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大いなる、黄の残滓⑥

辺り一帯に立ち込める臭気。先程の硫黄臭さとは毛色が変わり、単純な汚物の香りに近くなる。流石に汚物自体を丸々表現はされてはいないが、獣臭は半端じゃない。


危惧していたようなモンスターも、今の所は道中の雑魚モンスター【瑠璃魚】という、瑠璃湖畔の石やらの成分を取り込んだ、高圧洗浄機みたいな勢いの水鉄砲を噴き出す魚くらいのもんで、なんくるないさ。後は湖畔から離れたこの辺りだと【ヴァパファング】という大型猪か。


フィールドモンスターの一種で、道中も散々倒して来た。なんでも前エリアで出現するエリアボスである【ヴァパ】を森から見つけ出しては、命懸けで喰らいに行く習性のある猪、らしい。


エリアボスであるヴァパを倒せるのかというと、そういうわけではなく。ヴァパ本体を喰らう事が出来るのは、極一部の成長した個体だけで、そこに至るまでにはヴァパを躱しながらヴァパキッド、幼体を夥しい量摂取しなければならないらしい。



そんな事より、目の前のぬた場へ続く獣道は北部入口より少し奥。湖畔がギリギリ見え隠れする程の場所から伸びている。不自然に広がった木々の間には人が二人ほど並んで通れる程度の泥まみれの道が続いている。


その泥がもう、堪らなく臭い。


「うえっ……これ、本当にゲームなんすよねぇ」


「わかびませんが、わたじもこれば……」


俺の後ろでは女性陣お二人が、早くも鼻を摘みながらソワソワとしている。恐らく一刻も早く立ち去りたいのだろう。


俺もまぁ、臭い。正直嗚咽を感じないかと言えば嘘になるが、鼻呼吸する事は諦めた。人間口さえあれば食事も呼吸も出来るのよ。


獣道を見上げて見ると、かなり奥の方に何かしらの山肌が見える。泥しぃの地図によればその辺りがヌターバックス。目的地だ。


「おっしゃ‼︎じゃあ行ってくるよ、二人はちょっと離れて待っててね」


「ばぁい、いばれなぐでも。い、いぎましょう、柴鴨thさん」


「っうえ」


最早言葉を交わす事が困難な柴鴨thの背中を押しながら、御薬袋さんが離れて行く。一応この後はぬた場に潜入するのだが、二人と通話しながら【視界共有】をする事にする。


通話しているプレイヤー同士が、10レベル。即ち一次職に就いた辺りから解放される機能で、早い話しが携帯端末の画面共有みたいなものだ。


俺の視界を丸っと、お二人に転送する。二人は自分の視界を俺のとそのまま共有するか、小さめの画面くらいのサイズで鑑賞するかを選べるはずだ。大半のプレイヤーが後者だけどね、自分の視界無くなるから危ないし。


ぬた場にさえ入らなければいいかと二人が離れるまで待てが出来ず、獣道に足を踏み入れる。ぬた場が近いからか足元の土は湿り気どころか、粘度を持ち足裏にへばり付く。


「うぇっ、きたなっ!……これある程度歩いたらちゃんと取れる、よな?」


一応まだこのゲームにも装備品の汚れ云々は実装されていないはず、いや要らない要らない!運営よ、絶対導入するなよ!?


何事かあった時に直ぐに逃走できるよう、獣道を少し拡張しながら歩き続ける。木々や岩などで邪魔になりそうなのをどかし、大きすぎる瑠璃鉱石は配置を記憶する。思い出せるかは別として、試みるのはタダだからな。


そうこうしていると、脳内に【プレイヤー柴鴨th、まっ白ちろすけ、から通話申請有り】とアナウンスが。早速繋げて、視界共有の申請もする。


俺の方ではよく分からないが、通話先でうわっとかリアクションが取られているので、恐らく上手い事繋がったのだろう。


『あー、あー、はなださん?聞こえてるっすか?』


「はいはい、聞こえてる聞こえてる。そっちはどう?見えてる?」


『見えてますけど……勝手に進みましたね⁉︎何か出て来たらどうするんですか⁉︎』


どうやら俺の視界から獣道を進んだ事がバレてしまったようで、しっかり御薬袋お姉様からお叱りを受ける。


「ごめんって……じゃあゆっくり向かってたけど、ここからはちょっと速めるね」


一応、二人に遠慮してかなり丁寧に先程の獣道を広げる作業をしながら登っていたのだが、もう大丈夫だろうと歩みを速める。大体半分くらいは既に登れていたようで、あっという間にぬた場であろう泥池が姿を現した。


