判断を委ねられたが、大きな決断を下すことには躊躇した。


彼らのここまでの会話を聞いていたアイリスは、ためらいがちに小さく挙手した。


「どうした、アイリス」


ロイシュタイン公爵が訊ねる。


「お話のお邪魔はしませんといいながらすみません。今回は治水工事のお話し合いで、工事の理由はロイシュタイン領の作物を安定して王都に送るため・・・ですよね?」


「そうだよ、アイリス」


ジークハルトが肯定する。


「私はたった今、王都からやってきました。グランツ卿も同じ道程で来られましたよね?」


「はい、王女殿下のおっしゃる通りです」


「ロイシュタイン領の道路は整備されているため問題ありませんでしたが、通過してきた二つの他領の道路は街以外整備されておりませんでした。グランツ卿は騎乗してこられたのでしょうが私は馬車で参りました」


「はぁ・・・」

それがどうかしましたか?とグランツ卿の表情に現れていた。


「王都に作物を運ぶのには荷馬車を使いますよね。

あの道路状況では荷馬車の故障は頻発するでしょう。

現に私が乗った馬車も二回ほど修理のために時間を使いました」


グランツ卿の目が見開かれた。

アイリスの言いたいことを理解したらしい。


「つまり王女殿下は治水工事のみならず、通過過程にあるふたつの領の道路の整備も行うべきだと?」


「その通りです。治水工事が無事完了し、作物が王都に運べる状況になるまでの間に行うべきだと思います」


「しかし、費用が・・・」


「領地と国だけで賄おうとするから不足するのです。道路を使うのは誰ですか?作物やその他商品を運び商売をする人物は?」


グランツはアイリスの勢いに気押され、望まれた回答を口にした。

「・・・商人です」


アイリスは頷く。

「商人・・・そうです。領地や国が作ってもそれを使用して恩恵を受けるのは国民、とりわけ商人です。

各地の商業ギルドからも出資を募り、出資金に応じて恩恵を受けられるようにすれば喜んで出資金を出すでしょう。

例えば完成後の街道沿いの土地を貸与し休憩施設や宿を作ったりする権利。それを与えれば商人は自分の資金を使って建物を建て商売に役立てる。

それが街道沿いにいくつもあれば人目もあるため治安も良くなります」


グランツは息を呑んだ。

なんだこの姫君は・・・驚きを禁じ得なかった。


「そ、それは検討する余地がありますね・・・。ところで王女殿下、あなたはどこからそんな考えを得たのですか?」


「本からよ。王立学園でも王立図書館でも領地経営に関する本は他国の本も歴史書もたくさん読んだわ」


欲しい・・・

グランツ卿はアイリスを凝視した。

姫君にしておくのはもったいなさすぎる。一緒に働きたい・・・。

しかし、ロイシュタイン公爵の手前、言葉には出さずに呑み込んだ。


グランツ卿は、治水工事の合意を取り付け、道路整備の件を王城に持ち帰ると言い残しロイシュタイン領を後にした。





そこから数日、アイリスはジークハルトと共に治水工事の予定地を視察したり領内で働く人々の話を聞いたりした。


ロイシュタイン領は良いところだ。領主であるお祖父様を慕うものも多い。


「いいところですね。ロイシュタインは・・・」


アイリスは兄に語りかけた。


「ああ、テグス川の氾濫がなくなればもっと豊かになるよ」


兄は笑顔で誇らしげに頷く。







ある日、アイリスの所に王都の父王クロフォードから書簡が届いた。急ぎ王城へ戻るようにと書かれていた。


また、あの道を戻るのかと思うとうんざりだわ・・・。

辛そうな顔を見せるアイリスにジークハルトとロイシュタイン公爵は別れが寂しいのかと勘違いした。

「また、おいで」

ジークハルトとお祖父様に宥められ、アイリスは名残惜しい気持ちに後ろ髪をひかれながら出立した。

王都に戻ったら、絶対に道路が整備されるまで領地には来れそうにないわ・・・。

