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A long-awaited encounter①

左腕がもぞもぞする。五秒に一回掻きむしりたくなるし、一分に一度鳥肌が立つ。それもその筈、俺の左腕の肩から肘にかけて別の生物が這いずり回っているからだ。


せめて、せめて大人しくしてくれ。こう、羽毛でくすぐられるような可愛いもんではなくて、まるでミミズやムカデの様なものが這う感じだ。実際に這われたことはないが、きっとこんな感じだろう。


『そ、それで……どっか頭とか、打ってないっすか?』


『さっきからずっと一人で話してますけど、誰か……いらっしゃるんですか?』


俺の帰りを待つ二人の心配そうな声が聞こえてくる。ヴァパファングが倒れた場面は、視界共有をしているので二人とも確認しているはずだ。俺が戦闘に勝って、HP的に生存している事は言わずもがなだ。


だが違う違う、そこじゃない。恐らく頭を、精神的にどうにかなったのかと心配しているのだ。非常に面倒なことに、この肉スライムは自分はテレパシーが出来るくせに、こちらの考えは読めない等と言いやがる。


おかげで当事者以外からみれば、一人で腕に話しかけるヤバイやつの出来上がりだ。身内の目しかなくて、本当に良かった。


(ほら、答えてやれ、待っておるぞ)


「何をどう答えればいいってんだよ」


(だから、黄衣の蜥蜴だと言ったであろう)


『え……すみません』


あ、違う!違うの!御薬袋さんに言ったんじゃないの!少し荒い口調で文句を言ったような俺の言動に、明らかに怖がった声色の御薬袋さん。慌てて訂正する。ええい、まだるっこい!


「まっ白さん、違うんだよ!あの肉スライム、今は俺の腕にいるんだけど、自称【黄衣の蜥蜴】だと。喋れないけどテレパシー的なので語りかけてきて気持ち悪いんだよ」


『マミチキ食べたい……みたいな感じっすか?』


「そうそれ、ごめんね、まっ白さん」


こいつ、脳内に直接!ってのが一時期ネット界隈で流行ったんだよな。マミリーマートのチキン美味いよね。御薬袋さんも「そうなんですか?」と恐る恐る落ち着いてくれた。


何はともあれ、誤解は解けてひと段落のはず。とりあえずこの場にいてもこれ以上の収穫は無いようだし、兎に角臭いったらありゃしないので退散する事にする。


(これから宜しくな、兄妹……姉か?いや妹か)


「宜しくってなんだよ!宜しくする気はないぞ⁉︎無いからな?」


(いいからキビキビ歩け、寧ろ走れ。説明はお二人と合流してからしようではないか)


くっ……何を言っても離れないし、手をバタバタしてみても驚異の吸着力を見せる。引っ張ったりしても同様で、途中からこっちが疲れてきたので剥がすのは諦めて、悔しながらも二人の元へと歩みを速める。


「絶対、剥がす!」



「で、これが例の肉スライムこと黄衣の蜥蜴、ちゃんってわけっすね」


「そうだな」


「本当に私達には何も聞こえませんね……何か言ってたりしますか?」


「んー。まぁ宜しくって。それより、先ずは色々聞きたい事聞こう!そうだな……黄衣の蜥蜴ってのは倒されたって聞いてる。お前が複数いるような、有象無象のモンスターでないなら、どういう事なんだ?」


肉スライムは二人と合流してから嫌に大人しく腕に纏わりついているだけだ。二人に大人しく従順なフリをするのも構わないが、肝心のお二人には時折言葉に反応してピクピクする肉片にしか見えてないぞ、残念だったな。


ともあれ、こちらとしてはやっとの思いで掴んだ唯一の手がかりだ。質問攻めを貫きたいと思う。


(ふむ……やはり倒されていたか。それは私の本体だな、この身体は分体だ)


「本体は倒されたってさ、これは分体だそうだ」


(生前からワシは、お主達探索者と闘うのが好きでな。だがワシは特別自らを過信するような質でもない、世界には我々より遥かに強い者もおると、常々思っていたよ)


