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婚約破棄したら喜ばれてなんか皆幸せになった話

作者: はなび

初投稿です。

いろいろお目こぼし頂けると幸いです。


※注意事項

品のない表現があります。

女性の容姿について失礼な記述があります。

「よって、貴様とは婚約破棄だ!」


そのとき僕は最高に輝いていた。

昨日鏡の前で三時間検討に検討を重ねた指の角度は完璧。

足の向きも腰のひねり角度も最高にキマってる。

伝え聞いた悪事の内容も、断罪のセリフも噛まずにちゃんと言えた。


目の前には呆然と立ち尽くす美しいけれどくそ真面目で口うるさいのがいけ好かない婚約者。

僕の後ろには砂糖菓子みたいに可愛い恋人の元平民の男爵令嬢ラブリーを張り付かせ、僕は人生最大の舞台に立っていた。



「…マリーッ!」


しん、と静まり返った会場で、まろび出た男が今まさに断罪される女のもとに駆け寄った。


「…レオ」

男と向かい合った婚約者は呆然とつぶやく

「私ね、婚約破棄、されたの」

「うん…」

「王太子殿下のお嫁さんに…王太子妃にならないの」

「うん…!」

ぽろぽろと涙をこぼし、二人はひしと抱き締めあった


「…婚約破棄の件、確かに承知致しました!」

睦まじく寄り添いながら婚約者が上げた返答に

瞬間喝采が沸き起こった


…どゆこと!?



_________________________________


「本気でご存知なかったんですか?」

マジかこいつって顔で侍従は言った。


あの後会場はお祭り騒ぎとなり、場の主役はすっかり(元)婚約者と隣にいた男に持って行かれてしまった。

二人が周りから祝福でもみくちゃにされている間に侍従に回収されて、王子は自室に戻ってきた。


「マリリアーナ・ロナ侯爵令嬢とレオニード・ドラウ伯爵子息が仲睦まじい恋人同士だったことなんて、皆知ってることですよ?」

「恋人同士?マリリアーナは僕の婚約者だぞ?おのれあの女浮気をして

「ません。むしろ間男は殿下です」


曰く、王子の(元)婚約者マリリアーナ・ロナ侯爵令嬢は一人娘で、本来将来は女侯爵としてロナ侯爵領を相続する予定で日々勉強に励んでいたという。

隣に位置するドラウ伯爵家とは家族ぐるみの付き合いで、中でも年のころが近い次男のレオニードとは幼いころから想い想われる間柄。レオニードが婿養子に入ることは両家の間で事実上確定しており、レオニード自身もそのために日々よく学んでいた。


貴族には珍しい恋愛結婚、その上男女とも将来の為努力を重ねる孝行者。

社交界でも大変な評判で世代を問わず大層好意的に受け止められていたらしい。


翻って王家。

第一王子アルヴァンの婚約者に求められるスペックは無駄に高かった。

曰く(アホな)アルヴァン王子の代わりに執務の代行が可能で、(アホな)アルヴァン王子がしゃべれない代わりに周囲の三か国以上の言語に精通し、ついでに外交して、かつ奥向きの全てを取り仕切り。

そのうえで(出来たら見目好く頭の出来のよい)跡継ぎを産める、アルヴァン王子の王太子擁立の後ろ盾となれる家柄の未婚の令嬢…として白羽の矢が立ったのがマリリアーナ・ロナ侯爵令嬢だったのだ。

王室にとっては幸運なことに、そしてロナ・ドロワ両家にとっては不幸なことに、そのときまだマリリアーナとレオニードは書面上の正式な婚約を結んではいなかった。


結果的に裏では相当な困惑と顰蹙を買いながらもそうして婚約は成立し、マリリアーナとレオニードは引き裂かれることとなった。


しかしその後の二人の態度もまた貴族として立派だった。


マリリアーナはレオニードのことなどなかったかのように毅然と前を向き、王太子妃となるべく日々の努力を重ね、レオニードも生涯未婚を宣言しながら外交官になるための勉強を開始した。

夜会ですれ違っても目線さえ向けようとしなかった。


「そんな経歴の方ですからねー、ラブリー嬢の訴えなんか殿下以外誰も信じていないし、たとえ本当に殿下の浮気相手に嫌がらせをしていたとしても、誰も彼女を責めようと思わないんですよ。殿下マジ糞だなってわれてただけです。」


けちょんけちょんである。


結局国王の承諾なしであったとはいえ上位貴族も多く出席する夜会での王太子の婚約破棄宣言は取り返しがつかず、アルヴァンは廃嫡され、領地を持たない一代限りの公爵として飼い殺しにされることになった。王太子には第二王子リアムが繰り上がりで指名され、リアムの元からの婚約者エミリーが王太子妃に据えられる。