そんなことを思いながらアイリスは帰路についた。





王城に戻ると、アイリスは父王に帰城の挨拶をしに行った。


「ただいま戻りました」


「よく戻ったな。呼び戻してしまってすまない。実はギルバート グランツ侯爵から頼まれてな」


「・・・グランツ・・・侯爵?」


「ロイシュタイン領で会ったと聞いたが・・・」


クロフォード国王は怪訝そうに訊ねる。


「グランツ卿って侯爵なのですか?侯爵令息でなく・・・」


「ああ、本人が侯爵だが」


ただの文官ではなかった・・・。でも侯爵位についているのに文官として働いているなんて・・・どうして?

などと考えていると、入口扉が開かれた。


「失礼致します」


そう言って慌てて入ってきたのは、今話題に登っていたグランツ侯爵だ。

グランツ侯爵はアイリスの少し手前で膝をついた。


「陛下、お話し中失礼致します。王女殿下が帰城されたと連絡があり、不躾ながら参上いたしました」


クロフォード国王はグランツ侯爵を見ると苦々しく口を開いた。


「せっかちな男だ。感動の親子対面を邪魔しおって・・・。卿の依頼を聞いて呼び戻したが、アイリスになんの用なのだ」


「王女殿下がロイシュタイン領でご教示くださった道路整備の件です。各所の了承を得まして着工が決まりました」


これにはアイリスが驚いて目を丸くした。


「えっ?もう? この短期間に各領と商業ギルドの承認と、さらに着工まで?」


「はい。左様にございます」


グランツ侯爵は誇らしげに頷き、さらに報告を進めた。


「二つの領主に話を通した段階では渋られました。

そこで商業ギルドに話を持ち込むと二つの領のギルド長が整備した道路を使うであろう各地の商業ギルド長に連絡をとり多くの出資者が名乗りを上げた次第です。

それを持って各領主を再び訪ねると諸手を挙げて了承してくれました」


「そうですか。それはよかったですわ。・・・でもその報告だけでしたら書簡で知らせていただけたら・・・」


自分がわざわざ帰城しなくてよかったのでは・・・その言葉は口に出さないで飲み込んだ。


「いえ、報告だけでなく、王女殿下に今後もご教示いただきたい案件が多数ございまして、恐れ多い申し出ではございますが、文官に・・・できれば私と共に働いていただきたいのです」


グランツ侯爵はアイリスに頭を下げて願い出た。


「文官として・・・ですか? ですが女性は文官になれないのでは?」


アイリスが問う。


「男性とか女性ではなく、王女殿下が数多の本から得た知識を我が国のためにお役立ていただきたいのです。

王女殿下の聡明さには他の文官は敵いません。

今回お教えいただいた道路事情、私はロイシュタイン領からの帰りに馬車を使ってみたのです。

王女殿下のおっしゃった通り、ロイシュタイン領から出た途端かなりの悪路になり具合が悪くなりました。

あの道路が整備されれば、時間も短縮でき作物も新鮮なうちに王都へ運べるでしょう。

資金を集めるために商業ギルドを巻き込む方法も、考えたこともありませんでした。

道路のような公共の物は、国や領主が税金から造るものとの思い込みがあったためです。

そのような柔軟な思考力も王女殿下の強みです。どうか、我々と共に働いてはくださいませんか?」


グランツ侯爵の熱弁は、口説き文句のようにも思えた。


アイリスが考え込んでいると、クロフォード国王がグランツ侯爵に助力した。


「さすが我が娘、聡明さは王妃譲りだな。私もロイシュタイン領へは何度も行き来したが馬車は使わなかったため道路状況は気にならなかった。嫁いだクリスティーネもクーベルとの行き来では難儀したのだろうなぁ」


クロフォード国王はアイリスを褒めた後、隣国クーベルに嫁いだ第一王女クリスティーネのことを思った。


そして上目遣いにアイリスを見る。


国王なのに娘にあざとい仕草を見せてどうするつもりだ!


