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A long-awaited encounter②

これ以上ないって位に、静まり返っている。聞こえるのは自分の荒い呼吸と、時折漏れる観衆の声。少し離れたところからは柴鴨thの呻く声が聞こえてくるが、まるで音が消えているのではないかの様に感じる。


混乱している、落ち着け。この状況、恐らくもう大分詰んでいる。俺も柴鴨thもヴィオのスキルの影響か、余りにも長すぎる特殊麻痺により動けない。そもそも動けたとして、次攻撃を防げるとは到底思えなかった。


眼前のヴィオがパッと左手の短剣を空に手放し、短剣はそのままインベントリに消える。代わりに白黒一本ずつの装飾のラインが対になるように、刀身に入れられた短剣が現れる。あれは、多くのプレイヤーが見る事になる。勿論、俺も見たことがある。


【不殺の契】、ある程度のレベルを超えると先のギルドなどでモンスターの捕獲のクエストを受注したり、それこそ御薬袋さんのような魔物使いは条件によってはモンスターを倒さずに弱らせないといけないのだが。それ専用の武器。武器の種類は各種揃えられているので、プレイヤーは一番得意なものを選ぶのだが今は関係ない。


要するにあれで幾ら斬られても、死なない、死ねない。良いことって、まさか……ヤバい!


反射的に体を動かそうとするも、謎の痺れは残っていて指先の一つもピクリともしない。そして気づけば、首元に鉄の感触。スパっと切れることはなく殴打され、そのまま体が虚空に放り出される。


とんでもない衝撃の後、視界が上空に向き、高い木々に成る葉と垣間見える朝方の空。同時に銀の装飾が施された実に聖騎士らしい鎧に、紫色のスキルの光を纏ったヴィオが追いついてくる。


空中でもお構いなしか。斬撃。最早斬撃というよりは、打撃のように感じる攻撃を次は腹部に喰らい、一撃目の攻撃を受け上昇していた俺の体が、今度は真下に叩きつけられる。


「ぐっふ‼︎ぐっそぉ……動け!」


「無理だよ、私の【感電】は弱い奴なら1分は動けないよ」


地面に叩きつけられる寸前に既に先回りして着地し、待ち構えられていたヴィオが不殺の契を、俺の背部に叩きつける。またしても無理やり体が上空に投げ出される。


「ぐあっ!?」


「あはっ、いいね、痛そうじゃん……いやでも、これ怠いな。一回降りてきなよ」


未だ1分が経過していないのか、はたまたその言葉が嘘なのか。兎に角身体は言うことを聞かず、ヴィオに言われるがまま落下し、下で待ち構えていたのかキャッチされた。


側から見れば紫電の騎士にお姫様抱っこされる儚い美少女の筈なんだが、実際には腰の下に獲物がゴツゴツ当てられみじろぎ一つ許可されない脅迫じみたものだ。


「ねぇ、それ、当てつけ?」


「……ぐっ、それって?」


「髪」


そう言ってツインテールになっていた髪の片側を無理やり片手で引っ張り上げられる。もう片方の手も腰から外され、そのまま髪だけ掴まれ、ぶら下がる。


首が急な衝撃にガクつくが、ダメージ判定にはならないらしい。残り1のHPがこれ程までに憎いとは。いっそ、殺して欲しい。


「髪!昔の、あの子の!」


あの子……今の俺の姿的に従姉妹の美耶ちゃんの事か?なんで今?てか美耶ちゃんの事だとしたら……やっぱりヴィオの中身は、紫乃。識守 紫乃、俺の妹か。


考え込んで、黙り込んでいると痺れを切らしたのか掴んだ手を激しく揺すり頭と視界が色んな方向を向く。


「ぐっ、がっ……、み、美耶、ちゃんの事か?」


「……わかってんじゃん、てか気安く人の女の名前呼ぶなよ」


反論する間もなく、応答の為に開いた口に不殺の契がねじ込まれる。口内に巨大な異物がねじ込まれる感覚と、無理矢理押し広げられた痛みに勝手に涙が出る。次いで嗚咽が漏れるが、差し込まれた剣が邪魔で吐くことも叶わない。


