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A long-awaited encounter③

「私、かなり前から木陰から見てたんだけど、関係ない一般プレイヤーまでやっちゃうのはやりすぎよ」


「だから?止められるとでも思ってるの?」


「そりゃあ、一回や二回は殺される気で止めるわよ。ヴィオ君も、ちょっとやそっとじゃワタシを倒せないのは知ってるでしょ?」


見てたんなら早目に助けてくださいよ泥しぃさんっ‼︎と、心の中で叫びはしたものの、正直言ってもうそろそろ打つ手がなしだったのでホッとした。


それに泥しぃの言う通り、幾ら対プレイヤー間でのランキング8位と18位、前衛職と後衛職だとしても。泥しぃの実力の片鱗は俺も実際に目の前にしている。魔法職にとっての致命的欠点である、魔法の発動までのタイムラグに関しても十分な距離がある。一方的な結果にはならない筈だ。


お互いどうやら顔見知りだったようで、ヴィオも痛手を負うのは判っているはずだろうにそれでも尚、闘う意思というか俺に対する憎悪に変わりは無い様で、不殺の契をいつの間にか切り替え、初めに使っていた紫の装飾が目立つ方の剣を構える。


「………………」


「………………」


先程より更に張り詰めた沈黙。間に挟まっていた名もなきプレイヤー達に紛れて俺も端っこに移動……したかったんだが、ヴィオは逃す気はないのか離してくれない。おぃ、蜥蜴ちゃん!分離とか出来ないのかよ?


(無理だな。正確にはしたくない、タダでさえ貧弱な体になってしまったのだ。損耗は極力避けたい)



更に続く沈黙。痛いくらいの両者の殺気に逃亡は最早諦め、流れ弾が当たらないようにだけしっかり限界まで距離をとっておく。


さっきの泥しぃの魔法は奇襲、尚且つ俺達を囲う様に打ってくれたおかげもあり、誰もダメージは負わなかった。だが上位プレイヤー同士の戦いとなれば周りへの気遣い等する余裕もないだろう。


泥しぃとパーティーもあの場で解消した以上、当たれば普通に死ぬからな。



先に動いたのはヴィオ。構えていた剣を下げ、目にも止まらぬ速さで切迫する。その速さは、まさに疾風迅雷。雷を纏った鎧がパリパリ鳴る音が遅れて耳に届く。


軌道は一直線。泥しぃが剣やその他武器での反撃をしてこないだろうと踏んだのか、あからさまにカウンターの警戒無しに上段に構えた剣を力一杯振り下ろす。


泥しぃはと言えば、反応こそ間に合い、腕を咄嗟に振り翳された剣を塞ぐ様に挙げているが、杖を持った方とは逆だし、これは終わったか……やはり実力差もあるであろう前衛と後衛の一騎打ちだと距離があっても厳しいか。



「舐めんじゃないわよ」


例えば除夜の鐘。泥しぃの言葉と同時に、ゴォンと鈍く重い、金属を打ちつけたような反響音が一度辺りを震撼させる。見ればヴィオの決して軽くはない致命の一撃を、悠々と右手一本で受け止める泥しぃの姿があった。


彼女の掌の周囲には白くて解りづらいが何らかの細かい字や模様がびっしり書き込まれた、魔法陣らしきものが浮かんでいる。特にこの間の装備と変化はなさそうなので、タネがあるとしたらこれか。


しかし流石というか何というか、俺が受け止めた事に驚いている間も、さも当たり前かのようにヴィオは動き続けている。先に泥しぃに斬りつけた右手の紫の剣とは逆の、青紫の剣が泥しぃの腰の辺りから頭上まで斬り上げるように迫る。


「それと後っ!」


突如先程のガード時の音よりも大きいのではないかという声量で、泥しぃが叫ぶ。これにはヴィオも警戒したのか、肉薄していた斬り上げが泥しぃに触れる寸前でぴたりと止まる。


後、後なんだ?


