第肆話 遅疑逡巡
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作品内に含む
地名、歴史は現実と一致させています(1部抜く)
人物、出来事、病原体には現実と一切関連性は御座いません。
実際のプリオンをベースにしていますが、現物とは無縁です。
※1部で異なる場合があるのであとがきに記載します。
※稀にブラックジョークを含みます。
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朝日が春風を呼び、心地よい。
少し冷えた指先を母の手のように包む。
少し欲を言えば固めのパンが欲しかった。
レオはふわふわしたパンより数日放置した硬いパンの方が好きだ。特に理由はない。
まだ違和感を保っている喉と、飲んだ薬には少し疑わしい。
どこからか漏れた濁った水溜まりを通り、
赤黒い液体を一滴垂らし、
少し濡れた靴底で、
遠くに見える店の看板を見ながら進んだ。
もの数分で着いてしまった。
いつも、昨晩だって一時間はかかったはずだ。
同じ道を同じ歩幅で歩いたはずだ。
周りをあまり見ていなかったからズバリとは言えないが、なんとなく確証は着いたかもしれない。
靴の中が濡れている。
左足の靴を脱ぐと確かに少し重く、逆さにするとポタポタと少しづつ濁った水滴が落ちてくる。
勿論変えの靴はないので仕方なく履き戻した。
手を少し叩くとドアノブを回し、奥へ押した。
「....ぁっあれ?」
ドアは抵抗した。
ただ鍵が開いてないだけだ。
それもそうだ。いつも10時くらいにくるのに何故か朝日は顔の横を照らしている。
レオは少し息を吐くと、鞄の中を漁り始めた。
紙やペンを横に動かし、内ポケットから古い布に包んだ鍵を取り出す。鍵穴に刺して左に回した。
また布に包み、ちゃんと内ポケットに閉まってから、ドアノブを回し、奥へ押した。
これといって問題はない。
いつも通りの落ち着く店だ。
日差しが入り、窓のある席のテーブルが少し暖かかった。
荷物を置こうと店の奥に進むと、カウンターに立てかけたモップがあった。
「モップ.......?あっ昨日俺が掃除もしないまま帰ったからガスパルさんがやってくれたんだ...........。」
自分のやるべき事を放置し、他人に任せたことにレオは申し訳なくなった。
レオはモップを取り、置き場へ持っていった。
ついでに鞄をフックにかけると、液体が垂れていることに気づいた。
鞄の底から溜まった赤黒い液体が、大粒を床に垂らしている。
「あれ!?!?なんで!?ってなんだこれ!?あぁぁ俺が盗ったやつかぁ......なんで盗ったんだ..........ってかなんで垂れてるの!?ちゃんと包んであったはず.............。」
レオは手をあたふたさせながら鞄の中から包み紙を取り出した。
端から赤く滲み、レオの手の中に液体が溜まっていく。
液体で引っ付いた消臭剤は真っ赤に染まり、使い物にならない。
紙を少し開くと、生きた心臓が血液を出すような肉が見えた。
幸い薬で食欲は出なかった。
とにかく気分が悪くなるこの匂いをどうにかしたかった。
手に溜まる血を指の間からポツポツ落としならが周りを見渡した。
レオの目に止まったのは、木炭の山だった。
大きな木箱に余るほど敷き詰められた木炭は、一個一個もかなり重く、また別の特有の匂いを感じた。
他を探すより早く手を洗いたい。
真っ赤になった右手で木炭の山に深い穴を作り、中に埋め、覆いかぶせた。
そして慌てて厨房の洗面器で手を回し、擦り、血を排水口へ押し流した。
少し水の着いた手で赤くなった木炭を擦り、綺麗になったら、下段の木炭の木箱と入れ替える。一応昼間はバレないだろう。
物置にある小窓の側にかけといた雑巾を濡らし、絞り、テーブルを一つ一つ丁寧に磨いていった。
稀に映る自分の顔が、自分ではないように薄々感じていた。
水を吹きかけてボヤけるのが更に理性を表すようにも感じた。