呼吸もままならず、視界が明滅する。何か話しているけどぼんやりとしか聞こえてこない。普通なら口に剣が触れた時点でHP1などすぐ消え失せるものだが、不殺の契はそれを許さない、是としない。


次第に脳内アラートが何やらけたたましく喚き、そのアラートに紛れながら黄衣のオッサンの声も聞こえるがどちらもぼんやりとしていて、ハッキリしない。あぁ……でも、これでやっと楽になる。




「ログアウトなんか、させるかよ」


冷水を、背中に流し込まれたかのような。嫌に、はっきり声が聞こえて、口内から喉奥までの異物が無理矢理引っこ抜かれる。現実なら歯の二、三本は抜けよう余りの傍若無人な引き抜き方だが、ダイブ中は悲しいかな、大丈夫だ。


酸欠だった体に一気に酸素が巡り。脳がクリアになる。そして、微睡んでいて薄まっていた恐怖が、プレッシャーが蘇る。同時に嘔吐感が込み上がる。


「おい、ちゃんと聞いてたのかよ……何か言うことは無いのか?」


「がはっ、がっ、ごっ……うぇぇっ‼︎」


「無視してんじゃねぇぞ、ごらぁ‼︎」


話すより先に嗚咽が溢れ出したのも束の間、這いつくばっていた背中に重い衝撃を受け、身体が海老のようにのけ反る。恐らく剣で殴られたのだ。


跳ね転がった所をまたもや両方のツインテールを無造作に掴み上げ、身体を引き上げられる。


「なぁ、お前の、兄貴のせいで!お前のせいで美耶はなぁ‼︎」


左頬に衝撃。切れた痛みは感じないが、最早どうでも良いか。どうせ全部不殺の契だ。


斬撃は喰らえど、掴まれているので吹き飛ぶ事すら許されない。そのままお互いが正面に向き合うように、元の位置に戻る。


「……ぐぅ、美耶ちゃんが、どうじたんだよ?」


「……聞いてなかったのかよ」


聞こえてなかったんだよ!とは言えず、いつの間にか手を離されたのか、地面に仰向けに転がっていた。遅れて右脳が押し潰された感覚を覚える。


「あ、あぁぁぁぁぁぁあぁうぉぉおあお!?」


あ、右側の視界がないや。左側は眼帯で見えず、何も見えなくなり、脳内ではアラートがまたも盛り上がる。


「なんだよ、刺さるんじゃん。でも欠損が無いのがこのゲームで唯一残念なとこだね……なぁ兄貴、なんで生きてるの?」


なんで?なんでってそりゃあ……あれ?なんでだっけ?


余りの衝撃と不愉快を通り越して脳が痒くなる違和感に身体が勝手に身悶えする。とっくに【感電】は解けていたのか、あるいは恐怖からか。


剣の向きが変わった。


「あ、あ、あぁぁぁぁあああ⁉︎」


「おぉ、腹から声出るじゃん、きったねぇ声だなぁ」


眼球が、眼球が押し潰される!脳に、脳に、俺の頭に‼︎


いよいよアラートも限界だ。視界が警告文と共に真っ赤に染まり、じきにログアウトするんだろう。このえも言われぬ感覚ともおさらばだ。





「いい加減にぃぃ、するっすよ‼︎」


真っ赤な世界が、少しずつ色を取り戻す。


頭には異物感は継続してあるが、不殺の契に更なる力を込められる事はなく、すぐ近くで鈍い金属音が何度も何度も起こる。


「……君、意外にレベル高いのか」


「はなださんを‼︎離すっすよぉ‼︎」


「はなだ、ね。君はなんなの、こいつの」


多分、柴鴨thだ。感電が解けて助けに来てくれたのか。二人が話しながら戦闘を続けているのがわかる。


流石のヴィオも、片手が俺に突き刺した不殺の契に割かれているので手が足りないようで、今のところ柴鴨thから攻撃を受けた様な苦しそうな声は聞こえない。


「何って……なんでもいいっすよ‼︎友達とかそんなんじゃないっすか⁉︎」


「……そう」


ずるりと、剣が引き抜かれる。一瞬軽く警告アラートが鳴り響くが、先ほどよりは何倍もマシだ。


視界が徐々に戻ってきて、やはり欠損状態がこのゲームに無くて良かったとしみじみ思う。目の前にはついに、引き抜いた剣で応戦し始めたヴィオと、両の手の鉤爪が緑に発光し、更に巨大化した柴鴨thが、両者共恐るべきスピードで武器を振るっていた。


