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廃棄された神様

 暖かな二人きりの寝屋。

 薄明かりの中、赤い目をした玉葉様が微笑む。肩越しに背中から生えた、蛭のような異形の「手」が無数に揺らめくのが見える。

 

「今日は大変だったね」


「はい、皆さんには、ご迷惑をおかけしてしまって……」


「みんな迷惑だなんて思ってないよ。ただ、ものすごく心配したから、もう二度と一人で無茶なことをしたらだめだからね」


「はい……」


「うん、分かってくれたらならいいんだよ。お説教はお昼に文車と化け襷からしっかりしてもらったから、これくらいにしておこうか」

 

「ん……」


 背中から伸びた「手」が、頬を優しくなでた。

 ほのかに温かくて、甘い香りがする。


「……この姿になっても、全然怖がらないんだね」


「はい。玉葉様は、玉葉様ですから」


「ふふ、明は本当に、神様よりも肝が据わってるね」


「神様、よりも……?」


 一体どういうことだろう?

 そういえば、お寺でも神様について、なにか言っていたような……。


「そうだよ。明は、寺子屋には通ってたんだよね?」


「あ、はい。小間使いとはいえ読み書きくらいはできないとみっともない、と言われていたので」


「そうか。なら、あの村の信仰は色んなものが一緒くたになってるはずだから……、神様の話についても、教わったりしてたかな?」


「そう、ですね。大きな蛇のあやかしを退治する神様の話とか、ウサギを助けた神様の話なんかは、聞いた覚えがあります」


「それじゃあ、この世を作った神様の話は?」


「うっすら、とは……、たしか男神様と女神様が天から降りてきて、二人で大地や空や海や、他の神様たちを作ったという話、でしたよね?」


「うん、そうだね。天の彼方から降りてきて色々と作った、というところはその通りだよ。ただ、本当は少し違うんだ」


「少し、違う?」


「そう。本当はね、その二人が作らなくても、大地も空も海も生き物も、この世にあったんだ。今よりも少しだけ、めちゃくちゃな世の中だったけどね」


「めちゃくちゃ……」


「そう。今より少しだけ色んなものが毒で汚れていて、その中に生命力が異常に強い不思議な術を自在に使う異形の生き物たちが沢山いて……、かつて繁栄を極めていた人間たちは、身を隠しながら細々と暮らしていた。そんな世だったんだ」


「……暴れ箒さんが考えてくれた新しい思い出に、なんだか似てますね」


「たしかに。暴れ箒も長生きみたいだし、なにか知っていたのかも。ともかく、件の二人はそんな状況の中で、ずっとずっと昔の神話なんかを参考にして、『神様』を作ろうとした。厳しい世界から人を守り、かつてのように繁栄させるためのね」


「神様を作る……?」


「ふふ、にわかには信じがたい話だよね。でも、その二人はそれができるくらいの、知恵や技術をもっていた」


「そう、なんですか」


「そうだよ。そうだなぁ……、明は玻璃の水槽を見たことある?」


「えーと、はい。昔、お姉さまが少しの間だけ、金魚を飼っていたので」


「あんな子のことだから、本当に少しの間だったんだろうなぁ……。それはともかく、その水槽をもっとずっと大きくした物のなかに、水やらなんやらの元になるものをいれて、ときどきかき混ぜながら神様を作るんだ」


「なんだか、お酒の作り方みたいですね……」


「ふふ、酒造りか。あながち、間違ってはいないたとえかもね。まあそんな感じで、長い時間をかけながら神様ができあがったけれど……」


 赤い目が、どこか虚ろに遠くを見つめた。



「……それが、とてつもなく、醜くおぞましいものだった」



 橙色の灯りの中で、背中から生えた「手」が、ゆらゆらと揺れる。


「本当はね、厳しい環境でも生きていけるように、死ににくい生き物の特性を持った、人とまったく同じ姿をした神様にしたかったそうだよ。でも、水槽から取り出した途端に、身体中から蛭のような『手』が生えた化け物に変わった」


