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とても怖くて悲しいもの

「さて、明に次着せる物も決定したし、また少し休ませてもらうかな」


 そう言いながら、文車さんは目を閉じて伸びをした。元気そうだけれど、まだ少し顔が赤いし、本調子じゃないんだろう。なら、あんまり長居したら、もうしわけないかな。


「じゃあ、お薬はここに置いておくんで、私はそろそろ、おいとましますね」


「おう、色々とありがとうな。じゃあ、今から部屋と玄関をつなげ……っ」


 不意に言葉が止まり、鋭い視線が襖に向けられた。一体、どうしたんだろう?


「明」


「はい」


「私から離れるなよ」


「え……、きゃっ!?」


 突然、腕を引かれて、抱き寄せられた。


 本来なら、玉葉様以外の方にここまで近づくのは、避けるべきだけれど……


  ズルッ


  ビチャッ


 ……襖の向こうから聞こえる異様な音と、漂ってくる生臭い匂いのせいで体が少しも動かない。


 なんだか、ものすごく良くないものが、こっちに近づいてきている気がする。

 


  ズルッズルッズルッ

  

  ビチャッ


 

 音と匂いが、ますます近くなる。

 冷汗と吐き気が止まらない……。


「明、落ち着け。こっちに危害を加えようとしたら、すぐ八裂きにしてやるから」


 肩を抱く手に力が込められる。



 ズルッズル……



 音が、襖のすぐそこで止まった。


「…………ぇ……」


 微かな声が、耳鳴りに混じって聞こえてくる。


「……ははっ。そんな所でブツブツ言ってないで、入ってこいよ」


 挑発をする文車さんの声も、微かに震えてる。やっぱり、とても厄介なものがそこにいるんだろう。



 ただ、怖いというよりも、むしろ。



「ほら、美形が二人も寝屋でお待ちかねなんだぜ? さっさとしろよ」


「……ぅ……」



  カラカラカラ


 

 声に促されるまま、襖が開いていく。


 姿を見せたのは……


「た」


 ほつれきった髪に簪を巻きつけて……


「す」


 縫い目だらけの灰色をした顔の……


「け」


 矢絣の着物の裾から腸のようなものを垂らした……


「て……」


 ……女の人のようなもの。



 どう見ても、人間じゃない。

 でも、玉葉様や文車さんみたいなあやかしとも、何かが違う気がする。


「本当にこんなもんを作るとは……、随分と救いがたいやつが……」


「た す け て」


 憎々しげな声を、しわがれた声がさえぎった。



「たす けて 助け てた すけ て」


 

 絞り出すように、同じ言葉が繰り返される。その間、黄色く濁った目が、しきりにグルグルと回り続ける。



 その様子が、なぜかとても悲しく見えた。



「……どうやら、今のところは、私たちに危害を加える気はないようだな」


 肩を掴んでいた指の力が、ほんの少しだけゆるむ。たしかに、襲ってくるかんじでは、ないけれど。


「あ、あの、助けるとは、何をすればいいんですか?」


「……ぁ?」


「っ……」


 黄色く濁った目がグルリと動き、視線がこちらに向いた。


「こら、明! 深入りしようとすんな!」


「す、すみません! 力になってあげれば、この方も然るべき場所に帰れるのかなと……」


「まあ、あながち間違ってはいないが、こういう手合いは……」


 肩を抱く力が、また強まった。


「……ざ……ぃ゛……」


 濁った目が、グルグルと回り続け、口がパクパクと動き続ける。


「……ょ゛……」


 目の回転がとまり、絞り出すような声と一緒に視線がこちらに向いた。


「……ぇ゛」


 縫い目だらけの唇が、ゆっくり吊り上がっていく。


 鳥肌がとまらない。


「ぅ…………ぃ゛……………ぇ゛」


「あ、あの?」


 私に何か言ってるはずなのに、上手く聞き取れない。



「えーと……、一体なんて言って……」


「く さ っ て な い か ら だ よ こ せ」


「……え?」



 腐ってない体、寄越せ……?



「っ! 『バラけろ』!」


「がぁっ!?」


「きゃっ!?」



 文車さんの怒鳴り声と共に、縫い目が解けて、目の前のものは言葉通りになった。


「よ こ せ よ こ せ よ こ せ」


 それでも、四つに砕けた顔が、口のような部分を動かしながら、声を絞り出しつつ、にじり寄ってくる。他の部分も引き連れて、ゆっくりと。


「まだ動くか。これは、あやかし退治用の刀でも持ってこないと、きりがねーな……」


「あ、の、文車さん、それなら、一緒に咬神さんを呼びに……」


「その必要はないですよ、奥方様」


 突然、部屋の隅から声がした。

 いつのまにか、咬神さんが部屋の隅で刀を構えてる。


「……寝屋に土足で上がり込んでしまい、まことに申し訳もございません」


「ははっ、私が呼んだんだから、謝るなよ。それに、今はそんなこと気にしてる場合じゃねーぞ」


「おっしゃる通りで」


 黒一色の目が、畳の上で蠢めくものに向けられた。その途端、濁った目がグルリと回る。


「よ が み さ 」


「……お久しぶりです。美代殿」


 みよ、どの……?

 

 まさか、知り合いなのかな?


「咬神、なんか訳ありっぽいが、変な仏心出すんじゃねーぞ」


「無論、です。美代殿、お覚悟を……!」


 刀が抜かれ、銀色の刃が蠢めく胸の辺りを突き刺した。


「ぎゃぁぁぁあぁ!?」


 叫び声と一緒に、四肢と胴体が塵に変わっていく。


「や め て い た い」


「……」


 四つに砕けた顔が涙を流すけれど、咬神さんは刀を構えたままだ。


 たぶん、このまま終わらせてあげるしか、収拾をつける方法はないんだろうけれど……。


公正(きみただ)君、それくらいにして、私の美代から離れてもらえませんか?」


 また突然、部屋の隅から声がした。


 今度は、退治人結社の着物を着て、笠と四角い仮面を被った男の人が立ってる。


「……ようやく姿を現したな、長谷(はせ)


「ったく。招いた覚えもねーのに、勝手に上がり込みやがって。この、野良退治人」


 咬神さんと文車さんに睨まれて、長谷さんと呼ばれた男性は、くっくっくと喉を鳴らして笑った。


「お二人とも……、おっと失礼、あなた方は人ではありませんでしたね。ともかく、そんなに怖いお顔をなさらないでください。ね、奥方様からも、言ってやってくださいよ」


 仮面をつけた顔がこちらに向き、首をかしげる。


「奥方様も私と同じ、あやかしなんぞの血が混じっていない、純粋な人間なんですから。仲間同士、私の味方をしてくれますよね?」


「……」


 優しく穏やかな声のはずなのに、聞いているだけで鳥肌がとまらないのは、なんでなんだろう……。

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