ここに来て、かなりキツくなる臭気。何がどうなってるのか、泥の合間からは時折湯気のようなものまで立ち昇っているのが嫌に生々しい。見た感じ先客はいないようだが、逆に手掛かりらしき物もも有りそうには見えない。


『いやぁ、大分臭そうっすね。大丈夫なんすか、鼻』


「鼻はあれかな、もう機能してないかも。入って臭っ!てなった瞬間、感じなくなったわ」


鼻、限界突破。動き易くはなったかな。直接踏み込みたくは無いが、立ち幅跳びどころか走り幅跳びでも越えられないであろう程、中々の大きさの泥池、仕方なく時計周りに添いながら歩く。


ぬた場の周囲ですら獣道よりは更に謎のネチャネチャした何かしらで靴裏から糸を引く。獣が泥を塗りたくるのは自然界でも良くある話だが、この粘着質なのはなんなんだ。


『大分粘着質ですね……あ、はなださん、その奥!』


「あぁ、見えたよ……デカいな」



広がるのは山肌をくり抜かれたような洞窟の入り口。入り口はかなり広く、大人が3.4人並んでも容易に進めそうだが、何歩か進むごとに道幅が狭まっているのが見える。


奥の方は暗く、全体を見通すことは叶わない。ふと足元をみれば、ここにも瑠璃鉱石や石等に混じり粘液のようなものが付着した足跡が。


触れてみれば先程よりも更に湯煙が立ち込める……新鮮って事なのか?


つまり。


『何かいるっすね、気をつけるっす!』


「了解!」



インベントリから【松明(並)】を左手装備枠にセットする。初めにオードソックスな、油を含ませた布を巻きつけた太めの木の棒が出現し、少し遅れて自然発火する。


曰く、松明の持ち手の木に火属性の魔法が刻んであるので構えると自然に発動する、らしい。そういう設定。


WAOは例に漏れず光源管理にも厳しい。日光も月光も、ましてや発光するキノコだったりも生えていない真っ暗な洞窟に入って、視界がクリアな訳がない。よくあるフルダイブゲームのように、何故か洞窟内が間接照明でもあるのかってほど明るいなんてない。


そしてこの【松明(並)】は初心者でも安価で買える、1時間しか保たないレア度もクソも無い消耗品だ。寧ろリアルの松明ってどれくらい保つんだろうね。


「いや〜……点けても暗い」


『っすねぇ、これはまた見難いっす』


視界共有だからな、ほぼ同じ光景の筈。入り口から殆ど同じ景色が続いていて、もう少し先で道幅が狭まっているのが見える。足元には所々獣が残した痕跡がある。泥だったり、不自然に折れた瑠璃鉱石だったり。


能天気にどーんっと突っ込むには今回は些か戦力不足だ。松明を点けた以上気付かれる可能性も高くなったが、そこは元々相手は感覚器官においては遥かに上を行くモンスターだ。そこで劣る俺が単身、真っ暗闇の中で勘を頼りには出来ない。


「じゃあ、行きます。多分なんかいるんだよね〜……あ、今のところなんか祝われたり呪われたりの感覚は無いよ」


『そうなんですね……やっぱりこういうのって一番奥なんですかね』


『ゲームあるある的にはそうなるっすね。タマに序盤の脇道に思わぬお宝もあるっすけど』


「そんな事があれば魅力的なんだが……ここは一本道みたいだな。脇道どころか前に進む道も細くなって来てる」


実際今は人間2人が通れる位か、これ以上細くなれば1人でも歩き辛くなるのだろう。時折襲う足元の泥に足を取られないようにも気をつけなければならない。先に入っている獣もそれくらいは細いのだろうか。


慎重に慎重に歩みを進める。松明の火が放つ燃焼音と少し荒くなった俺の呼吸、カツカツと瑠璃鉱石を踏み鳴らす足音が洞窟内に反響している。


未だ何も出てこないし、アナウンスや何の反応もない。ステータスを時折開いて確認しているが、目立った状態異常も増えていない。【呪胎】はきちんと表記されているし、こっちも表記されるかもしれないからな。