とアイリスは内心で思った。


「アイリス、私からも頼む。王女としての役割もあるだろうが、お前の能力を役立てられる場所があるなら協力してくれないか」


アイリスはため息をついて、父王を見据えた。


「わかりました」


父王とグランツ侯爵はぱぁっと笑顔になる。


「私でお役に立てるのであれば働きます」


その言葉を聞いたグランツ侯爵は、アイリスの手をとり軽く口づけた。

アイリスはぎょっとして手を払おうとするも思いのほか力が強く、離すことはかなわなかった。

グランツ侯爵はそのままアイリスの手を自分の腕に触れさせ、エスコートの姿勢に持っていった。


「では陛下、早速ではありますが御前を失礼致します。これから王女殿下に職場をご案内いたします。ご相談したい案件が多数ございますので」


国王相手だというのに、遠慮なく一礼するとそのままアイリスを連れ退出してしまった。


部屋に残された国王は呆気にとられた。





グランツはアイリスの歩調に合わせ、歩いて行く。


「グランツ侯爵・・・」


呼びかけるとグランツは怪訝そうな目でアイリスを見つめた。


「王女殿下、私のことはギルバートとお呼びください」

「なんでファーストネームで呼ばなきゃならないの!」


「職場のルールです。円滑に業務を行うにはコミュニケーションが必要ですが、それには家名より名前を呼び合うのがいちばんなんです」


「・・・ルールならしかたないわね。それでは、私のことも敬称なしでアイリスでかまいません」


グランツの目が光ったが、アイリスは気づかなかった。


職場は城の敷地の東側に位置していた。

財務を担当する部署で中でも地方の公共工事に関する仕事が多く、ロイシュタイン領のテグス川の件のように現地に足を運ぶことも多い仕事だ。


「ここがアイリス嬢の仕事場です」


扉を開けると、文官になりたてであろう若者の叫び声がした。


「室長 どこいってたんですか!」


室長とよばれたグランツは舌打ちして眼鏡を外すとデスクに放った。

先程までの国王に対する恭しい態度とは雲泥の差だった。


「有能な人材をスカウトしてきたんだ」


その言葉に若者は初めて気づいたようにアイリスに視線を向ける


「王女殿下」


「あなたは?」


「学園で同期生でした、クラウス リディルです。なぜ王女殿下がここに・・・」


「今日からここで一緒に働くことになりました。えっと、ここではファーストネームで呼び合うのよね。あなたのことは・・・」


「彼のことはリディルで構いませんよ、アイリス嬢」


「アイリス嬢ですって!」


リディルが目を見開く。

「私は彼女に名前を呼ぶ許可はいただいた。君は敬意を持って王女殿下とお呼びしなさい」


グランツは有無を言わさずリディルに圧力をかけた。


「リディルさんは室長とお呼びしているようですし、私もそうお呼びしま・・・」

「ギルバートです。アイリス嬢」

グランツは間髪をいれずに遮った。

アイリスは開いた口がふさがらなかった。



ギルバート グランツの仕事ぶりは優秀で、ロイシュタイン領からの道路整備の着工を決めたように、他の地域の道路の調査も行っているとのこと。


各地の商業ギルドから、我が領でも道路整備をお願いしたいとギルド長が領主を説得し財務部に上げてきているそうで、職員は各地に出向いているそうだ。


優先順位をつけて順に整備していくとのことだった。



「それで、先ほどおっしゃった私に相談したい案件とは?」


アイリスがグランツに問う。


「そうですね・・・リディル、茶を頼む」

そう言うと、アイリスに応接セットのソファを勧めた。


やがてリディルがお茶を、グランツが資料を手にアイリスの元へ来た。


「ご相談したいのは、整備する必要のない領の財務への口出しに対する事案です」

「はい?」


「例えばですね、今回のロイシュタイン領の治水工事を行うとする。

すると隣接する他領が、何もないのにうちの領も何か工事をしろと言う。

国に税金を支払っているのは同じなのだからと難癖をつけてくるわけですよ。

今回でいえばロイシュタイン領の並び、同じく国境に位置しているグランツ領です・・・」


