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だって何もわからないから

作者: ちくわぶ(まるどらむぎ)




「もう一度言ってください。――私の姉と……婚約を結んだ?」


愛しい人は唇の端だけを上げて笑った。


「そう。だからもう僕にまとわりついたり、名前で呼んだりしないでくれるかな。

何度も言っただろう。迷惑なんだ」


「そんな!じゃあ私との婚約は破棄するということですか?!」


思わず腕にすがった私の手をゆっくり払いのけて

彼は信じられないことを言った。


「あのね。僕は君と婚約など結んでいないよ。

確かにそんな話を君の亡き父上が《是非に》と言ってきたが。僕は断った。

何を勘違いしているか知らないが変なことを言うのはやめてくれ」


「嘘!だって父はアル様も乗り気だって。私との縁を断るわけがないって!」


確かに私たちはまだ《正式に》婚約を結んでいない。

けれどお父様は時間の問題だと言っていたのに―――


「言ってるそばから愛称呼び?やめてくれないかな。それこそ嘘だよ。

僕が君との婚約に乗り気?そんなわけがないだろう」


「……どうして……」


「どうして?僕は君の父上に《お姉さん》との婚約を申し込んだ。

その返事が《君》と婚約するのはどうか、だ。

――誰が良いですよ、なんて言える」


「……お姉様との……婚約を申し込んだ?」


愕然とする。

初めて聞くことだった。


確かにお姉様とアル様が一緒にいるところを見かけることがあった。

でもそれは同じ学年で、同じクラスだから。


ただ話していただけ。

お姉様はアル様に何もしていない。


私のように、お茶にお誘いしたりお菓子を差し入れたり。

愛される努力をしていたわけじゃないのに、何故?


泣きたくなった。

……それでも、私はアル様が好きなの。


「でもっ!だとしても私たちは姉妹です!

結婚は家同士の結びつきでしょう?ならどちらだってっ!

お父様の提案通り私でもいいじゃないですか!私はアル様を――」


「――そのどちらだっていいはずの婚約を、君の父上は《姉》の方ではなく《妹》の君で、と僕に言ったんだよ。

その意味が全くわからないようだね」


「……意味?」


「《姉》は家にかかせない存在。一方《妹》は。

可愛い顔を利用して少しでも位の高い男に嫁いでくれたら良い存在かな。

その点、第一王子の僕は君の相手として最高の物件だったのだろう。

はは、王家も舐められたものだよね」


「……そんな……言い方」


「そうだろう?君になにが出来るの?

何度断ってもお茶に誘うこと?食べたくもないお菓子を持ってくること?

僕が欲しいのはお互いを思いやれる一緒に人生を歩いてくれる存在だよ。

こちらの都合も何も考えず邪魔しにくる存在じゃない」


「―――」


「僕は彼女が宰相の娘だから婚約を申し込んだんじゃない。

妃には《彼女》しか考えられなかったからだ。


君の父上に何度《君》の方を、と言われても答えは同じだった。

僕が頑なだったからだろう。君の父上はとうとう折れた。


《君》が《姉》にかわれる存在かどうか試すことにしたんだ。

君は見事にその期待を裏切ってくれたようだけれどね」


「……試す?」


「父上から大金を渡されただろう。君はそのお金、どうしたの?」


「お金?……ああ。

《資産を運用してみろ》と、家の資産の4分の1を渡された事を言っているんですね。

あれならお姉様に預けました」


「預けた?」


「ええ。資産を運用するなんて。私にはどうして良いのかわかりませんから。

失敗して損したら叱られちゃうし。

それならお姉様にやっていただく方が良いでしょう?」


「同じ理由で君は、自分の名前で人を招くお茶会も、食事会も全てお姉さんに任せていたよね。

自分が着るドレスの発注ですら」


「だって。私じゃわからないから。

わからない私がするより詳しいお姉様に任せる方が良いじゃないですか。

失敗もないでしょう?」


「わからないから、か。

いいねえ、君は。

僕なんてひとりきりの王子だ。《わからない》は許されない」


「だって……」


「だってじゃないよ。

だいたい、《わからない》なら覚えたら良いんじゃないの?


君のお姉さんだって赤ん坊の時から何でもできたわけじゃない。


努力してわからないことを《わかる》ようになったんだ。

なのに何故、君は他人に任せるだけで自分が学ぼうとはしないのかな」


「わ、私がこれから学ぶより、もうすでに知っているお姉様にお願いした方が早いじゃないですか!

どこがダメなんですか!」


「……君がお姉さんに預けたお金。君の家の資産の4分の1だっけ?

あれ、お姉さんはお父上にかえしにいったんだよ。


《妹が任された分を自分が預かるわけにはいかないから》と。

だがお父上は《妹が放棄したならこれはお前の分だ》とお姉さんに渡したんだ」


「ええっ?!酷いわ!私は放棄なんてしてない!ただ預けただけなのに!」


「《預けた》ねえ。あれは《放棄した》んだと思うな。

人の多い学園で、しかもかなり大声で騒いでいたから皆が証言してくれるよ。


「人に預けるなんてダメ。教えるから一緒にやりましょう」

と言うお姉さんに君は最後、無理やり押し付けていたよね?


――「教えられても私わからない。だからお姉様がやってよ。

私が任せるって言ってるんだから良いでしょ。

何もわからないのに責任を押し付けられるのなんて嫌よ。

お姉様に全て任せたから責任もお姉様が取ってね」――


ってね。あれが《預けた》?