この辺はの自分語りは割愛だな、一々全部伝えていたらキリがない。二人も続きを待っているようだし、促す意味も込めて少し指先で小突いてみる。うへぇ、ちょっと生暖かくてムニュムニュする。


(や、やめぃっ……あ、あまり小突くな!ゴホン、そして、いつかは敗北を知る日も来るだろうとは思っていた。思ってはいたが、そこで生が終わってしまっては楽しみが無いだろう。そこから、一度味わった敗北を糧に逆転の勝利を!そういうのがしたかったのだ)


はぁ……黄衣の虚さんが仰っていたこともわかる気がするな。戦闘狂で頭筋肉で出来ていらっしゃるご様子。というかちょっと小突いたくらいで照れてんじゃねぇよ、鳥肌立ったわ。


自慢気に語る肉スライムの口は羽根のように軽い。きっと話し相手がいなかったんだろうなぁ、あのヴァパファングに話が通じるとも思えないし。


(そこで。可能かどうかは死んでからのお楽しみだったのだが、意識を切り離して肉体の一部に埋めて置いたのだ。今の身体は我の頬肉だな)


やっぱ肉なんじゃねえか!てかなんだそれ、そんな意識も記憶も引き継いで分裂出来るとか、コイツもチート甚だしいな。前もって用意さえすれば不死身に近い。


頬肉だという肉スライムボディを眺めつつ、これ分裂するとき思いっきり頬肉噛みちぎったのかな……イッテェ。などと別の意味でも鳥肌立てていると、更に補足が入る。


(結果はほぼ成功、我は倒されるまでの記憶は持ち合わせている……だがしかし、肉体の復活のことを考えていなかったのだ。この弱々しい身体では、復活までの養生どころか喰うにも困る)


「んー……戦って死にたいけど、死んだら終わりだから保険の分裂体作る。本体死ぬ、復活成功からの分体弱すぎぃ案件、らしい。こいつ生粋の筋肉バカだ」


肉だけに。失敬な、とミニ触手で俺の頬をペチペチと叩いてくるがダメージにもなりはしない。これは確かに、他のモンスターなりを喰らって大きくなるのは難しいのではなかろうか。


そんな様子を二人は然程気にする事もなく、寧ろ可愛いーときゃいきゃいしだすのだから、女性の感性というのがわからない。脳内でだが、ちょっと照れた様子の笑い声が聞こえるのが、更に俺だけ気分悪い。


「えー、じゃあ、肉っちはどうやって大きくなるんすか?」


(良い質問だぞ、蒼の気配のする女!それはな……まぁあれだ)


「なんだよ、なんで言い淀むんだよ」


(いや、なぁ、恥ずかしくてな……一度しか言わんぞ?)


「何と言ってらっしゃるんですか?」


ほら!二人が戸惑ってるだろ、ただでさえ通訳面倒くさいんだからハキハキ喋って下さいよ!先を促すと、ちょっと元気の無くなった触手をへにゃりと垂らし、とてつもなく小さな脳内ボイスでこう語った。


(……寄生して、獲物を弱らせて、喰べるのだ)


鳥肌のレベルが上がる。一気に全身の毛穴が開く。躊躇いなく肉スライムを持ち上げるが、上にねばーっと伸びるばかりで腕からは離れない。寄生⁉︎寄生って言ったな、言ったなこいつ⁉︎


慌ててステータス画面を開く。レベルアップアナウンスは聞いたが、こいつの件もあってステータス画面を開いていなかった。馬鹿だな俺、あれだけ呪胎と似た様なもんだと警戒していたのにそこを失念していたとは。


はぁ〜……我ながら爪の甘さに呆れ返る。ステータス画面には【呪胎】の下に堂々と、【黄衣の蜥蜴(寄生)】との表示が。


「だぁー、やられた!」


「え?急にどうしたんっすか?」


「こいつ、俺に寄生してやがる。俺を喰うために」


一瞬どころか、暫くの沈黙。いや、脳内では肉スライムオッさんが(よせやい)なんて照れてやがるが、別に褒めてねぇよ!


