さかしま
文車さんが無言で、私の目をまっすぐに見つめて続けてる。
いろんな理を曲げてまで、玉葉様とずっと一緒にいたいか。
もちろん、できる限り永くおそばに居たいと思うし、今の生活がずっと続けばいいと思う。でも、私がいなくなったら、深追いはせずに幸せに暮らしてほしい。少し寂しいけれど、新しい奥さんを迎えるのもいいのかもしれない。
ただ、これは私が確実に遺していく側だから言えることだ。
もしも、逆だったら。
「……あのねー、文車ー、日向ぼっこ中にねー、僕らみたいなねー、癒し系のねー、傍でねー、そういう重い話をねー、ふるのはねー、どうかと思うよー」
「うん! いいお天気なのに、悲しい話するの嫌だ!」
化け襷さんと暴れ箒さんの声に、目の前の顔にハッとした表情が浮かんだ。
「……それもそうか。明、変なこと聞いて悪かったな」
「……いえ、大丈夫、です」
「ははっ、そうか」
苦笑いとともに、頭がワシワシと撫でられる。
これ以上ここで、この話を追求するつもりはないんだろう。たしかに、今は答えられない。でも……。
「すみませーん! お弁当のお届けにまいりたしたー!」
突然、玄関の方から大きな声が響いた。
「あ! 鮎五郎来た! 多分お弁当だ!」
「本当だねー。じゃあねー、受け取りにねー、行かないとねー」
「そうですね」
ひとまず、今は皆さんにお弁当を配らないと。
「じゃ、私も手伝うよ。咬神はともかく、長谷のところに持っていくのは、ちょっと気が引けるだろ?」
そんなことはない、とは言えないかな。
「……すみません、お願いします」
「ははっ、気にすんなって。その代わり、玉葉様の分はお願いするかな。奥の部屋で休んでるから、一緒に食べてくるといいよ」
「分かりました」
「よし。じゃあ、行くか……ああ、そうそう」
文車さんはゆっくりと立ち上がると、動きを止めた。
「さっきの話、気が向いたら教えてくれるとありがたいよ。たとえどんな答えが出ても、私は明の味方でいるからさ」
……どんな答えが出ても、味方で。
「……そうだねー。僕もねー、明のねー、思うことはねー、尊重してねー、あげたいとねー、思うよー」
「俺も! 俺も明の味方だから!」
「……ありがとう、ございます」
三人にそう言ってもらえると、すごく心強い。
でも、味方でいるってことは。
「……明? 大丈夫か?」
「……はい、文車さん。鮎五郎さんが待ってるんで、早くいきましょう」
「……ああ、そうだな」
……味方じゃない側が誰になるかなんて、今は考えないようにしよう。
※※※
お弁当を受け取って、奥の部屋まで持ってきたけれど……
「つーかーれーたー」
……玉葉様が部屋のすみで、うつ伏せで横になってる。
背中からは無数の「手」がダラリと垂れてるし……、これはお食事よりもお休みを優先したほうがいい、のかな?
「もう、向こう百五十年くらいは、あの術式やりたくない……」
くぐもった声が、文車さんと似た言葉をこぼす。本当に、大変だったんだなぁ……。
「えーと……、では、お弁当は卓袱台に置いておくので、私はこれで……」
「それは、だめ」
突っ伏した顔がこちらに向けられ、赤い目に不服そうな色が浮かぶ。
「せっかく夫婦水入らずの食事なんだから……、よっと」
玉葉様はゆっくりと起き上がると、席について微笑んだ。
「ほら、明も早く座って」
「えっと、はい、失礼します」
「ふふ、じゃあいただくとしようか」
「はい、いただきます」
お弁当箱の蓋をあけると、ほんのりといい香りが立ち昇った。中身は、ヤマメの塩焼きと、山菜の和物と、きのこご飯と、玉子焼き。すごく、美味しそうだ。
「はい、玉子焼き半分あげる」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ。そうそう、文車からもう聞いてると思うけど、あの子は夕方まで眠ってるから、それまでここでゆっくりしてるといいよ」
「そう言っていただけるのはありがたいんですが、お弁当箱を洗わないと……」
「大丈夫、この子たちも付喪神だから、自分たちでなんとかできるさ。ね?」
呼びかけに答えるように、お弁当箱がカタカタと震えた。家の食器たちと同じなら、洗ってあげたほうが喜ぶんだろうけれど。
「それに、しばらく、二人きりでいたい気分だから」
向かい合った微笑みに、ほんの少しだけ影が差した気がする。
今は、お言葉に甘えた方がいい、かな。
「分かりました、では。そのように」
「ふふ、ありがとう。かなり神経を使う術だったから、明に癒してほしくてね」
「ん……」
背中から伸びた「手」が、優しく頬を撫でた。心なしか、いつもより弱々しいかも。
「しっかし、アイツは……、厄介な話をもってきてくれて……」
「そう、ですね」
「本当に、そうだよね」
赤い目が、何処か遠くに向けられる。
「……せめて、奥さんの息が少しでもある状態なら、もう少しなんとかなったかもしれないんだけれど」
「そう、なんですか?」
「うん。まあ、そっちもそっちで、かなり複雑で時間がかかって、特殊な材料が必要なんだけどね。ただ、写しよりは、ちゃんと本人のままでいる可能性が高いかな」
「どんな術、なんですか?」
「えーとね、瀕死の人間をあやかしに作り替える術、だよ」
「……え?」
サラッと言われたけれど、それってものすごいことなんじゃ……?
「ふふ、興味が湧いたかな?」
玉葉様は微笑んでるけれど、冗談を言ってるようには見えなかった。