まあどっちでも良いけど。


お姉さんは君の言葉で《君の分はお父上に返す》と判断しただけだ。

君が文句を言える立場じゃないよね」


「そんな。でも私、そんなつもりじゃあ――」


「――ともかく。

お父上は君を諦めた。任された資産を人に丸投げするなんて。

そんな君に家を任せたらすぐに破滅するからね。

やはり家を託せるのは《姉》しかいないと判断したんだよ。


渋るお姉さんに、まずは資産を半分譲渡すると《正式な》手続きまでした。

早く隠居したかったのかな。僕にお姉さんを取られることを恐れたのかもね。

優秀な後継者を失うことになるからね。


―――でも、まさかその三日後に、お母上と共に馬車の事故で亡くなるとは思っていなかっただろうね」


「――」


「さて。ここで問題だよ。

ご両親が揃って亡くなったので、君とお姉さんには遺産が渡される。

ご両親が持っていた《家》の資産が《半分づつ》ね。

――君の貰える分は元々あった資産の何割になるのかな?」


「え?」


「わからないのか?

ご両親が亡くなる三日前。家の資産の半分はお姉さんに譲渡されている。

つまり家の資産は半分になった。


そしてその半分になった資産を今度はお姉さんと君で半分こするんだ。

お姉さんの取り分は元々の資産の4分の3。君の取り分は――4分の1だね」


「ひどい!姉妹だもの!元々あった資産を半分こするのが当然でしょう?

お姉様は私を騙したの?」


「騙してはいないし、そもそも君がお姉さんに無理やり任せたのが原因だろう」


「だって!私、本当にわからなかったから!」


「それがこの結果だよ。

《わからない》ことを《わかる》ようにする努力もせず何でも他人に任せてばかりいたからだ。


わかっただろう?

人に任せてばかりでいるとろくなことにならない。

誰しも自分の責任は自分が負うべきなんだよ。


良い勉強になっただろう。


お父上もお姉さんも君を見捨ててはいなかった。

元々の資産の4分の1は貰えるんだ。十分生きていける。感謝するんだな」


私はぐっと手を握った。


「何が感謝よ……許さない……訴えてやるっ!」


「訴える?訴え方を知っているのかい?」


「それは……誰か知ってる人に頼んで……」


「やれやれ、懲りないな。

その分じゃ、誰かに騙されじきに貰えた資産まで失うぞ?

言っただろう。

今までのことは勉強だったと思い、これからの未来を変えた方がいい」


「いやよ。許さないわ。お姉様は私から何もかも奪ったのよ。許さない。

お姉様に私の辛さを思い知らせてやる――」


許せるはずがない。

お姉様は私から財産も、そしてアル様も奪ったのよ。

なにも知らない私を騙して。ちょっと何でも出来ると思って―――


アル様はため息を吐いた。


「……仕方がないな。

こんな君でも、彼女にはたったひとり残った家族だと思ったからこそ慈悲を与えていたのに」


慈悲?

何を言ってるのかしら。


アル様は声を低くして言った。


「―――ご両親は馬車の事故で亡くなったんじゃない。毒で亡くなったんだよ」


「え……毒?!」


「ああ。誰かさんが手作りクッキーに入れた毒でね」


「……クッキー……?」


どくん、と胸が音をたてた。


「誰かさんがこっそり厨房で作り、ご両親が出かける時に渡したらしいんだ。

留守で渡せなかったお姉さんの分を、料理人にあげたらしくてね。


食べようとした料理人は毒に気付き、慌てて作った人物に聞きにいった。

《このクッキーを他に誰に渡したのか》と」


「―――――」


「……誰に渡したのか聞いた料理人が慌てて家令に伝え、家令がご両親の馬車を人に追わせたけれど。

……間に合わなかったんだよ」


「……嘘よ」


「本当だよ」


「嘘。だってあれは香り付けのハーブだもの。

庭の隅に生えているのを見つけたのよ。

それで――」


「――わざとかと思ったよ。

試食もしないで人に渡すなんて、僕の感覚ではありえないことだったからね。

でもその顔を見ると……違ったようだね」


「―――――」


「君は間違えたんだよ。そっくりな草を、香り付けのハーブだと思い込んだ。

そしてそれを専門家である料理人に見せないで調理した。

驚かせるつもりだったのかな?」


「嘘よ。嘘!だって同じだったわ!あんなそっくりな草あるわけが――」


「――《知らなかった》だろう。

聞いたら香り付けに使うハーブの方は綺麗な水辺に生える物だそうだ。

その辺の庭には生えない」


「そんな――」


私が……両親を……?


膝から崩れた。


「私は……どうなるの」


「たとえ間違いでも妹が両親を……なんて。

彼女の醜聞になるし、何より彼女が傷つく。

内内に処理しようと思っていたが……君が彼女を恨むのであれば仕方がない」


「……そう」


笑ってしまった。

貴方はそんなにお姉様が好きなのね。


こうして私は毒杯を賜った。




―――――が!



何故かよみがえった!

時間が巻き戻ったのだ!


私は神に感謝した!


やった!

今度こそ間違えないわ!


ええ、ええ、絶対に!


「資産を運用してみろ」とお父様に言われた。

もうお姉様には任せない!


どうしたらいいのかわからないから置いたままにするわ。

それなら増えもしないけど減りもしないもの!


クッキーに庭の隅に生えている草なんて、絶対に使わないわ!


…………でも待って。


あの草で作ったクッキーをお姉様にあげたら……そうしたら……?



私は――――――




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