「え……はなださん、死んじゃうんですか?」


「いや、そんなすぐじゃないとは思うけど……いやでも、よく分からないな。こいつが言うには、大きくなる為には、獲物に寄生して弱らせて喰う必要がある。で、今の俺のステータス画面には寄生されてるって表示がある」


柴鴨thにまだ呪胎の事を話していないので、画面を見せるわけには行かず、ステータスの話をしながら画面は見せないという不自然さ満載の会話だが、ごり押しで説明を続ける。


ステータスの話を振ってから思い出したんだよ。パパラッチ補正があるステータス欄には、他のプレイヤーから見れば謎の補正数値も表示されてるわけだしね。


(まぁ、安心するがいい。寄生する前の、あの獣に付いていた時はその気だったんだがな。お前に寄生して気が変わった!喰らうのはお前の魔力で十分だ)


「は?」


(だから、魔力だ。今も美味しく頂いているが、これでも成長出来そうだ。先の闘いで身に染みたとは思うが、魔力切れで咄嗟に動けないのには努努、忘れるなよ)


は?え……魔力、MPの事を言ってんのか?慌ててステータスを再度確認する。状態異常の事ばかり目が行っていたが、確かにMPがすっからかんだ。


基本的にHP、MP共に10分で1割回復する自動回復が発動している筈なのに、0だ。くそっ、だからあの時なんのスキルも発動しなかったのかよ!


「今度はどうしたっすか?」


「……命は獲らないが、MP根こそぎ喰ってやがる。自動回復もしないか、追いついてない」


「え……あ、【マジックポーション】ありますよ!」


御薬袋さんがインベントリからMP回復のポーションを取り出してくれる。これは飲めば30%MPが回復するポーションだ。


HPポーションとは違う、赤色の液体を一気に飲み干す。特別レアなものではなく、普通に市販でも売っているので慣れ親しんだ味だ。いちごの香りをうっすーら、仄かに感じる程度の味。子供の頃飲んでた小児科で出された飲み薬を思い出すんだよな。


ステータスは表示したままなので、一瞬で3割回復したのは確認出来た。だが勿論、そこから直ぐに減少しだす……体感で1分測る。


「ご馳走様。多分、体感1分で15位は減るな。今の上限が120だから……宿とかでマックスにしても8分くらいですっからかんだわ」


「うへぇ……ご愁傷様っすね」


それどころじゃないっすよ!スキルすらまともに使えないかもしれんのよ。まぁ使う前にさっき使ったマジックポーションとかを飲んでおけば良いのかもしれんが、そう言った曲芸じみたプレイングスキルが求められるな。


後はMPの回復量を上げるスキルなり装備なりを獲得するかだな。どちらかと言うと、この方が現実的だ。


(もう良いか?この際だから宿主には大体話せるぞ)


「じゃあ……お前を倒した探索者に【祝福】とかしたのって覚えてる?」


(おぉ、そうだそうだ!奴ら中々に強くてな……【祝福】か、いい表現だな。確かに、した)


自覚ありか。そもそも倒された後にしたと思うんだが記憶があるのか?それを言い出したら言ってる事の全てが怪しくなってしまうが。


「それって解除出来るの?」





(解除?……まぁ出来る筈だが、何故だ?奴らにより高みを目指す為、この世界の力の源、精霊達を見えるようにしたつもりだったが……ハッ!まさか、何か失敗していたのか⁉︎)




「なっぞにく〜♪じゅにーくしょうじょの、おっとぉーりだぁい♪」


「ちょっと、やめて下さる?その不名誉な鼻歌」


「いや、だって流石に一人で属性盛りすぎっすよ……【謎肉受肉黒髪ツインテ隻眼眼帯魔法少女】なんて、漫画でも中々無いっすよ」


ぐうの音も出ない。なんなら言ってないけど呪いと魔眼もある。更にこれで晴れて左腕に意思を持った存在を宿したのだが、この世界は俺をどうしたいのだろうか……。くっ、左腕が疼くっ!


