墜ちた星
魔法は普及した現象だ、ただの子供が手から水を出して遊んだり、老人が自分で生み出した花を生けたりする位、誰でも扱える。
しかし、それだけ一般的な物として存在するため、ただ魔法を使えるだけでは魔法使いと呼ばれる事はない、7つある魔導都市に点在する魔法学校を卒業し、証を貰う事で初めて魔法使いとして皆に認められる。
そこからただの魔法使いで終わるのか、はたまた物語のような英雄になるのかはその人物次第ではあるが、子供たちが皆一度は憧れ、その道を目指す、それほど魔法使いというものは人気なのだ。
そして、そんな例に漏れない少女が一人、魔法学校の一室でクラスメイト達に見守られる中、部屋の中央に描かれた魔法陣の前に立っている。
魔法使いと言うのは使い魔を一匹連れるのが基本となっており、その為魔法学校の必修科目として召喚術が存在し、生徒たちは個人で召喚している者などを除いて、十八歳になると使い魔を召喚する事になる。
順番に纏めて召喚する関係上十八歳でない者も居るが…なんにせよ強力な使い魔を召喚できればその後の授業はもちろん、魔法使いとしての人生に大きな一歩を踏み出せる、そんな重要な要素である使い魔は、生涯一匹だけしか召喚できない、その為生徒たちは自然と肩に力が入り、祈る者や、顔色を窺うように他者を盗み見る者、緊張で固まる者など、辺りはピリピリした空気で満たされている。
「それではソフィーさん」
「はい」
そんな空気を意に介さず、ソフィーと呼ばれた少女は髪をかきあげると、両手を魔法陣にかざす。
「…っふ…ん…」
ソフィーは軽く息を吐き出してから、集中するようにゆっくりと目を閉じる、すると魔法陣は薄くとも力強い光が外側から中央にむかって伸びていく。
「…我が名に答え、汝、剣と盾となりて我が運命を切り開け…!」
小さく、そして力強く言葉を紡ぎ、ソフィーは最初で最後の呪文を唱える。
「召喚!」
その言葉に反応し、魔法陣は噴き出るように光を強めていき、止まることを知らず、どんどんと光り輝き、その場にいた者達全員が目を瞑ってしまう。
「っこ、これは!?」
誰かがそう声を挙げる、あまりにも強い光に、その場にいた者達の誰もが強力な使い魔が現れるだろうと感じており、ソフィ―は光の中で小さく口を緩めていた。
そして暫く輝いていた光は、まるで幻だったかの用に一瞬で収まる。
「…」
瞼を開き、早く自身の使い魔を見たいといった様子でソフィーは目を凝らす。
「…なんだここは?」
魔法陣の中心から声が聞こえる、ソフィ―は人型の使い魔を思い浮かべながらまだしっかりと見えない目を見開く。
「…え?」
ソフィーは思わず落胆の声が漏らす。
足元まで隠す程大きな黒いフード付きのローブに骸骨の仮面、彼の背後に浮かぶ大鎌、そしてそれらとは対照的に、半透明な体をした少年、この世界において最弱クラスの使い魔、死神だとわかったからだ。
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「はぁ…」
ソフィーは部屋に入り、ドアを閉めると同時に深いため息をつく、すると疲れを自覚したかのように体が重くなり、持っていたバッグを適当に投げて二段ベットに飛び込む。
「…あー」
そして枕に顔を埋めながらまた大きく息を吐く。
「今日も疲れたなー…痛っ!」
枕から頭を上げて顔にかかった髪を手櫛で横に流す、その時絡まった髪が引っ掛かってしまった。
「全く…なんでこんな…はぁ…」
チクっとした痛みだけでジワジワと怒りが湧いて来たが、突然馬鹿らしくなってまた溜息を付いた。
(うまく行かないってだけでこんな小さな事にこうも苛ついてしまうなんて…)
ソフィーは抜けてしまった銀の髪を払いながら、無意識に思い出を掘り起こし始める。
あの召喚の日から約三ヵ月が経った、その日々はソフィーにとってお世辞にも良かったとは言えない。
小さな村で魔法使いを目指し、頭角を現したその才能は小さな村だけに収まらず、魔法学校においてもその力を示し続け、学年においてトップの成績を収めていたのだ、そんなソフィーが魔法使いの今後を左右する召喚術で最低レベルの使い魔を召喚した、そうなれば当然周囲の見る目は変わる、元々平民という事で大体の貴族から目を付けられており、ソフィー自身の性格も良いとは言え無かったため、彼女の事を嫌いよりだった同じ平民達も彼女への嫌がらせを行うようになった、加えて昔ならば彼女も嫉妬心からの嫌がらせだろうと気にならなかったが、優越感が劣等感に変わったことによって食い込んだ棘の用に確実に彼女を苦しめている。
(それもこれも…!)