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掃除途中にガスパルが店に戻り、仕込みを始め、丁度11時に外のドアに掛けた看板をオープンの面を表にした。
もの数分で客の入りは進み、覚えのある顔から初めて見る顔もいる。忙しすぎず、暇過ぎず、接客から皿洗いまで時間を無駄にせず動いた。
空席が減って行く中で、レオはカウンター席近くの1席を気にしていた。わざと空けているので空席だ。他の席より珈琲豆の香りが強い。
それに昨日も来ていた中年の男性が話し相手を連れて来ている。今日は窓越しの席だ。新聞1部を2人で顔を寄せ見せ合い、小さい文字と写真を指で追っている。稀に微笑めば顰《しか》めた。
昨日が愚痴が多かったが、今日は機嫌がいいのか嫌気の刺すような事は言わなかった。
「手前失礼します。赤鯖のクリーム煮込みです。」
「あぁどうも。置いておいて。」
新聞を折り畳むと、内容の考察を話し始めた。
政治や国際関係などレオは知らなかった。寧ろ知りたくもない。どうせ人種間の迫害や差別が結論だからだ。
なら感染も原因は人間関係だろうか。
久々にそんなことを考えたら、数ヶ月前の空襲と銃声と悲鳴と歓声を思い出した。どれも忘れたいなんて今を生きる人は誰もが思っているはずだ。
13時近くになると、客も店を去っていった。その途中でいつもの人が来た。
「やっほ〜レオ〜空いてる〜?」
「あぁこんにちはフリス.......さん........」
日常が続いてたレオは途端に思い出してしまった。
今朝自分が殺されかけたことを。
「どした?何かにあたった?」
「...ぃえいえ。特にありません。いつもの席、空けて起きましたよ。」
「そう?」
あたったと言うなら色々当たっていた。
まだ靴が濡れている不幸と、店にレオが残したバゲットの残りを食べたら少し腹にあたった事だ。
フリスは特に表情を曇らす事無くカウンター近くの席に座った。
「あの、フリスさん。」
「ん?」
「失礼かもしれませんが.....煙草吸いました?」
「煙草?もしかして臭う?」
「.......少し。」
レオは昔の貧乏癖で嗅覚が人並み以上に優れていた。慣れない臭みと刺激する感覚には特に敏感だった。
「ん〜僕は吸ってないけど、多分周りの人達かな。なんか偉いって思ってる人ほど吸わない?」
「.....まぁ.........知りませんがそうなんですね。店に影響のない限り大丈夫です。」
フリスは自分でも気づいたのか珍しく上着を脱いだ。
そして数日前の新聞を取り出し目で追った。
レオはフリスが鞄に手を伸ばす度に緊張して、丈の長いズボンを強く掴んだ。彼がどこまで人の理性がないのか知らないが、最悪この場でなにかされるのも知った上だからだ。
いつの間にかフリスへ運ぶキッシュは焼き上がり、持っていく準備も整っていた。
何か言われるのではないかと口の奥で焦りが溜まる中運んだ。
「失礼します。ラードンのキッシュとオニオンスープです。」
「ハイハイどうも〜。」
レオは立ち退くのを何故か恐れた。
するとそこをフリスが察したのか、話してくれた。
「昨日も出してくれたこのスープ、味付けが薄すぎず濃すぎず、風味も安心感があってフランスの良さが感じられるよ。」
「.....ァっありがとうございます。」
褒めてくれたはずが、焦って頭を下げて場を去ってしまった。
14時近くなると、客はもうフリスと1人の男性だけとなった。男性は今日初めて見る客で、珈琲の一杯をゆっくり飲んでいる。
だが眉間を見る限り、味わっているようでは無さそうだ。
レオは溜まった洗い物を片付けていた。
耳には食器の重なる音と金属を動かす音しか聞こえなく、何故か、もの寂しくなった。クラシックなどかけてみるのも気分が落ち着くのではないだろうか。
すると奥の方で椅子を引きずる音が聞こえた。
レオはきっとあの男性が帰るのだと思い、注文表を持って行った。