それはさておき、今現在我々は道中倒したモンスターからの取得ドンだけでも中々の余裕が出来たので、ファストトラベル機能を使い【ララタウン】から一気に【ジ・ラタ】に戻った。更にそこから徒歩でスガナダ大森林のホームタウンである【ピリオンタウン】に戻る途中なのだが。


特に何もしていなくとも目立つ美少女3人のパーティに、一際大きな声の歌を口ずさみ、街道のど真ん中をふらふら歩く柴鴨th。人の視線が痛いったらありゃしない。


しかしわざわざファストトラベルで一気にピリオンタウンにまで戻らずに、一つ隣のジ・ラタを経由したのには意味がある。


一つは探索者用の大型ギルドがある事。正式に参加しなくとも素材の売買は出来るので素材の換金や、行き掛けに受注した、道中倒しまくったモンスター達のの討伐数や、素材収集のクエスト達成の報告をする事。


クエスト達成報告で獲得したアイテムには、幾つか有用そうなものもあったが、主な目的はクエストクリアの経験値だね。流石にもう一レベルアップまではたりなかったが、御薬袋さんはしっかり俺に追いついてきていた。


「いやー……しかし上々だな」


「ですね。もっと色々大変かと思ってましたが、アリさんの件もお金も解決してしまいましたね」


お金なぁ。棚からぼたもちだが、有難い。まだまだ開店する目処がたっただけで、軌道に乗せないとスラムの環境にまで手が出せない。だが、確かな足掛かりにはなったに違いない。


アリさんの旦那さんの件もおっしゃる通り、もっと各地を飛び回って手掛かりを探し回る羽目になるかと思いきや、あっさり本人がご登場と来たもんだ。


「私はちょっと拍子抜けっすけどね。この分だと私が手助けしなくともなんとかなった気もしますし」


「そんな事ないだろう、俺たちだけならオークションも伝が無かったし、なんだなんだ案内して貰えて楽しかったよ」


「そうですよ!また一緒に買い食いとかしてしましょうね」


まぁあの地獄のようなパリィ訓練は抜きにしてな。だがしかし、柴鴨thの時折垣間見えた実力を見るに、かなり上位帯である事は間違いないだろう。恐らくそうそう暇があるとは思えない。


楽しかったのも束の間かー、とほんの僅かなセンチメンタルを含ませて歩く。するとまだ少し先だが、樹上に建築物が乱立したピリオンタウンの面影がぼんやりと見えてくる。


あー、しかし折角用意したがシュラフとか使わなかったな。意外にも御薬袋さんがやる気マックスだった為、途中休憩のログアウトを挟まなかったんだよな。


「お二人は流石にアタノールに戻ったら一旦ログアウトっすかね?」


「あー、そうしたいのは山々だけど、皇女様への報告とかもあるんじゃないか?」


「それくらいなら私がトリスに伝えておくっすよ?私は明日も仕事は休みなんで、たまに休憩挟む以外はずっとログインする予定ですし」


柴鴨さん……たまの休みがゲーム漬けなんて、可哀想な子。まぁリアルとゲームの比重がどちらに傾くかなんて本人の自由だからな。きちんと働いているみたいだし、俺達がとやかく言うこったないね。


御薬袋さんは単純に柴鴨thのスタミナや集中力に賞賛を送っている。ならいっそ甘えさせてもらおうかな。


「じゃあまっ白さん、俺達はアタノールに着いたら、宿取り直して一旦ログアウトしよっか?」


「そうですね、流石に疲れた気がします……ふぁぁ」


御薬袋さんが小さなお口で大きな欠伸を一瞬漏らし、慌てて手で覆って隠す。最早その一連の流れが素晴らしい、可愛さの大洪水や。


萌えているのも束の間、俺も欠伸が移る。思えばここまでぶっ通しでダイブしていたのも久しぶりかな。引きこもっていた時期は時々あったが、結局一つのゲーム内に長い事滞在する事はなかったしな。


