花火の夜に着る物
文車さんに助けてもらって、空から降ろしてもらったのはいいけど……
「じゃあ、心配をかけたお仕置きということで、花火大会には僕の選んだ格好で出掛けてもらうよ」
煌びやかな着物や梗概や櫛の入った衣裳盆を前に微笑む玉葉様と……
「なんで、玉葉様が仕切ってるんですか。助けたのは、私なんですよ。ということで、花火大会にはこの蘭服を着て一緒に来ること」
こちらも煌びやかな、多分西洋の着物と髪飾りが入った衣裳盆を前に微笑む文車さんが……
「文車ってさぁ、存外に西洋かぶれなところあるよね。まあ、それがどうだとかは言わないけど」
「玉葉様こそ、金萬趣味全開ですよね。ま、だからどうだとは言いませんがね」
「……ふふっ」
「……ははっ」
……奥座敷の中で一触即発のようなかんじに、なってしまってる。
「あの……、お二人ともケンカは……、ご迷惑をお掛けしてしまった罰ということでしたら……、お留守番をしますので……」
「それは却下だよ」
「それは却下だ」
「うぅ……」
息ぴったりに却下されてしまったけれど、空気はピリピリしたままだ。
本当に、どうしよう……。
トントン
「明ー」
「明! 明!」
不意に、障子が叩かれて、化け襷さんと暴れ箒さんの声が聞こえてきた。
「だいたい、そんな奇抜な格好をさせて、僕の明が下衆な輩から好奇の目でみられたらどうするんだい?」
「そっちこそ。そんな派手な格好をさせて、花魁道中に間違われて、心中ものが好きな面倒な輩に横恋慕でもされたらどうするんですか?」
……玉葉様と文車さんはまだ口喧嘩程度だから、目を離しても大丈夫、だよね?
「はい。お待たせしました」
障子を開けると、化け襷さんと暴れ箒さんの姿と、衣裳盆が目に入った。
「明! これ見て! これ!」
「こらー、暴れ箒ー、まずはねー、ごめんなさいがねー、先でしょー」
「あ……、そうだった……、明、さっきはごめんね……」
暴れ箒さんの柄が、お辞儀のように項垂れる。
ひょっとして、こっちが頭なのかな?
……いえ、そんなことを気にするのは、また今度にしよう。
「いえいえ、大丈夫ですよ。それで、お二人ともどうしたんですか?」
「うん! あのね! 俺、お詫びにね! 花火大会に着てくやつ見つけてきた!」
「この間ねー、文車がねー、持ってきた着物からねー、二人でねー、選んでみたんだー」
「明! 見て! 見て!」
「あ、はい」
衣裳盆の中を覗くと、中には木槿の花が描かれた藍色の着物と、木槿の花をかたどった飾りと真珠のついた鎖の簪があった。
「わあ……、可愛い……」
「でしょ! でしょ! 簪にフワフワもキラキラもついてるの!」
「着物もねー、華やかながらでねー、花火大会にねー、ちょうどいいとねー、思うよー」
「そう、ですね……、でも……」
でも、全然似合ってないわね!
あんたが、みすぼらしいから!
「……私なんかが着ても、似合わないですし」
分不相応な格好をして笑われたら、一緒にいる皆さんに恥をかかせてしまう。
むしろ、みすぼらしい者が一緒にいるだけで、ご迷惑になるかもしれない。
ここは、やっぱりお留守番を……。
「明……、着てくれない……、俺、悪い子だったから……」
暴れ箒さんの柄が、また見る見るうちに項垂れていく。
「あ、えーと、そうではなくて、ですね……」
「……わー、明がねー、暴れ箒をねー、泣かせたー。その着物ねー、着てくれないとねー、僕もねー、泣いちゃうよー。しくしくー」
やけに棒読みなかんじで、化け襷さんも項垂れてしまった。
「え、えーと……」
「一所懸命……、選んだのに……」
「本当だねー、しくしくー」
「うぅ……」
化け襷さんはともかく、暴れ箒さんは本気で泣いてるみたいだし……、一所懸命選んでくれものを無下にしてしまう方が失礼かな……。
「えっと、じゃあ、せっかくですから、この着物と簪でおでかけしましょうか」
「……! 本当!? 本当!?」
「ええ、本当ですよ。でも、似合わなかったらごめんなさい……」
「大丈夫! 明絶対似合う!」
「そうだよー、似合わないなんてねー、言ってくる子はねー、ただのねー、やっかみだからねー、気にしたらねー、だめだよー」
「あ、りがとう、ございます。ただ、玉葉様と文車さんが、私が着ていくもので揉めてて……」
この着物がいい、なんて言ったら、叱られてしまうかもしれない……。
「大丈夫! 二人とも、明の好きなやつなら、喜ぶ!」
「そうだよー。好きなねー、ものをねー、選べるようにねー、なったのはねー、いいことだからねー、玉葉様と文車もねー……」
化け襷さんのゴマ粒のような目が、玉葉様と文車さんの方に向く。
そして……
「ははっ。もう頭きた。一発殴らせろこのじじい」
「ふふ。文車は、返り討ち、って言葉も知らないのかな? それに、年長者を敬えないなんて、論語をちゃんと読み直した方がいいんじゃない?」
「……喜ぶとねー、思うからねー、まずはねー、おうちをねー、グンニャリさせないためにねー、ケンカをねー、止めてくるねー」
……本日も、全体的にグンニャリしてしまった。
「えーと、お手伝い、いたします」
「俺も! 俺も! ケンカ止める!」
「二人ともー、ありがとうねー」
そんなこんなで、三人で説得にあたり……
「うん、明が自分から選んだんなら、その着物と簪にしようね。こっちの着物は、二人っきりのときに着てくれればいいから」
「へえ、可愛らしくて、明にすごく似合いそうじゃないか。じゃあこっちの蘭服は、玉葉様がいないときに着てみせてくれればいいよ」
「は、い……、わかりました……?」
……なんとか、お屋敷がグンニャリする事態は避けられた。
でも、またとんでもない約束をしてしまった気がするのは……、気のせい、だよね……?