事前準備
「それでは光が交わる時また会おう!」
「ばいばーい」
オリヴィエルとシノノメは大きく手を振って歩いていく、ソフィー達も手を振り返し、踵を返して歩いていく。
「それでお嬢様、このあとどうするんですか?」
死神はキョロキョロと辺りを伺う。
二人が居るのはエドリニアの街、ノディス魔導都市より大きい訳では無いが、城門が築かれ、基本的な施設が充実した街であり、冒険者ギルドや商人ギルドなどの様々な機関が存在する。
そしてこの街にはもう一つ特徴がある。それはダンジョンだ。エドリニアはダンジョンが多く存在する事で有名であり、ダンジョン探索を生業とする冒険者が多く集まる場所でもあるのだ。
「ひとまず宿屋の確保をしてから、食料品と毒消しみたいな薬を幾つか買っておきましょう」
「わかりました」
死神が前を歩いて進んでいき、ソフィーはその後ろに続く。
「しかし意外と同じ学生の人はいませんね」
ダンジョンで賑わうこの街こそ、ソフィーと同じくこの街を訪れる者が多そうではあるが、今の所オリヴィエル以外見かけていない。
「賑わってるからこそ、難しい場所が多いのよ、まぁ生業にしてたり、元々ダンジョン探索する為に冒険者になった人達には簡単かもしれないけど、私達は魔法使いの卵、そう言った物は勉強するとはいえ、他にもやらないといけない事も多いのよ」
「なるほど、難しくてそもそも来れなかったりすると」
「そう言う事ね、そもそもこの街付近にある全部のダンジョンが対象な訳じゃないし、簡単な物ならわざわざここまで来なくても近い場所に行けばいいわけだし…そういえばオリヴィエル達は何処に行くつもりだったのかしら…」
二人は歩きながらそんな会話をしていると、ソフィーはふと思い出したように呟いた。
「…まぁなんでもいいか」
しかし、そんなに不思議な事でもないとソフィーは思考を止める。
一般的にそうだと言うだけで、皆と違う行動を取る者は一定数いるのだ、それに今はそんなに居ないだけで、後から来るだろう、ソフィー達はあくまで一組だからこそ動きだしが早いのだ。
(こんなところでグダグダして遅れたらせっかくのリードが無駄になってしまうし…)
突然焦燥感が小さく沸き上がり、ソフィーの足が自然と早くなる。
「お嬢様?」
そんなソフィーを見て死神が首を傾げるが、気に掛けることなく彼女は口を開く。
「二手に分かれましょう、私が宿を取ってくるから、あなたは探索に必要な物を買って来て」
「ええー荷物持ちですか?見てくださいよ自分の細腕を、そんな大量の物を」
「そういうのいいから、早く」
「はいはい」
急かすソフィーに死神が肩を竦めながらいやいやと返事を返す。
「それじゃお気を付けてー」
死神はソフィーに軽く手を振りながら、方向を変えて歩き出し、見えなくなった。
「よし…さてと、えっと…」
ソフィーは歩きながら頭の上に地図を思い浮かべ、自身の進んでいる道が間違えていないと確信を得るとその地図を消す。
(それにしても…本当に大丈夫かしら)
探索が目の前に迫り、ソフィーの不安が蘇る、当然その内容は死神についてだ。
彼ら死神は不死系最上位に位置する為、呪炎という魔法に加えて影に関係する能力を扱い、物理や呪い等の闇魔法に対しても絶対的な耐性を誇る、限定的ではあるが攻守共に強力な能力を持っている強力な存在だ。
しかしそれも魔法が一般的な物となる前の話、魔力溢れたこの世界ではたとえ魔物であっても魔力による抗体を持ち、攻撃にもその魔力が乗っている、どんな相手にも呪いと言った物は通用しにくく、呪炎はただの炎と変わらない、それ所か呪いという付与効果がある為、炎自体の威力が劣っている。
そして耐久力、物理的な物に対して強い分彼らは魔法にとても弱い、特に光を苦手とし、太陽光に晒されるだけで彼らの能力は弱体化する、つまり日中での戦闘行動に問題が出てしまうのだ、対策するにしてもそれだけ魔力を消費してしまう訳であり、かなり重く足を引っ張る。
「いや、できる事はした訳だし…今更言ってても仕方ない…」
今言っていてもしょうがないとソフィーは自分の頬を叩き、前を見据える。
「それよりそろそろ宿屋に付くはず」
そのまま少し歩き角を曲がると、ベットの絵が描かれた看板の付いた、大きな建物が見えてくる。
それはこの街で幾つかある宿屋の一つであり、中に入ると少し広い空間は客で賑わっていた。
「すみません、部屋って空いてますか?」
「はい、空いてますよ!一泊銅貨五枚になります!」
ソフィーが受付の女性に声をかけると通った明るい声でそう言う。
「それでは三日、二人でお願いします」
「ありがとうございますお部屋は別々で?」
「あぁ…いえ、一つで大丈夫です」