ヴィオも疎ましげにジト目で先を促している。ここで一旦攻撃を止めたのもコイツのいつでも勝てるのだという自信と余裕の表れであろう。


「目線はこのままで聞きなさい。アンタの、真後ろ5番目の木の上、アンタの連れて来た猫トォイがいるわ」


「それが、どうした」


指示を聞いているのか、ただ単に死合う相手から目線を外さないだけなのか、泥しぃを直視したまま話し続ける。


俺も言われた辺りの木の上を見てみるが、何も見えない。そもそも視力は並程度だが5本向こうの木ともなると、感覚的には4.50メートル有るか無いか、その位は離れていて木や葉の陰に誰か居たとしても果たして見えるのだろうか。


「わざわざ私がアンタ達に割って入った理由よ。一連の事は猫トォイが生配信していたわ」


「…………チッ、あの野郎」


野球選手、それも投手。彼等の投げる球は年々更新されて来てはいるが、一度でもバッティングセンター、今で言うとバッディングも出来るダイブゲームなんかもあるな。やった事があればわかるであろう。


テレビや映像で見るより実際に感じる速さ、迫力は段違いだ。150キロのピッチャーマシーンと初めて向かい合った時には恐ろしさすら感じた。


その世のピッチャー顔負けどころか、ボロ負けの恐るべき速度で体ごと捻れたのかという位に、向かい合っていた泥しぃから急速反転するとそのままの勢いで言われていた辺りの木に、御薬袋さんを葬った際の雷の槍のような魔法か、スキルが更にスピードを増して投擲される。


ほぼほぼ一瞬で着弾すると、ボテ、ボテと中肉中背の、雷で焼かれたのかボロボロの黒衣を纏ったプレイヤーが落下してきた。


「……クソッ、あの腐れ野郎がっ‼︎」


ヴィオの怒りは矛先を変え、落ちたプレイヤーに向かって飛び掛かる。中々距離があったはずだが一息で間合いを詰め、剣がボロボロのプレイヤーを更に真っ二つに切り裂いた。


いや待て……真っ二つ?欠損表現は無い筈じゃ……。


『あっはっはっははっぁぁ‼︎い〜〜ぃスクゥープ‼︎生配信でした‼︎【聖騎士ヴィオ、本性は拷問フェチのイカれ野郎⁉︎】』


真っ二つになったプレイヤーの体は虹では無く、黒い粒子のように霧散し、代わりに居所のはっきりしない籠った高らかで下世話な笑い声が辺りに響き渡る。


「猫トォイっ‼︎っこの、裏切り者がぁっ‼︎」


『おやおやおや、裏切りなんて心外です。元はと言えば貴方が!慣れ合うつもりはないと仰っていた気がしますが〜?』


煽るような声色、ここまでの凶暴性を目の当たりにしたのにも関わらずヴィオに対する恐怖心が無いのか。はたまた確実に攻撃されない自信でもあるのか。


事情はよくわからないが、仲間割れ……なのか?生配信がどうとか言ってたが、WAOの生配信機能で放送されていたって事か?


こっそり掲示板や他プレイヤー同士の情報共有ページを呼び出せば、確かに【急上昇!】や【お勧め】欄にはこの生配信であろうものがしつこく上がっている。


「ねぇ猫ちゃん」


『これは泥しぃの姉さん、どうもどうも』


「どうも、後で話があるわ。私達のギルドハウスはわかるわね?」


『勿論勿論、貴方達程のギルドハウスがわからない筈ないでしょう……では後程』


ヴィオは未だ興奮し、声の主人に悪態を吐きながら威嚇し散らかしているが相手からはこれきり返事は無くなってしまった。


何が何だかわからないが、この生配信をひっそり行なっていた第三者のお陰で怒りの矛先が少し逸れてくれたようだ。


いつの間にやらヴィオが黄衣の蜥蜴を掴んでいた手も離し、拘束から解かれていることに気づく。すかさずサッと距離を取ると、流石に二人には気取られる。


「あっ、お前っ⁉︎」


「ヴィオ君!」


とっくに殺気も引っ込んでいたヴィオがまたもや俺に飛びかかる寸前、泥しぃがヴィオの腕を掴んで静止させる。


跳ね除けるかと思いきや、2、3言会話を交わすと大きく深い呼吸を幾度か繰り返し、肩の力が抜けた。距離を取ったとはいえど奴にとっては有って無いようなものだ、内心また冷や汗が滲み出していたもんなんだが。