嫌な思い出がズキズキと蘇り、苛立ちの限界を迎えた彼女はそれを振り払うべく体を動かす事にした、
それはほぼ八つ当たりに近い事だが…
ソフィーは体を起こしてベットから降りると上の段に顔を向け、その琥珀色の瞳は空に浮かぶ一人の少年を捉えた、あの時召喚した例の死神である。
彼は二段ベットの上で低空飛行しながら本を読んでいた。
「…どうしました?」
顔の向きを変えず骸骨の仮面から見える赤い光だけがソフィーの方を向く。
「深いため息ついて、勝手に怒って、またため息ついて、その後は人をジロジロと…病院予約しておきましょうか?」
「いらない!全く、毎回毎回ふざけたことばっかり言って…」
「大真面目ですとも、お嬢様が頭の病気に掛かってたら大変ですので」
「…!…!」
ソフィーはあまりの怒りに口をパクパクさせながら何度目かの後悔をした、文句を言うと毎回このように余計気分が悪くさせてくる相手なのだ、しかしそれでも言いたくなってしまう程、ソフィーは彼の存在に苛立っていた。
色々あるが、特に苛立つのが彼のお嬢様呼びと態度である、彼のニュアンスはお嬢様(笑)なのだ、それに加えて振る舞いは明確にでは無いが確実にソフィーを下に見ているのが感じられ、精神をひどく逆撫でる。
「…っ、というかおかえり位言ったらどうなの?私が入ってきても黙ったまま顔も動かさず本読み続けてさ」
「そんな召し使いじゃないんですから、勘弁してくださいよ」
「知り合いだったとしてもルームシェアみたいのをしてればおかえり位言うでしょうが!っはぁ…」
苛立ちを逃がすように溜息を付き、確かにそうだなぁと呟く使い魔の声を聴きながらソフィーは椅子に座る。
(部屋を出れば毎日周囲から馬鹿にされ、部屋に入れば毎回使い魔に苛立たされる…)
雑に投げたバッグを拾って机の横に置き、引き出しから肩掛けタイプのバッグを取り出し、中身を確認していく。
(…でも、それも今日で終わり…!)
中に入った瓶や本、その他細かな道具を確認した後、ソフィーは制服にできた皺を伸ばしながら立ち上がると顔を自身の使い魔へ向ける。
「ほら!あなたもいつまでも本読んでないで出かける準備をしなさい!」
「えー丁度いいところですのに」
空中から降りて本を置くと、ベットから溶け落ちるようにだらだらと降りてくる、そんな彼の様子にソフィーは何度目かのため息をつく。
「ベットから降りる位ちゃんとしなさい…!全く…」
「今度は保護者面ですか?やれやれ…それでどこに行くのですか?」
肩を竦めながら使い魔は黒いフードの下にナイフや瓶など細かい道具を装着していく、ベットから降りてくるときのだらだらとした動きと違っててきぱきとした動きに、最初からそうしろと思いつつソフィーは口を開く。
「ダンジョンに向かうのよ」
「ダンジョン?」
「ええ、今日この時をどれだけ待ったか…!」
使い魔召喚の授業を終えてから約五ヵ月後、全クラスでタッグトーナメントが行われる、相棒は当然使い魔、つまりは召喚してから五ヵ月間でどれだけ使い魔を使いこなせてるかを測るのだ。そして三ヵ月目の今日は冒険者としてダンジョンに入る事を許される日であり、座学より実戦での経験を得ることが目標となる。
(一応ノートは取っておいたけど…基本的な事は覚えたし、必要ないかな)
ソフィーは机の横に置いたバッグを、正確には中にあるノートを見ながら持っていくべきかを考えたが、ただの荷物になるだろうと判断しバッグから視線を外した。
彼女は普段、座学を疎かにはしないが、最低ランクの使い魔を召喚したため、連携や役割分担などを周りと同じように習っても意味が無いと判断し、如何に自身をサポートさせるかを考えていた。
(この酷い使い魔をどうやって使うかをずっとイメージしてきた…正直あまりいい使い道は浮かばなかったけど、最低限の事はさせられるはず…)