今の欠伸で一気に身体がオフモードに入ったな。急速に足取りが重くなり、瞼に錘が乗せられたかのような感覚だ。ダイブ中でも眠気は感じるのは、ダイブ機自体の仕様だ。


眠気を感じさせないダイブ機は違法扱いされている。そのままぶっ通しでプレイ可能になり、排泄タイミングですらログアウトしないでそのまま衰弱死する者がいたとか何とか……都市伝説扱いされてはいるが、案外有り得そうである。



そして、誰もが気が抜け、街道は整備され、モンスターもいない。周りにも多数のプレイヤーがいて、警戒心を抱きながら移動する者など皆無であろうこの空間に亀裂が走る。


一瞬。瞬く間の出来事だ。



ピリオンタウンの入り口、大きな看板の上が突如煌めく。次いで聞こえたのは柴鴨thのうなっ!とかにゃっとか、言葉にならない驚嘆の声。


更に遅れて脳内に(不味い!)と一際大きなオッさんの声。それと同時に甲高い金属音が2度なり、柴鴨thがとてつも無い勢いで視界から消える。消える瞬間に「無頼!」と叫んでいるのが聞こえた。


視界に紫色が走る。遅れて怖気が走る。

咄嗟に身体は動かず、首筋に冷たい刃が食い込む間際。足元が何者かに引っ張られ、仰向けに転倒し、刃は頭上を通過する。


慌てて我に帰り、無頼をセットする。事前に脳内装備変更の練習をしていて助かった。身体は未だ反応が追いつかない。転倒から立ち直るのでやっとだ。


左腕に無頼が出現する。だがもう遅い、恐ろしく洗練された突きが、紫突が、眼球の前に迫る。そして、止まる。


見れば青紫に発光する短剣に、肉の触手が絡みついて勢いをギリギリ殺していた。だが無情にも、敵に腕は二振り有り、触手に絡め取らられた右腕とは対の、左腕には一際紫の輝きが濃い煌びやかな装飾の短剣が、大きく振り上げられていた。


漸く、漸く身体が追いつく。追いついただけで、上手い下手もない。ただ反射的に脳天から身体を両断せんとする斬撃に対して、咄嗟に左腕が反応しただけだ。この時、漸く御薬袋さんが何かしら発声したのが聞き取れた。


世界が揺らめく。揺らめいたのは世界ではなく頭上の空間。地面にめり込むような、まるで車でも降って来たかのような衝撃に、奥歯を噛み締め耐える。左腕は痺れたのか千切れたのか、感覚は無くなる。


永遠にも思えた衝撃もやがて止み、同時に無頼が粉々に砕け散る。攻撃を防げてはいたが【化朽木の小盾】では、レベル差と装備の性能差で貫通され、御陀仏だったであろう。


「……なんだか、邪魔が一杯入ったね」


絶句とはこのこと。言葉が出ず、口だけをパクパクする様は魚でも笑い飛ばす程、滑稽だったに違いない。


だが目の前の騎士は笑みの一つも浮かべず、なんなら感情等忘れてきたかのように冷たい鉄面皮を携え、汚物でも見るかのような濁った目で此方を見下ろしている。


コイツは……いや、それよりも、この聞き慣れた【声】は!


「……いちちち、高速で雷属性が付与された斬撃を六つ放つユニークスキル、【神六鳴(かむなる)】っすね。久々に見ましたよ」


「……邪魔をしたのは君か」


多分、柴鴨thが吹き飛ばされた場所から戻ってきたようだ。斬撃全てに紫電が乗っていたのか、俺も柴鴨thも両方に時折パリパリと帯電しているようなエフェクトが走る。


柴鴨thが近づいてきても、視線は未だに俺に向いたまま。しかし注意は少し柴鴨thに向いたのは感じ取れた。


「お久しぶりっす、最近見なかったっすけど……あんまりな挨拶っすね?」


「……悪いが君の事を思い出す余裕がない。誰だか知らないが、邪魔をしないでくれないか」


空気がまたピリつく。俺への敵意も張り詰めているが、柴鴨thとも一触即発なのは見て取れる。余りにも一瞬の攻防で、初めのうちは何が起こったのか理解出来ていなかった周囲のプレイヤー達も、この緊迫した状況を見物しようと人集りが出来つつある。