「……おい、クソ兄貴」


「な、なんだよ」


「…………ゲームだから、なんて思わないことだな」


は?どういう、いや、ゲームってかヴィオ=紫乃なのはわかった!現実だろうさ……だからってなんでこんなに。


色々疑問と焦燥ばかり過るが、ヴィオは待ってはくれない。恐らくファストトラベル用のアイテムを使ったのだろう、淡い光に包まれたかと思うとそのまま光の柱と共に遠くの方へと飛び去っていってしまった。


「……はなだちゃん」


「あ、泥しぃ」


呆然と立ち竦んでいると、残っていた泥しぃが近寄ってくる。特に怪しい気配は無いが、あの後だからか自然と少し身構えてしまう。


そんな俺の緊張を読み取ったのか大丈夫よと手を振ってくれる。


「はなだちゃん、先ずはごめんなさい。ウチのギルドメンバーがかなり迷惑を、かけたわね」


「あぁ、いや、迷惑ってか……え、同じギルドだったのか?」


「まぁね。別に公表してる事だけど私は余り大会とかには参加しないから、殆ど運営みたいなもんだしね。知らないのも無理ないかも」


一連の後だからか人目があるからか、一緒にボスを倒していた時の泥しぃの快活さは翳りを見せ、代わりに酷く落ち着いたしっかりした女性に見える……その格好以外はね。


「それで、ここじゃなんだから私達のギルドハウスに来て欲しいの。はなだちゃんは勿論、まっ白ちゃんと、新しいお友達……というかあれ柴鴨th、よね?」


「そうだよ、アタノールで一緒に活動してる」


「そう……兎に角、3人一緒に、出来るだけ早急に来て頂戴。場所ははなだちゃんのチャットにマップの位置を送っておくわ」


ピコン、と脳内にチャットが届いたアナウンスが入る。確かめると、泥しぃとのチャット欄にギルド【ミスフィット衛星】のギルドホームの位置が記載された文が表示される。


幸か不幸か、アタノールにあるようだ。今でこそだが、あのヴィオが加入しているほどのギルドをまぁまぁヘビーユーザーだった俺が知らなかったという事は、余りプレイしていなかった間に急成長してたって事かな。若しくは秘匿していたか。


「来たよ、了解。じゃあ、また後で」


「うん、私は先に帰るわ。色々準備もあるしね」


脅威が去ってすっかり肩の力が抜けていたのか、泥しぃがファストトラベルしていくのを黙って見送り、ぽつんと取り残される。


ふと、周りを見渡せば野次馬達が好奇の目で俺を取り囲んでいるではないか!そうだ、二人してファストトラベルしたし、御薬袋さんと柴鴨thはキルされて多分一つ前の【ジ・ラタ】に戻されたはず。


よって、騒ぎの中心人物的には俺しかいなくなったわけで、生配信の件もありかなりの人数が集まっていた。うへぇ、やな感じだなあ。






「あ、はなださん達ですね!マスターから話は聞いてます、少々お待ちください!」


そう言い残し、受付にいた彼は豪華とは言えないが非常にモダンな色調の邸宅の奥へと消えていく。


ギルド【ミスフィット衛星】のギルドハウス。ギルドハウスを建てるともなれば、かなりの人員、資金、勢力を持ったギルドの表れであり、ギルド活動をするプレイヤーからすれば一つの到達点でもある。