『お、開けるっす……注意して下さいね』


柴鴨thの忠告通り、続いていた狭い道が途端に広がり、バスケットボールのコート位の広さはありそうな空間が広がっている。洞窟という事もあり天井は精々身長に、更に飛び上がっても頭が着くか着かないかくらいか。


リアルな世界であれば運動するのにも十分そうだが、ゲーム内では筋力や速さにも補正がかかり、今では手狭さを感じる程だ。


そして俺が入場した事により、空間全体が照らされる。


「おぉ……てらってら」


壁一面にぬた場の泥とは違う粘液質なものがへばりついている。しっかり見ると壁だけでなく足元や、一応天井にもしっかり付着している。


べっちゃべちゃ、てっらてらの室内に、怪しい眼光が二つ。少し距離があるので判別しづらいが、確かに何かいる。


背丈は腰よりも少し高いか、その眼光は真っ直ぐにこちらを見定めている事から、松明の光でこちらの位置はバレているのがわかる。


侵入を感知して少し移動しだしたのか、粘液を踏むぺちゃぺちゃという何とも気味の悪い音が耳に障る。


『ひっ……なん、なんですかコレ!』


『わっ!ちょっと、まっ白さん落ち着くっす。これ私達は見てるだけっすから』


おっと、どうやら二人とも完全に視界共有していたみたいで、臨場感ある登場に御薬袋さんが取り乱してるようだ。まぁ確かに今の間はちょっとホラーゲーム感はあるよね、やり慣れていて良かったと思う。


真っ直ぐ、ただ真っ直ぐこちらへ距離を詰めてくる。恐らくもうすぐ姿が照らされる距離だろう、ご挨拶の時間は近い。


さぁて、未知のモンスターである黄衣の蜥蜴が棲家にしていた洞窟を、主人不在の隙をついて奪っていったのは何処のどいつやら。ご尊顔を拝見!


「ぢゃ⁉︎」


不意打ち、正面からもろに突進を喰らい吹き飛ぶ。単車に突っ込まれたかのような重量感に4.5回転し漸く止まる。


奴が松明で姿を現す瞬間、恐らくだが奴からは俺の事は丸見えだったのだ。そこで照らされる前から突進する用意は整っており、急発進を避けきれず思わぬ奇襲を受けた。


ごっそりHPゲージは持って行かれている……今の直撃で6割くらいか。後一発マトモに入れば終わる。ヤバいか?


「どうも、どうしたんですか、それぇ」


奴は俺の少し先で立ち止まり、突進後のインターバルなのかかなりゆっくりと方向転換し、こちらに向き直った。勿論もう全身ばっちり照らされる距離だ。


浮かび上がったのは銀、というよりは鈍色のような体毛がゴワゴワと生え、正面の顔には2本の巨大で堅牢な牙。瞳にはしっかりと俺を見定めており、時折頭の液体がビクンビクンと痙攣している、きっしょ。


え、きっしょ、何あれ。


『ヴァパファング……っすか?』


いやわからん、いや【ヴァパファング】はわかるんだ。道中も散々いたしね。わからないのはアレだよアレ。


「つっても……何、あの、頭のやつ」


そう、頭のやつ。時たまに、体の一部分にヴァパみたいな模様のキノコを生やした個体は見受ける。が、目の前のヴァパファング擬は頭頂部に何というか……肉色をしたスライム的なものがくっ付いており、時折身を震わせていてこちらの心が落ち着かない。


よくよく見れば、体も一回りはデカいか。兎に角、通常個体では無い事はわかる。だがしかし、もう奇襲のような突進は喰らわんさ。なんせ一直線にしか進めないのが君らの敗因だよ。


『道中のヴァパファングさん達にはついてませんでしたよね』


「うおっと……そうだね」


ちょっと考え事しながらだったもので、突進のモーションにギリギリ反応する。幸か不幸か、ギリギリですれ違い様に一角兎の短剣でカウンターが成功する。


奴の体にダメージエフェクトが刻まれるが、この程度のダメージなら後5.6回は与えないと倒れないか?それも通常個体通りならだけども。


『一回喰らってましたけど、受けたダメージどうっすか?』


「ん?ダメージ?……あぁ、6割位持ってかれたけど、道中の他の奴らからは一発も喰らわなかったからな」


じゃあ判定微妙っすねと柴鴨th。恐らくダメージ量から特殊個体なのかどうかを判別しようとしたのだろう。いや、もうあの肉スライムが付いてる時点で特殊個体だろうとは思うが。