それもその筈。コイツは、このWAO内ではトップオブ有名人。対人戦ランキング8位の【紫電ヴィオ】だ。


「……またアンタは、いっつも、そうやってぇ‼︎」


先に動いたのは柴鴨thだ。俺達との旅では見られなかった、恐るべき爆発的なスピードで紫電に肉薄する。正直見えなかった、こちらに接近してきた事で漸く分かっただけだ。


両腕にはいつぞや見た巨大な鉤爪が装着されており、前回とは違う緑色に発光している。紫電の左側から接近し、左手の鉤爪を上段から斜めに文字通りスクラッチする。


一際大きな金属音が鳴るが、装飾の派手な短剣で難なく止められてしまう。だがそれは予想の上なのか、振り下げた勢いを殺さず身体を回転させ、回転力も載せた右腕の鉤爪も振り下ろす。


だが、やはり紫電は体制を崩すことも無く、未だ【黄衣の蜥蜴】に右腕を縛られているにも関わらず、涼しげに受け止め、そこでやっと柴鴨thを一瞥し、溜息を吐く。


「……はぁ、君が誰だか知らないが心底面倒だ。暫く【動かないでくれ】」


ヴィオの身体から、いや正確には紫の短剣からか。広範囲に紫電が走り、柴鴨thと俺、ついでに俺に寄生している黄衣の蜥蜴にも感電する。


「ぎぃっ⁈」


「がぁっ‼︎」


(むぉっ⁉︎これは⁉︎)


一瞬で身体から自由が奪われる、恐らくスキルによる【麻痺】。元より反応は追いついていなかったが、今では指先一つすら動かす事が出来ない。それは柴鴨thも同様で、悔しそうに睨みつけてはいるが動く事は叶わないようだ。


「しき……はなださんっ‼︎」


襲われ、身動きも取れなくなった俺達を助ける為御薬袋さんが此方に駆け寄ってくる。


金髪エルフ美女、黒髪色々美少女、柴鴨thだって活発元気な美少女だ。普段のヴィオなら寧ろ庇護の対象だったのだろうが、今は道徳など存在しない。


駆け寄ろうとした御薬袋さんに、ヴィオが左腕を振り上げると雷の束が射出される。さながら雷の槍のようなものが、瞬く間に御薬袋さんの腹部に突き刺さり、言葉を発する間もなく虹となって消える。


「まっ白さん‼︎」


「お前!あの子は、関係ないぞ‼︎」


冷静さを、普段の騎士道プレイを思い出せと。半ば祈りも込めて、後周りの観客からの助けも期待して叫ぶ。


「黙れ。お前を庇おうとしたんだ、どうなろうが知らない……それより、その女が言いかけていたな。【しき】、か」


更に、表情に陰が落ちる。ゲーム内でこれ程までに表情を再現できるのかってほど、吸い込まれそうな闇を感じる。


なぁおい、ヴィオ。【オマエ】なんだろ。


「……フフフ……ヒ、ヒヒッ、やっぱり。……いや、寧ろ良かった、【オマエ】で良かったよ。他の何処のどいつかわからない奴よりは、ヤリやすい」


額を抑え、口角は釣り上がり、だが目は笑っていない。笑顔というものが、恐怖の対象になるとは思わなかった。


ゆらゆらと、御薬袋さんを葬る為に若干移動した2.3程の距離を、明らかに意図的に遅い足取りで此方に迫る。


「途中のやつはわかんないけど……最後のは無頼、かな……そうか、そういう手も、あるな」


左右の短剣を無意味に、無造作に、振り回す。当たれば勿論即死だ。最早何を考えているのか、次にどう出るのかなぞ判りはしない。以前として俺達は痺れて動けず、観客は助けてはくれない。




「とりあえず殺してから考えるつもりだったけど、いい方法を思いついたよ」

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