豪華絢爛に対外的なアピールする者が多い中、ここは少し控えめな印象が持てなくもない。しかし一級品なのは確かで、インテリアからBGMまで雰囲気も洒落ている。


「は、はなださん……緊張して来ましたね!」


「……けっ、そうですかぁ?私的には顔も見たく無い奴らの集まりなんですけどね」


「まぁ、なぁ……どっちもわかるわ。後多分胃が痛い」


現実でも多分胃痛が起きているはず、ストレス。スガナダでの騒動の後、野次馬にコイツなら色々聞き出せると思われたのかしつこく質問責めにあったり、嬲られていた俺を心配するフリをして近づいて来ようとする失敬な輩の相手だったりで辟易していた。


おまけに相手をしている最中に【ジ・ラタ】で合流した二人が駆けつけてくれたのは良いものの、柴鴨thは俺が今度は野次馬に何かされていると勘違いして(あながち間違いでもないか)暴れ散らかしたフォローをしたりで、大人ってしんどぃーな。


「お待たせしました、此方です」



受付君が戻り、奥へと案内される。胃痛の原因はもう一つあるんだが、紫の君、俺の妹、ヴィオだ。


ここは泥しぃがマスターを務めるギルドであり、ヴィオが所属するギルドでもある。外よりも他プレイヤーの視線がない分、治外法権が許されるのもギルドハウスの利点とも言える。


つまり出会い頭に首が飛ぶことも折り込まないといけないわけである。まぁ実際にはこのゲームでは首は取れないけどね。


「此方です、僕はこれで」


「ありがとうございます」


律儀にお辞儀をして去る受付君と、お辞儀仕返しているこれまた律儀な御薬袋さんを横目に深呼吸一つ、気合いを呼び戻す。


目の前には【マスター】と描かれたプレートが付けられた、高級感を感じる扉。後は野となれ山となれ、か。


二人して当事者なんで、という目線で促してくるもんだから、仕方なく俺が扉を叩く。こういう場合は目上の部屋になるのか?考えても答えは出ないので無難に3回、2回はトイレじゃなかったかな。


「入ってー」


中から先程聞いた泥しぃの声が、呼ばれたわけだから当たり前なのだが、とりあえず知っている声で安心した。


見た目に反して軽々開く扉に拍子抜けすると、飛び込んできたのは所謂温室。至る所に植物の鉢やなんなら丸ごと木が生えている場所も有り、幻聴なのか鳥の声まで聞こえる気がする。


ギルドハウスは基本的には建築の段階である程度の規模が決まる。現実では当たり前だが、購入、建築後の増築や建物内の内装替えには相当な金額と手間が掛かるというゲームの癖に、謎に凝った仕様なのだ。


従って建築前の資金繰りは当たり前だが、内装もある程度実現可能になってから取り掛かるのが定石だ。しかし、この部屋の広さを考えると、どう見ても広すぎる。


今開いた扉から泥しぃが居る部屋の中央部、若草色の高級感漂うテーブルセットの所まで、目視でも50メートルほどは裕にある。だが外観から部屋の規模を想像していた限りでは精々20メートル四方あるかどうかだった。


これは所謂魔改造ってやつですね。読んで字の如く、魔法やアイテムの効果で無理やり空間そのものを弄っているのだろう。



それはさておき、現実逃避がてら部屋の品定めをしてみたものの現実は待ってはくれない。泥しぃは確かに此方を向いている椅子に腰掛けてはいるが、左隣の椅子には普段身に纏っている聖銀色の鎧は脱ぎ去って、ラフなインナー姿の、ヴィオだ、ヴィオがいる!


「このっ!」


「待って!」


俺の後ろから入って来た柴鴨thが、正に動物的な反射操作でインベントリから鉤爪を取り出した辺りで泥しぃに諌められる。


ヴィオはといえば隣で俯き加減のまま、押し黙ったまま。武器を取り出すどころかインベントリをいじる様子もないので争う気は無いという事だろう。


「先ずは皆んなで座りましょう、いいわね?」


「……わかったっすよ」


俺と御薬袋さんは最早抵抗してもどうしようも無いので流されるまま、柴鴨thは超絶渋々といった表情で二人に向かい合うように並べられた椅子に座る。左右に御薬袋さん、柴鴨thを置いて俺がセンター、何の有り難みもない。


