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ずっとずっと先の話

 作業部屋の襖を開けると、畳張りに戻った床の上で化け襷さんと暴れ箒さんが寝転んでた。


「あー、明だー、お疲れ様ー」


「明! お疲れ様!」


「お疲れ様です。玉葉様に片付けのお手伝いをしてくるように言われたのですが、もう終わってしまいましたか?」


「そうだねー、こっちはねー、僕たちでねー、どうにかしたからねー、明はねー、休んでてねー、大丈夫だよー」


「うん! ゆっくりしてて!」


 特に何かしてたわけじゃないけれど、疲れてるからお言葉に甘えてしまおうかな。


「ありがとうございます、じゃあ少し風に当たってますね」


「そうだねー、そうするとねー、いいよー」


「うん! いってらっしゃい!」



 ※※※



 月の光が静かな庭を照らしてる。

 今日は掃除ができなかったから、少し落ち葉が目立つかも。明日はちゃんとしないとな。


 ……明日。


 美代さんたちのことも終わったから、きっと明日になればいつも通りに戻るんだろう。


 きっといつも通りの穏やかな日に。



  いつかは訪れる結末だ


  

 いつか終わってしまう日に。


「明、夜風は気持ちいいけれど、このままだと風邪をひいてしまうよ」


 不意に肩に羽織が掛けられた。振り返った先で玉葉様が紅い目を細めて微笑んでる。


「ありがとうございます。蟒蛇さんとのお話(・・)は終わったんですか?」


「うん。とりあえず僕らには二度と手出しをしないようにしっかりと約束させて帰したから、安心していいよ」


「そうですか」


「まだ浮かない顔してるね? 明に不快な思いをさせた処分にしては、手ぬるかったかな」


「あ、い、いえ! そういうわけでは……」


「ふふ、冗談だよ。隣座ってもいいかな?」


「はい、どうぞ」


「ありがとう、よいしょっと。それにしても、今日は月が綺麗だね」


「ええ、本当に」


「……」


「……」


 会話が途切れると、甘くてどこか薬に似た香りを感じた。なんだか落ち着くな。


 ……今日は血の匂いがずっとしてたから。


「……明、あの二人のことを考えてるのかな?」


「……はい」


「そっか。まあ、考えるなって言うのも難しい話だよね」


「そう、ですね」


「それなら、二人の魂がいつか再び巡り合って今度は平穏無事に暮らしていけるよう、祈ってあげなよ」


「お祈り、ですか?」


「うん。まあ、気休め程度かもしれないけれど、神代の昔から多少の効果はあるっていわれてるから。それに、明の気持ちも少し落ち着くんじゃないかな?」


「そうですね……」



 たとえ命が尽きたとしても、いつかまた巡り会えますように。



 誰のためか分からない祈りが、胸の中に渦巻いていく。


「ふふ、大丈夫だよ明。絆の深い魂たちが別の時代で巡り合った例も、先に逝ってしまったほうの魂が別の姿で帰ってきた例も、実際にいくつか見てきたから」


「本当、ですか?」


「本当だよ。ただ、そんなにすぐに再会できるわけじゃないんだけどね」


「そう、なんですね」


「うん。だから残されたほうが再会するまでの時間に耐えられなくておかしくなる、なんてこともけっこうあるんだ」


「おかしくなる……」


「そう。ああ、一応昔なじみだから釈明しておくとね、蟒蛇も昔はもう少しマシなヤツで人間に対してもそこそこ穏健派だったんだよ。それこそ、瀕死の女の子を眷属にして奥さんにするくらいにはね。まあ、完全にはできなかったみたいだけど」


 まるで玉葉様と私みたいだ。

 それが、片方が先に亡くなったせいで……。


「……正直なところ、アイツの気持ちは分からなくもないよ。明がいなくなったらって思うと、怖くて仕方ないんだ」


「……」


「でもアイツと同じようなことは、しないつもりだよ。もう一度巡り会えたとき、怒った明に退治されちゃうかもしれないし」


「……私にはそんなこと、できないですよ」


「そうかな? 案外次は凄腕の退治人として生まれてくるかもよ?」


「それでも、きっと無理ですよ」


「ふふ、僕は明にとどめを刺されるなら構わないんだけどね。まあ、でも……」


 肩を抱き締める力が強くなる。 


「……明にお別れを言うのは、ずっと、ずぅっと先の話だから」


 そうだ。

 いつかは終わりが来るとしても、それはずっとずっと先の話。だから、気に病んでも仕方がない。


「今はいつも通り穏やかに過ごしていこう」


「はい、玉葉様」


 肩を寄せると温かな手のひらが、優しく頭をなでた。


「よしよし。ちなみに穏やかに一日を過ごすために、明日は書類仕事を文車と咬神君に丸投げしようと思うんだけど、どうかな?」


「えっと……、それは穏やかな一日がものすごい速さで逃げていきそうなので、やめたほうが……」


「ふふ、たしかにね。じゃあ、仕事はちゃんとしようか。そのかわり……よっと」


「きゃっ!?」


 不意に、玉葉様が私を抱えて立ちあがった。


「明日への英気を養うために、今夜はとことん僕の好きなようにさせてもらおうかな」


 紅い目がギラギラと輝いてる。

 こういうときは、次の日がつらくなるくらい愛されてしまうのは分かってる。


 でも、かまわない。


「……はい。玉葉様のお好きなように」


 顔を寄せた胸から、甘くて少し薬っぽい香りを感じる。


「いい子だね」


 頭の上から、吐息混じりの優しい声が聞こえてくる。


「……明、愛してるよ」


「……私もです、玉葉様」


「ふふ、ありがとう」


「ん……」


 額に軽く口づけてから、軽やかな足取りが寝屋へと進みだす。



 ……玉葉様の全てを身体にも心にも刻み込まれるくらい愛されていれば、どんなことがあってもこの腕の中に帰ってこられる。

 

 だから、きっと大丈夫。


 ずっとずっと先の話なんて、今は忘れたことにしてよう。

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