獣人
レイナが『HAO』のために家に帰るのを見届けてから俺も『HAO』にログインする。
『アップデートが実行されました。現在所持しているAPが生産されていないため代わりのものを選択してください』
・ホライゾン社製局地運搬用量産型AP(EU)
・ガリゾーン社製高機動量産型AP (ロシア)
・RE社製廉価版量産型AP (アメリカ)
・鋼光社製重装甲運搬用量産型AP(日本製)
……完全に運搬専用マシンばかりである。少なくとも量産型APは本当にトラック代わりとしてしか使われていなかったようだ。なんとなく縁を感じたので鋼光社製APを選択する。選んだ理由として戦闘を想定してそうだから、という理由もあった。
選択した瞬間ここ2日を過ごしたいつものプライベートエリアに移行する。背後には見慣れない分厚い装甲を持つAPが鎮座していた。RE社のものと基本構造は一緒であるようだが重量増加のためか関節部がより強化されている。もっとも気になるものは全身を守る分厚い装甲版たちであり巨大な壁のようになっていた。
「これ壊れ方変だな、足元から攻撃を受けたのか?」
そしてそれらの装甲は主に正面と下の部分が破損していた。正面は何かの打撃を受けたような跡なのだが下側はおかしい。融解しているというか吸収されているというか、銃や剣ではありえない傷である。
それ以外の部位は前回修理したところは直っていた。恐らく状態は引き継いでいてこの傷は装甲が広がったことではっきり見えるようになったのだろう。
「さて、こいつを直すために今日も頑張るか!」
プライベートエリアから足を踏み出す。そういえばサービス開始から丸二日経っているにも拘らずここから出ていないとは一体。自分のプレイスタイル、もしかして変なのかな……と思っていると視界に光が入ってきた。
『大きなドームの中に始まりの街、旧大阪市は存在した。ドームは街の酸素濃度と日光を調整し人間がこの時代でも住める環境を維持し続けている。だがプラントを整備する技師も素材もなくなっておりあと20年でこの街も危ないだろう』
酷い世界観である。プライベートエリアを出るとそこはさびれたビル街。空を薄暗い膜が包み地面は異様な傾きを見せている。昔の街並みの面影を残してはいるもののアスファルトは軒並みひび割れており崩落した先に今は使われていないだろう地下通路の闇が覗く。
「お、いたいたオレンジ君」
「レイナか、ってほんとそのままだな」
「大丈夫、獣人は白髪と碧い目固定だからリアルでもこんなに美人だとはだれも思ってないさ」
「自信満々だな。じゃああれか、リアル顔コンビになってしまったわけか」
「まあ君の方はマスクで顔が半分隠れてるから知り合いじゃなきゃ気づけないよ」
そして俺を待ち構えていたのがレイナだ。プレイヤー名もそのままレイナ。種族は獣人を選んでおりボディスーツのような戦闘服で全身を覆っている。その他はリアルそのまま、といった様子であるが唯一違うのはいつもつけている帽子がなくそこには獣耳が生えていることであった。
『獣人はロシアにて遺伝子改造という方面から生み出された強化人間である。低酸素下での活動能力、機械に頼らない探知能力は破滅後の人類生存に大きく貢献した。彼らは区分として三世代に分けられる。
・第一世代……2002年に開発された試作型。上位の改造人間をも凌駕する性能を誇るが個体ごとの完成度の差が激しい。半分は5年以内に死亡する一方40年経っても性能劣化が見られない個体も存在する。
・第二世代……2022年に開発された完成系。改造人間を圧倒するレベルの最高位の身体能力と知能を保有している。ただし制御ができないと判断されたため小ロットしか製造されていない。2035年に第一世代と組んで反乱を起こした。
・第三世代……2040年に開発された量産型。身体能力と知能をある程度まで抑えることに成功。これにより制御が容易となった。プレイヤーや周囲にいる獣人の大半はこの第三世代である』
設定が長い。2050年に破滅とやらが起きるという話を考えると第三世代は少年兵的な立ち位置だったのだろうか?
レイナはどうよどうよと言わんばかりに耳をピコピコさせる。が乗せられるのがなんとなく腹立たしかったため敢えて別の話に持って行った。
「ステータスはどんなもんだ?ボーナスかかるって話は聞いたけれど」
レイナは笑みを変えないが耳が少ししぼんだ後「うーん、普段よりかなりスペック低いね。第三世代の子大変だっただろうなぁ」とよくわからない言葉を漏らす。まだ中二病みたいなこと言ってやがる、という俺の目に気づきひらひらと手を振った。
「はいはいゲームの話だね。まあかなり高いと思うよ。パワーは旧人がパワードスーツを装着したのと変わらないくらい、ただ旋回性能とか機動性で上回る代わりにガトリングマシンガンとかの重装備ができない、保有できるアイテム数が少ないのが難点かな」
「じゃあ序盤最強なのかこれ?」
「うん、改造人間や能力者も強いけどゲームシステムの理解が必要そうなのに対してこっちは素で強いからね。確か市外の敵を初めて倒したのも獣人だよ」
レイナが足をトン、と叩く。彼女の姿が音と共に大きくなったかと思うと次の瞬間に俺は背中と首元に温かさを感じていた。「どう?」とレイナは耳元で囁く。その甘い様子にドキッと……するわけねえだろ何だその速さ!!!
首元に回った手を振りほどこうと力を入れる。が一向に外れる様子もなく。手袋の金属部が突き刺さるくらいに手に力を入れているはずなのにその素肌は赤くなる気配もない。理不尽極まりない話である。
「ナイフくらいじゃまず刃が通らないよ、いやでも三世代の子ならもしかして……」
「耳元でしゃべり続けるなくすぐったい!」
「ふーっ」
「ギャーッ!」
トドメの一撃と共にようやく解放される。旧人と獣人の身体能力の差を見せつけられる結果となってしまった。こんなことならあの説明書の代わりに初期装備でパワードスーツを入手しておくべきだったかもしれない。そう後悔する俺の前にもう一度回り込んだレイナはいたずらが成功した悪ガキの笑みを見せる。
「で、何か言いたいことがあったみたいだけど」
「……耳、似合ってます」
「よし」
レイナはそんなに?と思うくらい不自然に上機嫌になった。絶対にやり返す、と俺は心の中で固く誓う。こうして目標に獣人を倒せるパワードスーツを買う、が追加されましたとさ。
ちなみに今は2040年です。
あとレイナは実力の割にはインターネットで有名ではありません。というのもソロプレイかつ順位争いにあまり興味がなかったので。唯一西部劇のゲームは勝率がそのまま順位になるため異常な奴がいるという認識が広まっていました。が過疎ゲーだったし爆殺毒殺ラッシュを始めるアホがいて結局、という感じです。むしろオレンジ君は複数個所でやらかしているため彼の方が有名ですね。