「失礼します。お帰りでしょうか。」
「あぁそうだが。」
男性の声は胸焼けたような声をして、少し健康体よりは貧弱そうに見えた。
「ではこちらお会計の方を..........」
「あぁ?金ぇ?払うわけないだろ。」
「.........?あのですが、こちらの食事(珈琲一杯)を貴方が注文して全て頂いて貰ったものなので...........」
このセリフは全てガスパルが教えてくれた決まり文句のようなものだ。その他にもレオは対処法を色々教えてもらった。
大体忘れてこれしか覚えていないが。
「周りが美味い美味い言うから態々来てみたけどよ、店の雰囲気は安定しないし、何故か煙草の匂いするし、珈琲は苦すぎるし____」
「あの召し上がった珈琲は一般家庭でも使う豆で......」
「あぁ!?なんだよ文句付け足すんじゃねぇよ!!!言うならもっと質をあげてから言いな!!!」
レオは自分が咄嗟に言った付け口を後悔した。そして文句に文句を言ったことも後悔した。
「それに『家庭用』だぁ??そんなものをビストロで売るんじゃねぇよ!!そんな肩書き捨てちまえ!!!!」
「あの.....ですが......」
「なんだまだ文句言うのかあぁあ!?!?」
男性はレオの注文表を持った右腕を掴み、手首を逆へ傾けた。
それにレオは抵抗するが、見た目の割に相当力があった。痛いのはそうだが、店で揉め事になるのはごめんだ。レオはこのまま帰らせ、自分の財布から儲け金を出そうと考えた。1番平和......安全だ。
ガスパルはカウンターに腰を下ろし、新聞を片手に持ちながらこちらの様子を伺っていた。だが止める気はない。
レオの親としても、店をかけてでもレオに抵抗をさせたかった。
男性はガスパルの存在に気づき、1度目を見開く。容姿だけでも圧倒的にガスパルの方が強そうだからだ。
だが手を出さないと気づいたのかレオにかける圧力を強くした。
レオの指先は小刻みに震え、冷えていく。
利き手が使えなくなるのは不便だ。
それに首が酷く痺れる。
「ぁ........ぁのすみま......せん.........お支払いは結構ですので.................」
遅疑逡巡している間に誰かが入店した。
後ろから小さな音でドアの掠れる音と、ベルの音が鳴った。明らかに加減している。
「あぁそうか?じゃあ俺がここに来たってことも白衣の連中には言うんじゃねぇぞ?言ったら俺の部下が.........」
手を緩めた男性の腕に、更に大きい手が掴んだ。
離された自分の手を触るレオはそっと見上げた。
「すみませんねぇ〜お客さん?不味いってだけの理由で自分から交渉した契約を破棄するのはどうかと思いますよぉ?」
腕を掴むその力は、そのまま骨を折ってしまいそうな程強く握られ、男性は歯を食いしばって涙目になっていた。
「_____っ離せよっ」
「飲食も貿易の契約と同じ。食う者は金を出し、食事を出す者は金をもらう。破るのは犯罪になるんだぞ?こんな細い胴体しやがって。砂でも食ってたのか??」
煽り口調で男性の腕を引きちぎろうとする赤髪の男は、明らかに周りより胴体も大きく強そうだ。
「あぁ!?うっせぇよ!!大体お前勝手に入ってくんな........よ..........」
男性は見上げると、顔が青くなり、溜まってた涙が流れた。その顔は銃口を向けられた人同然だ。
「......ぇっ.....ぁ.....ぁあの.........」
声が震え、足元も衰えていた。見たところ財布も小銭も持っていない。
「............ぅうぁああああああ!!!!!」
腕を離されると叫び声と共に店を出てしまった。代金を支払わないまま。
奥でガスパルは無表情で厨房へ戻った。
「あっ.....お金.............。」
「あ?金??あぁそれで揉めてたのか。」
赤髪の男はズボンのポケットの中を漁り出した。
「ほら、3フランだ。余ったら自分の手持ちにしときな。」