「……しつこいね、タダの友達のためにそこまでする?」


「あんたがっ!なんのつもりで、こんな事してるかはしらないっすけど!そんなにするなら、同じじゃないっすか⁉︎」


柴鴨thの右手の鉤爪が一際大きくなる、更に強化された一撃は、頭上で受けたヴィオの両足を、地面にめり込ませる。重い衝撃音と、遅れて衝撃に巻かれた砂風が周囲に広がる。


一瞬目を覆うが、再度開いた光景には悠々と一撃を受け止め、不規則にゆらゆらと頭を揺さぶり、幽鬼の様な笑みを浮かべたヴィオが返の刃を柴鴨thに突き立てていた。


「一緒にするなよ」


「柴鴨th‼︎」


「くそっ……あんだけブランクあってこれはずるいっすよ。はなださん、動かないで」


柴鴨thが消える直前、何かをこちらに向かって素早く投げる。視認すら出来ない速さのそれは、俺に届く事はなくヴィオが驚嘆の反射神経で掴み取る。


その手には数本の束になった鉄の針のようなものが握られていた。先端は鋭く、柔らかい人肌程度ならなんなく貫きそうだ。


「暗器か……一思いに殺してやろうって事か、残念だったね」


力を込めて暗器を握りしめると、手中のそれは粉々になり消えた。


柴鴨thも、くっそ、と呻き、遅れて虹となって霧散した。ずるいなぁ、俺も消えたいなぁ。くるりとヴィオが踵を返すのが見えるが、感電は解けている筈なのにすっかり力が入らない。


「……相変わらず周りを味方につけるのは上手いね」


(シャキッとせんか、バカモノ!)


頬に強い衝撃を受け、一瞬視界が揺れる。見ればヴィオではなく、黄衣の蜥蜴が俺の頬を引っ叩いていた。俺が感電から抜け出せたのならまた、こいつも同じなのだろう。


そうだ、折角。折角柴鴨thが一瞬稼いでくれたこの時間、ただ黙って待っているわけには行かないだろ!


「……痛かったけど、サンキュー」


(分かれば良い、飲め)


膝に力を込めて、立ち上がった俺の左手にはいつの間にやらMPポーションが持たされていた。勝手にインベントリ開くなよとかズレたツッコミは捨てて、相手に向き直る。


柴鴨thの乱入により、ヴィオも怒涛の勢いが一旦落ち着いたのかすぐさま飛びかかってこようとする動きはなかった。


「……なんでMPポーションなの、舐めてんの?」


「舐めてねぇよ、必要だからだ」


「ふーん……どうしようかな」


何やら、どうせロクでも無い事なんだろうが考え出したようで、顔を下に向けて頭を抱えだす。そのせいで表情が見えず、余計に気味が悪い。


でも気にしちゃいられない。相手が考えてようが何しようが、今しか隙はないし、回復したMPは今この瞬間も減り続けているのだ。


スキルを発音すれば直ぐに反応される。この緊張下でしっかり意識できるかは賭けだったが、ここまで慣れ親しんだ、最も信頼を置いているスキルは期待を裏切らず発動する。


ヴィオと向かい合っていた街道のど真ん中から、少し離れている野次馬達のど真ん中まで【レールスライド】で移動する。ワープではないので、間にいた人を吹き飛ばしてしまうが構ってられない。


「蜥蜴!」


(むぉっ⁉︎……おぅ!)


ある程度思考を読まれるおかげで皆まで言わなくても伝わる。俺の移動により空いた人の壁に、無理やり黄衣の蜥蜴の触手を使ってその辺のプレイヤーを間に挟ませる。


今の俺の体より2倍は大きなタンク職であろう戦士をひっつかんで視界と、軌道を遮る。もしかしたら見失ってくれていたら良いんだけれども。


「今の、何?」


体が後方へ引っ張られる。


振り返ると、奴がいる。そして戦士プレイヤーは見事に腰のあたりを一刀にされ、一瞬で消えた。彼には申し訳ないが……こいつマジでどんなATKしてるんだ⁉︎


引っ張られたのは触手のようで、脳内で蜥蜴が痛がっている。観衆に逃げ込んだのも虚しく、ヴィオの元に引き摺り出されるがまだ捕まってたまるか!


