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百鬼絢爛(骨組み其の弐版)  作者: 赤良狐 詠
第零話 触れ 重ね 溺れた唇
7/7

五日目の朝

 また太陽が昇り、美鬼のいる生活の五日目の朝が来た。今日も彼女は、朝食の準備をしてから、はじめが目を覚ます前に彼の掛布団に張り込んで寝顔を見ていた。


 いつも通りに溺れるほどの口づけを交わしてから朝食を食べにダイニングキッチンへと向かい、家族全員が集まってから朝食を食べ始めた。


「おかわりをいただきんす」


 そう言って彼女は茶碗に昔話のアニメで見たことがある山盛りにしたご飯を嬉しそうに装った。


「美鬼ちゃん今日も良く食べるね」


 にこやかな笑顔を向けながら麗がそう口にすると美鬼は顔を赤らめてしまった。この五日の間に彼女が食したお米の量は30kgの米袋をほぼ二つ、腹に収めたのだった。


「今日も……白いご飯が……美味し過ぎて……す、すいやせん! 食べ過ぎでありんした!」


 美鬼はやけにオドオドとした口長と、どう見ても普通の女の子のような表情を見せた。


「そんなことないよー。だって美鬼ちゃん全然太ってないじゃん。私なんて食べるとすぐに反動が来るからやんなっちゃうよー」


「そうでありんしょうか? お姉様は線の細いしなやかな身体つきで、わっちは裏やしく思っていんす」


「もうお世辞はやめてよー。私これでも気にしてるんだからねぇ―。美鬼ちゃんくらい私も胸が欲しかったけど……」


 っと口にして隣に座っている凛を一度ちらりと見て


「遺伝だからこれ以上は期待できないねぇ」


 っと胸を触りながら声に出した。その言葉にはじめは男である自分がこの話を聞いていることに居心地の悪さを感じ、凛は微笑みながらも


「あらあら? 何か言った麗?」


 っと完全に燃え盛る業火の如き口調になり、すっと麗を見た。


「ん? いやあぁはははは――お母さんの胸は、私より大きいよね……私達を産んだから」


「れぇぇぇいぃぃぃぃ!」


「うぅぅ、ごめんなさぁぁぁぁい!」


 そのやり取りを見ていた美鬼とはじめは、お互いに顔を見合わせて笑い声を漏らすと、そこから凛も麗も釣られて笑った。


 朝一番は必ず機嫌の悪い麗が、ようやく美鬼も混ぜて家族と笑っている姿を見て、はじめは少し安堵の表情を浮かべていた。


 それであっても、最初に目につくのは彼女の額にある朱色の二本の角で、それが彼女を人ではないことを証明しているようで、はじめは嫌な気持ちになる。


「あぁ、話は戻るけど、美鬼ちゃん。気にしないでいっぱい食べて良いのよ。良く食べることは悪いことじゃないから。それに成長期にはいっぱい食べたら胸もきっと大きくなるわよぉ。私達より、ね」


 凛はそう麗の方に槍のような視線を送りながら口にし、美鬼は家長である凜に言われ心から笑顔になり


「お義母様が仰られるなら、遠慮なくいただきんす!」


 っと言って山盛りにしたご飯に、豚の生姜焼きとマヨネーズをタップと掛けた千切りキャベツを交互にパクパクと勢い良く口へ運んだのだった。


「そういえばはじめ、今日も部活を見に行くの? 確か大会が近いから指導してあげてるのよね?」


 油揚げと豆腐にわかめの入ったみそ汁に口元まで運んでいた凜がそう言葉にした。


「ううん、それはもう終わった。今日から顧問の先生が復帰したから、僕が指導するのは昨日で終わり。さすがに二年の僕が三年の先輩まで指導するのは息苦しかったしね」


「しょうがないじゃん。はじーは全国大会一位()()()んだし。引退したの勿体ないと思うけどなぁ」


 そう麗が口にしたが、はじめは


「将来役に立つって思えないし、僕はただ、ずっと剣道をやり続けていただけだから……」


 っと答えた。麗は「ふーん」っと相槌を打ち、何か付け加えて言うことはしなかった。二人の会話が終わったのを見計らって凛が口を開いた。


「まぁ、はじめはずっとそれしかやって来なかったんだし、好きに何でもやれば私は良いと思うわ。


 それにやめたからこそ、新しい何かを見つけるきっかけになる。


 あっ! 


 それより、そういうことだったら、今日は美鬼ちゃんと出掛けてきてらっしゃい」


 凛の言葉に一瞬思考が停止しかけたが、すぐに切り替えて返答した。


「え!? 何!? 何処に!?」


「二人でデートするんだから何処でも良いじゃない? そこを私が口出しする必要性はないと思うけど?」 


 いつもは観音菩薩にも似た母が、今日はどうも西洋の悪魔か、もしくは魔女のような微笑みに見えるのは気のせいではないと思うはじめであった。凛の言葉に美鬼も反応して


「デートでありんすか!? 旦那様と二人で――はわわわわわ――」


 美鬼は先程まであったはずのこんもりした昔話ご飯がすでに喪失しており、新たに装っている段階であった。

 天を見上げ、何か乙女的な想像と妄想をしているであろう気がするのは、頬を赤らめ、ついでに朱色の二本の角が淡く灯っているからに他ならないだろう。


「お小遣いあげるから、今日は二人で楽しんできなさい。せっかくはじめが夏休み中なんだから、出かけないと損だわ」


 そう口にする母は美鬼の反応を楽しんでいるようにしか思えない。溢れる生命の泉の如くやたらにやついていた。そこに姉も加わってしまえば、もう選択肢は残っていない。


「美鬼ちゃんだって、はじめと何処かに遊びに行きたいって思ってるよ。それに人間の世界を見たいだろうし、丁度良いじゃん。行ってきなよ」


 麗からの追い打ちは的を射ていると思った。それに美鬼はあの日以来ずっとこのアパートにいたのだから、外に出たいと思っているのは確かだとも思った。


「クレープに、たこ焼き、カレーパンに、ラ、ラーメン――はわわわわわわ――」


 はじめは美鬼が声に出した食べ物を彼女に食べさせてあげたいと思い、鼻から息を漏らして


「じゃあ、隣町に行こうか? あっちならお店もいっぱいあるし、美味しいラーメンのお店もあるしね」


「おぉぉぉ旦那様ぁ! 愛していんすぅぅぅ!」


 そう言って抱き着かれたはじめは目の前にいる母と姉の温かく見守る眼に攻撃され、頬を赤く染めた。


「美鬼ちゃん、恥ずかしいよぉ」


 それから食事を終えて、はじめがみんなの食器を洗い始めると、美鬼は「おめかしをしてきんす」っと言ってスキップをしながら自室に行った。楽しそうにはしゃぐ美鬼を見てはじめは心の底から、彼女を守っていきたい、そう思ったのだった。

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