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野営


 砂丘のようなゆるやかな起伏の地面には芝のような草が広がり、それを風が優しく撫でる、空は青く澄み渡り、太陽が眩しく輝いているその草原を、土埃をまきながら三つの馬車が列をなして走る。


「いい景色ね」


 馬車から顔をのぞかせたソフィーは菓子パンを齧りながらそう呟く。

 学校は嫌いでは無いが彼女は元々田舎の育ち、自然豊かな景色の方が心は安らぎ、落ち着くのだ。


「…」


「どうしたのよ、いつもは無駄にペラペラ喋るのに静かじゃない」


 死神は指を組んで深く座っており、仮面に浮かぶ赤い光はただ横を向いている。


「いえ…ただ太陽光が強いなと…」


 平原は太陽光は遮られる事のない晴天、モンスターさえ出なければピクニックや日向ぼっこをするには絶好の場所だ。


「どうも体がヒリヒリしてしまって…まぁ動きに問題はありませんが…」


「ああ…まぁ貴方陰気臭いもんね」


「ただの暴言!?」


 横から聞こえる抗議の声を無視しながらソフィーは菓子パンを再び口に運び、外の景色に見惚れる。

 ソフィー達の乗る馬車は、一番後ろであり、人数の関係で彼女らの二人だけ乗っている、その分馬車が少し小さく、荷物も積まれているが、人付き合いに疲れていたソフィーには丁度よかった。


「はぁ…落ち着く…」


「聞いてますかお嬢様!」


「はいはい…」


 ソフィーは馬車の窓から目を離して椅子に座りなおし、先ほどまで見ていた景色を想像しながら目を瞑る、最近の彼女からは想像も出来ない落ち着きだ。


「全く…そもそもお嬢様に召喚されたせいでこんな体になっていると言うのに…」


 死神は諦めて椅子に深く座り、吐き捨てるようにそう呟く。


(…そういえばこいつの素性について特に聞いた事はなかったわね)


 その呟きを聞いて浮かんでいた景色は消え、隣に座る死神への思考が浮かぶ。


「…元々その体じゃないの?」


「ん?勿論違いますよ、体はこんな半透明じゃなかったですし、このローブも仮面も付けてはいませんでしたよ、まぁこのローブの下の服と大鎌は元々身に着けていましたが」


「そうなの…?」


 ソフィーは指を顎に当てて思考に入る。

 召喚術はあまり深く解明されておらず、使い魔の話から推測して、召喚されたされた際に形を成す者と何処かしらに存在する誰かが召喚される場合の二つがあると考えられている、そしてソフィーは彼が後者であるとほぼ確信しておりそこに疑問は無かった、しかし体が変質して召喚される例は無く、彼女の興味を引くには十分だった。


「元々はどんなだったの?」


「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたね、体格は元々これくらいでしたが最強でしたよ!魔法は大体なんでも使えたし、体も今より軽く、俊敏に動けました、それはまさに神速!見えぬ速度で接近して敵の首を斬り落とし、派手な魔法と銃撃で圧倒的な力を示す!そしてなにより日向でゴロゴロしても肌は痛まな…お嬢様聞いてます?」


「聞いてる聞いてる」


 ソフィーは目を瞑り、脳裏には先ほどの景色が再び浮かんでいた。


「聞いて無いですよね!先ほどまでの興味に満ちた顔は何だったんですか!?」


「いや…私最強でしたって始まる話なんかに興味持てないし…」


「何ィ!?」


 ソフィーは完全に彼から興味を失い、掛け布団を取り出して横になる。


「なんか寝ようとしてませんかお嬢様!?」


「ええ、最近気を張りすぎたのか心が安らかなになって突然眠くなったわ、妄想話は続けてていいわよ」


「妄想!?隠すつもり無いですね!」


(ふぅ…全く見た目通り子供なんだから…)


 また抗議している死神を同じくまた無視してソフィーは微睡みに身を任せ意識を手放したのだった。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 一人の少女が星を見ていた。

 満天の星々が、まるでちりばめられた宝石のように夜空に輝き、闇に包まれた世界を照らし出す、しかしその光は彼女を照らさない、まるで影が少女の形を取っているだけかのような錯覚すら覚える。

 そんな幻想的な光景の中で彼女に近づくもう一つの影が現れる。


「…じょ…さま…」


 その影は少年の姿をしており、言葉がよく聞こえない。

 少女は顔を向けることないが耳に意識を集中する。


「お…う…ー?」


 遠くから…いや近くから聞こえるようなそんな不思議な声に少女はそちらの方を向く。


「お嬢様!」


「っわぁ!」


「痛ってぇ!」


 ソフィーは当然はっきり聞こえてきた大声に目を見開いて上半身を勢いよく起き上がらせる、すると彼女の顔を覗き込んでいた死神に衝突し、彼は後ろに倒れこみ、ソフィーは再び上半身を戻し、額を押さえながら横に転がり丸くなる。


「痛たた…」


「痛った…いきなり起き上がらないでくださいお嬢様!」


「あんたこそ気を付けなさいよ!」


「何を!?」


 仮面の位置を調整しながら怒る死神にソフィーは額を抑えながら逆切れして暫く言い争う、暫くそのまま言い合っていると頭が冴えてきたソフィーは落ち着くように一度深くため息を付いて片手をあげる。


