春彦、動きます。
いじめられっ子だった僕が人生逆転できたのは、とつぜん身に宿ったチートスキル《ドキドキ》を使い始めてからだ。
夢の中のヨボヨボのおじいさんに妙な飲み物を飲まされて、「頑張れよ!」と檄を飛ばされたのを最後に目を覚ましたら、僕はチートスキル保有者になっていた。
チートスキルは、最近、世界中で話題になっている。有名な脳科学者のケンイチロウが言うには、チートスキルは脳に隠された秘密の能力らしい。
チートスキルが覚醒するのは一千万人に一人と言われている。空を自在に飛べるドイツの白人や、未来を言い当てるアメリカの黒人などがメディアに登場すると一躍話題になった。
すでにアメリカやヨーロッパでは公式に存在が認められていて、もし覚醒が発覚すれば国にチートスキル保有者として認定され、そして行動が管理される。なぜならば、チートスキル保有者には、通常ではあり得ない犯罪が可能だからだ。
しかし日本やその他アジア圏ではまだチートスキル保有者が極めて少なく、いまだに「インチキだ」という人もたくさんいて、みんな半信半疑な状態だ。
僕はこの状況を楽しんでいる。僕のチートスキルはとてつもなく目立たないし、発覚もしない。つまりまったくバレていないのだ。
「――ねぇ、春彦くん」
「ん、なんですか、ミユキ先輩」
「さいきん、私に冷たくない?」
「べっ、別にそんなことないですよ」
「……そう?」
僕は今17歳だけど、一つ年上で美人のミユキ先輩と正式にお付き合いしている。付き合ってわずか一ヶ月だけど、すでにミユキちゃんは僕に完全に惚れてしまっている。
周囲の奇異の目線が逆にきもちいい……。きもちよすぎる……
休み時間になると、上の階からミユキ先輩が僕に会いに教室まで来る。かなり急いできて、この間なんか《ドキドキ》の加減を間違って気絶させてしまったほどだ。
ふいに見つめてみる。そして《ドキドキ》を発動する。彼女は胸の鼓動をアツアツの恋だと勘違いする。
「あぁ……春彦くん、なんてかっこいいの……」
「待ってくださいよミユキ先輩、みんな見てるから、あんまりそういうのは……ね?」
僕をいじめていた男たちの舌打ちが聞こえる。女子生徒たちは一斉に首をかしげ、「なぜミユキ先輩はあんな頼りない幸の薄そうな凡人と一緒にいるの?」と、陰口をたたいている。
僕は自分の好みの女性以外は《ドキドキ》を使わない主義だ。だから心底この状況が理解できないに違いない。しかしいまや、僕は学校一のモテ男として君臨している。
――くっくっく……はーーっはっはっは!!
僕はこうしてあまたの美少女をドキドキさせて、うまい具合に勘違いさせてきた。勘違いの恋煩い……これは神が幸の薄い僕に与えたもうた最強の能力! 僕はこれでハーレムを作り……いや、世界を支配する……、僕ならイケる……
残念ながらミユキ先輩とはこの一ヶ月で趣味がまったく合わないことが分かり、そろそろ僕から別れ話を切り出そうと思っている。おっと、勘違いしないでくれ。これはもとから勘違いの恋なんだ。だから、勘違いからは早めに覚まさせてあげるのが紳士の配慮というもの。
本気の恋じゃない、ようは、お試し恋愛。いまは恋愛経験を積んでいる時期で、まだ誰にも本格的に手を出しておらず、せいぜい手をつなぐかキスをするかぐらいで自分を抑えている。本命は別にいるのだ……
「――じゃあね、春彦くん」
「うん、それじゃまた」
手をつなぎながら下校した。美人の彼女と一緒に街を歩いていると、毎度のことながら、なんだか誇らしくなるし、不思議な感じもある。
僕はフツメンだけど幸が薄くて、よくいじめの対象にされてきたから、まともに恋愛なんてしたことないし、何もかもが初体験で、実際、ほとんど現実味がない。
しかし最近、ちょっと慣れてきたところもある。少なくとも女性と手をつなぐことで失神しなくなったし、話すときにどもらなくなってきた。
そろそろイケる気がする。もう、僕は立派なイケイケ男子だ! そう思い、うきうきした気分で家に帰った。
――リビングのソファに座りながら、ある女性の写真集を眺め、にやつく。
「……あぁ、かわいいなぁ、バッサーは」
モデル兼女優のツバサさんが僕は好きだ。なぜなら彼女はゲーム好きらしく、そして年上のお姉さんでもある。僕は年上好きで、しかもゲームが好きだし、ぜひ一緒にやりたい。
ちょっと大根役者なところが最高にキュートで、気づけば僕は彼女のとりこになっていた。ちなみに彼女の愛称はバッサーという。
「もう少しで会える……会えるんだ」
バッサーの出演している番組に応募して、「おもしろ一般人」の枠で出演させてもらうことが決まっていた。僕はそこで盛大に、やってしまおうかと思っている。
そう、僕はバッサーに《ドキドキ》をしかけるつもりなのだ……
《ドキドキ》を解除し、ミユキ先輩に電話で別れ話をした。いったん解除してしまうと、とたんに夢から覚め、僕の声にまったくドキドキしなくなる。最初は戸惑われるけれど、だんだん話しているうちに、「なぜこの人のことを好きになったんだっけ?」と正気に戻っていくのだ。
「――先輩、ごめんなさい、急にこんなこと言って」
「……ううん、いいの、私たち、はじめから相性が悪かったんだと思う」
僕単体の男としての魅力は今のところからっきしだから、別れるときは結構スムーズにいく。誰も別れるのは惜しいと思わないのだ。だって、しょせん勘違いだから……
僕は一世一代の賭に出るため、「ダメ元で告白し、大げさなリアクションで砕け散る藤原竜也」というしょうもない一発ギャグの完成度を高めるため、リビングで練習し始めた。
「ずっと前から好きでした、付き合ってください……どうしてだよぉおおおお!!!」
「うるさいわよ、春彦、お母さんドラマ見てるんだから静かにしてちょうだい」
母はせんべいを食べながら屁をこいた。