「ちっくっしょ!【ファイア…】」


「【マジックインペディメント】」


折角、アルコンさん直伝の自己犠牲式移動を試みようとしたものだが(あれ、これもしかしたら成功したら死ねてた?)ファイアボールが形成されず、霧散する。


これは知っている、周囲に魔法障害を作り出すものだった筈。MPのコスパ悪いし、自分もどんな魔法であれ使えなくなるから余り日の目を見ない上位の魔法だ……PKでは頻繁に使われるけどね。


「何、自殺?……そんな事許すわけないよねぇ!」


「くっ……おい、なん、なんなんだよ!」


万事急須か。最早手はない。


魔法での離脱は不可能。【レールスライド】と【ファイアボール】(不発だがしっかりMPは消費されてる)の使用により、他のスキルに使うリソースは残ってない……なんなら手持ちのスキルが通用する気がしない。


黄衣の蜥蜴も力負けするだろうし、何より今は拘束されているので援助は厳しい。頼みの綱の【無頼】は砕け散り、あれだけ練習したパリィも攻撃が見えないか、反応出来ないので望み薄だ。


「何だ?だと……はぁぁぁぁあ」


目の前で荒れ狂う、プレイヤー【ヴィオ】の正体が薄々俺の妹、【識守 紫乃】だとは想像している。だがいかんせん、ここまで執拗に、残虐に追い詰められる謂れがない。思い当たらない。


なんなら妹とは社会人になる前から、思春期の影響か余り会話もしなくなっていた。勿論、俺は兄貴であるわけで、大切な家族を守る意思はあったが虐げた事など一度も無いはずだ。


だが、無常にも目の前のヴィオは更に目を暗く濁らせ、一歩、また一歩と此方に詰め寄ってくる。


もう、手を伸ばせば首をくびり取られそうな、体のどこにでも不殺で残酷な斬撃が飛んできそうな、そんな距離。


間に入る異物。


「お、おい、ヴィオ!も、もうやめろっ‼︎」


前に立ちはだかってくれたので、後ろ姿しか見えないが恐らく知らないプレイヤー。観衆の中の一人だろう。


俺がぐっちゃぐちゃにやられる様に見るに堪えなくなったか、何かの義憤にでも駆られたのか、武闘家のようなプレイヤーが立ち塞がる。


「……何、君」


「何って、別になんでもないが……そ、そんな事はどうでもいいっ‼︎あんたやり過ぎだろ!」


そうだそうだ!と、これまで固唾を呑んで此方を眺めるだけだった観衆達が声を揃え出す。気づけば最初に立ちはだかったプレイヤー以外にももう2.3人程間に入ってくれていた。


未だ黄衣の蜥蜴は離してもらえていないので、これ以上身動きは取れないが何か俺も言わなければと取り敢えず立ち上がる。


立ち上がったのだが、今の俺のアバター的に身長が足らず前の筋骨隆々なプレイヤー達に遮られてヴィオはよく見えない。まぁ、盾になってはくれてるんだろうが。


「……あ、そう」


視界がクリアであっても見えたのかは定かではない、が。一瞬、耳にひぃんと、金属を引くような音が聞こえたかと思うと、次に轟いたのはダイナマイトでも爆発したのかと思うような、大轟音。


遅れて視界が真っ赤に染まり、思わず顔を背ける程の熱を肌に感じる。視界はかなり上空まで真っ赤な炎に隔てられ、辺りを見渡すと盾になったプレイヤー達と俺とを取り囲む、炎の円柱のようなものの中にいるようだった。


何が何だか判らず、呆然としてる間に炎の円柱は消滅する。これ、魔法だよな?


「……魔法は使えなくしてるんだけど?」


「いやね、そんなのどうとでもなるわよ」



聞こえるのは、少し前に聞いた泥を冠する魅惑的な肢体を持った先達の声。


「マスター……いや、泥しぃ。私の、邪魔をするの?」


「そうね、今あんたが言った通り、マスターだからね。ギルドの為にアンタを止めるわよ」

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