婚約破棄をされた公爵令嬢。我が派閥の為にも強面大将軍を落としますわ。
今宵は王宮の夜会である。
エリーゼ・レストニアス公爵令嬢はここ最近、不快な想いをしていた。
婚約者であるカレント王太子は最近、夜会で他の令嬢のエスコートをしているのだ。
その令嬢とはライバル派閥のミルーシア・ハバネット公爵令嬢である。
レストニアス公爵派とハバネット公爵派とこの国の貴族は真っ二つに分かれていた。
王の側近で宰相であり広大な領地を誇る、エリーゼの父、レストニアス公爵と、外務大臣を勤め広大な領地を誇るミルーシアの父、ハバネット公爵。
ことごとく、派閥は対立し、王家へいかにして取り入るか、権力をいかにして得るか。
日々睨み合っていたのである。
エリーゼは幼い頃からのカレント王太子の婚約者に決定していた。
幼い頃のエリーゼは可愛くて、カレント王太子がエリーゼとミルーシアを選ぶときに、
エリーゼがいいと言ったからである。
いかんせん。まだ7歳の少女達。優秀さ等はまだ解らず、王家としてもどちらの公爵家も力のある公爵家。どちらと結んでも得があると考えており、カレント王太子に決定を任せたのだった。
エリーゼが選ばれてしまったので、焦ったのがハバネット公爵である。
あらゆる手を使い、カレント王太子の妹の王女と息子が婚約する事を王家に了承させた。息子とはミルーシアの2つ下の弟である。
現在、エリーゼとミルーシアは17歳。
エリーゼはカレント王太子と婚約して10年経とうとしていた。
しかし、カレント王太子はエリーゼを大切にしなかった。
王宮で時々、会ってお茶をしても、自分の自慢ばかりして、威張っているような王太子だったのである。
その中で行われる厳しい王妃教育。
エリーゼは勉学に励み、未来の王妃にふさわしい女性になるよう頑張ってきたのだが。
カレント王太子に愛など感じてはいない。
むしろ大嫌いな王太子だった。
そして、今、夜会でカレント王太子はミルーシアを隣に侍らせて、宣言したのである。
「エリーゼ・レストニアス公爵令嬢。そなたとは婚約を破棄し、私はミルーシア・ハバネット公爵令嬢と婚約を結ぶことにした。」
エリーゼは何となく予感していたとはいえ、これはまずいことになったと思った。
何故なら、ハバネット公爵家は王家と二重に縁を結ぶことになる。
宰相である父、レストニアス公爵は派閥の力を落として、政治的にもやりにくくなるだろう。
レストニアス公爵派閥から離れる貴族も出るかもしれない。
エリーゼはカレント王太子に向かって、
「王家とレストニアス公爵家で結んだ婚約です。わたくしからはお返事出来かねますわ。
わたくしと致しましては、とても寂しく存じます。」
心にもない事を言ったのだ。
大嫌い…大嫌いなのよ。カレント王太子殿下。でも…派閥の為。お父様の為にわたくしは…
悔しい…悔しいけど…未練があるように見せねばならないわ。
カレント王太子はフンと鼻で笑って、
「真実の愛を見つけたのだ。私はミルーシアと愛し合っている。
お前のような冷たい女等、顔を見るだけでも寒気がするわ。」
ミルーシアもホホホと笑って、
「そう王太子殿下はおっしゃっていますわ。エリーゼ様。
幸い、わたくしは優秀ですから、貴方が受けてきた王妃教育も、これからでも十分こなしていけますでしょう。いい気味ですわね。今までご苦労様。」
悔しい悔しい悔しい。
凄く悔しかった。今までの王妃教育の苦労を返して欲しい…
そこへ派閥の令嬢達が口々に叫ぶ。
「あまりでございますわ。王太子殿下。」
「エリーゼ様は王太子殿下の事をそれはもう愛してきたというのに。」
「お気の毒すぎます。」
数十人の令嬢達がカレント王太子とミルーシアを囲む。
カレント王太子は叫ぶ。
「不敬であるぞ。私は決めたのだ。」
ミルーシアも怒りまくって、
「そうよ。お下がり。」
すると今度はハバネット公爵派の令嬢達が割って入り、
「ミルーシア様が困っているじゃないの。」
「離れなさい。」
「いい加減になさったらどう?これだから、レストニアス派閥の令嬢は…下賤ね。」
令嬢達が押し合いへし合い大変な事になった。
エリーゼは真っ青になる。
ともかく、騒ぎがこれ以上、大きくならないよう収拾しなくては。
「皆様。おやめになってっ…」
エリーゼの声は聞こえていないようだ。
どうしましょう…真っ青になっていると、その時である。
「いい加減にせいっ。」
会場にそぐわぬ大音声が鳴り響き、皆、そちらの方を一斉に見る。