「はぁ…とりあえずやめましょう…それでなにかあったの?」


「ああ、まぁ…いいでしょう。ご飯です他の皆は既にご飯を食べてるでしょう」


 死神にそう言われてソフィーは外に意識を移す、窓から差す光は消え、焚火と何かを煮込む音、そして何人かの雑談が聞こえる。


「んー…!随分深く眠ってたようね」


「ぐっすりでしたね」


 体を伸ばしながら小さく欠伸をするソフィーを横目に死神は自身のバッグを持つと外へのドアへ歩き出す。


「それでは自分はご飯を受け取ってくるので準備ができたら出てきてください」


「はいはい…」


 外へ出て行く死神に軽く返事をしながらソフィーはタオルを取り出して顔を拭き始める。


「と言っても大した準備は必要ないけど…」


 ソフィーは別に化粧をするでも髪を結わく訳でも無い為、髪を軽くとかし、身だしなみを軽く確認した後ドアを開いて馬車の外へ出る。

 まず視界に入ってくるのは三個の焚火だ、どうやらここは馬車がよく休憩に使う場所の用であり程度しっかりした焚火の場所が確保されていて、木が辺りを囲うように生えていて枝も沢山落ちている。

 一つの目焚火は御者達が集まっており、大鍋が煮込まれ、他二つは各自で集まりたい人達で作っているのか最初の焚火より火が小さく、知らない人たちが集まって食事をしている。


「ええっと…」


 少し薄暗いが、小さい分逆に死神の姿は簡単に確認でき、彼の前に2,3人が並んでいる。


(あとちょっとだけ時間が掛かりそうね)


 ソフィーは視線を外し、過去の焚火跡の一つに近づき火の魔法を手の平に浮かばせる。


(あっと、枝を積んでなかったわ)


 火を移そうと動かし、視線を焚火跡に向けたところでミスに気付き、火を消して誤魔化すようにスカートをはたきながら立ち上がる。


「ふははは!」


「なっ!誰!?」


 突然の笑い声に自尊心を傷つけられ、顔を赤くしながらソフィーは当たりを見回す。


「くっくっく、我の声を忘れたかソフィーよ」


「その芝居がかった喋り方と声は…オリヴィエル!」


 ソフィーが名前を呼ぶと暗がりから紫色のローブをはためかせながら一人の女性が歩いてくる。

 赤色と黄色のショートヘアーで、もみあげは長く、赤い目と暗がりでも眩く光る黄色い目のオッドアイである。


「流石我が生涯のライバルよ…」


「いや、もうライバルの押し売りなんていらないんだけど…」


 顔に当てた指の隙間から黄色い目を光らせながら意気揚々とそう言うオリヴィエとは対照的に、ソフィーは深いため息をつく。


「そもそもあんたライバルって言えるほど成績は良くないでしょ」


「うぐぅ!だって…我の学んできた論理とは違うんだもん…それに!魔法さえ上手く使えればそれでいいではないか!」


 オリヴィエルは両指をイジイジとしながら恥ずかしそうに下を向く。

 彼女は約二か月前に転入してきたクラスメイトだ、その為成績の順位は出ていないが、正直座学の成績が良くない、しかしながら彼女の言うように実際に魔法を使った形式の物ではなかなかの評価が良い。


「まぁ確かに理論とかをわかってないのにキレのある使い方するけどね…」


「ほら!そうであろう!我の魔法は理論など関係なく全ての物を凌駕する!間違っているのは我では無く世界の方なのだ!」


 先ほどの恥じらいなど嘘だったかのように自信満々に胸を張るオリヴィエ。


「はいはい、そうね、すごいすごい」


 そんな彼女をソフィーは適当にあしらう。


「むぅ……なんだかバカにしている気がするが……」


「気のせいでしょ?それより何しに来たわけ?」


「っふ、何、ただ同じ道を歩む同士と甘美なる杯を交わそうというだけの事…」


「は?えっと…ああ!同じ魔法使いを目指してる者同士一緒にご飯を食べようって事?」


「わかっているでは無いか…」


 オリヴィエルは不敵な笑みを浮かべながら近くの岩に座る。


「まぁ、それは構わないけど…あんたの分は?」


「もちろん我が眷属が持ってくる」


「ああ、あんたもそうなのね」


 ソフィーもオリヴィエの用に座って話をし始める。


「そういえば貴様の眷属は健在か?」


「えっと…ああ、元気よ、鬱陶しい位には」


「そうか、それは僥倖」


「あんたら知り合いだったの?」


「っふ、知り合いなどとちゃちな間柄ではない、奴こそ我が天命を共にせし盟友よ…」


「なんで人の使い魔と勝手にそんな仲になってんのよ…」


 オリヴィエルは顔に手を当てたまま肩を揺らして笑う、そんな様子にソフィーは目線を下に向けながら肩を竦める。


(だいたいあいつ、いつの間に出かけてたんだか)


