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深刻な部類のイザコザ

「奥方様のお噂は、かねがね伺っておりましたよ」


 長谷さんが楽しげにそう言いながら、もたれていた壁から身を起こした。


「一度、ゆっくりとお話をしたいと……」


「それ以上、動くな」


「……っと」


 咬神さんが一足飛びに近づいて、仮面に触れるか触れないかの距離に刀の切先を突き立てた。美代さんと呼ばれた塊は、動きを止めて目だけを二人に向けてる。


 すごく緊張した状況だ……。


「おやおや、公正君。私は君らと違って、人間なんですよ? 退治用の刀などでは、傷を負わせることすらかなわいことくらい、ご存じのはずでは?」


「それでも、弾き飛ばすことくらいならできる。壁にめり込みたくなければ、動くな」


「おお、怖い怖い。やはり、あやかしなんぞの血が混じっている方は、言うことが野蛮でいけません。ね、奥方さま?」


 仮面をつけた顔が、こっちに向いて首をかしげる。相変わらず、口調は穏やかだけれども……。


「あの、長谷さん」


「はい、なんでしょうか? 奥方様」


「その、さっきから、『あやかしなんぞ』と言ってますが、そんな呼び方は、あんまりなんじゃ……」


「……おやおや。てっきり、本当は拐かされて無理やり番にさせられたのだと思っていましたが、そのご様子だと、お噂は間違いではなかったようですね」


「えっと……、噂?」


「ええ」


 仮面の下から、くつくつと喉が鳴る音が響く。


「奥方様は、自ら股を開きバケモノの長を誑かした淫婦だと」


「……」


 ああ、またそんな言われ方をしてたんだ。

 多分、あの飴屋さんあたりが、広めたんだろうな。


「……長谷! 貴様!」


「おっと、怒らないでくださいよ、公正君。返す言葉がないところをみると、ご本人にもご自覚が……」


「……『平伏せ』」


「……ぐぇっ!?」


 絞り出すような声を出しながら、長谷さんが床にへばりついた。いつの間にか文車さんが、笠の脱げた頭を足蹴にしてる。


「ったく。人の家に土足で上がり込んだ挙句、ベラベラと無駄口叩きやがって」


「……これはこれは、失礼いたしました」


「まったくだ。さっさと要件だけ言えば、ある程度は見逃してやろうかとも思ったが、気が変わった」


「おや? 私を殺める気ですか? 危害を与えられてもいないうえに、退治人結社から正式な処分の許可も出ていないのに? 人間である私を殺めたりすれば、いくら山本様の側近といえども退治の対象になりますよ?」


「ははっ。生きた人間を殺めれば、そうだろうよ。でもな」


 冷たい視線が、床の上で蠢めく塊に向けられる。


「アレは少なくとも、()()()人間には勘定されないだろ? 当初の予定通り、完全に処分させてもらうぜ」


「……っ、美代!」


「あ゛ あ゛ あ゛ あ゛」


 口がついた塊に虫のような脚が生えて、すごい速さでこっちに向かってくる。


「っ明!?」


「奥方様!?」


 二人も慌ててこっちに向かってくるけど、多分間に合わない。


「あ゛ あ゛ あ゛ あ゛」


「っ!」


 歯を剥いて飛びかかってくる塊に、思わず目を閉じた。


「…………?」


 でも、いつまで経っても、かじられる痛みは襲ってこない。それどころか、顔に何かが触れた感じさえしない。


 えーと、何が起こってるんだろう……?


「やれやれ、珍しいものを見れたのはいいけれど……、ちょっとおイタが過ぎるかな」


「あ゛ あ゛ あ゛」


 恐る恐る目を開けたさきで、玉葉様が口のついた塊を摘んでる。


「明、怪我はないよね?」


「えっと、はい。おかげ、さまで」


「ふふ、よかった。大事な妻に何かあったら、どうしようかと思ったよ。さて、と」


 金色の目が優しく細められたあと、部屋の隅に向かって冷ややかな視線を向けた。


「長谷君、だっけ? あやかしの長の妻と側近に、何か急用なのかな?」


「……いえいえ。大した用では、ございませんよ。文車様が体調をお崩しになって、一人床に臥せっているとお聞きしまして、妻とお見舞いにまいった次第です」


 うすら笑いの混じった声が、白々しい言葉を紡ぐ。どう考えても、お見舞いにきたかんじじゃなかったけど……、そんなことよりも、妻っていうのは……?


「へえ、それは殊勝な心がけだね。()()の補強材料を取りにきた言い訳とはいえ」


「おやおや、さすがに、バレていましたか」


「まあ、文車は作り方を聞き出すにしても、材料にするにしても適任だからね。だから、軽く風邪を引いてもらって、囮になってもらったわけだけれど」


「……やっぱりか、このジジィ」


 二人の会話に混じって、文車さんから不服そうな呟きがこぼれる。私も風邪を引いてる方を囮にするのは、どうかと思うかな……。


「……ともかく、ここに乗り込んでくることは想定済みだったけれど、まさか明まで巻き込もうとするとはね。単身で写しを作れるような子が、こんな阿呆だとは思わなかったよ」


「……っ」


 いつもより低い声とともに、部屋の中の空気が張り詰める。


「もちろん、それ相応の覚悟は、できているんだよね?」


 玉葉様の瞳が赤みを帯びて、部屋中からミシミシと音が響きだした。


 この前みたいに、目をつむって耳を塞いでたほうが、いいかもしれない……。

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