泣きっ面に蜂
ゴブリン達の居た通路を過ぎてから暫くして、二人は大きな問題も無く遺跡の奥へと進んでいた。
しかし道中、何度かの戦闘で死神にかすり傷が増えており、ソフィーも激しさの増した戦いに疲労が募る、一階層では合った余裕は見る影も無い。
そんな中、二手に分かれた通路を見た時、ソフィーの表情は歪んだ。
「どうやらここからは地図通りには行かなそうね」
ソフィーはバッグから一枚の紙を取り出し、そう呟く。
彼女の持つ地図通りならば、今二手に分かれる通路は見えない、そうなるとこの遺跡は既に構造が変化してしまったのだろう。
「間が悪いわね…」
ダンジョンの構造変化はだいたい数か月に一回行われる、しかし稀に、それほど経たずに変化してしまう事はある、こればかりは対策のしようがない。
「まぁ文句を言っていても始まりません。それにむしろいい物があるかもしれませんよ、構造が変化したばかりの方が良い物が置いてある可能性は高いらしいですし」
「そうは行っても気分の問題かもしれないじゃない、変化する前に生まれたアイテムでも良い物はでるらしいし、変化した後にいい物が出た!って大きく騒ぐ人が多いからそう思えるだけよ」
「…まぁ一理ありますが…夢が無いですねお嬢様」
「夢やロマンより今はやる事があるでしょ」
余裕のない今でも呑気な事を言う死神を軽くあしらいながらソフィーは地図へと視線を戻す。
もし仮にここで何かしらのレアなアイテムを手に入れたとしても、それがそもそも必要でない物の可能性は高く、なによりタッグトーナメントでは支給された装備以外の使用はルール違反、わざわざ今危険な目に合ってまで彼女が欲しいものは無い。
「さぁ馬鹿な事言って無いで、まず右から進むわよ、地図は書き足してておいて」
「はいはい…」
ソフィーは死神に地図を渡し、そのまま二人は右の道へ進む、そしてそのまましばらく進んだ所で、ソフィーの探知が反応する。
「そこに罠があるわ」
「ああ、はぃ…!」
死神がチラリとソフィーの指さした方を見たその瞬間、別方向にあった小さな穴から一匹のスライムが死神にむかって飛んでくる。
それに反応して彼は大鎌を振るってそのスライムを切り裂き、液状のしずくが飛び散る。
「ふぅ…危ない危ない」
「怪我は無さそうね、今の一匹だけ?」
「うーんそうみたいで…おっと?」
「っわ、何?」
辺り見回しながら探索に戻ろうとしていた二人に、ガゴンという音と共に、軽い揺れが襲う。
一瞬広げている影が罠を起動させたのかと二人は通路の先を見たが、振動は奥からでは無く、今この場に起きている。
「あ、えっと…」
死神は思い当たる事があるのに気づき、先ほどソフィーに教えてもらった罠の位置へ視線をやる。
「どうしたの?いったい…」
そんな死神につられてソフィーがそちらの方を見ると、罠の起動スイッチに飛び散ったスライムがべったりとくっつき、その重厚な物をしっかりと押し込んでいる。
二人は一瞬固まり、その次の瞬間、示し合わせたように、一気に前方へ駆け出す。
「何やってんのよあんた!?」
「これ自分のせいですか!?仕方ないでしょう!急に相手がとびかかって来たんだから!」
二人の叫び声は通路中に響き渡る。
走り出してから直ぐ後に、後ろからガン!という音が二人の耳へ届く。
振り返れば、壁が両側から突き出し、隙間なく通路を埋めている、そしてそのまま二人を追いかけるように次々と壁が閉じ始める。
「はぁはぁ…あんた影の中に入れるんでしょ!?それでなんとかならない!?」
「どうでしょう…壁が閉じていく時に光が消えているので影が無くなっちゃってるんですよね…」
「それの、何が問題なの!?」
「いいですかお嬢様、影と闇は違うんですよ、闇はただそこにありますけど、影は少しでも光が無いと生まれません、故に…」
「ふっー…!結局は!?」
「下手すると影に入っても、その後影が消えて、我々は押し出されペッチャンコになる可能性が高いです」
「そんなぁ…!?」
「まぁまだ絶体絶命と言う状況ではありませんし…」
罠に追われるという状況にソフィーは早くも音を上げるが、死神はどちらかというとまだ冷静な方だ。
幸いまだ壁と二人の間にはそこそこの差があり、何処まで続くのかは分からないが、このままなら十分凌げる状態だと考えている。
