女装して歩いていたら、イケメンにナンパされた。まさかそのイケメンが、女の子だったなんて……
7月のとある日、俺・嵯峨大輔は数人の友達と共に、学校近くのファミレスに来ていた。
一学期も、残すところ終業式だけとなっている。今日はテスト返しだけだったので、学校自体も半日しないで終わっていた。
自由登校日が多く、友人たちと会ったのも実に一週間ぶりだ。
「おはよう」と「さようなら」の挨拶だけで帰るのは味気なかったので、ついでに昼食を取って帰ることにした。
ファミレスでの会話の内容は、大きく分けて二つだ。
一つ目は、夏休みの予定のこと。来年は受験を控えているから、実質遊べる夏休みは今年が最後だ。貴重な高2の夏をどのように過ごすべきなのか、予定は今から立てるに限る。
そして二つ目は……今日返ってきた、テスト結果についてだった。
「なぁ、大輔。テストどうだったよ?」
友人の一人が、俺に尋ねる。
「んー? ボチボチかな」
などと格好付けて言っているものの、実際のところ今回の期末テストはいつもより出来が良い。
「平均80点以下だったら、強制的に夏期講習ね」と母親に脅しをかけられていたので、本腰を入れて頑張ったわけだ。
多分、人生で一番勉強した気がする。なんなら、高校受験の時よりも。
テストの結果が想像以上に良かったのは、どうやら俺だけではなかったようだ。テストの話をしても誰一人真っ青にならなかったのが、その証拠である。
ならばと思い、俺は余興も兼ねて皆にある提案をしてみた。
「だったらさ、この中で誰が一番テストの点数高いか、勝負しないか? 最下位は一番高かった奴にジュース奢りな」
一本100円程のジュースを賭けるならば、高校生としては妥当なところだろう。
勝った人間は純粋に得をするし、かといって負けた人間が大損するわけでもない。
皆この提案を飲むことだろう。そう思っていたのだが……俺の予想は、見事に外れた。
「いや、それはどうだろうか?」
友人の一人が呟く。
「俺たちは高校生だ。しかも校則でバイトが禁じられているから、お金に余裕はない。そんな俺たちが多少とはいえ金銭的な賭け事をするのは、良くないと思うんだ」
……まぁ、確かに。
そう言われれば、友人同士で金銭を賭けるのはあまりよろしくない。そこについては、反論の余地がないくらい彼の言う通りである。
「じゃあ、罰ゲームはなしな。つまり点数勝負そのものをなかったことにしよう」
「いや、それもどうだろうか?」
友人はまたも俺の発言を否定してきた。……いや、どうしろってんだよ。
「罰ゲーム自体は、良い案だと思う。盛り上がるからな。問題は、そこに金銭が発生してしまうことだ。つまり、俺たちに金銭的なダメージのない罰ゲームにすれば良い」
「……例えば?」
「そうだなぁ……。最下位だった奴は、週末女装して町内を歩くとか?」
金銭的ダメージはないけど、精神に致命傷負いますよね、それ。
今度は俺の方から否定してやろうかと思ったけど、その前に周囲が「良いんじゃないか」と友人の提案を支持する。……くっ。これでは俺も認めざるを得ないじゃないか。
……まぁいい。女装するのは、最下位になったたった一人だけだ。
俺は今回それなりに点数を取れたつもりだし、こういう時は大抵言い出しっぺが最下位になるものだ。
せいぜい滑稽な姿で歩く友人を、遠くで眺めながら笑ってやるとしよう。
◇
……そう思っていた、あの時の自分が恨めしい。
週末。俺は可愛らしい服とスカートに身を包んでいた。
慣れないパンプスを履いている為、歩き方がどこかぎこちない。
「体調悪いんですか?」と、何度心配されたことやら。
後から聞いた話だが、今回のテストの難易度はかなり低かったらしい。
平均点が高いということは、自ずと俺以外の人間の点数も高いわけで。
友人たちは皆、全教科90点超えだった。
そりゃあ自信もあるわけだよな。
ダントツ最下位だった俺は、約束通りこうして女装をしていた。
約束は約束だ。女装をして、街を歩いてやろうじゃないか。
ただし、一分だけだけどな!