ところで王太子妃、およびその先にある王妃の座というのは実際にその可能性があるような高位貴族の令嬢的に必ずしも旨みがあるものではないらしい。廊下ですれ違った際のエミリー嬢の氷のような眼差しとすれ違い際の鋭い舌打ちはトラウマである。ちょっと泣いた。


マリリアーナとレオニードは早々に婚姻を結んだ。

ロナ侯爵家は既に親戚から迎えていた養子の教育が十分に進んでいたため、マリリアーナは外交官として働き始めていたレオニードの赴任について隣国へ渡って行った。早々に結果を出して新しく子爵家を興すらしい。早すぎこわい。


ちなみにラブリーは夜会後拘束されていたのだが、アルヴァンを悪者にして巧いこと言い逃れ、平民に戻される程度で済んだらしい。こちらも大概強かである。


そんな感じで半年後、ほとぼりが収まったころアルヴァンは婚姻を結ぶことになった。

相手は七歳年上の元伯爵令嬢である。


丁度七年前にあった同じような婚約破棄騒動で婚約を破棄され、傷物として修道女となった経歴の女性。


なにそれこっちの罪悪感抉ってくる感じ?とやさぐれながら対面した女性はまだ修道女のなりだった。

化粧っけのない顔に着古した修道服。日に焼けた顔は年齢より老けて見えた。

この時点でアルヴァンはこの婚姻を罰ゲームと認識した。

彼女を慕う修道院の子供たちから人攫い扱いで石を投げられたのも大きい。


しかし結婚式当日になって顎を外しそうになる。

丹念に手入れされた髪や肌は貴族令嬢として十分な色艶を取り戻し、化粧を施した顔はどう見ても絶世美女。修道服に隠されていた肢体はコルセットで整えられ素晴らしい凹凸を披露していた。

すこし吊り目気味の眼差しは特別に招待された修道院の子供たちを優しく見つめ、聖母のそれである。


アルヴァンの認識はひっくり返った。年増のばばあとの結婚改めナイスバディの綺麗なお姉さん(属性:聖女)と結婚。手のひらくるっくるである。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



アルヴァン自身、うすうす感じていた。

…派手にやらかした割に自分の待遇だいぶ恵まれていないか?


実は水面下でとある噂がまことしやかに流れていた。

曰く、あの婚約破棄は実はアルヴァン王子の自作自演なのでは?


アルヴァン王子のおつむの出来は正直心もとないが、長子相続の原則を曲げるにはあと一歩足りなかった。王妃がしっかりしていればぎりぎりなんとかなるだろうと判断されていたのだ。

そこにあの婚約破棄騒動である。

結果無理やり婚約者に据えられていた哀れなマリリアーナ嬢は意中の相手と無事に添い遂げ、現在進行形で素晴らしい結果を築き続けている。王家から心の距離が離れていたロナ家ドロワ家もにっこにこである。

アルヴァン代わりに王太子に就任したリアム王子も正直めちゃくちゃ出来がよい訳ではないが兄に比べれば周囲も点数が甘くなる。苦労する王太子妃を助けるためとエミリー嬢の出世欲が薄い学者畑の親兄弟や親戚の起用も行われたことで宮中に新しい風が吹いているらしい。s

つまり皆うまいこと幸せにやっているのである。

全部アルヴァン王子がバカをやらかしたお陰だ。もしかしてわざとなのでは?というわけだ。

んなこたーないのだが、処罰の段階で脳裡によぎったのは否めない。


そしてそれはのちに噂から公然の事実へ昇格する。


きっかけはとある出版社から発売された暴露本だった。

王家のお家騒動にまんまと利用されゴミクズのように捨てられた哀れな元男爵令嬢Rによるあの婚約破棄騒動の真実を綴った衝撃の一冊(※販促資料からの引用)である。

「愛の真実」と名付けられたそれは、冷静に読み込めば荒唐無稽な内容だった。

しかし話題性と刺激的な内容で売れた。めちゃくちゃ売れた。

しまいには作者によるサイン会なんてものまで開催された。

そこにやってきたのがアルヴァンの使用人だという男だ。お行儀よくサイン会の行列に並び、「アルヴァン様も興味深く拝見されました」とのコメントを残し、アルヴァン宛てのサインを求めて去っていったのである。結果として不遜にもほどがある暴露本は当事者からのお墨付きを得たとしてますます売れた。

同時に世間からのアルヴァン元王子への心象が爆上がりした。

あれだけけちょんけちょんにこき下ろされて怒らない元王子めっちゃいい人じゃね?器めっちゃデカくね?やっぱりあの噂本当だったんじゃね?というわけである。


もちろん、そんなわけはない。

アルヴァンは泣いた。発売を知ってショックを受け、内容を知って寝込んだ。

侍従から「アルヴァン様へ♡」との宛名付サイン本を渡されたときなど腰を抜かした。

ちょ…おま、なにしてくれてんの!?

