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19. キルクール先生誘拐事件

(アーシャ視点)



 今日は二葉亭の休日なので私は外出だ。今日もシロムさんに教えてもらった料理店や、カンナさんに教えてもらった衣料店や雑貨店を回る予定だけど、まずはいつもの様に神殿を訪れ最奥にある供物の間に足を進める。(とう)さまと念話で話をするためだ。偶には連絡を取らないと(とう)さまが拗ねるからね。


 供物の間に到着すると、私は他の人達に倣って祈りのポーズをする。実は供物の間といってもここは供物の間の前室だ。本当の供物の間は前方の扉の向こうにあり、神官長もしくは神官長が許可を与えた者しか入室できない。もっとも(とう)さまとの念話なら前室で十分だ。


 この場所で(とう)さまと念話が通じるのは、供物の間が亜空間を通じて聖なる山と繋がっているからだ。だから供物の間からは(とう)さまの神気が常に漏れ出している。ここで祈りをささげた参拝者の中に身体の調子が良くなったり、目が見える様になったりする奇跡が起きるのもそのためだ。(とう)さまの神気と親和性が高い人に奇跡が起きるわけだ。


<< (とう)さま、久しぶり。>>


<< おお、アーシャ! 元気か? 寂しい思いはしてないか? まだ帰って来んのか? >>


 私が元気なことは千里眼で見て分かっているだろうに......


<< 私は元気よ。あと10日くらいで戻るからね。私が任された国だものじっくり見ておかないと。>>


<< カルロの様に念話が出来る人間が見つかったと言っていたではないか。だったらとっとと戻って、知りたいことがあれば神域からその人間に聞けばよいじゃろう。>>


<< 残念でした。シロムさんが神官になるのはまだ少し先よ。>>


<< じれったいのぉ。何とかならんのか? >>


<< なりません。それじゃまたね。>>


<< おーい、もう行くのか? 早すぎるぞ......。>>


<< あ、そうだ。ひとつ聞き忘れていた。もうひとつの供物を捧げている国だけど何か変わりはない? >>


<< あれか....最近祭壇の数がひとつ増えたな。それに動物の血なんて過激な物を捧げ始めた。どこかの悪魔崇拝教団の真似かもしれんな。いずれにしろ私はもともと人間と直接関わるつもりはない。この町が例外なのだ。お前の母さんのために人間の助けが必要だったからな。>>


<< 了解。それを聞いて安心したわ。それじゃね。>>


<< それだけか? 薄情な娘だ。>>


 << これでも(美味しい料理を食べるのに)忙しいのよ。話は帰ってからゆっくりとね。>>


 何か言いかける(とう)さまを無視して念話を切る。御免ね、返ったらじっくり話を聞いてあげるから。


 神殿を出たところでシロムさんからの念話が届いた。もっとも例によって独り言だ。


<< どうしょう、どうしょう、どうしょう......。>>


 かなりパニックっている。


<< シロムさん、何かありましたか? >>


<< アーシャ様!? 助けて下さい、キルクール先生が攫われました! >>


<< 落ち着いて、何があったの? >>


<< 昨日から帰宅していないらしいのです。キルクール先生が無断で外泊するなど考えられません。事件に巻き込まれたとして警察庁も捜索しているのですが、足取りがつかめないらしいです。>>


<< シロムさんは今学校ですよね。私と合流することはできますか? >>


<< すぐには無理です。僕は最後にキルクール先生と話をした人間らしくて、警察庁で事情聴取というのを受けに今から神殿に連れていかれます。>>


<< そう.....。シロムさんのクラスメイトは動けるかな? キルクール先生を探し出すためには先生を良く知っている人の協力が必要なの。>>


<< クラスメイトですか? クラスメイトは下校するように言われていますが....。でもアーシャ様の正体が....。>>


<< そんなことを言っている場合ではないかもしれないのでしょう。>>


<< ......ありがとうございます。お願いです。キルクール先生を助けてあげて下さい。>>


<< 任せなさい。今姿を消して学校に向かっているの、クラスメイト達に人目に付かない場所で待っていてくれる様に伝えられる? >>


<< 分かりました。教室で待つ様に伝えます。最上階の西の端の教室です。>>


<< 了解。>>



*********************



「マーク本当に御子様が来られるの?」


「僕に聞かれても困るけど、シロムが真剣な顔で言ったんだ。御子様が僕達の助けを求めているって。あいつがそんな冗談を言うとは思えないだろう。」


「私はシロムさんを信じるわ。もう少し待ちましょうよ。」


 開け放してあった窓から教室に入ると学生らしき3人がそんな話をしていた。この子達がシロムさんのクラスメイトで間違いなさそうだ。


「お待たせしました。私が神の娘、アーシャです。シロムさんのクラスメイトの方達ですね。」


 3人の前で透明化を解きながらそう口にすると、3人とも驚きの余り口が大きく開く。


「み、御子様! 失礼いたしました。シロムのクラスメイトのマークと申します。」


マークと名乗った男の子が優雅な動作で跪き頭を下げる。


「カ、カーナです。」

「カリーナです。」


と女の子たちも慌てたようにマークの後に続いた。


「頭を上げて下さい。シロムさんからキルクール先生の救出をお願いされました。あなた達の助けが必要です。ちょっと怖い思いをするかもしれませんが宜しいですか?」


「もちろんでございます。なんなりとお申し付けください。」


とマークが即座に返してくる、この子は肝が座っているな。


 カーナとカリーナからも承諾を得た。


「あなた方にお願いしたいのは、キルクール先生のイメージを心に思い浮かべることです。 そのイメージを元に私がキルクール先生の居場所を探索します。でも申し訳ありませんが場所はここではありません。高い所が苦手な人がいたら今の内に謝って置きます。御免なさい。」