レオの痺れた右手を無理やり取り出し、手の中に硬貨を置いた。
レオは自分の手のひらに硬貨を重ねないように広げた。
1枚に指を置いて何度も数えた。
4の数が出るのは数え間違えだろうか。
赤髪の男性はフリスの前にある椅子に肩を下ろし、何か話していた。
「あっレオ〜ちょっとこっち来て〜」
フリスが微笑みながら手首を折り曲げてレオを招いた。
招きに応え、レオはフリスの元に行った。
フリスはレオが来ると立ち上がり、赤髪の男性に手を向けた。
「この人はリアム・ホワード。この国の軍隊の一部を指揮している僕の義兄だよ。」
首を上げなければ顔が見えない程背丈の高い男性だ。
あまり見かけない赤毛で、容姿から猛々しい気迫を感じる。それに軍人なら肌離さず持っていそうなライフルなど掛けていない。
「あ?此奴がか?」
フリスと比べると明らかに低い声にレオは背筋が固まった。見上げた首を動かすことも恐れ、上からの鋭い視線だけで殺されそうだ。
固まるレオと目を合わせると、リアムはフリスに問いかけた。
「此奴が今朝言ってきたバケットの奴か。」
「........え?」
レオは声に出る程困惑した。
確かにバゲットは好きだがフリスにすら言っていない。そもそもこの情報を先に言うのか。
「いやバゲットなんて僕言ってないよ〜ただ新しい特殊感染見つけたから電話したんだよ。」
有頂点で口を軽々と動かすフリスにレオは慌てて手で辞めるよう色々動かした。
客はいなくともすぐ近くにガスパルがいる。レオでも感染者なら追い出すに決まっている。
それに軍人であるリアムが真横にいる。この頃感染者を殺すことくらいしかしていなさそうな人の前で宣言したら殺されるに違いない。店内でもだ。
「どうしたどうした?手のひらに何か付いたの?」
「いや.......!ここでそんな事言わないでくださいよ!!!だってこの人に殺される.........」
「あぁ心配するな。殺しはしない。」
レオは動揺が収まり、同時に頭に「?」が次々と出てきた。
言っていることも不思議だが、さっきの脅しとは別の雰囲気の声質だからだ。大差はないが、緩みがかかっている。
「リアムも特殊感染者で、今朝あの後僕が電話して事情を言ったんだよ。あとこっちの方が何かと感染者とかに詳しいからね。」
レオは一先ず殺されずに済んだ事に安心した。
だが疑問しか出てこない。
感染者を駆除する軍人が感染者?もしレオと同じ苦しみがあるなら他の感染者にも同情すらしないのか。「思いやり」などまだ戻っていないのか。
「あぁあれか。バケットじゃなくて『剥ぎとれ』って言ってたのか。」
「いやここに来てって言っただけなんだけどね。」
「あれ?」
頭がふよふよしている間に転々と話が転がっていた。殆ど聞いていない。
「あぁ。で?お前名前は、あるか。」
「......ぇっあっ......レオです.......。レオ・フォスター..........」
「そうかレオ。俺はフリスの紹介の通りだ。お前にはヘマしなければ何もしない。」
「.........はい」
無駄口のないよう、簡潔に返答するレオは、仕事を思い出した。こちらにガスパルが向かってきたからだ。
「っあすみません!!今持ち場に戻ります!!」
背中を仰け反り、慌ててエプロンのポケットに入れていた台拭きを取り出した。
「あぁ大丈夫だ。今日は出入りが多かったからもう休んどけ。さっきの客のカップも戻しておく。」
レオは止められ、静かに椅子に腰を下ろした。
「それより、今日なんだか不健康そうじゃない?寝不足か何か?」
「そんなところだ。昇進したと思えば書類ばっか出してくるんだよ。これなら死体処理の方がまじだったなぁ〜」
2人は完全に肩の力を抜いている。
店で堅苦しい雰囲気になるよりは構わないが、フリスがいつもより顔がとろけている。
2人が談話している間にガスパルはレオに折りたたんだ小さい紙を渡した。
要件の書いた面を内側にして。
にしても、随分馴れ馴れしい話し方をしている。