 ソフィーとしてはあまり死神に出かけてほしくは無い、ただでさえ悪い意味で目立っているのに、更に話題を増やすような行動は控えてほしいのだ。

 

(現に目の前の癖者と仲良くなっているようだし…)


「お嬢様ー」


 頭に思い浮かべていた人物の声が聞こえて、ソフィーは思考から抜け出して顔を上げる、すると死神と杖をついた女性が、器を持って歩いてくる。


「お待たせしましたー…というか焚火位付けておいてくださいよ」


「ああ…ごめん忘れてたわ」


「はー…やれやれ、自分が付けますよ」


 死神は器をソフィーに渡しながら枝を数本マントの下から取り出して、積み始める。


「それならば我が閃光の炎を見せてやろうではないか!」


「いや、焚火にそんな炎いらないんだけど…」


 勢いよく立ちあがり、バチバチと閃光の迸る炎を片手に浮かべながらオリヴィエルは歩き始め、そんな彼女を死神は目を細めながら嗜める。

 

「ふー…」


 話し相手達が焚火を付けに行き、手持ち無沙汰になったソフィーは死神と一緒に歩いてきた女性へと視線を移す。

 灰色のボサついたロングヘアーで、身長は成人男性位高く、膝裏まで伸びる黄緑のマントと、紺色のショーパンツを身に着けており、両目と胸に包帯を巻いている。


「…どうかしたかい?」


 女性はソフィーの視線を感じたのか、見えているかのようにそちらの方を見て首をかしげる。


「いえ、何かあるという訳ではないけれど…私が見えてるの?」


「いや?見えてると思うの?」


「思えないから聞いてるのだけれど…」


 何を言ってるんだこいつはといった表情が浮かんでいるのが包帯を巻かれていても分かり、ソフィーも同じような顔を返す、しかしすぐに女性の方は何が面白かったのかクスリと笑う。


「はっはっは、ごめんごめん、まぁそれより自己紹介がまだだったね、私はシノノメ、鬼人だよ、君の話はよく聞くね、よろしくソフィー」


「ええ、よろしくシノノメ」


 シノノメが歩み寄って来ながら手を差し出してきたのでソフィーはその手を掴み返し、握手を交わす、

その間、思わずソフィーは彼女の頭を見るが、鬼であればあるであろう角は見えず、少々体付きが良い物の、筋肉がそうついてる訳でもない、肌の色だって人間のそれと同じで、ぱっと見普通の女性と変わらない。


「鬼人には見えないかい?」


「え?えっとまぁ…そうね」


「まぁ私は一番の特徴である角も見えないし筋肉もそう付いてる訳じゃないからね、気にしないで」


 そう言いながらシノノメは口元に笑みを浮かべてソフィーの手を離すと、少し距離を置いて座る。


「っくっくっく、しかしシノノメは鬼神の如き力を持っているのだぞ」


 そこで焚火を付け終わったオリヴィエルが顔に手を当てながら自慢げに歩いてくる、ちなみに死神は既に地面に座っていた。


「それじゃそろそろ食べましょうか、流石に少しお腹がすいてきたわ」


「おぉーい!話を聞けぃ!」


 両手を上げながら大声を出すオリヴィエルを他所に、ソフィーは食事を始めて、他の二人もそれに習うように食事を始める。

 焚火の周りに座りながら、オリヴィエルの話を聞き流すこと数分、死神が突然口を開く。


「二人はどういうダンジョンへ?」


「っむ?我らは…まぁ大した特徴も無いな、せいぜい獣が居る位のちょっとした森のような場所だ」


「へー森なのか…火事にしないようにしてくださいね?」


「っふ、誰に言っている…我がそんな凡ミスをするはずなかろう…」


「そうそう、ここに来る前に火事にしないように火の調整だってしてたんだから」


「余計な事を言うで無いシノノメ!熱ちっ!」


 オリヴィエルは憤慨しながら足で強く地面をたたき、器に入ったスープが零れて自らにかかる。

 それを横目に見ながらソフィーはふと考える。


(そういえばあの子達はどうしてるかしら……)


 ソフィーの頭に浮かぶのはシルヴィと、彼女の抱えるドラゴン、今頃自分達と同じようにどこかのダンジョンを目指してるのか、それともまた別の事をしているのだろうか。

 彼女達とは一年の時は同じクラスだったが、二年になって別れてしまい、その後の動向は殆ど知らない。


(いや、他人の心配なんてしてる暇はないか…)


 そこまで考えた所でソフィーは思考を止める。

 既に自分の事で精一杯、それに彼女の才能を覆せる存在でもない。

 そんな事を考えながら、ソフィーはスープを飲み干す。

 死神は相変わらずオリヴィエルの愚痴の様な物を聞かされているようだったので、ソフィーは立ち上がって自身の器をその場に置く。


「今日はもう休むから、コレ戻しておいて」


「あんなに寝てたのにもう寝るんですか?」


「さっきの眠気が戻って来たのよ、それじゃあんたらもほどほどにしておきなさいよ」


「はいはい、おやすみなさいませー」


 ソフィーは背中越しにそれぞれ挨拶の挨拶を聞きながら乗っていた馬車へと戻っていったのだった。

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