変わらない日々
あれから、私の新しい思い出を作る話がなくなったり、ご家族の集まりから帰った金枝様が「来年こそは絶対に連れていく」と宣言しにきたりしたけれど、平穏な日々が続いている。
ただ、少し変わったのは……
「いいか、明。後ろから抱きつかれたら、こうやって身を屈めてから、一気に伸び上がって相手の顔に頭突きしつつ、足を踏むんだ」
「本当にねー、襲われたときはねー、思いっきりねー、踏んじゃってねー、いいからねー」
「はい、文車さん、化け襷さん」
家事の合間に庭で、文車さんと護身術の稽古をするのが日課になったり……
「みんな! 咬神来たよ! 咬神!」
「お邪魔いたします」
「いらっしゃいませ、咬神さん。暴れ箒さん、お迎えありがとうございました」
咬神さんが、「護衛」ということで、ほぼ毎日お屋敷にやってきたり……
「今、玉葉様をお呼びいたしま……」
「ふふっ、僕ならもうここにいるよ」
「ひゃっ!?」
……玉葉様が、頻繁に抱きついてくるようになったりしたことかな。
「明、今だ、今。さっき教えた護身術試すのは」
「そうだねー、玉葉様ならねー、多少手荒くしてもねー、問題ないもんねー」
「もう、文車も化け襷も酷いじゃないか。明だって、ずっとこうしていたいよね?」
「えっと……」
たしかに、腕の中は心地良いけれど、人前でベタベタする姿を見せるのは、はしたない気もする。でも、護身術を試すなんてことは、できないし……。
「明も、僕のことを見放すの? しくしく……」
「こら、可愛い子ぶるな、ジジイ」
「そうだねー、いい歳してねー、嘘泣きはねー、どうかと思うよー」
「えーと……」
なんだか、また、イザコザしてしまいそうな感じになってしまった。
どう答えるのが、一番穏便に済むんだろう。なぜか、何を言ってもイザコザしてしまいそうな、気もするけれど……。
「……」
あ、咬神さんが、ものすごく気まずそうな顔になってる。口実にするのは申し訳ないけれど、協力してもらおう、かな。
「あの、咬神さんから、なにかお話がありそうですし、ひとまずお聞きしたほうが」
「え!?」
黒一色の目が、見開かれた。
やっぱり、かなり無茶に話を振ってしまったかも……。
「へえ? 僕と明の憩いのひと時を邪魔しても、報告したいことってなにかな?」
身体から腕が離れて、楽しげなような威圧的なような声が、庭に響いた。
「それは、その……」
黒一色の目が、一目で分かるくらいに泳いでる。なんだか、咬神さんに対してだけ、玉葉様のあたりが強いような気がするかも。
「玉葉様、へんな焼きもち焼いてないで、ちゃんと話を聞いてやってくださいよ」
「そうだねー、焼き餅をねー、焼かなくてもねー、明はねー、玉葉様以外はねー、異性としてねー、興味ないからねー、話をねー、進めようねー」
文車さんと、化け襷さんが助け舟を出してくれた。でも、焼き餅っていうのは一体……?
「……まあ、明の夫たりえるのは、僕だけだからね。それで、報告したいことっていうのは何なのかな? 咬神くん」
声の調子が、いつも通り戻ってくれた。
これで、イザコザは起きない……
「……はい。この先の村で、野良のあやかしが、私どもや他の退治人結社の許可なく、退治されました」
……けれど、よかった、とは言えないかも。
この先というと、私が暮らしてた村だ。
ここのところ、度を越した退治が起きてるという話は、玉葉様や文車さんから聞いてたけれど、こんなに近くで起きるなんて……。
「……そう。まだ、僕のところの子達には被害は出ていないけれど、引き続き明の護衛はよろしくお願いね」
「……はい。今度こそ奥方様は、この命に変えてもお守りいたしますので」
咬神さんが、真剣な面持ちで深々と頭を下げた。
助けてくれる、というのはありがたい。でも……。
「あの、どうかそんなに思い詰めないでください。最近は、私も護身術を教えてもらってますし」
「奥方様……」
よかった。張り詰めた表情が、ほんの少し緩んでくれた。この間のことは、私の不注意も原因だったんだから、あまり気にしないでほい。あの人はもう二度と、目の前に現れないのだし。
「ふふ、そうだね。咬神くんがどうなろうと知ったことじゃないけど、僕らがいる限り明に危険を負わせるようなことはしないから。ね、文車」
「はい、玉葉様。私も可能な限り、明の護衛にあたりますので。ただ、どっかのあやかしが、書類仕事をほっぽり出した負担がこっちに回って、時間が割けなくなることが不安ですけどね」
「う……、それは、えーと……」
鋭い声に、金色の目が泳いだ。
えーと……、なにかまたイザコザしそうだけど……、ひとまず、お二人とも忙しいんだし、自分の身はちゃんと守れるようにしないと。まだ、うまく護身術が使えるか、不安なところもあるけれど。
「明ー、心配そうな顔しなくてもねー、基本的にはねー、僕がねー、そばに居るからねー、そんなにねー、心配いらないよー」
「うん! 俺もいるから平気!」
「そう、ですよね」
化け襷さんと、暴れ箒さんの励ましで、気持ちが少し楽になった。でも、文車さんはなぜか、苦々しい顔をしてる。
「化け襷はともかく、うちの可愛らしさ担当の暴れ箒には、ちょっと荷が勝ちすぎなんじゃねーか?」
「文車! 酷い! 俺だって、護衛の役にたつ! 実力ある!」
暴れ箒さんが、穂をバサバサと逆立てて抗議した。
でも、たしかに、暴れ箒さんに荒事は似合わないような気がする。というよりも、荒事には関わらずに、お掃除を楽しんでほしいかな。
「ははっ。なら、私を倒せたりするのか?」
「うん! できる!」
「面白れー、ならやってみろよ」
……なんだか、いつもと違う所でイザコザが始まってしまった。多分、文車さんは手加減してくれそうなかんじだけれど、怪我をする前に止めないと。
「あの、お二人とも、そのくらいに……」
「ははっ、止めるなよ明。たまには暴れ箒の実力ってのも、見ておきたいしな」
「うん! 止めなくても大丈夫……、あ!? みんなアレ見て!?」
「ん?」
暴れ箒さんの言葉に、全員一斉に柄のさす方向を向いた。
でも、なにもない……
「文車! 隙あり!」
バシッ
「うわぁっ!?」
バシャ
……けれど、文車さんが柄に突き飛ばされて、池に落ちてしまった。
「やった! 文車に勝った!」
暴れ箒さんは、穂先をバサバサさせながら、喜んでる。
でも。
「あー……、あれはねー……、大変なことにねー……、なるかなー……」
「いや、大丈夫だよ、化け襷。文車も、これで激怒するほど、大人気ないわけじゃないと思う……、気がするから」
「しかしながら、山本様、水面が波立つほどの怒気を感じるのですが……」
化け襷さんと、玉葉様と、咬神さんが、何だか不穏な会話をしてる。
「……ははっ。暴れ箒、やってくれるじゃねーか」
いつのまにか池の水面から顔を出してた文車さんが、朗らかに笑ってる。
……ひとまず耳を塞いで、そのあとすぐに、湯殿と手拭いと、着替えの用意をしなきゃ。




