先立たれた者の宿命
「わざわざ祝言の翌日だなんて、趣味の悪い輩もいたものだね」
玉葉様が呆れた表情でため息をつく。
まったくですと返事をする咬神さんの表情は、相変わらず苦々しい。
あんまり、思い出したい話じゃないんだろう。
「あの長谷ってやつ、そこそこな手練に見えたが……、それでも守れなかったってことは、相手は相当やっかいなやつだったのか?」
文車さんの問いに、苦々しい表情が小さく頷く。
「寝起きに奇襲をかけられたということを差し引いても、相当な実力差があったことはたしかですね。なにしろ、長谷本人も相当な深手を負いましたから」
「へえ、どんな子が相手だったの?」
「赤いまだら模様の蟒蛇です」
「……ふぅん。あいつ、か」
不意に、金色の目に鋭い光が宿った。
知り合いのあやかし、なのかな?
「それだと、向こうはお咎めなし、ってことになったんじゃない?」
「……はい」
……お咎めなし?
そんなに酷いことをしたのに……。
「あー、明。えーとな」
文車さんが、気まずそうに頬をかいた。
「あやかしの中にはうちや金枝様のところみたいに、決まり事を定めて人間とイザコザをしないようにしてる奴らがいるのは分かるよな?」
「えっと、はい」
「その蟒蛇っていうのも、一応は自分の血族が手出しされなければ人間に手出しをしない、逆に手を出されたら容赦しないって取り決めをしてるんだよ」
「え……、なら……、長谷さんのほうが、先に……?」
「ああ、多分そういうことに、なってるんだろうな。書面の上では」
ということは、実際は違うってこと、だよね……。
「あいつは昔からろくでもないやつだから、今回も言いがかりだとは思うよ」
玉葉様がため息混じりに、どこか遠い所に目を向けた。昔からということは、やっぱり知り合いなんだ。仲は決して良くなさそうだけれど。
「文車様と山本様のおっしゃる通りです。先にあった大規模な退治の際に、自分の血族が連絡もなしに一方的に退治されたという言い分が結社に届きましたが……、遠縁も遠縁で、本当に認識していたかもあやしいところで……」
咬神さんの声と肩が震えてる。そんな思い入れのない親戚の敵討ちなんて、言いがかりとしか思えない。
「……ま、実際のところ、存在すら忘れてたとは思うよ。でも、いい口実だと思って、家系図らやなんやらを調べたんだろうね」
「私もそう思います。しかし、なぜそこまでして美代殿を……、件の遠縁のあやかしを討ったのが長谷だという証拠もないのに……」
「咬神君が分からないことを僕が知るわけないじゃないか……って、言いたいところだけどね。いくつか、心当たりはあるかな」
「!? 本当ですか!?」
「別に嘘をつく必要なんてないだろう。ただ、ここで話すのは憚られるというか……」
「何故です!? 私たちとしても、この件に関しての情報はわずかでも欲しいのです!」
「あー……、えーとね、あいつ少し前に、後妻さんが卵を産んだんだけれど、なんというかそれを孵す役を探さないといけない事態になったみたいでね……」
「あ……」
金色の目と、黒一色の目が同時にこっちを向いた。
「その様子だと、あながち外れってわけではなさそうだね」
「はい、亡き骸にそのような痕跡もありましたので……、たしかに、この場で伺うのは憚られるお話ですね……」
「だよね……」
えーと、なんだかお二人で納得しあってるけれど、私がいると話しにくい内容ってことだよね? なら、席を外したほうがいいのかな……。
「あー、明。今のは本題から外れてる話だから、深く気にすんな。それで咬神、長谷はそれからあんな感じになったんだな?」
「はい、文車様。当然のことながら、怪我が塞がりきる前から譫言のように、蟒蛇を必ず討つと、繰り返し口にしていました。しかし、取り決め上はこちら側に非があるので……」
「そんなことしたら、厄介な事態になるわな」
「ええ。なので本部に異動となり、書庫の整理や事務仕事などを任されることになりました」
「なら、そこで写しの詳しい作り方を調べたのか」
「おそらくは。その後、傷も塞がって蟒蛇に対する復讐心を表立って見せることもなくなったということで、必ず二人一組で行動させるという条件で退治の任に戻ったのですが……」
「隙をついて脱走、それで今朝にいたる、と」
「おっしゃる通りです」
咬神さんから、深いため息がこぼれる。
「姿をくらました当初は、単身蟒蛇のもとに乗り込んだものと思っていましたが、まさか禁術に手を出していたとは……」
「まあ、先立たれた者の宿命ってやつなんじゃないかな」
玉葉様がつまらなそうに、どこか遠くに目を向けた。
先立たれた者の宿命、か。
それなら……。
「とりあえず、あの蟒蛇が関わっているなら、色々と合点がいったよ。情報ありがとうね、咬神くん」
「いえ、滅相もございません」
「明もややこしい話に付き合ってくれて、ありがとう」
「いえ……、私は話を聞き逃さないようにするのが、やっとだったので」
「ふふ、大丈夫だよ。気が滅入る話のときに傍にいてくれるだけでも、すごくありがたいんだから」
金色の目が細められ、頭が優しく撫でられる。
私がいなくなった後も、この方は穏やかに微笑んでいてくれるのかな……。




