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いつか

 それからの日々は、本当に幸せだった。


 子供を授かったり……


「明、辛くない? もしも大変なら僕が代わろうか?」


「え……? そんなこと、できるん、ですか?」


「こら、玉葉様。悪阻で苦しんでる明を混乱させないでください」


「ただねー、できないこともねー、なさそうだけどねー……、でもねー、母子共にねー、危なくねー、なるからねー、あるがままのほうがねー、いいと思うよー」


「うん! お腹の赤ちゃんも、明も危ない目に合わせちゃダメ!」


 その子が産まれたり……


「あうぅ」


「わー、僕はねー、そんなにねー、美味しくはねー、ないよー」


「ほ、(ほまれ)、化け襷さんを食べちゃいけません!」


「誉! ペッてして! ペッ!」


「ふふ、誉は男の子だけど明に似てて、何しても可愛いものだね。明の小ちゃいころもあんな感じだったのかなぁ」


「玉葉様、親バカと旦那バカを発動してねーで、さっさと止めるのを手伝って来てください。あと、書斎にある口に入れたらヤバいもんを一まとめにしといてください。私の家で一時的に預かるんで」


 その子が無事に育って、結婚して、孫を連れてきたり……


「だぁぅ!」


「わー、噛むのはねー、痛いからねー、ダメだよー」


「アツシ! 化け襷さんを食べちゃいけません!」


「アツシ! ペッてして、ペッ!」


「コラ、アツシ! 化け襷さんも暴れ箒さんも母様もすみませ……父様! 笑ってないで止めるのを手伝ってくださいよ!」


「ふふっ、ごめんごめん。誉もちょっと前まで同じようなことしてたのに、今は止めるほうになったと思ったら面白くてね」


「面白がってないで、止めに入ってください。あと、書斎にある噛まれたらまずいものをまとめといてください。また私の家で預かるんで」


 ……賑やかだけど楽しい日ばかりだった。


 文車さんや時々やってくる咬神さんから、世間ではお上が変わったり色々と大変なことがあったと聞いたけれど、ここでは穏やかな日々が続いてた。


 ずっと、ここにいたいと願ってしまうような日々が。





「明! 明!」


「こらー、明はねー、まだねー、寝てるかもねー、しれないからねー、もっとねー、静かにー」


「あっ、そうか……、ごめんなさい……」


 朝の陽射しが透ける障子に暴れ箒さんと化け襷さんの影が映るのが、ぼんやりと見える。


「大丈夫、ですよ……、何か、ご用ですか……?」


「明、今日は起きてた! ねえ、今日は一緒にお掃除できる!?」


「ごめん、なさい……、今日も……、無理そうです……」


「そっか……、じゃあ、元気になったら、またお掃除しようね!」


「はい……、そう、しましょう、ね……」


「……じゃあねー、今日はねー、ゆっくりねー、寝ててねー、いいからねー」


「ありがとう、ござい、ます……。化け襷、さん……」


「いえいえー。暴れ箒ー、お掃除はねー、僕たちでねー、終わらせちゃうよー」


「うん! 分かった! 明、また後でね!」


「はい……、またあとで……」


 ぼやけた視界の中で、二人の影が遠ざかっていく。

 もう一度くらい、また一緒にお掃除をしたかったな。



  ヒタヒタヒタ


「明、起きてるか?」


 どこからか、足音と文車さんの声が聞こえてきた。


「はい……」


「痛み止めを持って来たんだが、飲めそうか?」


「いえ……、でもなんだか、今日は、痛みもそんなに、ないから……、大丈夫、です、よ」


「……そうか。なら、もう無理じいはしない。ごめんな、アレも強い薬だからいままでつらかっただろ?」


「あやまら、ないてくだ、さい……、きっと、お薬をのま、ないと、もっと、つらかった、でしょう、し……、文車さん」


「なんだ?」


「いままで、お世話になり、まし、た……、ほんとう、に、ありがとう、ござい、ます……」


「……ははっ! なに言ってるんだ、主人の伴侶を世話するのも側近の大事な仕事だからな! それに明のことは気に入ってるから、これからも遠慮なく頼ってくれていいぞ! ただし、お礼にまた私のこれくしょんを着てもらうから覚悟しとけよ!」


「あは、は……。そう、ですね……、ありがとう、ござ、います……」


「いえいえ。それじゃ、私はこれで席を外すから、なんかあったら遠慮なく呼べよ」


 霞んだ視界のなかで、足音が遠ざかっていく。文車さんが持ってきてくれる服はいつも可愛いから、また着てみたかったかも。



「明」


 すぐそばで、優しい声が聞こえる。

 微かに動く目を向けると、涙を湛えた赤い目が、ほとんど真っ暗な視界の中にかろうじて見えた。


「は、い。玉葉、さ、ま」


「今日はすごくいい天気だね」


「そう、で、すね」


「まるで、明がはじめてここに来た日みたいだ」


「ああ……、あの日もこん、な、おてんき、でしたね。なつかし、いで、す……」


「そうだね……、今日は身体の具合は?」


「は、い……、痛みは、うそみたい、に、きえて、ます……」


「そっか。それならよかった」


「ん……」


 温かな手が優しく頭を撫でてくれる。

 微かに震えながら。


「痛みが引いたなら、少し庭に出てみるかい?」


「ごめ、ん、なさい。すごく、ね、むくて……」


「謝らなくても大丈夫だよ。なら、今日はゆっくり眠って……、っ……、うっ……」



 優しい声が嗚咽に掻き消される。

 ……玉葉様は、今日が終わりの日だともう分かってるのだろう。



「っ明、置いて……、いかないで……」


 まだ、手を握る感触が確かに伝わる。


「一人に……、しないで……」


 頬に落ちる涙の冷たさも間違いなく感じる。


「君を……、愛してるから……」


 この方に愛され、この方を愛していたことも、ちゃんと覚えてる。



 それなのに、目の前はどんどん暗くなっていく。



 

 ああ、大事な方に酷いことをしてしまった。

 それでも、これは抗いようのないことだから。


 だから、せめて、終わってしまう前に、ちゃんと伝えないと。



  正直なところ

  アイツの気持ちは

  分からなくもないよ

  明がいなくなったらって思うと

  怖くて仕方ないんだ



 愛しい方が、どうか道に迷ってしまわないように。



 微かに見える赤い目に向かって腕を伸ばす。

 もう、骨と皮ばかりなのに、酷く重い。

 それでも、なんとか頬に触れることができた。


「もう……、泣かないで……、くだ、さい……」


 乾涸びた喉から、声を絞り出す。


「貴方の、おかげで……、私は、幸せ、でしたから……」


 うまく動かない指で、頬を伝う涙を拭う。


「きっと……、またいつか……、会い、ましょう……」


「……ふふ、そうだね。きっと、また会おう」



 涙があふれる赤い目が細められる。



 よかった。

 ようやく、笑ってくれた。

 

「約束、だよ……?」


「ええ……、やく、そ、くで、す……」


「待って、いるからね……、百年でも、千年でも、ずっと……、ずっと……!」


「あは、は……、それ、は、た……、のし、みで……す……」


 笑顔に安心したら、一気に眠気が襲ってきた。


「す、みま、せ……、もう……」


「……そう、か」


「おや……み、な……い」


「うん……、おやすみ……、僕の愛しい明」


 目の前が暗くなる。

 玉葉様の体温が感じられなくなる。

 玉葉様の声が聞こえなくなる。

 玉葉様との思い出も消えていく。



 それでも、きっと、また……。

 いつか、かならず。





「いつか、必ず僕のところに帰ってきてね」

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