ソフィーは心の中でそう呟きながら、今度は自身の使い魔へ視線を向ける。
少年のような小さな体に加え猫背で、その身長はソフィーよりもかなり低い、その為彼のフード付きのローブもローブの下の服も少し大きいのかブカブカ気味である。
正直全体的に戦闘が行える強さを持ってるとは微塵も思えない。それでも召喚してしまった以上は諦め、最低限動かすことを選んだ。
(それに魔法の才能自体は私が十分持っている、例え使い魔が役に立たなくてもこの場を乗り越えて一度魔法使いになれればそれでいい)
魔法使いが使い魔を連れるのはあくまで基本というだけで、戦いによって使い魔を失う魔法使いもいる、それでもその人自身に才能があればそのまま魔法使いを続けられる、しかしそうなるまでは使い魔が居ないと色眼鏡で見られるし、そもそも召喚術の授業をこなせない、その為、今は彼をどれだけ扱えるかを考えなければならない。
「…またジロジロと、気でもあるんですか?」
「そんなわけないでしょ!用意が遅いと思ってただけ」
「お嬢様が部屋に入って来た時、奇行に出て無いでささっと指示してくれればもっと速く準備できたんですがね」
使い魔は腰に片手を付けたまま呆れたと言わんばかりに肩をすくめる、もう片方の手をひらひら振るってるのも相まってとても癪にさわる。
「あんた…」
「さて、そんな事よりさっさと行きましょう、二人とも準備できてるのに突っ立っててもしょうがないでしょ」
「ちょっと!勝手に行かないで!」
言葉を遮りながら死神は手をパンパンっと叩き、ドアを開けて部屋の外へ歩いて行ってしまい、
ソフィーは声を少し荒げながらその後を追う。
ドアを抜けると、白い壁に貼られた大きなガラスから温かい光が目に掛かり、ソフィーと同じく自身の部屋に戻って来たり、雑談をしている者達の声が聞こえ、柔らかい絨毯の感触を靴越しに感じる、そんなまさに学校というような雰囲気の長い廊下へ出てソフィーは少し憂鬱な気分になる。
「お、見てみろ落ちこぼれのソフィーだ」
「おいおい失礼だろ、まだ、優等生だぞ」
「横にいるのが噂の死神かな?変な仮面は被ってるけど本当に子供みたいな見た目だね」
「ていうかあの二人もダンジョンの行くつもりかな?」
「えー、誰かついて行ってあげたら?今日で居なくなっちゃうかもしれないよ?」
「大丈夫だろ、優等生様なんだから、ちょっと幼児趣味ってだけでな!」
「ははは!」
「…」
早速どこかしらからソフィーへの陰口が聞こえてくる、その全てが聞こえてくるわけでは無いが、途切れ途切れに聞こえるソレはソフィーの精神をすり減らすには充分な言葉だ。
「ほら、お嬢様こんな所で突っ立ってても仕方ないのでさっさと行きましょう」
「わわ!押されなくても行くわよ!」
神経を尖らせていたソフィーは背中をぐいぐいと押され、転びそうになりながらも歩き出す。
多少余計な会話を聞きつつ、二人はしばらく無言で歩いていたが、階段に差し掛かった辺りでソフィーが口を開く。
「あなたは気にしてないの?」
「お嬢様への悪口をですか?それをお嬢様自身が言うのはどうかと…」
「そういう事言ってるんじゃないの!分かってるでしょ?遠回しに貴方への悪口も含まれてるじゃない」
「あーまぁ、今更お前ら達からの評価なんてどうでもいいのですので」
「ちょっとボロが出てるじゃない」
「失礼」
軽い声でそう言いながら死神は子供の用にぴょんぴょんと階段を下るとソフィーの方を向く。
「しかし意外ですね」
「何がよ?」
「いやてっきり…」
「あ、ソフィーちゃん…」
階段を上がって来た少女が漏れ出たような声を出す。
少し気弱そうな雰囲気の少女はオレンジ色の髪に、少し大きな魔女帽を被っており、両腕に不揃いのゴツゴツした岩が三つくっついたような物を抱えている。
「あ、ごめんなさい…会話を遮ってしまって…」
「いえいえ、大丈夫ですよ、お知り合いみたいですねお嬢様」
