絶対絶命!
粗塩により、宇宙蛭は溶けてしまった。
立方体の穴の中は、溶けた蛭の黄色味がかった乳白色の体液が、どろりと腰のあたりまで溜まっている。
液状化した事により、だいぶ嵩が減った。
全身が宇宙蛭の体液でずぶ濡れの三人は、気が遠くなる悪臭の中で、この、言わば蛭汁をかき回して、床に落した熱線銃を捜している。
天井のダクトの穴を恐々見上げながら友和が言った。
「また降ってきたら、どうする?」
「ねえ、エンタメさん、これは仕掛けられた罠でしょ? これだけの数の宇宙蛭の宿主が、何処かにいるって事なの?」
「さあな? だけど、ゾンビみたいなのが何百人もいるとも思えんな」
宇宙蛭の本能は本来、宿主に寄生して宿主の脳を使って思考し、子孫繁栄と勢力拡大に邁進するものである。
宿主が高脳なら高脳なりに低脳ならば低脳なりに、最良の方法を考えるのだ。
友和達は運が良かった。
もし敵が、高脳なデネブ星系人のモータウン田村のような奴ならば、すでに一巻の終わりであったろう。
反重力カートの格納庫を「落とし穴」に改造して、天井のダクトの穴から蛭の大部隊が降ってくる仕掛けを作ったのは、モータウン田村に寄生した、つまり高脳化した蛭共であった。
現在うろうろしているゾンビ女達三人は、ごく普通の地球人であり、いや、それより遥かに低能化しているのだが、これには訳があった。
飢餓である。
友和達が蛭地獄と呼ぶ、この『折りたたまれた空間』なのだが、此処は蛭共にとっても、凄まじい飢餓地獄であったのだ。
宿主の肉体に巣くう蛭共はまだ随分ましな方なのだが、飽和状態をとっくに越えた寄生事情は、慢性的な飢餓状態を引き起こし、一番大事な特質である「宿主の脳を生かす」という宇宙蛭にとっての戒律さえ、こっそりと破ってしまうのだった。勿論、他の蛭に悟られないように。
つまり我慢出来なくなった蛭は、脳みそを少しだけ触手で舐めてしまうのである。
その結果、この不届きな蛭共に脳みそを少しずつ舐め盗られた宿主は、本来の知能よりだいぶ低能になってしまった。
さて、ゾンビ女達に寄生している蛭共は、宇宙蛭の大部隊が友和の粗塩によって全滅した事が、まだ理解出来ない。
低能なのだから仕方がない。
大量の仲間が何故だか消えてしまって、人間達は宿主になってはいない。
だからといって殺してしまっては寄生できなくなる。
しかし思いのほか危険な感じもする。
ふぐは食いたし命は惜しいのだ。
「とにかく穴から出さないようにしなくちゃ」
と考える。
そこでレイガンを滅多やたらと撃ってきた。威嚇射撃である。
友和達は穴から這い出そうとするのだが、ゾンビ女とゾンビ男と禿げゾンビは、レイガンを間断なく発射する。
顔を出すどころじゃない。
やがて、事態が解ってきた蛭共は、
「この恐ろしい敵を殺らなければ、こちらが殺られてしまうかもしれない」
と考え始めた。
撃ちまくりながら前進してきて、穴の中に撃ちこまれたら、それでジ・エンドなのである。
三人は、まさに絶対絶命となった。
ところで飢餓地獄の宇宙蛭の事だが、先程宿主の肉体に巣くう蛭共はまだましな方だと書いた。
まさにその通りなのだ。
こいつらは宇宙蛭の貴族とでも言うべき奴らだ。
では宇宙蛭の平民はどうなのだろうか?
ここで『折りたたまれた空間』の世界での、ある平民蛭の話をしよう。
突然変異体の話なので、特異点江守友和にあやかってトモカズと名付けたいのだが、それだけは絶対に嫌だ! 勘弁してくれ。と、本人が頼むのだ。
仕方がない、ムサシと名付けよう。
これまでもそうしてきたのだが、宇宙蛭の形態の説明はあえてしない。
アマゾン産の蛭のようなものを想像してもいいし、お蚕さんのようなものを想像してもいいだろう。
最も気持ち悪いものを想像してもいいし、アニメのような可愛いらしい奴を想像してもらっても結構だ。
大体、こんなに長々しく宇宙蛭の話を書いている事自体がおかしな事なのだ。
自分でも何故、宇宙蛭の話なんか書いているのか皆目解らないのだ。
こんな事を考えていても、酒の肴が不味くなるだけじゃないか。
答えはひとつしかない。
私自身が宇宙蛭に寄生されているに違いないのだ。
「おや? 何か、音がする。……だんだん近づいてくる」
「ピュ~」「ピュ~」「ピュ~」「ピュ~」「ピュ~」「ピュ~」「ピュ~」「ピュ~」「ピュ~」「ピュ~」
私は恐怖の叫び声を絞り出す!
「しえ~~~~~~~!」