2mを越える巨漢。黒の鎧を着て、顔は四角く、口ひげを生やし、鼻筋を斜めに横切る戦傷。
そう、彼はこの国の英雄、ゴットシュレスト・ハインリッヒ大将軍である。
皆、真っ青になって散り散りになる。
無理もない。見た目も怖く、その威圧感は半端なかったからだ。
現にカレント王太子もミルーシアも震えており、
カレント王太子は震える声で、
「そ、そなたには関係ない騒ぎだ。」
ゴットシュレスト大将軍は、両腕を組んで、カレント王太子を見下げ、
「これは失礼した。令嬢達が揉めているようでしたのでな。」
ゴットシュレスト大将軍は王家の血も引いている。
だから、多少不敬な態度も許される立場だったのだ。
カレント王太子はエリーゼに、
「ともかく、婚約破棄だ。話は後日だ。失礼する。」
カレント王太子はミルーシアを連れて逃げるように広間を出て行ってしまった。
エリーゼは騒ぎを収めてくれたゴットシュレスト大将軍に礼を言う。
「有難うございます。お陰様で助かりましたわ。」
「いや。私はただ叫んだだけだ。大した事はしておらぬ。」
何と言う威圧感。何と言う男らしさ…何と言う筋肉…いえ、筋肉はともかく、
この方が大将軍ゴットシュレスト様。遠目からは見た事がありましたけれども…
初めて…生まれて初めてときめいてしまいましたわ。
エリーゼは思った。
動かなくては…ここで動かなくてはどうするの?わたくし…
ゴットシュレスト大将軍は確か、独身のはず…
一度、お話ししてみたいわ。
エリーゼはゴットシュレスト大将軍を見上げながら、
「この度のお礼をしたいと存じます。わたくしに、お茶を御馳走する機会を授けてくださいませんでしょうか?貴方様に。」
「私は当然の事をしたまで。」
「わたくしはとても感謝をしているのです。ですから…大将軍様。」
「そこまでおっしゃるのなら。」
やったわ…後はお父様を説得するのみ…
エリーゼは公爵家のテラスでゴットシュレスト大将軍と今度お茶をする約束をして、
その場を別れたのであった。
屋敷に戻ると父であるレストニアス公爵を説得する。
「わたくしはカレント王太子殿下に婚約破棄を言われました。後日、王家から話があるでしょう。このままでは我が派閥はハバネット公爵派閥に負けてしまいますわ。」
「それはそうだ。何て大変な事になったんだ。」
「ですからお父様。わたくし、ゴットシュレスト大将軍様に嫁ぎたいと存じます。」
「ええええっ???あの将軍にか?歳は確か30歳。独身だったな。」
「どうして彼は独身なのですか?英雄なのです。王家の血筋ですし、結婚相手は選び放題でしょう?」
「エリーゼ。将軍だって結婚相手を探していた時期はあったぞ。確か10年程前だ。
ただ、あのような大男。皆、令嬢達は怖がってな。結婚を嫌がった。」
「そうですの。わたくしはむしろ好ましく思いますわ。」
「あの将軍を我が派閥へ引き入れる事が出来れば、英雄大将軍だ。我が派閥も少しは大きな顔が出来ると言う物。」
「それでは決定ですわね。わたくしは全身全霊をかけて、彼を落としますわ。」
こんなに熱く燃えたのは生まれて初めてだわ。
今までは世界が灰色だった。何を見てもつまらなくて…
わたくし生まれて初めて、世界が輝いて見えた気がいたしましたの。
明日が楽しみ…明後日が楽しみ…あの方にお会いする日が楽しみ…
これが恋というものなのね。
父は賛成してくれた。エリーゼは一人娘で、母は幼い頃に亡くしている。
ゴットシュレスト大将軍と会う日を楽しみに、その夜エリーゼはベッドで眠るのだった。
王家は婚約破棄を了承して、エストニアス公爵家に多大な慰謝料が払われる事になった。
国民の税金からである。
国王も王妃もカレント王太子には甘かった。
カレント王太子は新たなる婚約者にミルーシア・ハバネット公爵令嬢がなることを発表し、ハバネット公爵家は、カレント王太子の妹姫アリーナが嫁入りする事も決定しており、
王宮でも今まで以上にハバネット公爵は威張るようになった。
そんなとある日、エリーゼは金の髪を結い上げて、白のドレスを身にまとい、ゴットシュレスト大将軍が約束の日に公爵家に来てくれたのを喜んで迎えた。
メイドや使用人は、ゴットシュレスト大将軍のあまりの威圧感に皆、青くなって震えている。
でも、エリーゼは平気だった。
「よくいらして下さいましたわ。後で父が挨拶したいと、少し、わたくしとテラスでお茶を致しましょう。」
「うむ。そうさせて貰おう。これは手土産。」
綺麗なピンクのバラの花束と、王都で売っている高級菓子店の菓子折りだ。