だって作中の彼はけっちょんけちょんだったのだ。

曰く見た目は素晴らしいけど中身は最悪。バカで短慮で思い込みが激しく、慎ましく過ごしていたRを一方的に見初めた挙句勝手に盛り上がって暴走して自爆。R自身にも無体を働き(以降とても口に出せないエロ本紛いの描写多数)口が臭いとかいびきがひどいとかへたくそとか短いとか早いとか遅いとか。


恋人だと思っていた相手である。結婚するつもりだった相手である。

騒動の際引き離されてその後話し合うこともなく別れた。

彼女からの甘い睦言や涙ながらの訴えが偽りだったのはいい加減気が付いていたけれど、心のどこかでちょっとだけ、ほんのちょっとだけ信じていたのに。

あんまりだこんなのあんまりじゃないか。

だいたいへたくそとかみじかいとかなんだそんな事実はない。

「ファーストキスは結婚式まで取っておくの♡」と言われたのを愚直に信じて指一本触れていない。

だいたいなんだ揉みしだくとか!どこにあるのかわからないぐたいぺったんこだったじゃないかそんなところも可愛いと思ってたんだけど!!

思いつく限りの暴言をはきながら泣き喚いた。

我ながら相当にみっともなかったが、奥方は優しく慰めてくれた。

おっきくてふわふわで温かくていい匂いのするお胸に招かれて、めっちゃくしゃよしよししてもらった。結果一年後子供が生まれた。女の子だった。



子供が生まれるとアルヴァンは幼児帰りを引き起こし、一時的に奥方に「産んだ覚えのない長男」とぼやかれたりもしたが、暇に任せて子供の面倒を見始めた結果案外いい父親に成長した。

子供は小さくてふわふわで温かくていい匂いがして、そして理不尽の権化だった。

子育てに専念するあまり若干お互いを子供の父と母と認識する向きが強くなったころ、二冊目の暴露本が発売された。

「新・真実の愛」と題したそれはR本人の描写は前回に引き続き巻き込まれた悲劇の美少女だったが、アルヴァンの描写は全くの別物だった。

曰く全てのたくらみは悪の帝王たるアルヴァンの仕業で、可憐なるヒロインは悪辣な男の術中にはまりあーれー(以下省略)である。


そのころにはアルヴァンも失恋はすっかり癒え、ばかばかしい本を笑って読むことが出来るようになっていた。子供を寝かしつけたあと夫婦で寄り添い、仲良く一冊をのぞき込む。

薄い内容やいかがわしい描写にも閉口するが、自分とされる男のセリフ回しの寒々しさはどうだ。これあれだろう暗黒微笑(笑)ってやつだろ。アルヴァン本人は早々に飽きたが奥方はそうでもないらしい。なにやら楽し気なので彼は気まぐれを起こした。

見てくれだけは極上と言われてきたアルヴァンであるが、ちなみに声もよかった。

戯れに奥方の耳元で作中の気障ったらしいセリフを囁いてみる。

びくりと驚いて見上げた奥方の顔は耳まで真っ赤だった。瞳は潤み、おろおろと目線を彷徨わせるのがひどく可愛らしい。アルヴァンは生唾を飲み込んだ。


一年後娘に弟が出来た。




子育てに、奥方に誘われて手を広げた慈善事業にと忙しい日々を送る間に、三冊目の暴露本が出たらしい。

「シン・真実の愛」という名前で健気なヒロインと正統派で薄幸なヒーローとの大スペクタクルロマンス(エロもあるよ!)らしいが正直興味が湧かなかったし忙しかったので後回しにしているうちにすぐ見かけなくなった。




明日は娘の縁談で両家の顔合わせだ。

マリリアーナとレオニードのところの長男は将来有望だと評判だが信じていいだろうか。

娘はちゃんと幸せになれるだろうか。

娘にはなにかあったらすぐ報告するよう口を酸っぱくして言い聞かせているが心配が尽きない。

親になってあの当時の自分を振り返り、しみじみと痛感する。


あのときの自分は本当にあほだった。




妻と侍従は顔を見合わせ笑う。

あほの子可愛いとはよく言ったものだ。


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