『焦耗戦争』
悲しい。勝つためとはいえ、相棒が。
勝利と共に俺はあの牢屋に戻されていた。端末を触ると格納庫に回収されていた残骸のリストが表示されている。勿論ほぼ全損、ただシステム系統の重要な部分は頑丈らしく故障を免れているようだ。脚部も比較的損傷は低め。
とはいってもすべて修理が必要である。間違いなく出費は酷い事になるだろう。まあいい機会だと思っておくか、あの2段ジャンプみたいな新機構やってみたいし。
端末の右上には現在の所持金が表示されている。
『1,702,422』
まず残り所持金を全額賭けた結果が180万。オッズは4倍のはずなのに、と思いきや俺が賭けた額によりすこしずれてしまったらしい。そして賞金が10万円。さらにスクラップ回収費用で-20万円。……そこも金取るのか、賞金よりも高いじゃねえか。
だがこれにて外出権の購入は可能になった。あともう一回戦えば……という考えもあるがこのままではじり貧だ。なんせ利子が一日100%なのだから、ここらで何とか情報が欲しい所である。
最高の結末は眼鏡先輩から金を借りられること。ただしこの状況だと厳しそうであるため代わりに打開策を教えてもらう、というのが最も適当だろう。まあその仕事をするのにも金が必要になるかもしれないがその時はその時だ。
そう思いながら外出権を購入し、やっぱApollyonの修理費用見てからにするべきだったのではと残金10万円程度になってしまった現実を見て思う。まあどうしようもないのだが。
解除すると共に牢屋自体が動き出し、しばらくしてジーっと電子錠が解除される音がする。扉を開けるとその先はまたいつも通りの無機質な通路であった。ただしこの辺りは比較的使用されているようで埃が道の中心にはほとんどついていなかった。
「で、集合時間はあと30分か。急がないとな」
集合場所は商業区画4-22。この街では工業区画、商業区画、居住区画と上から三層に分かれている。今いるところは同じ商業区画3-11、かなり近くであったことに安堵する。部屋から持ち出してきた端末を操作しマップを起動しながら俺は足を前に進めた。
『マップ使用料:5000円』
「ふざけんなよ!?」
少し足を進めると直ぐに商店街らしき区画に当たる。商店街といっても現代のようなものではなくそれこそ2000年代の教科書に載っていそうな街並みだ。駄菓子屋と豆腐屋があったみたいな話は聞いたがそれと似た雰囲気を感じる。その背後には豪奢なホテルや専門店が並んでいた跡も見えるが今は誰も立ち入っていないようであった。恐らくこの状況を見ると運営できる人間も客もいなくなった。というところだろう。
だが一方で全く異なる点もあった。その最たるものが取り扱っている商品だ。床は機械油にまみれ奇怪な色の電灯が辺りを照らしている。足元を神経部品のスクラップらしきものが転がっていった。周囲にはかなりの数の人々がいて皆暗そうな表情をしている。陥れるような陰険な暗さではなく前のVerのような絶望と諦めを抱えたような、そんな表情。
その中を突き抜けようとスリに注意しながら前に進む。メインはスクラップ屋でありこの辺りは改造人間用の装備をメインとしているようだ。そういえば紅葉はここにきているのだろうか。数日前にも『HAO』に誘われたがまた社長権限で強化をしているのかもしれない。……もしログイン制限かかっていないのなら今度一緒に来てもらおう。というか一番金を借りるべき相手であったかもしれない。
そう思っていると背後から周囲の雰囲気と反した、妙に明るい声がする。
「へい兄ちゃん、例の物売ってるけど興味あるかい?」
人込みの中で背の高い20代くらいの男に肩を組まれる。何だ、と思って振り返ろうとすると俺の首元に金属の冷たい温度がしみ込んでくる。改造人間だ、この男は。
だが警戒する俺を他所におっとすまんと男はすぐに身を引く。ん?放してくれるの?脅すとかじゃなくて?
「本気で戸惑ってんのか、もしかして兄ちゃん噂のプレイヤーかい?あの過去の人間だとか人造人間だとか噂されている」
「ああ、そうですよ。ってなんで人造人間なんて呼ばれてるんですか?」
「だって急に増えたからよ。ここの乗船者じゃないのにいきなり現れたらそりゃそう思うさ。で、実態はどうなんだ?」
「過去からの人間が一番近いですかね」
実際この世界が2060年という設定であることを考えるとあながち嘘ではないだろう。そう思って答えると驚いた表情で男は手を叩き、そしてすぐに顔を近づけてきた。
「なら説明しとくか。ここの商業区がどうなっているかわかるか?」
「えっと、取引をするところですか?」
「違う、それなら端末使えばいいだろう。ここにいるということはシステムを介さない取引をしようとしているんだ。例えばこれよ」
男はそっと腰からフラスコのようなものを取り出す。透明なそれの中には真ん中まで同じく透明な水が入っており揺れている。体がそれを求めているような感覚が少しだけした。
「脱法水だ」
「脱法」
「おう、飲食が可能な物質についてはシステムに管理してもらうのがこの船の法だ。だがそんなことをしていた結果があの価格だ。プレイヤーの増加で需要と供給のバランスが崩れて値段が吊り上がっちまったわけだ。食料を必要とするものが数千人数万人増えたらそりゃそうなる。俺たちはそれを適正な価格で卸しているだけなんだがなぁ。ああ、値段は2Lで5万円だ」
思ったよりも安価である。そう思って聞いてみるとシステムから提供された水を長期間飲んでない場合違反を疑われアウトになるらしい。そのためシステムから完全に逃げる人々以外はあまり多用できない、という事実が需要を下げているようだ。因みに作り方は企業秘密とのこと。……概ね予測できるが聞きたくない所である。
取り合えず餓死は避けたいので2L購入する。因みに支払いは本来は現金なのだが今回はシステム経由で、金属片を買い取ったと偽装して送金を行っている。入金を確認した男は毎度アリ!と元気そうに声を上げた。本当に用はこれだけだったらしく上機嫌に立ち去っていく。だからその去り際の言葉を俺は適当にスルーしていた。
「また今度会ったら教えてくれよ、俺が物心つく前、『焦耗戦争』以前の世界の話をさ!」
売人の男
2050年時点では12歳。物心ついたころには『焦耗戦争』が始まっていた。オレンジの顔を知っていても良いはずだが……?