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惑星温泉

 UB258H637辺境小惑星群温泉郷。

 通称、惑星温泉に着いた。


 銀河系でも指折り人気の、隠れスポットなのだと言う。

 小惑星、至る所にお湯が湧き、まさに湯の郷、お湯の国。

 露天風呂から湯煙り越しに見上げる、淡い紫の空に浮かぶ母星の、ルビー色とサファイヤ色に輝く二重リング越しに見る三重太陽の逆三原色が、いやがうえにも幻想的なムードを醸し出す。


 ──鳴呼、私は此処へ来るまで何も知らなかった。涅槃と極楽の境には惑星温泉が在るのだといふ事さえも……。

 銀河の大詩人、ダルメシアン・ロッカの長詩の冒頭部分は、広く知られている。


 とある宿屋の宙ポートに、VF型時空機は着陸する。

 エンタメが言った。

「此処は俺の親父の頃から贔屓にしていた処でな。料理が美味いし、最近の女将がまた、なんとも面白いんだ」


 案内され座敷に通されると、早速女将が挨拶に来た。


《こにちは なの ようこそ いらしゃいませ なの おかみの ろぼ みなこちゃん なの れおなるど だ びんちせんせ が つくた ゆうしゅうな ろぼと なの なの ためごろさ おげきそなの ろぼ みなこちゃん うれしです ごゆくりどうぞ なのなの》

 着物姿も麗しいロボ・ミナコであった。


 挨拶を済ませたロボ・ミナコが去った後、じっと顔を伏せていたaタイプが口を開く。

 明らかに狼狽している。


「大佐ア、ロボ・ミナコですよお! エステボーヨシユキが掠っていったロボットなのよ! という事は、この宿屋は宙賊宿よ、泥棒宿なのよ! どうしよ、大変な所に来ちゃったわ」


 落ち着き払ってエンタメが答える。

「ああ、確かに此処は昔、泥棒宿だった。──

 だけどそれは、俺の親父が根城にしていた頃の古い話だよ。

 親父は遠藤為吉っていう、銀河に名だたる大泥棒だったんだ。

 親父はエステボーヨシユキに惑星ザルドスで助けられたお礼に、この宿を譲ったんだ。

 此処ではヨシユキも真っ当な商売をしてるんだ。

 結構繁盛してるからな」


「ふわあ、大佐のお父上、泥棒さんだったんですか? びっくりですう」

 とaタイプの目が丸くなった。


「ああ、正確に言うと、俺は親父のクローンなんだ。──

 泥棒親父、遠藤為吉はクローン影武者を5人作った。

 為一郎から為五郎までね。

 仲間内では、大泥棒の息子、エンタメ五人衆と呼ばれていたんだ。

 俺が末っ子。五番目の為五郎だ」


「ふわあ、大佐もクローンだったんですかあ? なんだか嬉しいですう」

 とaタイプの目が、更にまん丸になっている。


「親父は酷い奴でな、自分がドジを踏む度にクローンを身代わりに、懲役に行かせたんだ。その為に創ったんだからな。全くたまんないぜ! ついに俺達は反抗して、全員逃げ出したんだ」


「それで軍人になったのかい?」

 と友和。


「ああ。この宿へ来ると、いろいろ思い出すよ」

 とエンタメ。


「クローンの兄さんたちは、今でもドロボーさんなの?」

 とaタイプ。


「為一郎は、金庫破りの技術を生かして錠前屋になった。──

 為二郎は、ドジな奴で、まだ服役中だ。

 為三郎は、逮捕された瞬間に警察官になるって決めたそうだ。

 今はハリー・ハウゼン星で刑事をやってる。

 ……刑事の仕事も、俺達には向いてるんだな。

 為四郎は、泥棒稼業が今もやめられない。だから兄弟の中じゃ、こいつは大金持ちだよ。

 そして俺、為五郎は、やっぱり泥棒技術を生かして、連盟のスパイになったって訳だ。

 考えてみればこの仕事は、泥棒と刑事が混在しているようなもんだからな。

 ……ご静聴ありがとう」

 エンタメは、泥棒時代の事を色々と思い出しているのだろう。感慨深い顔をしている。


 さて、なにはともあれ、やっと念願の風呂に入れるのだ。

 蛭の臭いともおさらばできる。

 三人は浴衣を引っつかむと、岩場の上の渡り板を通り、大露天風呂へ向かった。





「……素敵ね」

 うっとりと空を見上げたaタイプがつぶやいた。


 まさに絶景、お湯も最高。ああ、気持ちが良い。

 この世の天国といってもいい。


 女将のロボ・ミナコが、たすきがけで、酒と竹製の酒器を携えて、岩の上の長い渡り板を、足取りも軽く渡って来た。


《ためごろさ よしゆきさから なの えちご の たからやま なの ぜひ のんでください よしゆきさ ゆたの なの みなさ きもち いですか? ゆくり していて ください ね なのなの》


 竹の酒器をお湯に浮かべ、為五郎と酌み交わす、ぬる燗の宝山である。


 常識的に見慣れた景色とは全く色合いの違う世界なのだが、それはそれで見事に調和のとれた、美しく落ち着いた世界であった。


 桜色に上気したaタイプは、大露天風呂の何処までも続く岩風呂の浅いお湯の中を、まるで少しでも素晴らしい景色に近づいて行こうとでもするように、地平線に向かって歩いて行く。


 やがてその美しい裸身は背景の一部となり、マゼンダの長い影を岩の上に、何処までも延ばすのだ。


 此処は極楽浄土だと言われても友和は信じるだろう。

 しかも、これ程旨い酒が飲めるなんて。


「ダンナ、越後の酒は桁違いに旨いよな」


「まさに切磋琢磨してるって事なんだろな」


「吟醸とか特別吟醸が旨いのは勿論の事、普通酒がまた、凄く美味いんだよな」


「辛口で切れのいいやつばかりだから、勿体なくて、冷やでばかり飲んじまう。欲を言わしてもらえば燗酒向きの奴が、なかなか……」


「その点、この宝山はねえ、燗酒も旨いねえ戦友」


「ベストチョイスだ! エステボーヨシユキって、ワカッテルな」


「うん、あいつはワカッテル男だよ」


 飲む程に酔う程に越後の酒は旨いのだ。

 小惑星の惑星温泉で交わされる、地球の、日本の、越後の酒談義である。


 こんな贅沢は神様からの褒美に違いない。

 何故なら三人は、命がけで戦って生き抜いたのだから。


 友和とaタイプとエンタメは、今や戦友であった。

 戦友と酌み交わす酒は、また格別に旨いのだ。





     江守友和の冒険 「ひる」 おわり




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