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望まない客

 咬神さん達が帰ってからは、行商以外のお客さんがやってくることもなく、いつも通りの日々が続いた。


「明、助けて! 文車が僕のこと監禁して、酷いことしようとする!」


「変な言い回しすんな! 明後日までに全部の書類を仕上げないといけないのに、逃げようとするからだろ!」


 ……いつもより、玉葉様たちのお仕事が大変そうではあるけれど。


 縁側では、文車さんが玉葉様の後ろ襟を掴んで、眉間に皺を寄せてる。


「とりあえずねー、今ねー、お洗濯中だからねー、玉葉様もねー、お仕事にねー、戻ってほしいかなー」


 物干し竿に掛った化け襷さんが、はためきながら小さくため息をついた。


「明のお仕事、邪魔しちゃだめ!」


 縁台の側を掃除していた暴れ箒さんが、バサバサと音を立てて飛び跳ねる。


 えーと、私はそこまで忙しくないし、書類のお仕事が大変そうなのは、わかるけれど……。


「あの、お洗濯物を干し終わったら、息抜き用にこの後青坊主さんにいただいた冬瓜の甘煮を作るので……、出来上がるまではお仕事に戻っていただけると……」


「え! 本当!?」


 ションボリしていた金色の目に、一気に光が戻った。


「それなら、頑張っちゃおう! 文車、仕事に戻るよ」


「それがなくても、頑張ってくださいよ……、ともかく玉葉様のやる気が戻ってよかったよ、ありがとうな明」


「いえ……」


 大きくイザコザすることもなく、二人は家の奥へ戻っていった。


「これでねー、しばらくはねー、外の音がねー、聞こえないくらいにねー、集中し……、ふぁー」


 化け襷さんから、大きなあくびがこぼれた。今日はいい天気だし、風も穏やかだから、お昼寝にはちょうどいいかもしれない。


「……ごめんねー、早く乾いてねー、明を手伝って……、ふぁー」


「いえ、いつも助けていただいてますし、化け襷さんは休んでいてください」


「うん! 俺も手伝うから、大丈夫!」


「そうー? ならねー、お言葉にねー、甘え……、すー……」


 言葉の途中で胡麻粒のような目が閉じて、静かな寝息が聞こえだした。


「化け襷、気持ちよさそうだね……!」


「そうですね」


「俺、起こしちゃうといけないから、玄関お掃除してくる……!」


「じゃあ、お願いしますね」


「うん……!」


 いつもよりも静かに、暴れ箒さんは玄関へ向かっていった。私も起こさないように気をつけて、残りの洗濯物を干さないと。


※※※


「すー、すー……」


 洗濯物がはためく音に混じって、化け襷さんの穏やかな寝息が聞こえてくる。これで全部干しおわったから、冬瓜の甘煮作りにとりかかろうかな。


 暴れ箒さんは……、まだお掃除してる、って言うかもしれないけど、声はかけにいこう。


 玄関に向かうと、門の柱に立てかかる暴れ箒さんの姿が見えた。


 ひょっとして、疲れて休んでるのかな……、あれ?


 柄の部分に、何かついてるような……。

 あれは、お札?



「……おお! ようやく来たか!」



 突然、門の影から人が飛び出した。


「……え?」


 なんで……、あの人がまたここに……?


「やあ、玉葉の使役する使い魔だからもう少し手こずるかと思ったが、案外簡単だったな」


 気持ちの悪い笑みが、お札に目を向け、グッタリした暴れ箒さんを持ち上げた。


「まったく、あの化け物め……、詰所にあることないことを吹き込んでくれたおかげで、雑用係に左遷されてしまったではないか……」


 うるさい鼓動に混じって、気色の悪い声が、なにか言っている。


「しかし、あの化け物を討ち取れば、その評価も改まるだろう」


 なにか、とても気持ちの悪いことを。


「しかし、私が正面から向かっていくのは、得策ではないからな。お前にも手伝いを任せてやろう」


 早く、この場所から立ち去りたい。


「この箒を折られたくなければ……」



 でも、暴れ箒さんを助けないと。



「私の言うことを……」


「暴れ箒さんを返してください!」


「うわっ!?」


 飛びかかって柄を掴むと、目の前の顔から気持ちの悪い笑みが消えた。

 すごい力だけど、このまま、取り返さないと……!


「おい! 何するんだ!? 離さないか!」


「返して、ください……!」


「この……っ! 離せ!」


「きゃっ!?」


 腕を振り払われた勢いで、手が柄から離れ、身体が地面に叩きつけられた。


「……ぅっ」


 息をすると、脇腹の辺りが鈍く痛む。


 でも、はやく暴れ箒さんを助けないと……。


「暴れ箒さんを……、返してください……」


「ふんっ。別にこのガラクタは、返してやっても良い。ただし……」


 目の前に、小ぶりの刀が投げ捨てられた。


「この脇差であの化け物を討ち、首を取ってこい。お前はうまく取り入っているようだからな、隙はいくらでもあるだろう?」


「……は?」


 そんなこと、出来るわけない。


「ほう? 嫌なのか? なら、今ここで、このガラクタを折ってもいいのか?」


「それ、は……」


 良いわけなんてない。


「まあ、安心しろ。お前があの化け物の首さえ持ってくれば、このガラクタは返してやる」

 

 見上げる顔に、また気持ちの悪い笑みが浮かぶ。


「それに、お前は解放されて、ようやく私と一緒になれる。首一つで良いこと尽くめではないか! はっはっはっ!」


 なにが良いことなのか、全くわからない。


「では、この先の荒れ寺で待つ。日没までに持ってこなければ、このガラクタの命はないからな!」


「……」


 暴れ箒さんを引き摺る後ろ姿が、どんどん小さくなっていく。


 どうしよう……。


 玉葉様たちに、相談する……?


 でも、下手をしたら、暴れ箒さんが……。



 それなら、一人で助け出さないと……。



 この手を汚してでも。

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