「では、先ずはあんな事があった後にここまで来てくれてありがとう」


「全くっすね!」


「一々目くじら立てるなって……とりあえず事情を聞かせてもらえる、のか?」


話の腰を折る柴鴨thを埒が開かんと制しつつ、ヴィオの方を窺うが視線どころか瞼すら開こうとしない。柴鴨th程ではないが少し苛立ちはするな。


御薬袋さんはというと、初めてプレイヤーにキルされた事で怯えているかと思っていたのだが、どうやらヴィオの魔法かスキルかが速すぎて何が起こったかわからない間に気づいたらジ・ラタでリスポーンしていたらしい。


という事で、どちらかというと今から争いが起きないかとハラハラしながらキョロキョロしている、ハラキョロ。


「……はぁ。はなだちゃん、ちょっとそれは置いといて先にする事があるの」


「する事?」


「ほら、ヴィオ君」


泥しぃに肩を小突かれ、渋々立ち上がったヴィオが此方に、細かく言えば御薬袋さんの方へ歩み寄る。


思わぬ抜擢に身を強張らせる御薬袋さんだったが、眼前まで移動したヴィオは手を出すどころか深く、深く頭を下げていた。


「本当に、すまない事をした」


「え、いや、そんな……ぇぇ」


まさか、いの一番に自分がここまで深く謝罪されるとは思っていなかったのであろう、ワタワタとどう対応したものかテンパっている。ヴィオも頭を下げっぱなしでこのままでは収拾がつかない。


見かねたのか、泥しぃが何やら囁くとそうだそうだとヴィオがウィンドウを何やら操作する。


「君は……まっ白さんで合ってるかな?」


「え……あ、はい、そうです」


「良かった。今、君への個人メッセージに取引のお誘いを送ったから開いてくれないかな?」


言葉通り、脳内にアナウンスが来たらしく「来ました来ました」とそれはそれでワタワタする。しかし取引……?


取引開始後もヴィオは何やらブツブツ呟きながらウィンドウを弄っている。誰も動きがないので取引と聞いて、身構えた柴鴨thが俺の背後で殺気立ってくるのがわかる。


「……そこの君。別に騙そうなんてこれっぽっちも思ってないよ。ただ、君達二人をキルした際に奪ってしまったレアアイテムと、ドンをお返しするだけだよ」


「……っすか」


何がそこまでなのかはわからないが、柴鴨thは苦虫を噛み潰したような渋顔で引き下がる。


PKされると所持しているレアリティ【レア】以上の物から数点(数はランダム、装備品は装備中の物は含まないがインベントリ内は対象)、更に所持金の1/3を奪われてしまう。


それが目当てでPKするプレイヤーやギルドも多い。基本街中ではプレイヤー同士のPKは不可能なのだが、今回はヴィオも分かった上でわざわざ街の前で待ち構えていたわけだな。


「えっと……アイテムはこれとこれと……えっ、君」


「はい?」


「全くの初心者だって泥しぃからは聞いてたんだけど……本当に?」


「ちょっとヴィオ君、どういう事?」


見てくれ、とヴィオがウィンドウに映された何某かを泥しぃに見せる。御薬袋さんの所持品、というか俺も含めてだがインベントリにそこまでレアなアイテムを持っていた覚えもないし……なんだ?


「ちょっと、とても始めたばかりの初心者のプレイヤーが手に出来るドンじゃないと思うんだけど……これは聞いてもいいのかな?」


あ、返すのは返すよ、と先に送金も終わらせたヴィオ。泥しぃも単純に興味があるのか、特に諌める様子もない。


御薬袋さんはというと、急に矛先が向いたからか美形の騎士に詰め寄られてかは判らないが、助けを請うような視線を必死に此方に投げかけてくる。


「あー……実は俺がエリアボスから【魔技能書】ドロップしてさ、柴鴨thに頼んで売ってもらったんだ」


「……」


「そっかぁ、まぁ二人はまだプレイヤーオークション参加できないものね」


ヴィオはどうやら俺の発言に関してか、そもそも俺自身なのか、完全に無視する事に徹しているらしい。実は先程から攻撃の可能性は低いと見て、視線で色々訴えたりもしているんだが見向きもされない。


