たれもしらず、しられてはならず
結局、暴れ箒さんの考えた新しい思い出は、却下されてしまった……。
「ごめんね、明。でも、このお話にしようとすると、色々と問題があってね」
「まあたしかに、キッチリ再現しようとすると、少なくとも月まで行ける虚ろ船を用意したり、蓄積してジワジワと身体を壊していく毒を世界中に撒いたり、その毒の中でも生きていけるように明の身体を改造したりと、かなり大掛かりなことになりますよね」
「文車、そこまで分かってるなら、なんで賛成したのさ?」
「すみません、物語好きとして、続きが気になったので、つい……、それに、やろうと思えば、できますよね?」
「まあ、あやかしには効果がない毒だし、できないことはないけどさぁ……」
文車さんの問いかけに、玉葉様が深くため息をついた。
できないことは、ないんだ……。
「こういう、世の中を乱すようなことをしたら、いろいろと面倒になるのは分かるだろ? 僕らは厄介なやつらに、目の敵にされてるんだからさ」
「ああ、まあ、それもそうですね……」
厄介なやつら?
いったい、誰のことなんだろう?
そういえばずっと前、家にあやかしの退治人を名乗る人たちが来たことがあったから、その人たちのことかも。ひょっとしたら、この間の村でのことで……。
「明ー? 顔色がねー、悪いよー? 大丈夫かなー?」
「大丈夫!? お腹痛い!?」
化け襷さんが首を傾げ、暴れ箒さんが穂先をバサバサと動かした。
「あ、いえ、大丈夫ですよ。ただ、私が勝手に村に行ってしまったから、皆さんが厄介なやつらという方々に、目をつけられてしまったのかと……」
「うん? ああ、ひょっとして、退治人のことを厄介なやつらって言ったと思ったのかな?」
「はい……」
「ふふ。その件は大丈夫だよ。村でのことについては、色々と事前に手を打ってあったし、退治人くらいなら束でかかってこられたとしても、どうってことないし」
「そう、ですか」
「うん。心配してくれて、ありがとうね」
「ん……」
温かい手が、優しく頭を撫でた。
玉葉様の身を脅かすきっかけを作ってしまったんじゃなくて、本当に良かった。でも、それなら「厄介なやつら」っていうのは、誰のことなんだろう……。
「あーねー、厄介なのはねー、退治人なんかじゃなくてねー」
「まあ、玉葉様の実家関係というか、なんというか……」
「玉葉様の、ご実家?」
「化け襷、文車」
「っ!」
「ー!」
突然名前を呼ばれて、お二人は姿勢を正した。
「それ以上は、ちょっと喋りすぎだと思わない?」
玉葉様が、笑顔で首をかしげる。
いつもと同じ笑顔に見えるけど、なんだかすごく、怖い感じがする……。
「そう、ですね。出過ぎたまねをしてしまい、申し訳もございませんでした……」
「ごめんなさいー……」
お二人が深く頭を下げると、笑顔から怖さが消えていった。
「うん、分かってくれればいいんだよ。明も、今はこのことを気にしなくて、大丈夫だからね」
「……はい」
少し気にはなったけれど、忘れることにしよう。誰にだって、知られたくないことや、忘れてしまいたいことくらいあるんだから。
「ふふ、いい子だね。新しい思い出ができたら、ちゃんと教えてあげるから安心して」
「ん……」
再び、頭が優しく撫でられる。
温かくて、すごく心地いい。
今、玉葉様の知られたくないことを知ってしまったら、こうやって頭をなでてもらうこともなくなってしまうのかな?
そんなことには、ならないといいな……。
ドンドンッ
「たのもー!」
突然、玄関の方から大声が響いた。
「げ、この声は……」
玉葉様の顔には、今まで見たことのないような苦々しい表情が浮かんでる。
ひょっとして、「厄介なやつら」という方々が、来てしまったんじゃ……。
「あー、明、安心しろ。今きたのは玉葉様の言った『厄介なやつら』とは違うから」
「でもねー、別の意味でねー、厄介かもしれないねー」
文車さんと化け襷さんが、力なくため息をついた。
えーと、別の意味で厄介?
「え!? なんで!? 俺金枝が来ると楽しいよ!? お迎えいってくる!」
「あ! 待ちなさい暴れ暴挙!」
制止も聞かずに、暴れ僕さんはバサバサと廊下を走り去っていった。
「あー……、明、悪いんだけど暴れ箒を追いかけて、ちょっと対応してきてくれないかな?」
「はい、玉葉様」
「ありがとう。あと、来たやつには、僕は留守だって伝えておいて」
「えっと、わかり、ました……?」
「うん、じゃあ頼んだよ明」
いまいち事情は分からないけれど……、本気で嫌がってるみたいだからちゃんと言われたとおりに伝えなきゃ。
急いで玄関に向かうと、戸の前で暴れ箒さんがバサバサと動いていた。
「明! 明! 早く開けてあげて」
「はい、少しお待ちくださいね」
戸を開けると、藍色の甚兵衛を着た男の子が現れた。
えーと、人間の子供に見えるけれど、一人で大丈夫なの、かな……?
「おお! 姉ちゃんが、噂の玉葉の嫁さんか!?」
「え、あ、はい。そう、ですね」
「そっか、そっか! いやぁ、噂に違わず別嬪さんだな!」
「えっと、ありがとう、ござ、います。あの、あなたは?」
「なんだ、玉葉のヤツ、嫁さんにオレのこと教えてねーのかよ……、俺はな、神野 金枝ってんだ!」
「金枝、さん?」
「おう! 玉葉の、まあなんつーか、弟だな!」
「そうでしたか……えぇっ!?」
玉葉様の、弟さん?
それなら……。
「おい!? 姉ちゃん、顔が真っ青だけど、大丈夫か!?」
「明!? 大丈夫!?」
知ってはいけないことを知ったことに、なってしまったの、かな……。