相変わらず突進の後は隙だらけだ。何時迄もマタドールをしていても、プレイングをミスる可能性もあるのでここはこちらも攻撃あるのみ。


松明があるのでバランスは取りにくいが、要は二刀流みたいなものだろう。奴のお尻に向けて【溜め切り】・【ダブルスラッシュ】のコンボを放つ。


勿論避けられる事もなくクリーンヒットし、一瞬怯む。だが幾らフィールドモンスターとは言え、ここで追撃すると痛い目を見るのだ。自制する。


予想通り、背後にいるのは今の攻撃でバレているのでゆっくり回頭する事を諦めた奴は、しっちゃかめっちゃか、バタンバタンと巨大な牙と肉体で辺りに手当たり次第に暴れ散らかしている。


視界が無いわけではなく、頭に血が上ったのだろう。単細胞で助かる。


「で、どうしよ。普通のヴァパファングなら後2.3回攻撃すれば倒せるけど……あの肉」


『肉ねぇ……ひっぺがすとかは?』


「いける……か?また突進した時にすれ違い様に掴んでみるか」


『気をつけてくださいね、間違って撥ねられたり』


もーまんたい!と力瘤をアピールしてみるが、今はか弱い魔法厨ニ少女の上、視界共有しているのでそんなにアピールにもなっていない。が、気にしない!


そうこうしているうちに、錯乱モーションが終わったようで体制を立て直し、突進準備に入る。こちらはいつでもオッケーだぜ?


2回、3回、奴の癖か。3回足で土を掻いた後、突進に入る。本当、スピードも単車並みだ。見えない事はないが、パッと回避するには中々の反射神経が求められる。


大振りに回避出来る通常時であれば、横っ飛びに転がるなり跳ぶなりすれば余裕で回避出来るのだが……今回は接触する目的がある、そんなに離れる事はできない。


『まだ、まだっす』


肉薄する牙。当たりはしない、まだ大丈夫。一呼吸すると服に風圧を感じる。


「『今っ!」す』


左向きに身体を一回転、一応あわよくばと、パリィ判定によるダメージ回避を狙って短剣の腹を奴の体に擦り付けながら回転した。刃を立ててないのでダメージは入らないはずだ。


前アカウントならこの回転で三半規管が追いついてなかっただろうが、余裕で見える。回転し切る前に手を伸ばし、なんとか奴の胴体に腕を回せた。


「ぅっほ!うっひょ、ちょ、止まれって!」


突進しつつ、急に背中に増えた重量に驚いたヴァパファングが猛スピードで角度を変え出した。右へ左へ、突進の緩急も付けて何とかして振り落としたいのだろう。


幸い、地面に擦られながら移動しているのだがダメージ判定はない。それに身体の真横に牙なり腕なりが生えていないのが有難い。そのまま徐々に、背中にのしかかる様によじ登る。


巨大猪とは言え、車程大きいわけではない。すぐ登り切ってロデオ完了だ。より激しさを増す突進だったが、引き摺られていた頃よりは体制も取りやすい。そして、ここからなら手を伸ばせば届く。


『急いでください!前!』


まっ白さんの叫びに視線を猪の頭頂部から上に上げると、松明に照らされたテラテラの壁が肉薄するのが見える。不味い!


急いで肉スライムに手を伸ばす、とりあえず鷲掴んでみる。ヌルヌルとして掴みづらいが、掴んだ瞬間一際大きく肉スライムが震える。


次の瞬間には俺の服の裾から素早く内部に入り込む。思わぬスピードと、身体を這う気持ちの悪い感触に、思わず悲鳴をあげ、体から力が抜ける。


「うひぃ‼︎ちょっ、ぐぇっ!」


勿論、身体は宙に舞い、落馬……もとい落猪。強かに身体を打ちつけ、衝撃と共にダメージを喰らったのが見える。HPゲージは残り2割になっている。


遅れてドゴン!と、交通事故のような嫌な音が鳴り、目の前でヴァパファングが横たわる。あのまま壁に直撃したのか、スタンエフェクトが出てるな。


『はなださん!大丈夫なんすか?』


「あー……なんとかね、うひゃあ⁉︎」


こいつ、こいつの事忘れてた!蠢く肉スライムは俺の胸元から顔を出して、目なんて無いんだけど一瞬こちらに向いた気がした。


え、ちょ、自立して動けるのかよ!てっきりなんか生えてるのか、それか動けなくなった何某かかと思ったのに!