「はぁ・・・?」

グランツ領とは目の前の男の管理する領ではないか。


「私の記憶に間違いがなければ、グランツ領主はギルバート様では?」


「その通りなのですが。領地の管理は叔父がしておりまして、私の出る幕ではないと・・・」


「公的機関の職場になんとも私的な事情を・・・」


アイリスは呆れたが、何か糸口を掴もうと質問してみる。


「では、グランツ領とはどんなところですか? 特産品とか特色は?」


うーんと唸り、答えを捻り出す。


「山が多いです。とにかく山。後は温泉もあり知る人ぞ知る秘湯なのです」

アイリスは溜息をついた。


「つまり、知られた産業もなく、唯一の資源の温泉はその存在も周知していないと」

「平たくいえば、その通り」

アイリスは頭を抱える。この男、有能の皮を被った無能なのか。


「山は調査していないのですか? 金山、銀山、金剛石・・・川で何か発見されたことなどは?」


「そういえば、昔キラキラした石が川を流れていたって話には聞きましたが・・・」


「それを調査しては?」


「ですが、領には予算がありません。それとせっつかれているのは公共事業の話でして・・・」


何もないのに何か公共事業を行うなら、観光地化なり人の流れを作る。それに伴う道路拡張などならば認められそうだが。


「現時点で公共事業を行うための動機付けがないわ。理由なく税金は投入できないでしょう?

山の調査の件は、それも商業ギルドに相談してごらんなさい。

調査だけなら高額にはならないでしょうし、温泉の活用法も相談に乗ってくれるでしょう。良い水質の温泉なら、ギルドに土地を貸与して施設を作って貰えばグランツ領の人達の就職先にもなるし、観光地となれば税金で道路拡張も可能性があるわ」


アイリスが力説するも、グランツはうなる。

「恥ずかしながら、グランツ領には商業ギルドもないのです」

アイリスは脱力した。


「いったいどうやって納税しているのか不思議な土地ね。領主は文官をしているし・・・」


「私は、この仕事が好きなものですから・・・」

グランツは堂々と胸を張った。


アイリスはしばし考え込む。

「ロイシュタイン公爵に手紙を出します。ロイシュタイン領の商業ギルドに動いてもらえるようお願いしましょう」



やがて、グランツ領には金山が発見され、採掘されるようになった。

温泉も広く広告され、美容にいい成分が入っていることから多くの女性客が訪れる。

その女性客が、グランツ領の金細工のアクセサリーを購入し・・・と見向きもされなかったグランツ領がいつの間にやら一大観光地となった。

あれよあれよと言う間に、ギルバート グランツ侯爵は結婚相手の優良物件と化した。


だが、彼が結婚相手に望んだのはこの国の第二王女アイリス。

彼女を振り向かせるために、ギルバート グランツは、難題の案件の提供とその解決のための助力を行なった。

その難題の一つが、アイリスのように能力ある女性が働けるための文官や騎士になる道が開けたこと。採用試験の受験資格が女性にも与えられたのである。

このことによりアイリスの女性人気が高まる。

グランツはアイリスを彼女のファンから守るため、ますます共に過ごす時間を多く持った。




「アイリス嬢、グランツ領に視察に行きませんか?」

ギルバートグランツ侯爵は、アイリスを自分の領地の視察に誘った。

「アイリス嬢の口添えもあり、我がグランツ領は見違えるように発展しました。

その様子をぜひご覧いただきたいのです」

「本音は?」

「王女殿下に視察に来訪頂いたと言うことで、ハク付けしたく・・・」

「正直ね。まぁ、私も気になってはいたから行くわ、視察」

「ありがとうございます。では手配はこちらでしておきます」

そしてアイリスはグランツ領を訪れた。


山と秘湯しかないと言っていたのが信じられないくらいの人々がそこにはいた。

人気観光地として、女性向けに美容温泉の素が売られており、温泉成分の入った化粧品、エステ店もある。金山から採れた金箔パック、繊細な細工の宝飾品など、女性が喜びそうなものがこれでもかと並んでいた。

