きりさめ
最終電車を最寄り駅で降りて改札へ向かって階段を下りていくと階段の踊り場の所に何かが落ちていた。
「なんだべ?」
終電で降りたのは自分一人だった。自分以外には誰もいない駅。外には霧が出ていた。
駅構内は電気が付いていたが、自分の為だけの照明だと思うと少し恥ずかしい気持ちがあった。だから足早に改札に向かっていた。んで、自分が出たらもうすぐにでもシャッターを下ろしてもらいたい。そういう気持ちがあった。客なんてものはいなくなった方がいい。その方が終業作業的なものもはかどるだろう。自分がいつまでも駅から出ないからそれが遅くなって、帰りが遅くなって、明日も仕事があるだろうに。朝からあるだろうに。
余計な仕事だってない方がいい。例えば酔っ払いが寝てて起きないとか、ゲロ吐いた後があるとか、痴漢を捕まえましたとか、トイレで死んでる人がいますとか。
終業時にそんな面倒な事あったら大変だ。とても大変だと思う。
だから火急に駅から出たかった。
そんなメンタル状態の時に、足早に改札に向かってる時に、階段の踊り場で何かを見つけた。
「なんだ?」
近づいてみてみると布切れだった。汚れた布切れ。ブサブサになってちぎれたような布切れ。ところどころに汚れがある。
この汚れって・・・。
血?
「があっ!?」
そう思った次の瞬間、左肩から胸の部分にかけて強烈に痛みが走った。
見ると何もいないがその場所に霧が集中して集まっていた。何だこいつ。そう思ってる間にも痛みは激しくなる。この痛みが幻な訳がない。幻想な訳がない。前から後ろから食い込んでくるような痛み。何かに噛まれてるような痛み。激痛。
反対の手で霧に触れると見えないけど、目では認識できないけど、でもそこには何かがあった。霧が形を伴っていた。
「まさか・・・」
鮫?
鮫じゃん?
サメみたいなものが噛みついてるじゃん?私の左肩から胸の部分にかけてがっつりきてるじゃん?
今も昔も鮫にまつわるB級映画というのは存在する。マニアじゃないけど、でも夏になるとdTVとかHuluさんでもサメ映画特集みたいな事をするから、その存在は知ってる。特に昨今シャークネードなどに代表されるような今までなかったサメ映画も沢山ある。
ゾンビだったり、お化けだったり、陸地を泳ぐサメだったり、知能が高いサメだったり、頭が二個とか三個あったり。
そんな中にこういうのももしかしたらあるかも。
霧の中にサメ。
きりさめ。
サイレントヒルみたいなの霧の中にサメ。
「ぎいいい!」
痛みが大きくなった。私の肩から胸にかけてを食べようとしてるのかしら?不利な状態から右手を振り回す、何かに当たった拍子に肩にかかっていた圧迫が遠のいた。痛みが和らいだ。
サメが離れたみたいだった。
「げえええええ」
そう思った瞬間私はその場に吐瀉した。
あまりの痛みに体が反応したみたいだった。自分でもコントロールできなかった。吐瀉が止められなかった。意識外から急にやってきたみたいなそんな吐瀉。さっき食べた牛丼が細かくなって足元に広がった。
駅員さんごめんなさい。余計な仕事をごめんなさい。おがくずを使っていただくことになりますけども。
「うぶー、酸い」
でも、今はそれじゃない。
サメ。
きりさめ。
何でサメは離れたんだろう?
さっき手を振り回した際にもしかしたらロレンチーニ器官を叩いたのかもしれない。サメの鼻っ面にある器官だ。そこを叩かれると嫌がるとか前なんか見たことある気がする。
「あーあ」
左肩から胸にかけて血が出ていた。
でも、ワニ映画のクロール狂暴領域の主人公とか父親とかも多少の血、痛みは構わなかった。あとステイサムさんも大きかろうが何だろうが構わなかった。
「ぃよし来てみろ、ぶっ殺してやる」
サメがこの野郎。予算ねえ映画程度の小せえサメがこの野郎。
心の中にステイサムさんを思い浮かべた。カバンからペンを取り出した。
生きて帰るぞ。私は生きて帰る。
そんで、
「この話を夏ホに出すんだ。駅でサメに襲われた荒唐無稽なこの話を出すんだ」
絶対に出す。
だから今死ぬわけにはいかない。
きりさめだろうが何だろうが、来てみろこの野郎、目にペンぶっ刺してやる。そんでロレンチーニ器官もぎ取ってスマホで写真撮ってインスタにあげてやる。
右肩から腕を伝って血が垂れている。足元に広がったゲロが血に染まっていく。
ステイサムさんどうかお力をお貸しください。
どうか。