子ノ渡文化会館
完全武装の友和とaタイプがアパートの外へ出ると、一台の車が待っていた。
個人タクシーであった。
ドアが開き、中から大きなドラ声が響いてくる。
「aタイプだね。早く乗ってくれ」
「タクシー呼んだのか?」
と友和が聞く。
aタイプが口を開く前にタクシーは走り出し、小柄で小肥りのチョビ髭中年運転手が喋り出した。
「心配するな。コトミ艦長の指令で協力にきたんだ。──
トランクには高性能爆薬もコンパクトシールドも積んである。
俺は(連盟)諜報員の遠藤為五郎だ。
エンタメと呼んでくれ。
(連合)のモータウン田村の事は、半年前まではマークしてたんだ。
奴が外宇宙に戻るまでの間だ。
その後、俺もプレアデス方面の任務についてね。
例のヒットラー伍長が方面軍を辞めて、サイボーグの腹心二人にそそのかされて、ナチ党を復活させたんだ。
グローバル・ユニバーサル・ナチス党。GUNPだ。
連盟はガンプと呼び、ヤバさは赤丸急上昇中だ。
プレアデスではグロナチと呼ばれている。
この二人のサイボーグは、フェロモン号が助けたんだってな」(NKSRの世界 参照)
友和にとっては、党首やヘスと別れたのは、ついニヶ月前の出来事だったのだが、その後、何年か何ヶ月か解らないが、とにかく時空を遡って(お宝惑星)に着いた事になるらしい。
このように、高度知性体の飛び回る銀河系世界においては、過去、現在、未来など、我々が常識的に認識している時間の流れの概念では、到底推し量れない現象が、往々にして起こるのである。
けっして阿呆な作者が、話の脈絡を忘れてしまったからではないのだ。
エンタメは運転しながら話を続ける。
「グロナチはプレアデスでは大変な人気で、入党者続出なんだ。プレアデス愛国戦線なんかと手を結んで、またぞろ分離独立運動に発展するんじゃないかって、お歴々はピリピリしてるんだ。そんなこんなで俺も、帰ってきたばかりなんだ」
どこから見ても、熾烈な諜報戦の渦中にいる人物とは思えない、モッサリとした感じの遠藤為五郎なのである。
しかしてその正体は、連盟諜報部の幹部と連盟軍の一部の幹部、或いは245ヶ星系独裁官ミナコ直属の、特殊任務専門であるフェロモン号のコトミ艦長(245ヶ星系軍、準将)そのあたりの人間しか知らない。
腕っこきの(連盟)スパイとして、その筋には恐れられている男なのだ。
「モータウン田村は地球でも人間を雇っていたからな。外宇宙から帰って来て、また接触したと考えると、その人間が宇宙蛭の母体になってる可能性は大きいな。女一人は解ってるんだ。若い女だよ。他にも何人かいる筈なんだ」
タクシーは子ノ渡文化会館に着いた。
エンタメが言った。
「どうする? aタイプ。難敵だぞ。偵察に留めておいて、後日コマンド部隊を送り込んだ方がいいと思うがな」
コンパクトシールドをチェックしながらaタイプが答えた。
「威力偵察って事よ。状況次第ね。無理をするつもりは無いわ。でもね、コマンドが到着する前に(連合)は爆撃しちゃうかもしれないわ。この街は休暇の間、滞在するつもりだから、消滅させる訳にはいかないわ」
「確かに(連合)だったらこの街くらい、躊躇せずにすっ飛ばすな。ところであんた、俺の顔に見覚えないかい?」
そうだ。最近いつも、文太橋の大通り寄りのたもとの、おでんの屋台で飲んでいる親父じゃないか。
世の中は狭いのだ。
aタイプが紹介してくれた。
「この人が特異点の江守友和さんよ」
チョビ髭のエンタメが言う。
「ほう、今回の蛭騒動、特異点まで関係してるのか?」
エンタメは、難なく子ノ渡文化会館の警報システムを解除して中へ入って行くと、件の時空機の前に立つ。
昔のオート三輪くらいの大きさの、笑っちゃうようなキッズなデザインの宇宙船なのだ。
展示してあるこの宇宙船の、脇の垂れ幕にはこう書いてある。
『空想から科学へ! 子ノ渡市、夢の宇宙船展。飛びま賞。入賞作品。
子ノ渡市在住、モータウン田村氏寄贈。協賛、ララミー玩具』
「うちの会社が協賛してたのか。ちっとも知らなかった」
エンタメが得意技を披露する。
「磁気ロックか、成る程ね。ちょいちょいとね、──よしはずれた! ……気をつけてな、可愛いこちゃんに特異点のダンナ」
エンタメにうながされて突入体勢をとるaタイプであったが、友和はポカンとつっ立ったままだ。
「友和さん行くわよ! 覚悟はいい?」
熱線銃を握りしめ、もう一方の手を添えて、まるでXファイルのスカリー捜査官のようだ。
モルダー捜査官になりきれない友和が質問する。
「お二人さん、素朴な質問をさせてくれ。このオート三輪、こんなに小さいし、中の運転席、いや操縦席ってのか? まる見えじゃないか。しかも誰もいない」
二人は苦笑する。
エンタメが答えた。
「特異点のダンナ、覚えておいた方がいい。『折りたたまれた空間』って言うんだ」
「入れば解るわ」
と言ってハッチを開け、aタイプが突入した。友和も続く。
中はだだっ広かった。
高い天井を見上げると体育館並の広さである。
床から2メートル位の高さまでは金属性の間仕切りが、まるで迷路のように続いて行く。
映画エイリアンの宇宙船の中のような、工場っぽくて不気味な感じだ。
こんな所で宇宙蛭が、四方八方から襲ってくると考えるだけで、もう友和はちびりそうである。
船内を慎重に進んで行くと、急にaタイプが立ち止まった。
「まずいわ、シールドよ。友和さん触れちゃ駄目よ」
「ひとっ走り行って、エンタメさん呼んでこようか?」
「しっ、あれを見て!」
と、aタイプの顔がこわばる。