 ……その、化け物というのが。


「それでも、最初のうちは神様として機能するように、二人の持つ人智を超えた技だとか、人を管理統率する方法だとか、めちゃくちゃになる前の世界のことだとかを教え込んでいたよ。そして、化け物も必死にそれを覚えた。作り主たちをこれ以上、失望させたくなかったから」


「……」


「ただ、片方が徐々に、おかしくなっていった」


「……」


「『失敗するはずなかったのに』、『なんでこんな気持ち悪いものが』、『これは私を苦しめるためだけに生まれたんだ』、『これのせいで、すべてが台無しになってしまう』、『これは神様なんかじゃない。人を苦しめる化け物に決まっている』、そんなことをブツブツと繰り返していた。来る日も、来る日も、ずっと」


「……すごく、勝手な方だったんですね」


「まあ、優れた力を持つ者が、強靭な心を持っているとは限らないからね。そんなある日、おかしくなったほうは、化け物を切り刻んで籠に詰めて、海に流して捨ててしまった。もう片方は、それを黙って見ていた」


「そんな……、ひどい……」


「まあ、はじめのうちは悲しんだり、恨んだりもしたけれどね……、今となっては仕方なかった、とも思うよ。世界を再生するには、他にも沢山の神様をつくらないといけなかったからね。士気を削ぐような失敗作を、いつまでも置いておくわけにはいかないさ」


「だからって……、そんな仕打ち、あまりにも……」


「……ふふ。でも、大丈夫だよ。幸い切り刻まれたくらいじゃ死なないし、世に溢れかえる毒や化け物たちに対処する方法も知っていたからね。生き延びることは難しくなかったどころか、いつのまにか化け物たちを束ねる存在になっていたよ」


「そう……、なんですか……」


「そうそう。あと、それから少し後に作られた神様が、『あのウスラトンカチども、胸糞悪りーことばっかしてたから、ちょっくら焼いてやったぜ! そしたら、勘当くらっちまった! ワハハ!』って言いにきたし」


「えっと……、その神様というのは、ひょっとして……」


「ああ……、ご察しのとおり、金枝だよ。なんか、あんまりにもあっけらかんと言われたから、溜飲が下ったんだかなんだか、分からない気持ちになったね……」


 玉葉様はため息をつきながら、全体的にグンニャリとしてしまった。


 たしかに、そんな深刻な話を笑いながらされたら、全体的にグンニャリとしたくなるかも……。


「まあ、金枝のことは置いておくとして……、こうして化け物は、なんだかんだで生き延びて、暴れ箒や文車や化け襷を仲間にしつつ、いつのまにかあやかしの長になって、それなりに幸せに生きていきましたとさ。めでたし、めでたし」


 胸の辺りで、ポンポンと手が打たれた。


「これが今まで、内緒にしてた話だよ。感想はどうかな?」


 苦笑いと一緒に首がかしげられ、背中で揺れる「手」がクニャリと曲がる。


 感想を聞かれると……。


「正直にいうと……、壮絶なお話すぎて、まだ上手く飲み込めていないところもあります……」


「ふふ、それもそうだよね」


「……ただ、一緒に居たい気持ちに、変わりはありません」


「……そっか」


「ん……」


 背中から伸びた「手」が、優しく首筋を撫でた。


「……この『手』で触れることを、許してくれるんだね」

 

「……はい」


 だって、この手は。


「怖いものたちから、私を救ってくれた方の手ですから」


 恐れる理由なんて、どこにもない。


「ふふ。なら、遠慮なく触れさせてもらおうかな」


「はい……、玉葉様が望んでくださるなら」


「可愛いことを言ってくれるね」


「ん……」


 無数の「手」に、身体をキツく抱きしめらる。


「……もう、離してあげられないけど、いいんだよね?」


「……はい」


 耳元で囁かれる言葉にうなずくと、「手」たちが脈打つのを感じた。その途端に、ほのかにしていた甘い匂いが強くなる。なんだか、頭がぼんやりしてきた。


 このまま、溶けていってしまいそうだなぁ……。

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