契約で定められたことですので
「ふふ、明、もう大丈夫だからね」
「は、い……」
玉葉様に肩を撫でられて、耳鳴りと震えがだんだん治まってきた。息も、さっきよりしやすくなってる。
「よしよし、落ち着いてきたみたいだね。さてと、来て早々に無礼を働くなんて、それ相応の覚悟はできてるんだよね?」
「ひっ……」
「お待ちください、山本様!」
顔に紙をつけた退治人の方が、不意に大きな声をあげた。
「こやつはまだ、退治人になって日が浅く……、礼節をわきまえていない部分は、後ほど教育いたしますので何卒ご容赦を」
「……ま、咬神君がそこまで頭を下げるなら、今回だけだ見逃してあげるよ。ただ、君も玄関先まで来て顔を隠しっぱなしなのは、礼節をわきまえてるっていえるのかな?」
「いえ、それだと奥方様が……」
「おや? これ以上、無礼を重ねる気かい?」
「……かしこまりました」
咬神さんが笠と紙を外すと、黒一色の目が現れた。この人も、あやかしなのかな?
「驚いた? 咬神家は先祖に、虫のあやかしがいるから、その特徴が現れたりするんだよ」
「そう、なんですか」
言われてみると、少し蟻に似ているかもしれない。
「怖かったかな? 明」
「いえ、特には」
それよりも、隣にいる人の方が……。
「ふふ、怖くないってさ。良かったね、咬神君」
「……そうですね」
「それじゃ、客間へは僕が案内するから、明はお茶を用意してきてくれる?」
「わかり、ました」
身体も落ち着いてきたし、ちゃんと対応しなきゃ。お客様ということに、変わりはないんだから。
「ありがとうございます。ほら、ぼさっとしてないで行くぞ、田宮」
「は、はい……」
……そうだ、そんな名前だったな。
ずっと、忘れたままでいたかったのに。
それから、言われた通りお茶の用意を始めたけれど……
「明、明! この壺の中身入れよう! すごく辛いから!」
「暴れ箒ー、それくらいじゃねー、だめだよー。こっちのねー、中身ならねー、どんなやつでもねー、イチコロだからねー」
「あの……」
……玄関先でのイザコザを見てた化け襷さんと、それを聞いた暴れ箒さんから、物騒な提案を受けてしまった。
「お前ら、なにを手ぬるいこと言ってんだ。こっちにしとけ、こっちに。これなら、胃の腑からジワジワと溶かしていけるから」
「えっと……」
しかも、文車さんまでやってきて、さらに物騒なことを言いだした。
「さすがに、それは、やり過ぎかと……」
「なんだよ、明。あんなやつ、これくらいしてやっても、足りないくらいだろ」
「そうなのかも、しれませんが……」
報いを受けさせるよりも、二度と関わりたくないという気持ちのほうが強い。
でも、お茶を持っていかないといけないから、また顔を合わせることになるのか……。
「……なんなら、私が代わりに持っていこうか?」
「俺も! お茶なら運べる!」
「ありがとう、ございます。でも、玉葉様の言いつけですから……」
簡単なお手伝いくらいは、キチンとこなさないと。
「文車にねー、任せてもねー、いいと思うけどねー。とりあえずねー、何かしようとしたらねー、僕がねー、絞めてねー、おくからねー」
「えっと……、あり、がとう、ございます」
……化け襷さんの手を煩わせないためにも、しっかりお手伝いをこなそう。
※※※
「失礼いたします」
人数分のお茶を持って客間に入ると、難しい顔をした咬神さんを前に微笑む玉葉様が目に入った。
なんだか、空気が張り詰めてる気がする。
「おや、明ありがとう」
「いえ」
視界の端から嫌な視線も感じるし、お茶を出し終えたら、急いで部屋を出よう。
「そうだ。お茶を出し終えたら、ちょっとだけ話につきあってよ」
「ふぇっ!?」
不意に声をかけられ、危うくお茶をこぼしそうになってしまった。
あとは玉葉様にお出しすれば、終わりだったのに……。
「付き合ってくれる、よね?」
「えっと、私が、ですか?」
「うん。この子たちが、信じてくれなくてさ。この間の村でのイザコザは、アイツらが明に酷いことをしたからいけないんだって」
視線の先で、咬神さんが難しい顔をして首をひねった。
「たしかに、『あやかし一覧に載っている者に危害を加えた場合、それ相応の報いを受ける』という契約は……、あの村の初代の責任者と交わしていますね」