やはり財布を握っている女性がターゲットだけある。

飛ぶように物が売れていた。


視察期間中、領主であるギルバートはアイリスをエスコートし片時も離れなかった。

そして、アイリスが見ていた商品はのちほど、全て邸に届けられ彼女を驚かせていた。


充実した視察を終え、王都に戻った。




視察から帰ると、驚いたことに二人は婚前旅行に行ったことになっていた。


なんでも、アイリスに密かにアプローチをかけていたとある公爵令息、舞踏会で何度かダンスしたことのある顔見知り程度の彼が広めまくったのだという。


アイリスを狙っていた彼は、グランツがアイリスと婚前旅行に行くと自慢したのを(嘘と知らずに)悔し紛れに広めてしまったのだ


これにより、アイリスが視察だと言って回るも、行く先々で祝いの言葉をかけられる。

外堀を埋められる形になり、さらにグランツの攻勢が増した。

何かと用事を作っては二人で出かけるのである。その用事はほぼ仕事のことなのだが周囲から見れば完全なる『デートを重ねる二人』なのである。


グランツは、国王さえも買収した。

つまりアイリスがグランツ侯爵夫人となれば、仕事も今まで通り城に通うので手元に置けるしいつでも会える、と。




やがて、グランツの押しに根負けしたアイリス。

そして、二人はついに婚約した。


その婚約を聞きつけ、留学先から一時帰国したアイリスの三番目の兄セドリックが婚約した二人とのお茶会の席で爆弾発言をする。


「僕とギルは学生の時、結構仲が良くてさ、こいつ女の子にモテるのに歯牙にもかけないんだ。

だけど、話が合うやつに対する執着心は凄くて。

僕とアイリは話も合うだろ?

だからアイリはギルの好みドストライクだと思ってたんだよね」


「分かってたなら、なぜ紹介しなかった」


「だって、アイリかわいいからさ、お嫁に出したくないよ。家族も・・・特に親父はその筆頭だと思っていたのにまさかお前に買収されるとは、国王のくせになんてちょろいんだ」


「セドリックお兄様、不敬ですよ」

アイリスはかわいい発言をされてちょっと照れるのを誤魔化すように指摘した。


「ところで、お義兄様、そのアイリって呼び方さぁ・・・」

グランツはふざけて友人であるセドリックに呼びかける。


「ギルも呼びたいのか?」

「・・・うん」

と、まるで犬耳と尻尾が見えるような笑顔だ。


「アイリに聞けよ、そんなこと」

セドリックは突き放す。


「いい?」

今度は、アイリスにねだるように問いかける。


「・・・い、いいですよ・・・」

赤くなったアイリスは突然抱きしめられる

「アイリ・・・」

「ちょ、ちょっと!」


セドリックの前で抱きしめられたアイリスは焦ったが、その腕は弛まなかった。

何回か耳元でアイリとつぶやかれる。

しばらくしてセドリックが引き剥がしてくれた頃には顔は真っ赤、へとへとの状態になっていた。


まあ、アイリスもここまで露骨に溺愛されれば絆されなくもない。


グランツ領の領地経営も自分が手掛けた思い入れがある。


こうして、グランツの策にハマったアイリスは、溺愛されて幸せになるのでした。

お読みいただきありがとうございました。

お楽しみいただけましたら嬉しいです。

また、このシリーズを不定期にはなりますがお届けできたらと思ってます。


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