まぁだが対面抜刀じゃ無いだけマシか、何が怒りの琴線かがわからない以上、最早存在する事にすら怯えを感じるレベルだからな。


「……んー、まぁこれについては納得しといてあげるわ……なんではなだちゃんの物を売ったドンがまっ白ちゃんに丸っと渡されているのとかね」


「ん、んんー?ま、まぁね、俺無欲だからさ」


ねー。け、決してお金を持てない状態なわけじゃないんだからね!……とは言え、薄々理由があることは勘付かれてるだろうな。


【呪胎】に関しても泥しぃに聞けば何かしら情報が手に入るかもしれないが、不正アクセスに対する制裁っぽいのと、単純にユニーク関連に繋がる可能性もあるので、今はまだ秘匿しておこう。


もう少し呪胎の様子がおかしくなれば大きめのギルドや、有力なプレイヤーに聞いて回るのも視野に入れているけどね。


「……じゃあ次は、えー、柴鴨th、で合ってるかな」


「……そっすね。本当に、眼中に無しってやつが相変わらず腹立つっすね」


ヴィオは何のことやらわからない表情で柴鴨thの悪態に困り果てているが、暫く柴鴨thと行動していてわかったことがある。


典型的な負けず嫌いで、超しつこいタイプである。恐らく、これまでにランキングを決める大会の時や個人的に決闘でも申し込んだりしてボコボコにやられているのでは無いだろうか。


「ヴィオ君、彼女はソロプレイヤーランキング11位の柴鴨thよ。少し前まで新進気鋭のギルドにいた筈よ……最近見ないわね?」


「知らないなぁ……何て言うギルドかな?」


「いや、もういいっす。サッサとアイテムとドン返してください」


見兼ねた泥しぃが補足してくれるものの……ん?ランキング11位⁉︎マジか、そりゃあ強いわけだよ。


相変わらず記憶の隅にすら残っていないヴィオは強者故なのか……いや、アイツは元から人の事覚えられない奴だったからな。こうして話していると更に、紫乃の片鱗が垣間見えて複雑な気分だ。


噛みついてもびくともしないことに諦めたのは柴鴨thの方だった。すごすごと取引画面を開き、手続きを済ます。ごめんね、と泥しぃがフォローしているが、逆にプライドを傷つけるだけなような気もする。


そして……、二人が終わったのだから当然次は。



「……じゃあ、はなだちゃん。本題ね」




「それで、ヴィオ。何でそんな執拗に俺の事を狙うんだ?俺何かしたか?」


「…………はぁ?……っづぁあ、もうっ!」


一旦落ち着きを見せていたヴィオが、徐々に怒気を纏った呼吸に変わる。分かった、分かったから理由を教えろ下さい。判らないんだからどうしようもないでしょうに。


相変わらず直ぐ抜刀しようとして泥しぃに後ろから抱きついて止められる。


「こらっ!これ以上ややこしくするならヴィオ君でも追放するわよっ!」


「……っ!」


あの時割って入った際よりはマシだが、幾分か大きな声で追放と言われたショックか、ヴィオはその刃を収める。


奴にとっての判断基準がよく分からないが、少なくとも恨みを買う事をしたのだろうな……いやでも、【ヴィオ】とは初対面に近いし【紫乃】とはここ1年は確実に会ってないんだぞ?どうやって何かしろと?