「さっきから、そう言っているだろう、咬神君。わざわざ文車に言って、そのときの証文と、僕と村の責任者の血判がある最新のあやかし一覧を持ってきてもらったのに。ほら、ここに明の名前も、人間だってことも、特徴も書いてあるだろう?」
座卓の上には、古びた巻物と、新しそうな巻物と、色々な紙が広げられてる。
「あの村、僕がまとめている子たちに手を出さないという条件で、人間たちに森の一部を貸したのがはじまりなんだよ。そのことは、烏羽玉も知っているよね?」
「存じ上げてはおりますが、乱暴の報いというには、いささか行き過ぎているのでは……」
「へえ? あのまま放っておいたら、僕の大切な妻は、殺されていたのに?」
「それは……」
「咬神殿! あやかしの言葉などに、耳を傾けてはなりまんぞ!」
突然、がなり声がお二人の話を遮った。
「大体、庄屋殿もその奥方も、身寄りのないこの者を引き取り世話をしていた慈愛に満ちた人徳者だったのです!」
……本当に、この人は何を言ってるんだろう。
「きっと、庄屋殿たちを惨たらしく殺め、これを拐かしたに違いありません!」
「だから、田宮、奥方様がこちらに来たのは、村の責任者が生きているうちだと言っているだろう」
「しかしですね……」
「いいから黙れ」
「……はい」
黒一色の目に睨まれて、煩わしい声が静かになった。
「……まったく。奥方様、失礼いたしました。それで、伺いたいのは、村のものたちが、本当に貴女を殺めようとしていたか、ということなのですが」
「……そうですね。あの人たちが私の母を殺めたという話と、同じところに送ってやるという話は、聞こえました」
こんな話だけで、納得してもらえるかは分からない。
お母様があの人たちに殺されたと証明できれば、少しは説得力があるのかもしれないけど……、亡骸はおろか、骨すら残ってないはずだから……。
「……そう、ですか。ならもう一つ、お伺いいたします」
「はい」
「ご母堂は、貴女と同じように、美しい香染色の髪をしていましたか?」
「……はい?」
えーと、それが今の話に何か関係あるのかな……?
お母様の姿は覚えてない。
ただ、ことあるごとに、お前は死んだ母親にそっくりだ、という言葉を聞かされてたなぁ……。
「どうですか?」
「……母親似だとは、よく言われました」
「……分かりました」
咬神さんは目を伏せて、小さくうなずいた。
「そういう事ならば、本当に殺められる寸前だったのでしょう。報いとして、先の結果になるのは当然です」
……ひとまず、納得はしてくれた、のかな?
「は!? 人を殺めたあやかしを前に、何を言っているのですか!?」
「契約を交わしていている以上、我々がどうこうする話ではない」
「そんな! そうだ! コイツも脅されて、口裏を合わせて……」
「田宮、俺は今、『我々が口を出す話ではない』と言ったよな?」
「……はい」
「ならば黙っていろ」
「……かしこまりました」
「まったく……、お二人とも失礼いたしました。ただいま、『この度の村での件は古の契約に則ったもので、何も問題はない』と証明する書面に、血判と署名をいたしますので」
座卓に広げられた紙に、次々と名前が書かれて、血判が押されていく。
これで、この話はおしまい、ということなの、かな?
「明のおかげで、余計なイザコザは起きなかったよ。ありがとうね」
玉葉様が微笑みながら、優しく頭を撫でてくれた。
よく分からないけれど、お役に立てたならよかった。
「……では、全ての署名と血判が済みましたので、我々はこれにて」
指の血を拭うと、咬神さんは立ち上がった。
「うん。見送りは特にしないから、勝手に帰って」
「かしこまりました。ほら、行くぞ田宮」
「……」
一瞬だけ恨みがましい目が向けらたけれど、二人は大人しく部屋を出ていった。
「あーあ、アイツのことねー、絞めそこねちゃったなー」
「ふふ、そう残念がらないでよ化け襷、今ここでイザコザするわけにはいかないんだからさ。まあ、肋骨の二十と四本くらいは、折ってやりたかったけどね」
「そうだよねー」
客間に、なんだか不穏な言葉が響く。
「まあでも、これで退治人どもとはしばらく顔を合わせなくていいし、うちに来る担当者を変えるように烏羽玉に文を出しておくよ。だから、あんな奴のことはもう忘れてしまおうね」
「はい、玉葉様……」
……これでもう、あの人とは二度と関わらなくて済むんだ。
なのに、なんで、胸がザワザワして、落ち着かないんだろう?