別々に部屋を取ろうかとソフィーは一瞬悩むが、学校では元々同じ部屋を使っているので、お金も浮く一部屋に決める。
「わかりました、ではこちらの鍵になります、無くさないように注意してくださいね」
「はい」
ソフィーは財布からお金を取り出し女性に手渡し、鍵を受け取って階段を上る。
「そこそこ広い宿ね」
T字の廊下を右に曲がり2番目の扉を開ける、するとそこには木製の椅子や机などと、一つのベッドがあり、その横に荷物が置ける棚がある。
「ああ、柔らかそう…」
ソフィーはそのままベッドに飛び込むと、柔らかい布団が彼女を包み込み、気持ち良さそうに目を細める。
「はぁ…あいつが来るまで寝てようかしら」
焦りや不安が頭の中で蠢くが、それ以上に怠惰な悪魔のささやきが強く、ソフィーはそのまま瞼を閉じる、脳裏には自分買い出し行ってる間寝てたんですかお嬢様と自分を責める死神の姿が浮かぶが、それでもソフィーは夢の世界へと船をこぎ始めるのだった。
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「…んん…」
がさごそ聞こえる音でソフィーは深い夢の中から意識が戻る。
「おや、起きましたかお嬢様」
うっすら目を開けると、死神が買って来ただろう荷物を纏めている姿が映る。
「んー…」
「全く…自分に買い出し頼んでおいて寝てるなんて随分ですね」
ソフィーの生返事に死神は目を細めて、恨みがましそうに文句を言ってくる。
等のソフィーは眠る前にぼんやり考えていた通りの文句だなぁ思い浮かべ、悪びれた様子無く体を起こし、服を整え始める。
「ふぁ…悪かったわね…所で何もしてないわよね?」
今更な話ではあるが、宿のベットといういつもと違う環境で寝ていたからかふとそう聞いてしまう。
「はぁ?して無いですよ、鏡見てください、痛て!?」
「失礼ね!全く…」
ソフィーは死神の言葉に枕を投げつけ、死神に直撃する。
怒りで目が覚めたソフィーはベットから降りてタオルを取り出すと、魔法でお湯に濡らし、顔を拭き始める。
「…はぁ、とにかく、出発する前に群青罠の構造を見直しておきましょう」
「はいはい…」
死神は手を止めて、腕を伸ばしながら椅子に座り、机に肘を付く。
「あなた本当、見た目に合わず少し粗暴よね」
「そりゃどうも、それより早く済ませましょう、このままだと探索できずに一日終わりますよ」
「それもそうね、まぁ確認だけだからそんなに時間は掛からないわ」
ソフィーは鞄から羊皮紙を取り出し、机の上に地図を広げる。
群青罠の遺跡は既に探索されたダンジョンなので地図は存在する、とは言えモンスターが居なかったりするわけでもお宝が無いという訳でもない、まるで生きているかのようにダンジョンは定期的に様々な物を生み出す、その為一度言ったら終わりという訳では無く、一種の永久機関のような物になっている。
とはいえ危険も同じだけあり、構造も大きくは無いが変化はする、意味が無いという訳では無いが地図を信頼しきってはいけない、確認はあくまで大まかな構造を把握するだけだ。
「まずはこの細い通路ね」
地図にはいくつかの四角い空間と、それをつなげる道が描かれており、ソフィーはそのうちの一つの道を指さす。
「地面は少し崩れた石畳でできてるらしくて、四人が並ぶとぎりぎり位の横幅をした道らしいわ」
「結構狭いですね、まぁ自分達は二人なのでそう問題はなさそうですが」
死神は地図を見ながら相槌を打つ。
遺跡の中は迷路のように入り組んでおり、広場以外は狭く作られている。
「広場には基本、罠が無くて、道にはかなり罠が敷き詰められているみたい、それとゴブリンやスライムと言ったモンスター待ち構えているみたいね、彼らは小さいからこの狭い通路でも動きやすいでしょうし」
「ふむふむ、対策は?」
「罠は私がある程度魔法で探知できるわ、あなたは前を進んで影を伸ばしておいて」
「なるほど、影に先に進ませて罠を起動させようと」
死神から伸びる影が任せろと言うように胸を張る。
その光景をチラッと見てからソフィーは地図に視線を戻して続ける。
「それで起動しなかった罠は私が探すから、あとはモンスターだけど、スライムとゴブリンなら炎で燃えやすいから、貴方でも問題ないでしょ、でも通路ではやりすぎないように気を付けて」
幾ら魔法でも火を焚けば空気は無くなるし、草などに引火すれば燃え広がる、狭い通路でこそ実力が試されるのだ。
「了解です」
「本当に頼むからね?それじゃあ後は細かな所の打ち合わせとしましょう」
それから二人は話し合いを続け、必要な情報を共有し、事前確認を終了する。
ソフィーは服の上からローブを羽織り、死神は荷物を自分の影の中に放り込む。
二人はお互いに準備が終わったを確認して部屋を出て、群青罠の遺跡へと向かうのだった