「あの.....少し良いでしょうか。」
「ん?」
「お2人はどういった関係なのでしょうか......?」
賑わっていた会話が水に流されたように静まった。レオは空気が悪く感じ、背が固まった。
大人2人はしばらくポカンとし、フリスは天井を見上げ、リアムは頭を抱えた。
「え〜〜っと難しいね。」
「あっあのっ.....その.......すみません何か複雑な関係だったようで.........。」
「いやいや意外と安易だ。省略すると育てた親が一緒なだけで、生まれも育ちも違う。それだけだ。」
「育ての親が同じで育ちの場所が違うってことですか?」
「そうだね〜色々あるから名前は伏せておくけど、その人は『養子』をよく引き取っていたらしくてね。一応ちゃん血の繋がった子供もいたよ。でもまぁ引き取る時期も場所もバラバラだったから、親は同じだけど育ちは違うって感じかな。あと大体は爆弾とかで吹っ飛んだよ。」
「.......はぁ、爆弾.......ですか。」
「レジスタンスだったんだ。だから戦場ではないが、他国にもよく乗り込んだから次いでに吹っ飛ばされたんだろ。」
レオは養子については共感を持てそうだった。
自分も養子であるからというのと、戦火に怯えていたのはよく身に染みているからだ。
だが爆弾、空爆についてはあまり理解は出来なかった。
空爆機なら何度も飛んでいるのは見たが、周りに危害は今まで見なかったからだ。それに、空腹で無気力な状態で死体に埋もれる方が余っ程辛く感じる。事実、生き地獄だった。
安心して会話を進めていると、ガスパルが向かってきた。話から繋げると改めて思った。この人は本当に器が広い。
「これは国軍の......。我が祖国をお守り下さりありがとうございます。」
ガスパルは関心を持った態度で深深と頭を下げた。
本人の口から聞いた話だと、昔に何度か命を助けられたらしい。
「んーまぁ今は休憩みたいなものですしそんな下げないで下さいよ。こいつの連れだと思って接して下さい。」
大人というものは顔以外に声も多く持っているのか。リアムの声はさっきの会話より雄々しい感じだ。
「先程は本当にすみませんでした。自分でも対処はできたのですがレオに任せようと考えてまして。」
「えぇっあっ.....すみません無力なもので......」
「まぁまぁ、考えに間違いはないですよ。レオは無力なんじゃなくてただ人との会話が少し乏しいだけです。」
こればかりは全て当たっている。人に心を開けない自閉症。話かけるなど容易では無い。
それにあの男よりレオは力があったはず。
感染しているから。
「すみませんガスパルさん......。」
「ん~反省したいなら何か仕事でも頼もうか。」
ガスパルは顎に手を当てた。
「なら2人に詫びとして珈琲でも入れないさい。」
「........それでいいんですか?」
「ならいつもより誠意をもってやりな。」
柔らかな口調でガスパルはまた厨房へ戻った。
その後を追うようにレオはカウンターヘ向かおうとした。
「あー珈琲かぁ.......」
リアムの気の乗らない声が入った。
「苦手.....でしょうか?」
「そうだなぁ〜いつどこでも俺が飲んできたのは全部地下水道みたいな味がするんだよ。だから水かワインしか好まないんだよな。」
「そうですか.......それじゃあ代わりにワインを.....」
ワイン棚に手を向けるレオにフリスが口を挟んできた。
「あーいいよいいよ。珈琲2つで。」
「えっでも口に合わないって.......」
「リアムは飲んだことないんだよ本物を。だからここの自慢の豆で馬鹿舌を治さないと。ね??」
フリスはあざけるようにリアムに目線を向けた。抵抗するようにリアムは冷たい視線を向ける。
口だけで不仲なのかもしれない。
レオは少し頷き、気を引き締めるためにエプロンの紐をキツく結び直した。棚に手を当てながらいつもの豆を探す。
少し目が悪くなった気がする。
スペインのトマト甘くないらしい。




