ややこしい話とのっぴきならない事情
「さてと、どうやってお仕置きをしようか……」
「……」
玉葉様の赤みを帯びた金色の目に睨まれて、長谷さんが肩を震わせた。部屋のなかの空気が、一段と張り詰めていく。文車さんと咬神さんの顔も、心なしか青ざめて見える。
あちらにも何か事情がありそうだし、止めに入ったほうがいい、かな?
「あの、ぎょく……」
「……と、思ったけど、今回は見逃してあげるよ」
「……ふぇ?」
意外な言葉に、変な声を出してしまった。
「……へ?」
四角い仮面の下からも、気の抜けた声が響く。あの状況で、「許す」なんて言われたら、それは戸惑うよね……。
「ふふ、意外だったかな? でも、この間の田宮だか田川だかと違って、長谷君は烏羽玉からの処分依頼が来てないからね。僕が手出ししちゃ、色々と面倒なんだよ」
「……確かに。最終的にはお咎めなしになりそうですが、それまでに発生する書類仕事で死にそうになりますね。どこぞの長から、仕事を丸投げされた私が」
文車さんの鋭い言葉を受けて、ギクリとした表情のなかで金色の目が泳いだ。なんだか、さっきとは別の方向に、空気が張り詰めてる気がする。
「えー、ゴホン。ま、とりあえずは、そういうことだから」
どこか大げさな咳払いをして、玉葉様は話を元に戻した。
「今ここで、長谷君をどうこうするつもりはないよ」
「……それはそれは、恐悦至極に存じます。しかしながら、取り逃してよろしいのですか? 奥方様や御側仕えの方を付け狙った人間を」
笑い声を含んだ声が、四角い仮面の下からこぼれる。
「……っ」
咬神さんが険しい表情で、刀に手をかけた。部屋の中の空気が、また張り詰めていく。
たしかに、あやかし全体を毛嫌いしてるみたいだし、今日の一回で諦めてくれるとは思えない。でも、きっと、この人が本当にしたいのは、私たちに危害をくわえることじゃなくて……。
「まあ、完全に放っておくつもりはないよ。ただ、君の目的はさっきも言ったとおり、この写しの材料集めだろ?」
「あ゛ あ゛ あ゛」
摘まれたままの、虫の脚のようなものが生えた塊が、苦しげに声を上げた。ついさっき、助けてほしい、腐ってない身体がほしい、と嘆いた口を動かして。
「それならさ、僕がこれを完成させれば、明や、文車や、他の哀れな野良あやかしたちを襲ったりする必要もないよね?」
「……貴方様が、美代を甦らせる手助けを?」
仮面の下の声から、刺々しさが少しだけ薄れた。
「そう。君はあやかしが心底憎いみたいだからね、人間に倣った対応をしてあげることにしたんだよ」
「……失礼ですが、人間に倣った対応とはいったい?」
「ほら、あれだよ。君ら人間は、神様だとかあやかしだとかが荒ぶったときに、退治するんじゃなくて、食べ物なり、酒なりを差し出して、手っ取り早く鎮めようとするだろ? それと同じように、『欲しいものをあげるから、いい子にしてね』ってこと」
「ならば、本当に美代を……?」
「うん。こんな状況で、その場しのぎの嘘なんてつかないさ。十日後に僕の屋敷に来てくれれば、その辺のあやかしを闇雲に襲って材料して、我流で組み立てるよりは、まともな仕上がりなることを約束するよ」
「……」
長谷さんが、口の辺りに指を当てて黙り込む。多分、断るってことにはならないはず。
「あ゛ あ゛ あ゛ あ゛」
口のような塊が、相変わらず苦しげにうめき続けてるから。
「……では、その話で手打ちといたしましょうか」
「ふふ、長谷君が仕切るのは釈然としないけど、面倒だから追及しないであげるよ。ほら、これ返すよ」
玉葉様が手にしていた塊を放り投げた。
「おっと……。やれやれ、もう少し丁寧に扱ってほしいものですね」
ぶつくさ言いながら、黒い袖からのぞく手がそれを受け取る。
「あ゛ あ゛」
「……美代、もう少しの辛抱ですよ」
短いうめき声を宥める声は、驚くほど優しかった。仮面の下の表情が、簡単に想像できるくらいに。
「さて、では私たちは、これで失礼しましょうか。人間があやかしなんぞと、いつまでも連んでいるわけにはいきませんからね」
でも、すぐに刺々しい声に戻ってしまった。
「それでは、化け物の皆さまごきげんよう。また、十日後に」
仰々しい言葉と同時に、床に落ちた笠から白い煙が吹き出した。
煙が晴れると、長谷さんの姿も、美代さんと呼ばれた塊も、跡形もなく消えていた。
「……ったくあのヤロー、ひとの家で好き勝手したあげく、謝罪もなしかよ」
「……同じ組織の者として、深くお詫び申しあげます」
部屋の中に、文車さんと咬神さんの苦々しい声が響く。
ひとまず、なんとかなったみたいだけど……、何が起きてるのか分かったような、分からないような……。
えっと、皆さんのお話から考えると……。
美代さんって方が、すでに亡くなってて……、長谷さんが、それを甦らせようとして……?
でも、亡くなった人を甦らせるなんて、できるわけ……、それに、写しってなんだろう……?
「混乱してるよね、明」
「ひゃっ!?」
突然、バツの悪そうな声とともに両肩を掴まれた。振り返ると、玉葉さまが苦笑いを浮かべてる。
「今回はちょっとややこしい話だから、できれば僕らだけで済ませたかったんだけど……、結構しっかりと巻き込まれちゃったからね」
「すみません……」
「ふふ、明が謝ることじゃないよ。とりあえず、写しのことについては、屋敷に戻ったら説明するけど……」
金色の目が申し訳なさそうに、文車さんに向けられた。
「文車、明に説明してくれる?」
「承知しました。さっきのイザコザで、風邪も吹き飛びましたし」
「ありがとう。とりあえず、薬と来客用の寝室は、ちゃんと用意してあるから」
「ありがとうございます」
「いえいえ、それで……」
金色の目が、隣りに向けられる。
「咬神君は、長谷君について説明してくれるかな? 僕らも、大まかな事情しか知らないから」
「かしこまりました」
咬神さんが、深々と頭を下げて返事をする。
わ
これで、ようやく事情が分かりそうだけれど……。
「うん? どうしたの、明? アイツらはしばらく来ないから、安心して大丈夫だよ」
「あ、いえ、そうではなく……、玉葉様はご同席しないんですか?」
「うん。本当は、一緒に居たいんだけど、退っ引きならない事情ができちゃってね……」
「のっぴきならない事情?」
美代さんを甦らせるって話の準備とか……
「うん。ほら、文車がかけた術を無理やり破って出てきたから、屋敷が半壊……いや、二割五部三厘壊くらいしちゃってね……。帰ってすぐに直して、化け襷からお説教をうけないといけなくなったんだ……」
……よりももっと、のっぴきならない事情だった。
「えっと……、私もお手伝いするんで、そんなにお気を落とさないでください……」
「そうですね……、術かけた手前、私も修理手伝うんで、大事な話には同席してください」
「……私も微力ながら、お手伝いいたします」
「うん……、明も文車も咬神くんもありがとうね」
部屋の中に、力ないつぶやきが響く。
ひとまず、ややこしいという話の前に、のっぴきならない事情のほうを頑張って片付けてしまおう。




