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一つの結末

「お前と友達になった覚えはないんだけどね」


「くくっ、まあそう言うな玉葉。長い付き合いではないか」


 不機嫌さを隠さない玉葉様に向かって、長谷さん……の身体を乗っ取った蟒蛇さんが笑みを向けた。


「しかし、そちらの妃はともかく、側近と護衛まで私に気づかぬとはなぁ。未熟すぎるのではないか?」


「仕方ないだろ、さっきまで長谷君もギリギリ生きてたんだから。それにあの子らが気づかなくても、お前くらいは僕一人でどうとでもできるからね。それで、こんなことをして何のつもりなんだ?」


「くくっ」


 冷たくて鋭い視線を前にしても、楽しげな表情は変わらない。


「なに、ちょっとした実験だよ。写し(・・)というものが、本人その物になるかためしてみたくてね」


「わざわざ実験なんてしなくても、本人が甦るわけがないことくらい、お前なら分かるだろう?」


「……理屈では、な。ときに玉葉、お前の妃もなかなか愛らしいではないか」


 不意に、鱗まみれのの顔がこちらを向いた。相変わらず笑ってるけれど、なんだか翳りが見えるような気もする。


「しかも、心底懐いているようではないか」


「まあね」


「私の妃も、同じだったよ。しかし、卵と私を遺し病で逝ってしまった。まあ、幸いにも血は残っているがな」


 蟒蛇さんの目が、どこか遠くに向けられる。


「……なら、罹った時点でここに連れてくればよかったじゃないか。少なくとも写し(・・)なんかを試すよりは、助かる可能性は高かったはずだろう」


「それが私の知らぬところで病狗に噛まれていたようでな。気づいたときには、もう手遅れだったさ」


 じゃあ、この蟒蛇さんも奥さんにもう一度会いたくて……。

 

 でも……。


「だからといって、関係のない退治人を巻き込むのはどうかと思うよ」


 長谷さんも、本物の美代さんも、塵になってしまった美代さんも、巻き込まれなければ今も穏やかに暮らせていたはずだ。


「おや、珍しいな。お前が他者、しかも人間のために憤るなど」


「別にそんなんじゃないさ。色々と協定を結んでる身としては、面倒でかなわないんでね」


「くくっ、違いないな。しかし、いい経験になっただろう? お前だって、いつかは訪れる結末だ。自分より脆い生き物を妃にした以上な」


「……」


 玉葉様の目つきが、さらに険しくなる。


「そう睨むな、事実ではないか」


「……僕は理を曲げてまで、明を引き止めることはしないよ」


「ほう? なら、あの妃の魂が還ってくるのを気長に待つつもりか?」


「ああ。約束したからね」


 魂が還る。

 さっき、玉葉様も言ってた。


 もしもそれが本当なら、生まれ変わってもまた一緒に……


「くくっ、いつになるやも知れないうえに、二度と会えぬことのほうが多いというのになぁ」


 ……なんていうのは、そんなに簡単なことじゃないみたいだ。


「それよりも、同じものをまた作り出す術を探すほうが、確実だとは思わないか?」


「うるさい。たとえそうだとしても、お前に手を貸すつもりはないよ」


「それは残念だなぁ。しかし、だな」


 鱗まみれの顔が、再びこちらを向いた。なんだか、さっきよも嫌な感じがする。


「たとえば、今ここでその妃が……」


  ゴトリ


 すべて言い終わる前に、鱗に覆われた顔が床に転がった。


「悪いが何を置いても奥方様の安全を優先するよう、結社から命を受けている」


 咬神さんが刀を鞘に納めながら言い放つと、床の上の首が微笑んで口から小さな赤い蛇が這い出した。


「くくっ、それはそれは。なら私はこれで失礼するとし……」


「その前に、玉葉様と烏羽玉に事情を説明していけ」


「……ぎゃぁぁっ!?」


 逃げ出そうとする蛇に、文車さんが袂から竹筒をとりだして黒くべったりした水を振りかけた。


 この匂いは……、煙草、かな?


「お、のれ……」


「ふふっ、ありがとう二人とも。本体は別の所にいるだろうけど、これでもお話(・・)くらいはできるかな。さて、と」


 黒い水たまりでのたうち回る蛇を掴み上げながら、玉葉様が微笑んだ。


「咬神君、烏羽玉に渡す前にちょっと聞いておきたいことがあるから、付き合ってもらってもいい?」


「御意に」


「ありがとう。じゃあ、文車はそこの二人を弔ってあげて」


「はい。でも、長谷家の墓には入れてやれないんでしたよね?」


「うん、半ば操られていたとはいえ、罪のないあやかしたちを殺めてしまったからね。こっちで適宜処理するように、烏羽玉経由で言われているから」


「かしこまりました。なら、この辺のあやかしの共同墓地に運びます」


「そうしてあげて。じゃあ、明は作業部屋に行って、化け襷と暴れ箒を手伝ってあげてね」


「わかりました」


「うん、いい子だね」


「……ん」


 蛇を持ったのと反対の手で、頭をなでられた。いつもと同じように優しいけれど、どこか確かめるような動きで。


「さてと、じゃあゆっくりとお話(・・)をしようか」


「ぐぁっ!?」


 蛇を強く握りしめながら、玉葉様が廊下へ出ていく。咬神さんも軽く頭を下げてそれにつづく。



「玉葉様! 貴様! 客人はもっと丁重にあつかわぬか!」


「はいはい。あ、そうだ咬神君。お話(・・)を円滑に進めたいから蜈蚣の毒も欲しいんだけど、持ってるかな?」


「はい。足りなければ、数匹呼び寄せますので」


「ふふ、ありがとう」


「き、貴様らぁ!」



 三人の声が段々と遠ざかっていく。


 部屋に残ったのは文車さんと私。それに、長谷さんの亡骸と血の染み込んだ塵。


  

  お前にだって

  いつかは訪れる結末だ



 ……遺された者が迎えてしまった一つの結末。



「……明、あとは私がやるから、もうそれ以上これを見るな」


「……はい、文車さん」


「大丈夫。私がいるかぎり、こんな終わり方は絶対にさせないから」


「ありがとう、ございます」


 気休めだとは分かっていても、その言葉を信じたいと思った。

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