どうか変わらずに
「人をあやかしに変えるのはね、不可能じゃないんだ」
玉葉様は、楽しげに赤い目を細めた。
「そう、なんですか?」
「うん。ごく少数だけどね、人間を自分の眷族に変えることができるあやかしがいるんだ」
「人を眷属に……」
それなら……、眷族にしてもらえれば、永く一緒にいられるのかな?
「まあ、僕にその機能は、ついてないんだけどね」
「……そうですか」
やっぱり、そんなに都合よくはいかないか。
「ふふ、そんなに残念がらなくても、大丈夫だよ。そういう機能を持ったあやかしの身体さえ手に入れば、どうにでもなるから」
「……身体、さえ?」
なんだか、すごく不穏な気がする。
「そう。厳密にいうと人間をあやかしに変える体液……、まあ血のことが多いかな。ともかく、それがあればいいんだ」
「えっと、じゃあ、そういったあやかしの方に、血を分けてもらえればいいんですか?」
「まあね。でも、そういう輩は高慢なやつが多いから素直に協力してくれるかわからないし……、血がうまく体に馴染まずに、今回のあの子みたいなることもあるだろうね」
「美代さんみたいに、ですか……」
「うん。瀕死になるくらい血が足りない場合は、上手くいく可能性が高いんだけどね。それでも上手くいかない場合には、身体を取り替える必要がある。だから、全身を手に入れたほうが、手っ取り早いね」
「あの……、それだと、あやかしの方は……?」
「取り替えが最小限で済めば、ギリギリ生きてるんじゃないかな」
「……たとえば、その方の血と身体だけでは、上手くいかなかったら?」
「まあ、血のほうは、一人分だけで大丈夫だよ。でも、たしかに、身体は上手くいくまで取り替え続けないといけないかもしれないね。でも、心配いらないよ」
「なんで、ですか?」
「ふふ、これでも、この辺りの長だからね。僕がちょっとお願いしたら、みんな心から喜んで、身体を差し出してくれるよ」
玉葉様の背中から、黒い「手」が伸びていく。
「実家のやつらも、あやかしが減る分には、とくに口出しをしてこないし」
黒い手が壁や、畳や、天井に蔓延っていく。
「ああ、人間をあやかしに変える機能を持ってる奴の目星もね、もう付いてるんだ。割とろくでもない奴だから、安心していいよ」
窓の障子にも、廊下に通じる襖にも、「手」が張り付いていく。
「だから、明の答えを聞かせて?」
黒い「手」に包まれた部屋の中、赤い目がいつもと同じように、優しく細められる。
今まで、胸が痛むことなんてなかった。
家の人たちがいなくなったときも。
あの人がいなくなったときも。
ひょっとしたら、流行病が起こったときでさえも。
それなのに、なんで、今は……。
「ふふ、あやかしたちのために心を痛めてくれるなんて、ますます人間にしておくのはもったいないね、明は」
あやかしたちの、ために。
多分、それもあるんだろう。
「でも、大丈夫だよ。さっきも言ったとおり、僕のお願なら、みんな喜んで受け入れてくれるから」
そう、なのかもしれない。
「だから、何も気に病むことはないんだ」
でも。
「明は、どうしたい?」
「……一つ、聞きたいことがあります」
「うん、何かな?」
「たとえば、身体を取り替えるのが、ずっと、ずっと上手くいかなくて……、周りのあやかしが、文車さんと、化け襷さんと、暴れ箒さんだけになったら」
「……」
「玉葉様は、どうするんですか?」
「ふふ、大丈夫だよ。そんなことになる前に、上手くいくから。でも、そうだなぁ……」
「……」
「あの子たちなら、お願をしなくても、明のために身体を差し出してくれると思うよ」
赤い目は、相変わらず細められたままだ。
「だから、正直に答えてくれていいんだよ。明は、あやかしになりたい?」
うなずけば、玉葉様はすぐにでも、私をあやかしに変える術にとりかかるんだろう。
泣きそうな顔で、微笑んだまま。
「……私は人のまま、玉葉様やみなさんと一緒にいたい、です」
「……そっか」
「えっと……、ご期待に添えず、もうしわけございません……」
「ふふ、明が謝る必要はないよ。明が自分の意思で選んだことなら、尊重しないとね」
「ん……」
天井から降りてきた「手」が、頭を軽く撫で背中に戻っていった。他の「手」も、スルスルと部屋から引いていく。
「せっかくのご飯だったのに、変な話をしちゃってごめんね」
元通りになった部屋の中、向かい合った顔に苦笑いが浮かんだ。
「……いえ、大丈夫、です。それに、美代さんのこともありましたし、仕方ないかと」
「ふふ、確かに長谷君たちのおかげで、余計なゴタゴタが増えちゃったね。やっぱり、治療費をふんだくってやればよかったかな。さて、僕は一眠りするから……」
玉葉様はゆっくりと立ち上がり、部屋の隅に移動して横になった。
「……明、添い寝してもらえる?」
「はい、玉葉様」
傍に寄って横になると、背中に暖かな腕が回された。
「明も、少し眠るといいよ」
「では、失礼します……」
目を閉じると、頭が優しく撫でられた。
「大丈夫。明が望まないことは、絶対にしないから、ね」
いつもどおり優しい声のはずなのに、泣きたくなるのは、なんでなんだろう。