一休さんも脱帽のとんちで窮地を乗り切ろうとした俺だったが、そうは問屋が卸さない。
週末の朝、友人からメッセージが送られてきた。
『本日の行動スケジュール
1 デパートでショッピング。夏デートに最適なワンピースを買う。
2 映えるお店でランチタイム。ドカ食いはNG。
3 男の人50人に話しかける。「ねぇ、私って綺麗?」』
……俺を殺しにかかっているのだろうか?
特に何だよ、最後のやつ? 口裂け女か。
メッセージの最後には、『この中でどれか一つをクリアーすること』と書かれていた。
一つ選ぶとなると……消去法的に、2番しかないよな。
ワンピースなんて試着してたまるかって思うし、3番に至っては論外だし。
証拠写真だけ撮って、なるべく早く罰ゲームを終わらせよう。
俺は最近女子高生に流行りだという喫茶店をネットで調べて、足を運んでみた。
俗に言う「映え」なパンケーキを食べながら、俺は自撮りをする。
言うまでもなく、罰ゲームを履行した証拠写真だ。
本当はとっとと食べて一秒でも早くこの場から立ち去りたいところだけど、今の俺は女の子。女の子らしい所作をしなければならない。
わざとらしく「ん〜! 美味しい〜っ!」と言いながら、ひと口ずつパンケーキを味わっていく。……何してんだろ、俺。
あともう少しで食べ終わるというところで……俺は声をかけられた。
「ねぇ、君。一人かな? 相席良いかい?」
顔を上げると、そこに立っていたのは少女漫画の世界から出てきたような、超絶イケメンだった。
「相席、ですか?」
「うん。君とお近づきになりたくてさ」
なんともまぁ、積極的だこと。
もしかして俺……口説かれてる?
「君、高校生?」
「……17歳です」
「ボクと同じか。高2の夏って、良いよね。こんな風に、良き出会いがあるんだから」
そう言って、イケメンはウインクをする。
こんなにも下心丸出しにされては……「実は男です」だなんて、口が裂けても言えるわけがなかった。
それから俺はイケメンと、他愛ない会話を交わした。
悔しいことに、イケメンとは思いの外馬があった。
趣味が同じだったり、好みが似ていたり、一緒にいて、楽しいと感じてしまう。
もし彼がイケメンではなく、美少女だったならば。俺は心底、彼に惚れていたことだろう。
それから月日は経過し、二学期の始業式。
俺の所属するクラスに、転校生がやってきた。
「ボクは鈴谷馨! こう見えて、女の子なんだ! よろしくね!」
夏のあの日、俺を口説いてきたイケメンは……まさかの女の子だった。
◇
転校早々、鈴谷は校内で話題の人物となっていた。
鈴谷は顔だけでなく、言動もイケメンだ。転んだ女の子に「大丈夫かい、お嬢さん?」と言って手を差し伸べる奴、現実で初めて見たぞ。
異性と接するのが苦手な女子でも、鈴谷ならなんら抵抗はない。
女子たちにとって鈴谷は気軽に触れられるイケメンであり、それ故彼女は同性から絶大な人気を誇っていた。
鈴谷への関心は、なにも女子だけに限った話ではない。
彼女が男だったら「このイケメン野郎、早速ハーレム築いてるんじゃねぇよ」と恨み言を吐いているだろうが、女の子である以上ただただ魅力的なだけである。
既に鈴谷に告白して玉砕した男子も、何人も存在する。
え? 俺はどうなのかって?
