ゾンビ
見なければよかった。
モータウン田村の場合は、やはり気持ちが悪かったのだが、コート越しであった。
しかしその女は腰部に、スカートだったものなのか、下着だったものか、判別のつかない黒ずんで汚れ切った布きれを、わずかに残しただけの、すっ裸なのであった。
だがそれは、ほんの僅かな救いでもあった。
何故なら、陰部を見なくてすむからだ。
蛭の巣と化したその肉体の首から下は、乳房も腹も背中も尻も脚も腕も、全身、蜂の巣状に満遍なく穴が穿たれ、さながら、蜂の巣に群がる蜂の群れのように宇宙蛭が這い廻り、血膿の滴る穴から出入りしているのだった。
じゅるじゅると触手を引きずりながら。
首から上、すなわち顔はそのままなのだが、養分を取られ続けたせいだろう、青黒く萎びていて、老婆のようである。
毛髪に混じってちぎれた触手が垂れ下がっているのだが、生きている触手は風も無いのにゆらゆらと浮かび上がり、この世のものとは思えぬ嫌悪感を醸し出す。
女の年齢を窺い知る事など到底不可能である。
くわっと見開らかれた目玉が虚空を見据える。
無惨に崩れた唇が、歯茎を剥き出しにして大きく上下に開くと、口腔の中からぞろりと蛭の触手の束が垂れ下がる。
「ひえ~~~~~! aタイプ! あんなの、ありかー?」
と友和はaタイプに抱きついた。
「ふわあ。お腹へってたのにイ……食欲が、ぜんぜん無くなっちゃったア」
とaタイプも友和に抱きつく。
まさしくゾンビだ! 在いは、凸凹木乃伊。
悲惨の極みであり、おぞましさの塊であった。
その女、恐怖の蜂の巣状のゾンビ女は、こちらに気付いた様子だ。
だが、攻撃を仕掛けてくる訳じゃない。
蛭の死骸やら腐った触手の残骸やら、血膿で汚れ切った床を、股間から大量の触手と蛭の死骸をぶら下げて、ずりずりと引きずりながら、歩き回っては、こちらを凝視したりする。
磁気シールドは、向こうからの攻撃をも不可能にするのだ。
この、信じられないような汚濁の光景に、血も凍る思いの二人であった。
「……おい、あれが」
「うわっ!」
「きゃあー!」
と、二人は腰を抜かした。
いつのまにかエンタメが後ろに来ていて、話しかけてきたのだ。
吐き気と鳥肌が止まらない二人は、エンタメに文句を言う気力さえ無い。
エンタメが話を続ける。
「あれが田村の恋人の、地球人の女の成れの果てだ。大恋愛の末に結び付いた。絶世の美女だったんだ。年の頃は、そう、女の色香匂い立つ二十六歳だ。哀れなもんだな」
やっとの思いで友和が喋る。
「よ、よくご存じで」
エンタメがさらりと言ってのける。
「あははは嘘だよ。俺が知る訳ないだろ? 本当は田村の母親かもな? 何故なら、……ババアの顔をしている。ってな。よーく見てみろ! ……だんだん見慣れてくると……やっぱり気持ち悪いな」
エンタメのお蔭で少し、こわばりが抜けた二人であった。
「よし、どうする? ヘルメット持ってきてやったぞ。忘れていったろ、お二人さん。ダンナにはこれをやる。通信機能付きだ。あんなバイクのメットじゃ駄目だよ。じゃ、行こうか戦友」
aタイプが目を丸くする。
「エンタメさん、コマンドじゃないあなたが、行く事ないのよ。シールドさえ外してくれたらもう充分よ」
タクシーの運ちゃん変じて、土建屋のオッサンといった感じのエンタメが、測量で使うトランシットみたいな機械をいじりながら喋る。
「ま、俺もね、この街とは縁が深いんだ。だから(連合)にすっ飛ばされちゃ、ちょっと困る。さっさと片付けようぜ。それ! シールド解除だ」
ブラスターを握りaタイプが踏み込む。
続いてエンタメ。
へっぴり腰の友和が後に続く。
ゾンビ女は以外に素早い動作で奥へ逃げる。
死角に注意を払いながら三人はこれを追う。
ゾンビ女が立ち止まり、振り返る。
にやっと笑ったように見えたのだが、気のせいだろうか?
次の瞬間、床が下にパックリと開いて、三人は3メートル程の穴に落っこちた。
「うわっ」
「きゃー」
「いってー」
友和は、したたか腰を打った。
「痛っててて。くそっ俺はいつも腰だ」
「落し穴とは恐れ入ったな。ダンナ、大丈夫かい?」
「声が反響するわ・・するわ・・するわ・・ヤッヤッホッホッォォ・・・エーェータイィィプゥゥゥゥ・・・タイィィプゥゥゥ・・・友とも和かずさああぁぁんんん・・・さああぁぁんん・・・面おも白しろいぃわあぁぁぁ・・・わあぁぁぁ・・・ゎぁぁぁ・・・ゎぁぁ・・・」