「はぁ、全く……とりあえず、こんな調子で申し訳ないけれども話を進めるわね。先ず前提として、私やギルドは貴方達二人の私怨に関しては関与しません。勿論ヴィオ君は大切なサブマスターなんだけれど、プライベートをよく知らない私達が首を突っ込む事はないわ」


「……あぁ」


ヴィオも今話を聞いたのか、黙って頷いている。言ってる事はご尤もだがこれは俺には不利だな。さっきみたいに泥しぃからの助け舟はこれ以上期待出来ないわけだ。


「ただし、さっきの一連の流れを猫トォイに配信されたのは不味かったわ。私達はギルド的にも大所帯、リアルの世界からもスポンサーが多数付いてくれているのだけれど、何組か契約に関しての問い合わせが来てるの」


「まぁ、イメージダウンは避けられないだろうな。あんな騒ぎになったんだから」


「正にそうね。いいことヴィオ君!私達の一挙手一投足が私達を支援してくれる方々の評価にも繋がるのよ、覚えておきなさい」


「あぁ……それについては本当にすまない、泥しぃ」


言い方こそフランクに話しているが、多分泥しぃやそれこそヴィオ、もとい紫乃にしてもマスタークラスともなればスポンサーからの支援で食べていける位には稼いでいる筈だ。


それが一部だけだとはいえスポンサー中止となればギルドはダメージを負う、しかもここで活動する事を俺達と似たり寄ったりな【仕事】とするならば、上司である泥しぃや仲間達の給料まで危うくさせたわけだ。


本気で反省しているのか、ヴィオの勢いはかなり削がれ、意気消沈……しかし企業イメージだけで言えば泥しぃの格好はそれで良いのか?……良いのか、良いな、うん!


「で、はなだちゃんには悪いんだけど私達のイメージ回復というか、スポンサーに何かしらのお返しをしなければヤバいので、ちょっと付き合って欲しい事があるのね」


これよ、と一枚のチラシが手渡される。本当に、この時期には何処にでもあるチラシだ。なんせ発行しているのは運営、WAOそのものだからな。もっと言えばウチの会社。


「【PvP限定ランキング決定トーナメント】、ですか?」


隣で覗き込んでいた御薬袋さんが物珍しそうに読み耽っている。俺と柴鴨thはと言うと、まぁゲーム内時間で3ヶ月定期的に開催されるトーナメントなので寧ろ見飽きたと言っても過言ではない。


そこにいらっしゃるヴィオこと、現在のソロランキング8位のプレイヤー様だが、それも前回開催されたこの大会での成績で決定されている。


具体的に言えば俺達が空百合で働き始めた辺りに開かれた大会の物で、過去のチラシだ。最近なので嫌でも覚えている。関与するとは思わなかったので結果までは見ていないけれど。


「……これは、知っているけど」


「何させるつもりっすか?」


「んー、まぁねぇ。まっ白ちゃんと柴ちゃんはどっちでもいいんだけどね。はなだちゃんにはウチのヴィオ君との私怨解消をお題目に、是非エキシビジョンマッチをして欲しいのよ」


エキシビジョンマッチ、プレイヤーが運営にドンを払えばトーナメント開催時に、大々的に放送や宣伝をして決闘を行えるサービスだ。多くの企業やプレイヤーが注目するので、営利目的で使われる事も多い。


俺が見た事あるものでいえば、元からヒール役とヒーロー役が決まっている異世界プロレスが行われたり、際どい格好の女性キャラのみの衣服にしかダメージが行かないとかいうこれまたギリギリなものだったりと、かなり私的に決闘のルールを変更出来る。まぁ、金を払えばだが。


要は【あの騒動はプレイヤー間での私怨が原因だったので、ギルドは悪くないです。寧ろ盛り上がって行きましょう!】ってのが狙いだろうな。


「いやいやいや!無理、無理だろ」


「無理とかじゃないのよ、やるのよ」


「何でだよ、俺に参加する義務もメリットもないだろ!」


例えどんな設定やルールで決闘をしたとしても、圧倒的な数値と経験値を前にボッコボコにされる未来しか見えない。


レベル、装備、スキルのどれを取っても格段の差がある。天地がひっくり返っても勝つ事は出来ないだろう。それ程までにゲーム内における【数値】というものは非情で絶対である。