しかし死神は一つの要素が頭から抜けているのだ。
「ひとまず更に厄介な事にならないよう、他の罠に注意しながら走りましょう」
「…」
「お嬢様聞いてます?」
「…ゲホゲホ…なにィ…!?」
死神がソフィーの絞り出したような声に目を見開き、ソフィーを見ると、もう限界と言うような感じで上半身に力が入っておらず、足だけが動いている。
「お嬢様…もしかしてもう限界ですか…?」
「…はぁ…ゴホ…」
ソフィーは答えず、小さく咳をするのみ。
彼はすっかり忘れていた、彼女の体力はかなり劣っており、この遺跡に歩いてくる事すら一度休憩を挟まなければいけない、そんなソフィーが全力で走ったら数分と持たないのだ。
(まぁここまでの疲労もあるだろうし…ああ…なんにせよまずい…もういつ転んでもおかしくないレベルだ…)
死神は心の中で彼女をフォローしながら急いで広げていた影を戻し始める。
「お嬢様、今影を戻して」
カチッ
「乗せるのでもうしばらく…カチッ?」
「…ヒュー…ぇ?」
騒々しい今の状況でも不思議なほど綺麗に聞こえてきたその音の意味を、二人は浮遊感を感じながら考えることになる。
「あぁ…!」
「今度は落とし穴ぁぁ!?」
二人は走っていた勢いのまま、斜めに回転しながら暗闇へと消えて行ったのだった…
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「ん、うぁ…」
重い瞼を必死に開けて、ソフィーが目を覚ます。
ガンガンする頭を手で押さえつつ上半身を起き上がらせ、己の下に敷かれた薄い布を感じながら辺りを見れば、どこかの部屋の中のようで、石造りの壁や床、そして壁には等間隔に松明が設置されている。
「起きましたかお嬢様」
そんな時、死神が松明の光が届かない薄暗い場所から歩いてくる、いつもと変わらない口調の彼にソフィーは少し安心感を覚える。
「ここは…?」
「わかりませんね、まぁ落ちた感じ段三階層のどこかの部屋と言った感じでしょう、一応候補は絞りましたが」
死神は地図を取り出して三つのポイントを指さす。
「ここは行き止まりの部屋で、少し通路を進むと左右への分かれ道があるんですよ、そうなると現在地は多分この三つの内のどれかの部屋に居ますね」
どうやら死神はソフィーが倒れている間に少しだけ先を探索していたようで部屋から通路を見ながらそう説明する。
「んぅ…でも上が変化してる時点で地図は信用できないわよ…?」
「まぁ一応です、進んでる内に他の特徴が見えれば候補もしぼれるでしょうし、どの候補も入らないのであれば参考にできないっていう事がわかりますから」
「なんか…急に有能感が出てきてちょっと動揺がとまらないだけれど…」
「そんな馬鹿な事言ってられるなら元気ですね、早く行きましょう」
確かにそうだなと思い、ソフィーは立ち上がる、しかしその瞬間体に痛みが走り、顔を歪ませる。
ソフィーは咄嵯に自分の体を確認する、服は所々破れており、肌には掠り傷や切り傷が出来ている。
「大丈夫ですか?咄嗟に影で包んだとは言え、まだ収束途中だったのでまともな受け身は取れてないんですよ」
死神は心配そうにソフィーの顔を覗き込む。
ふとソフィーも死神の姿が目につく、よく見ると半透明な彼の服も傷がついたり破れたりしている。
「正直、体調は悪いわね…あなたは?」
「ん?自分は大丈夫ですよ、物理的な物には耐性があるんですから」
死神は破れた部分を持ってひらひらとしながらそう言う。
「ああ、そうだったわね…」
「ええ、まぁ中途半端に実体がある分、先ほどの壁みたいな圧倒的質量で潰されたらどうなるか分かりませんが…」
そんな事を話しながら死神はソフィーを支えて、先ほど彼女が寝ていた場所に座らせる。
「っとっと…」
「ひとまずもう暫く休んで、その後に今後の事を考えましょう」
「そうね…悪いけれどもう少し休むわ…」
彼女は休んでる暇は無いと一瞬頭に浮かぶが、それを上回る疲労がその言葉をかき消す。
ソフィーはそのまま力を抜いて、上半身を倒すとその瞳を閉ざす。
暫くして、彼女が寝息を立て始めると、死神は再び松明の光が届かないうす暗い所へ戻り、辺りを見張るように壁へと背中を預けるのだった。