「まぁ、有難うございます。お花は花瓶へ。お菓子は一緒に頂きましょう。」
秋の木の葉が舞い散るテラスで、二人で座ってお茶をする。
ゴットシュレスト大将軍はどっしりと席に座りながら、
「このような事、必要はなかったのに。」
「いえ、わたくしがお礼をしたかったからですわ。」
エリーゼは立ち上がると、ゴットシュレスト大将軍の傍に行き、その傷だらけの大きい手をそっと両手で握り締めて、
「わたくし、一目見た時から貴方様を気に入りましたの。」
「そなたは、カレント王太子殿下の婚約者だった女性だ。」
「婚約破棄されましたわ。婚約破棄された女なぞ、嫌ですか?」
「いや、私のような無骨物にはもったいない。それにそなたは確か歳は17。私は30歳。離れておるだろう。」
「かまいません。わたくしは貴方様の妻になりたい…いけませんか?」
目を潤ませて、ゴットシュレスト大将軍を見つめる。
大将軍は頬を赤らめているようだ。
なんて…なんて…可愛い…素敵な方。
女性に対して初心なのね…
椅子に座るゴットシュレスト将軍の膝に縋りつく。
「どうかわたくし達、レストニアス公爵派閥をお助け下さいませ。貴方様が力になって下されば、父も政治がやりやすくなりますわ。わたくし、貴方様を愛しております。
政略もありますけれどもそれ以上に貴方様と結ばれたい。わたくし、そのような想いを持ったのは生まれて初めてですのよ。」
縋りついたまま、ゴットシュレスト将軍を見上げる。
ゴットシュレスト将軍は真っ赤になって。
「私でよければ、エリーゼ殿。力になろう。本当にいいのか?私と結婚して。」
「妻にしてくださいませ。貴方様以外、妻になりとうありません。」
立ち上がって、ゴットシュレスト将軍に抱き着く。
ガシっとその逞しい腕に抱き寄せられて。
「約束しよう。エリーゼ殿。其方を生涯私はお守りしよう。其方を泣かせる輩は殲滅する事を約束しよう。」
「有難うございます。」
やったわ。ゴットシュレスト大将軍を落としたわ。
こうして、エリーゼはゴットシュレスト大将軍と婚約する事になったのであった。
本来ならば、王宮で小さくなっていなければならないレストニアス公爵派閥。
しかし、エリーゼは婚約者のゴットシュレスト大将軍にエスコートされながら、堂々と歩く。その後ろに付き従うは同じ派閥の令息や令嬢達だ。
王家と縁続きになり、大きな顔をしていいハバネット公爵派閥。
しかし、エリーゼ達が王宮の廊下へやって来ると、皆、慌てて道を開ける始末で。
なんせ怖い。ゴットシュレスト大将軍の持つ迫力が怖すぎる。
カレント王太子もミルーシアを連れて、王宮の広間へ入場して来るも、二人の姿を見かければ、広間の端へひぃっと言って逃げる始末。
エリーゼはゴットシュレスト大将軍と共に、広間の端へ逃げたカレント王太子とミルーシアに挨拶をした。
「ごきげんよう。王太子殿下。ミルーシア様。わたくし、婚約致しましたの。こちらのゴットシュレスト大将軍様と。」
真っ青になったまま、カレント王太子は祝いの言葉を述べる。
「お、おめでとう。婚約したとは…ハハハハハ。めでたい…」
ミルーシアも震えて。
「おめでとうございますわっ…だから、近づかないでっ。」
エリーゼは扇を手に持ち、オホホホホと笑い。
「いくらわたくしの大将軍様が素敵だからって、そんなに緊張してはいけませんわ。」
ゴットシュレスト大将軍が叫ぶ。
「喝っーーーーーー。」
「「ひいいいいいいいいいっーーー」」
二人はあまりのゴットシュレスト大将軍の迫力に腰を抜かしたようだ。
ゴットシュレスト大将軍はダンスを踊らないので、派閥の令息や令嬢達を交えて、皆で楽しく談笑する。
ゴットシュレスト大将軍との婚約を皆、祝ってくれた。
彼は見かけによらずとても優しくて…
紳士で…エリーゼの事をとても愛してくれる。
幸せだった。
エリーゼはどうか、この幸せがずっと続きますようにと、愛しい人の顔を見上げ、
そう強く思ったのであった。
後にエリーゼはゴットシュレスト大将軍と結婚をし、沢山の子供に恵まれ幸せに暮らした。
カレント王太子は、国王になってからも、ゴットシュレスト大将軍の迫力にいつも怯えていて、腰抜け国王として、国民に馬鹿にされたという。
ミルーシアは王妃になったものの、贅沢三昧をして国民の税金を使いまくった為に、
レストニアス公爵派によって、断罪され、牢獄へ入れられた。
それにより、ハバネット公爵派閥は力が衰え、レストニアス公爵派閥はゴットシュレスト大将軍の元、更に派閥力を増したと言う。