「義務は無いけど、メリットならあるわ。さっきも言ったけど、貴方達の事情は知らない。解決に口を挟む気もない」


「それで?」


「いいの?はなだちゃん」


何が?泥しぃの言う通り、俺ですら理由も判らず攻撃されたんだ。泥しぃが今更どうこうして解決するような段階でも無い事はわかる。


何が、いいの?なんだろう。


「ヴィオ君はウチのギルドでも随一に、しつこい男よ」


女だけどな、俺も男か。


「まだ許した訳でなく、この場に居るのも不愉快、私が命令した手前どうにか大人しく居てくれているけど……この後は知らないわよ?」


一度瞬きをし、泥しぃを見る。続けてヴィオに視線を向けるが、在らぬ方へ視線を向けていて視線が合う事はない。だが、時折見せる足を揺すったり、指を小刻みにタッピングする姿はストレスを我慢している事は想像に容易い。


つまりは、あれか。脅されているのか。


「な⁉︎泥しぃさん、汚いっすよ!」


「あら、何が汚いのよ柴ちゃん。私は一度、ギルドとしては止めたのよ。この後、もしあんな公開処刑をしようもんなら別だけど、闇討ち仇討ち好きにさせるつもりよ……また守ってあげたら?」


くっ……現時点で柴鴨thが手も足も出なかったのを見ていた上で言ってやがる。人目に触れないなら攻撃してもお咎め無しって事になったなら、より一層俺に抵抗する術はない。


最悪リスポーンキルやストーキングされて街から一生出られないなんて事にもなりかねない。普通ならそこまで固執するPKプレイヤーなんていないだろうが、リアルでの恨みなら別だろう。リアルでしたら犯罪だからな。


「それで、えっと……ヴィオさんは、はなださんがその大会?に出場すれば許してくれるんですか?」


「……僕がそいつを許す事は断じてない」


つまり出場する事が条件で、勝敗は関係ないと。しかもこの言い分だと、エキシビジョンマッチが終わればまた追われる可能性もあるわけだ、全く厄介な。


そもそも断じてない等と頭ごなしに否定される程の恨みの当てが無く、リアルでの話し合いも恐らく応じてくれないであろうし……詰んだのか、これ。


どうする……俺が動けなくなれば御薬袋さんが困るし、アタノールのスラム問題もある。店も申請しちゃったし。


「あのさぁ、流石に俺にメリット無さすぎじゃないか?泥しぃも罪悪感とか湧かないのか?知らないから、で突っぱねるなんて」


「そりゃあ罪悪感位は持ち合わせているわよ。でも私は部外者だからね、余程悪い事したのね」


「その心当たりが無いんだよ……当の本人は、教えてくれそうにも無いしな」


未だ沈黙。泥しぃが話してみる?と促すが目もくれない。これなんだから話し合いで解決どころか、聞く耳が無いんだ。腹を括るしか無いのか?


「……はぁ。まぁでも、まっ白ちゃんに免じて、ヴィオ君、こうしましょ。エキシビジョンマッチでヴィオ君に一撃でも入れられたら事情を話して、向こうの話も聞いてあげる。もしヴィオ君が負けたら許してあげる」


「負ける?ありえない」


「ならいいじゃない、決まりね」


「……ん?あっ!ちょっと、そう言う意味では……」


「五月蝿いわよ、男ならグダグダ言わないのよ……相手はまだまだ低レベルのか弱……いかはさておき、女の子よ?」


ネナベが仇になり、ネカマが役に立ったな。それでも一撃入れる方で五分五分か、流石に勝つ事は難しいだろうが。


泥しぃに組み敷かれていたヴィオが、怒りの放出をしかねていると、ふと一瞬押し黙り不敵な笑みを浮かべる。アバターを纏っているとはいえ……アイツのあの笑い方の時は碌な事にならない。


「泥しぃ、僕も条件を出したい」


「常識の範囲内でね、エキシビジョンマッチで公表するわけだから」






「勿論さ。今泥しぃが言った条件を呑むかわりに、逆に僕に一撃を入れる事すら出来なった場合は、【アバターをリアルの世界と同期してもらう】」

年明けからアデノにコロナにウイルス祭りで散々でした……厄年ではないんですけどね

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