思わず気持ち悪すぎて短剣で胸元から肉スライムを削ぎ落とそうと、振り上げる。


(待て。先ずは奴だ)


ピタリ、思わず腕が止まる。なんだ、なんで俺の脳内にオッサンみたいな声が。


幻聴かともう一度、振り上げる。今度は声だけでなく目の前の肉スライムがニョキっと2本細い腕の様な触手を放ち、短剣を白羽取りの如く受け止める。


(待てと言っとるだろうに、この、アホウめ!)


「あ?」


なんで初対面の肉スライムにアホ呼ばわりされないといけないんだ!つーか、ああもう。脳内オッサンこいつか!


嫌な予感はしたけど、しっかり自我もあるのかよ。意外にも力強いもので、短剣は諦めて下げる。決してこいつに従ったわけではない、そこ重要だぞ。


(そうだ、よし。ほら見ろ、奴が来るぞ!)


見れば、スタンなどとうに回復したヴァパファングが容赦なくこちらに向かってきている。鬼気迫る様子から見るに、奴もそろそろ限界だろう。俺もそうだけど。


思わず反射的に【レールスライド】を使用する。最早小慣れたモーションに、脳内発動で事足りる……おや?発動しない。


「くそっ、なんで……【レールスライドォ】!」


慌てて口に出すが、発動しない。南無三。


(馬鹿者!)


突如、胸元を硬い拳でぶん殴られた衝撃を受け、2.3歩程転がる。HPはいよいよ1割ほど、自然回復はまだ10分で1割くらいだし、戦闘しだして10分も経ってないだろ。


とりあえず転けたことで回避は出来たので、ゆっくりポーションを飲む。本当、これが猪で良かった。正直もうちょい小回りきく奴なら死んでたかもしれんね、うん。


(お前は、何を悠長に飲んどるのだ……ん?生命力が向上した?)


「ポーション知らないのか。それより、ちょっとその脳内に語りかけるのやめてくんない?気持ち悪い」


御薬袋さんや柴鴨thとの通話も基本脳内に聞こえていて、周囲には音漏れとかはしないのだが、この機能の場合は耳元で、まるで電話しているように聞こえるのだ。


だがこの肉スライムはホント、脳内アナウンスと同じように脳の根幹みたいなとこで音が鳴って、気持ち悪い。侵食されている気がする、多分されている。


(無理だ、ところで早く倒せ!落ち着けん!)


五月蝿いオッサンだな……しかし、何故スキルが発動しない?


考える余裕はないので、猪も俺もお互い体制を立て直し、睨み合う。先に動いたのはこちら。今までは受け身だった相手が急に全速力で向かってきた事で、一瞬ヴァパファングが戸惑うのが見えた。


スキルは無くとも、その一瞬でも命取りに出来る。奴は突進前ルーティンである土掻きも、上手くできなかったからか勢いの無い突進で迫り来る。


そんななよなよした攻撃ではなぁ!


「一応ぉ!【溜め切り】!』


モーションでは不安だったので宣言したが、発光しない、失敗だ。が、奴のどたまを目掛けて下段から切り上げた斬撃は、見事に牙の隙間のデカい豚鼻を切り裂き、奴の体はその役目を終える。


突進の勢いが無くなり、最後に数歩。ヨロヨロと歩いた後、地面に倒れ込み虹になった。


______レベルアップ。現在レベルは17。ステータスポイントを【5】獲得。新たに習得したスキル・魔法は【切り払いLv.1】【交渉人Lv2】【ウィンドボールLv1】【回避Lv2】


お、やりぃ。ヴェズルを倒してから少しして、一回レベルは上がってたが間隔が短かったな。やはり特殊個体だったのかな。だがしかし、ドロップアイテムは普通のヴァパファングと大差ない。


「ふぃ〜……おい肉!」


(肉……肉?わ、我か⁉︎)


「そうだよ、他にいないだろ?……それより、お前はなんなんだ?」


黄衣の蜥蜴の棲家に居た、特殊個体っぽいヴァパファング。に、寄生?していたテレパシー使える肉スライムが、なんの関わりも無いわけないだろう。


肉呼ばわりされるのは初めてだったのか、ピクピクと動揺なのか痙攣なのかよくわからん反応だ。暫く沈黙していたが、また気持ち悪い音が響く。




(何、とは難しい。我は【黄衣の蜥蜴】だったものだ)


『あの〜……はなださん?大丈夫ですか?』

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