……多分、好きなんだと思う。
一目惚れじゃないけれど、一緒に食事したあの短時間で恋に落ちたのは確実である。
まったく。あの時の俺は、つくづくチョロインだった。
本当は鈴谷に話しかけたい。
しかし「夏休みはどうも! ランチ、楽しかったですね!」などと言えば、自ずと女装していたことを白状することになる。
それだけは、なんとしても回避したかった。
鈴谷が興味を抱いたのは、美味しそうにパンケーキを頬張る女の子であって、間違っても罰ゲーム女装男ではない。
きっとこれから残りの高校生活でも、俺が鈴谷に関わることはないんだろうな。そんな風に思っていると、
「ねぇ、君」
鈴谷の方から、俺に話しかけてきた。
「放課後に学校を案内して貰いたいんだけど……頼まれてくれないかな?」
まさかの案内役ご指名に、皆が驚く。勿論その皆の中に、俺も含まれていた。
「えーと……何で?」
「何でって……ボクは転校してきたばかりだからね。自分の過ごす学校のことを知りたいと思うのは、不思議なことかな?」
「そうじゃなくて。何で俺を指名したんだって聞いているんだ」
俺は学級委員じゃない。隣の席というわけでもない。ついでに魅力的な男子というわけでもない。
引くて数多の彼女が、どうして俺なんかを選んだのか皆目見当が付かなかった。
「そうだねぇ……君がクラスメイトだから。それじゃダメかな?」
「クラスメイトなら、何十人もいるだろうがよ」
「じゃあ、ボクの三つ前の席だから」
まったくもって、意味がわからない。何だよ、その取ってつけたような理由は?
「逆に聞くけど、案内役を引き受けられない理由でもあるのかな?」
「それは……」
放課後の予定なら常時空いている。断る理由は、確かにない。
納得はいっていないけれど、俺は案内役を引き受けることにした。
◇
放課後。
俺は鈴谷と一緒に、校内を歩いていた。
下駄箱や職員室は流石に把握していると思うので、この日は日頃使わないような特設教室を重点的に案内して回る。
彼女は俺の案内を、それはもう熱心に聞いていた。
小一時間後。ひと通り案内を終えた俺は、最後に中庭の倉庫に足を運んだ。
「この倉庫は?」
「昔は文化祭の垂れ幕や、体育祭で使う万国旗が置かれている。あとは、そうだなぁ……」
俺は物置を開ける。
年に数回しか開けないせいか、物置の中は整理されていなかった。
「相変わらず汚ねえな」
「単純に、整頓されていないみたいだね。……因みにどうしてかつらがあるのかな?」
鈴谷は黒髪ロングのかつらを手に取って、俺に尋ねてきた。
「それは去年の文化祭で、校長先生が被った奴だな」
「校長先生が?」
「あぁ。あの人、そういうおふざけ大好きなんだよ」
だからこそ、生徒たちから慕われていたりするのだが。
「ふーん。そうなんだ」
呟いた鈴谷は、何を考えたのかいきなりかつらを俺に被せてきた。
「おい! 何すんだよ!?」
「似合うかなーって思ってさ。……やっぱり、長い黒髪が似合うよね。パンケーキとよく合いそうだ」
「!」
どうしてここで、パンケーキという単語が出てくるのか? 考えるまでもない。
鈴谷は俺があの時の女の子だと気付いているのだ。
「……いつ気が付いたんだ」
「男の子だってことは、初めて会った時に気付いていたよ。まさか転校先に在籍しているとは、思ってもいなかったけどね」
「女装している変な奴だと思ったから、俺に声をかけたのか?」
「変な奴だなんて、これっぽっちも思っていないさ。単純に綺麗な人だったから話しかけて、実際会話してみると楽しいと感じた。それだけだよ」
「あっ、そうそう」。鈴谷は思い出したように言う。
「どうして君を案内役に選んだのか、尋ねていたよね? 本当のことを言うよ。異性として、君に興味を持ったからさ」
夏休み、俺が出会ったイケメンは女の子だった。
皆は鈴谷を「カッコ良い」と言うけれど、俺にとっての彼女は……どこでいっても、可愛い女の子なのだ。