来訪者と本日のグンニャリ
長谷さんが現れた日から、五日が経った。あれから玉葉様と文車さんは、お屋敷の奥にこもって、作業をすることが増えた。咬神さんは、お屋敷の警備と作業のお手伝いを両方してるけれど、お手伝いをすることのほうが多いかも。
「ここにきて話をご破算にするほど、今の長谷君は阿呆じゃないと思うから」
そう笑った玉葉様の言葉どおり、今のところおかしなことは何も起きてない。
このまま、ずっと穏やかな日が続いてくれるといいけれど……
「明ー、ボーっとしてるけどねー、具合が悪いのー?」
「明! 大丈夫!? お腹とか痛い!?」
……とりあえず、庭のお掃除中に、上の空になるのはよくない、よね。
「すみません、化け襷さん、暴れ箒さん。身体は元気なので、大丈夫ですよ。ただ、ちょっと色々と心配で」
「あーねー、たしかにねー。なんか厄介なことがねー、起きてるもんねー」
「今回、結構厄介!」
二人から見ても、今回の件は厄介な部類に入るんだ……。ならやっぱり、五日後までにまた一悶着くらいはあるのかもしれない。
それに……
先立たれた者の宿命ってやつ
なんじゃないかな
……なぜか今回の件は、めでたしめでたし、だけで済まないような気がする。理由は、ボンヤリとしか分からないけれど。
「そんなにねー、気負った顔をねー、しなくてもねー、大丈夫だよー。僕たちがねー、傍にねー、いるからねー」
肩口の結び目で、化け襷さんの目が細められた。
「俺も! 俺もいるから!」
それに続いて、暴れ箒さんが穂先をバサバサと広げる。
……うん。
先のことはともかく、二人が傍にいてくれるんだから、すぐにイザコザが起こることもないはず。
「そう、ですよね。ありがとうございます」
「いえいえー。それにねー、文車の家のよりねー、強力なねー、結界をねー、張ってるかからねー、誰もねー、手荒なことはねー、できないからねー」
「そう、だったんですか?」
文車さんのお家も、結構すごい術がかかってた気がするけれど、それよりもすごいんだ……。見た限りだと、いつもの庭と全然変わらないのに。
「そうだよー、だからねー……、そこに隠れてる子もねー、変なことはねー、考えないでねー」
突然、胡麻粒のような目の間に、深いシワが寄った。
多分、気迫のある表情をしてるんだろうけど、なんだか可愛い……、なんて考えてる場合じゃなくて。
「本当だ! いつの間にか誰かいる!」
穂先が指したほうを見ると、池の滸の石灯籠に隠れて、蠢めく人影があった。
「ぁ゛」
この間みたいに、嫌な気配はしないけれど、この声は多分……。
「……美代、さん?」
「……ぃ゛」
小さな呻き声とともに、灯籠の影から美代さんが姿を現した。
髪の毛は結い直されて、着物も新しいものになって、顔や身体も繋ぎ合わされてるけれど、やっぱり痛々しい見た目だ。
「僕たちとねー、喧嘩をねー、したいかんじなのかなー?」
「ケンカ!? 俺、強いよ! 負けない!」
「ぅ ぅ 」
二人の言葉に、継ぎ接ぎだらけの顔が首を横に振る。
危害を加える気じゃないのはなんとなく分かるけれど……、それなら一体なにをしにきたんだろう?
「い゛ だ み゛ ど め゛」
痛み止め?
えーと、それなら、つまり。
「……お薬が欲しいんですか?」
「ぁ ぃ゛」
苦しげな声とともに、小さく首が縦に振られた。
「ぎ ょ く ょ゛ く す り゛ つ ぐ れ゛ る し っ て る゛」
「あー……、僕らのことをねー、知ってる子もねー、使われてるわけかー」
化け襷さんが、深くため息をついた。
それだと、今目の前にいるのは、長谷さんの奥さんだった美代さんというよりも、美代さん身体を作るために被害に遭ったあやかしの誰かで……、でも、思い出だとかは美代さんと同じものを持っている方で、それで、えーと……。
「……明ー、色々とねー、ややこしいねー、事案だけどねー、とりあえずねー、お薬をねー、分けてあげようかー」
「……そう、ですよね」
目の前の方が誰であれ、今は痛みを和らげてあげないと。
「今薬を持ってくるので、少し待っててくださいね」
「ぁ ぃ 」
「じゃあねー、僕たちでねー、薬をとりに行くからねー、暴れ箒はねー、この子のことねー、見ててあげてねー」
「分かった!」
暴れ箒さん一人にこの場を任せてしまうのは忍びないけれど、美代さんを一人にしておくわけにもいかない。
それに、今日は敵意みたいなものも感じられないし、少しくらいなら二人きりになっても大丈夫かな……
「それじゃあ、お相撲しながら待ってようか!」
「ぁ ぃ」
……なんて思わないほうがいいかもしれない。
「えーとねー、暴れ箒ねー、痛み止めをねー、欲しがってる子をねー、お相撲にねー、誘うのはねー、ちょっとダメだよー」
「分かった!」
「えっと、美代さんも、あまり身体に負担がかかることは、なさらないほうがいいかと……」
「ぁ ぃ 」
二人とも特に反論はしないで、頷いてくれた。
これなら、今度こそ薬を取りに行ける……
「じゃあ、かけっこにしようか!」
「ぁ ぃ 」
……と、思ったんだけどな。
「……明ー、僕もねー、お庭でねー、待ってるからねー、痛み止めをねー、お願いしていいかなー?」
「……はい。そうしましょう」
「ありがとうねー。痛み止めはねー、薬箱のねー、一番下の引き出しに入ってるねー、赤い包み紙のやつだからねー」
「分かりました。じゃあ行ってくるので、二人をお願いします」
「了解ー」
肩から解いた化け襷さんは、今日も全体的にグンニャリとしてしまってる。
ひとまず、これ以上の心労をかけないように、はやく痛み止めを持ってこなきゃ。