死神は手を軽く振りながらそう言うと、ソフィーに顔を向ける。
「…ええ、彼女はシルヴィ、幼馴染なの」
「幼馴染なんて居たんですね、どうもお嬢様に召喚された死神です」
「し、シルヴィです、よろしくおねがいします」
「グルゥ」
両者が頭を下げると、シルヴィの抱えている物が小さく声を上げる。
よく見ると岩の下部分にはトカゲのような爬虫類の体がはみ出ており、目を覗かせている。
「この子はロクっていいます」
「へぇ、よろしくロク」
「クルゥ」
ロクは喉を鳴らすように鳴くと、尻尾を軽く振って挨拶をする。
そんな様子を死神が眺めていると背中をグイグイと押される。
「おっとっと、お嬢様?」
「いつまでも話して無いで、さっさと行くわよ」
「短気ですねぇ、はいはい、それでは失礼しますねシルヴィさん」
死神は軽く頭を下げてソフィーと共に歩き出す。
「あ、あの!ソフィーちゃん!」
シルヴィの横を通り過ぎて階段を数歩降りたところで、少し大きな声で呼び止められ、二人はシルヴィ方を向く。
「何?」
「えっと…ソフィーちゃんもダンジョンに行くんだよね?それなら一緒に行かないかなって…」
「ああ、パーティを組もうって事ですか?それならいいんじゃないですかお嬢様、初めてですし安全を取って…」
「いえ、悪いけど他を当たって」
「あ…」
「ちょっと、お嬢様?」
ソフィーは短くそう断ると、シルヴィから視線を外し歩いて行ってしまう。
「ああー…すいませんシルヴィさん、うちのお嬢様気難しいので…」
「…大丈夫です…」
「本当すいません、では…急ぐので」
もう一度軽く頭を下げてから死神は急ぎ足でソフィーを追いかける、少しするとそれほど離れてもいなかった為直ぐにその後姿を捉え、横に並ぶ。
「お嬢様、知り合い相手にあの態度はどうかと思いますけど」
「余計な口出しはしないで」
死神が肩をすくめながらそういうと、ソフィーは歩いたまま振り返りもせず短く言い放つ。
そんなソフィーの様子に少し目を細めながら死神はまた口を開く。
「余計とは言うけど…如何せん戦力で考えるなら組んだ方が良いのでは?何せ自分は最弱最弱って言われてる死神ですよ?それにお嬢様も実戦は初めてでしょう?」
「他人の力を借りてる暇なんて無いの、トーナメント戦では結局私とあなたしか出れないんだから、こんなことで弱音を吐いてたら優勝なんてできないじゃない、それに、彼女は戦力にはならないわよ」
「何?何でですか?」
「はぁ…彼女は魔法の才能が無いの」
ソフィーは一度深くため息をついて立ち止まり、短くそう言ってから続ける。
「魔法の強さ調整は殆どできないし、発動するのに時間は掛かるし、そもそも使えない魔法も多い、落第して学園を追い出されててもおかしくない子なのよ」
「それはそれは…しかし残ってるのなら最低ラインは満たしてるのではないんですか?」
「私の場合と逆よ」
「逆?」
「彼女が腕に抱いていた子覚えてるでしょ?」
「ああ、ロクって言う子ですね」
死神が顎に手を当てながら可愛かったなぁと思い浮かべる中、ソフィーは少し不機嫌そうな様子で眉を顰める。
「あの子はドラゴンなの、いわゆる最強クラスの使い魔ね」
「ドラゴン?随分小さかったですね、幼体ですか?」
「噂に聞いただけだけど多分そうね、まぁとにかく彼女が残ってる理由がわかったでしょ」
ソフィーは顎を小さく動かして再び歩き始める、その足取りは先ほどより少し荒っぽく、速い。
「なるほどなるほど…いわゆる優秀な使い魔を召喚したから学園側も様子を見ようみたいな感じになっていると」
「そうね、とはいえ…いや、何でもないわ」
「凄い気になる切り方しましたねお嬢様」
「少し黙って、今はダンジョンの事を考えるから」
先を話してほしいなぁというニュアンスを含んだ聞き方をしたが、ソフィーに冷たくあしらわれ、死神はつまらなそうにわかりましたと声をあげたのだった。