 そう言って全員で手を繋いでから、身体を透明化した。もちろん私だけでなく全員の身体を透明化する。この状態で今から空に上がる。手を繋いだのは少しでも恐怖心を押さえられるかなと思ったからだ。


「キャーーーーーッ!」


 窓から外に出た途端にカーナが悲鳴を上げる。やはり周りに遮音結界を張って置いて正解だった様だ。


「カーナさん、大丈夫です絶対に落ちないと保証します。」


「ひ、ひゃい。申し訳ありません。」


 泣きそうな声が返って来た。御免ね.....。でもマークはもちろんカリーナも意外に平気そうだ。上空に上がるにつれて広がる視界に、


「すごーい!」

 

と嬉しそうに感嘆の声を上げている。


「アーシャ様、シロムはいつの間にアーシャ様に助けを求めたのですか? 僕達はずっと一緒にいたのです、そんな時間は無かったはずです。」


 マークが疑問を口にした。


「私とシロムさんは心で話が出来るのです。」


「それって、預言者.....。」


カーナが独り言の様に口にする。


「すごい! シロムさんは預言者様なんだ。」


カリーナが嬉しそうに言う。


「そう言う事です。秘密ですよ。」


 そんな話をしているうちに町全体が見渡せる高さまで到達した。


「それでは皆さんお願いします。キルクール先生の姿を心に思い描いてください。」


 私もキルクール先生には会ったことがあるが一回だけだ。毎日先生の授業を受けているこの子達の方が鮮明に色々な先生の姿をイメージできるはず。そして神官候補生ならそれを私に届けられるはずだ。


 しばらくすると期待通り3人3様のキルクール先生のイメージが送られてきた。私はそれを基に千里眼で先生を探す。神殿をスタートとして、神殿街、下町と順に探して行く。もちろんこの町からすでに連れ出されている可能性もある。その時は少々手間取ることになるだろう。


 だが私の心配は杞憂だった。下町の一角にある大きな建物の中にで先生を見つけた。縛られて閉じ込められている様だ。


「見つかりました。あの大きな建物です。やはり誰かに攫われた様ですね、縛られています。」


「縛られているんですか!? なんて酷いことを!」


「あれはアリム商会の建物です。色々な国で手広く商売をしている商会です。あいつ等が?」


「今から助けに行きます。一緒に行きますか? 私と一緒なら危険はありませんよ。」


「もちろんです!」

「はい」

「先生を助けたいです。」


 全員の同意が返って来る。私は高度を下げながらアリム商会の建物を目指す。近づきながら千里眼を使うと、キルクール先生は窓のない部屋に閉じ込められていて、部屋には見張りと思われる人達が3人いる。


 建物の窓から中を覗き込むと、中には書類仕事をしている人達が5人程。他にもこの建物には沢山の人が働いている様だ。中には無関係の人もいるだろうけど.....。


 御免! と心の中で謝ってから神力を使う。途端に建物に居たキルクール先生を除いた人達を強烈な眠気が襲う。窓の内側の人達も机に突っ伏した。


「建物に居る人全員に寝てもらいました。後は先生を助け出すだけです。」


 そう言って、神力で窓のロックを外し部屋の中に侵入して透明化を解いた。全員寝ているはずだから姿を見られる心配はない。


 そのまま廊下にでて、先生が閉じ込められている部屋にたどり着く。扉のロックを解除して中に入ると、キルクール先生は椅子に座った形で縛り付けられており、先生の前には机を挟んでひとりの男が突っ伏していた。


「キルクール先生! 助けに来ました。」


 カリーナが叫び、マークが走り寄って先生を縛っているローブを解きにかかる。


「あなた達! どうして?」


「御子様に同行したんです。」


「シロムが御子様に先生をお助けする様お願いしてくれたんです。」


 キルクール先生は束縛から解放されると、すぐにこちらに振り向いた。


「アーシャ様、私の様な者を助けに来て下さるとは感謝の言葉もございません。」


「礼はシロムさんに言ってください。私は彼の願いに従っただけですよ。それより私はこの子達を連れて戻りますので、先生はひとりでここから逃げ出したことにして近くの兵士の駐在所に駆け込んでください。大丈夫です、この建物に居る人達は全員眠らせています。」


「か、畏まりました。」


 それから私と子供達は再び身体を透明化して、上空からキルクール先生が近くの兵士の駐在所までたどり着いたことを確認してから学校に戻った。


 後でシロムさんから聞いた話では、あの後アリム商会はキルクール先生を攫った容疑で全員拘束され、商会の建物には強制捜査が入った。どうやらアリム商会はガニマール帝国からの依頼で今回の凶行に及んだらしい。先生を尋問していた男がガニマール帝国の軍人の身分証を身に着けていた。


 もちろん全職員が関与していたわけでは無い、犯罪に関与した証拠が無いものは疑わしきは罰せずのこの国の司法の方針に従い釈放された。最もアリム商会はこの国での認可が取り消され、他国から来て働いていた幹部の人達は全員この国を出なければいけなくなったけれど。


 先生を攫った理由は、神官から神に供物を捧げる時の秘儀について聞き出すためだったらしい。やはりガニマール帝国は、いくら供物を捧げても神から何の反応も無いことに焦りを募らせている様だ。


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